よその人に怒られるからやめなさい

最終更新日:2006-05-03

今時の子供、大人シリーズで。

子供たちが元気に遊んでいる。
ちょっと元気すぎるかな?。
民家が建ち並ぶ狭い道路でボール遊びをしたり、
かけっこをしたり、自転車を飛ばしている。
また、電車の中だったり、お店の中で子供たちが元気に
あばれている。
それを見た人たちがいやな思いをしたり、迷惑だなと感じて
その子供たちを叱る。

こら、あぶないでしょ、やめなさい。

近くにその子供の親たちもいる。
親たちは自分たちの子供を叱らない。
いや、叱れない?。
その親たちはきっと何かを感じて何かを思う。

ちょっと・・・。
よその人に怒られるからやめなさい。

でも、子供たちは相変わらず元気に遊んでいる。
その内、親たちは自分の子供を連れてどこかへ行ってしまう。

こういう風景は最近では当たり前のことらしい。
何で、ちゃんと教えてあげないのだろうか。
自分の大切な我が子に説明してあげないのだろうか。
社会を知る良いチャンスなのに。

親たちが普通に使っているあの言葉、
考えてみるとなんかおかしい。

よその人に怒られるからやめなさい、と。
えっ?、誰が?、どうして?。
子供たちが怒られるから・・・。
だとすると、起こられるような理由があるのかもしれない。
それをちゃんと説明してあげれば良いのに。
無責任な親たち。

それとも、親たちが怒られるから・・・。
子供たちのせいで、親たちが起こられていやな思いをする。
だとすると、子供たちのことを思いやってあげられない親たち、
いやな思いをしたくない親たちの自分かってさ。
なんと無責任で自分勝手な親たち。

よその人に子供や親たちが怒られるから、子供たちにそれをやめなさい、
という。
その言葉を話している親たちのメッセージ。
やはり、親たちの都合なんだろうな。
そして、子供たちはよその人に叱られて、親たちに愛されないで
なんだかかわいそう。

ここでちょっと感じて、考えてみる。
いろいろな人たちが共に生活している社会。
よその人たちがいやだな、迷惑だなと感じている現実。
元気に遊んだりあばれたりしている未熟な子供たち。
その近くには成人して子供を持った親たち。
他人の痛みや苦しみをちゃんと分かること、理解すること、知ること、
感じること。
子供たちは、きちんと叱られることで他人の痛みを知ること、
社会を学ぶこと。
親たちは自分を振り返ること、我が子を叱ること、
きちんと話をして説明してしつけること、教えること。
親たちは反省していやな思いをした人たち、迷惑をかけた人たちに
きちんと謝り、ごめんなさいをいうこと。
親としての責任を果たすこと。

よその人たち、子供たち、親たちみんながきちんとして何かを学ぶ。
けして、よその人たち、親たちみんなで子供たちを攻撃するのではない。
それでは子供たちがかわいそう。
よその人たちを子供や親たちが攻撃したのでは、社会はどんどん
自分かってになって劣悪になる。
よその人たちだけに子供たちのしつけを任せたのでは、
親の自覚も、成長も、親子の関係もよくならない。

子供は子供らしく。
親は親らしく。
大人は大人らしく。

子供が子供時代を過ごして、ちゃんと大人へ成長していくこと。
親は子供や社会を通して親になる。
いろいろな家族や人たちが集まって社会を作っている。
みんなにとってより良い社会であるために、
お互いに係わり合いながら生活すること。

よくない社会とは。
叱られない子供たち。
叱れない親たち。
無関心な社会。
そうした無関心、無責任、虚無な社会はみんなにとって悪い。

これからの社会が、みんなにとってより良いものでありますように。
そのために。
今、自分にできることを。

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