コミュニケーションツールが増えると・・・

最終更新日:2007-02-18

ちょっと前のこと。
ある高校の社会科の先生と話をする機会があった。
それは、高校の総合学習でのこと、福祉授業のお手伝い。
私の仕事は、視覚障害者の生活、その他についての話をすることだった。
それはそれでなんとかできた。

そのとき、先生から興味深い話があった。
で、ちょっとそれについて考えてみたい。

現代の生徒たち。
コミュニケーションツールはものすごくたくさんあるのに、
コミュニケーションの能力は・・・。
先生は、それについての問題意識を持っているようだった。
社会科の教員ということは、その道のプロである。
そういう方と話ができることは大変ありがたいことである。

で、ちょっと考えてみる。
何故、どうして・・・。

今、私が、高校生だったら。
家族、学校、友人、その他。
コミュニケーションの方法はたくさんある。
直接会って話をする。
メールをする。
または、電話で話をする。
他に、手紙を書くという方法もある。

じゃあ、その内でどれを使うだろうか。
やはり、メールかな。
携帯でぴぴっと。
写メールもある。

でも、それは何か間接的ではないだろうか。
もっと直接的なものとなると。
電話で相手と会話をする。
言葉だけでなく、感情、心、雰囲気もやりとりできるから。

近いところにいれば、実際に会って話をする。
相手の顔を見ながら、呼吸を感じながら、存在を知りながら。

そこには自分と相手がいる。
お互いがやりとりしあう。
相手に向かって働きかけをする。
相手からきたものを受けとめる。
その受け答えが必要で、大切で・・・。
それができなければコミュニケーションはうまくいかないだろう。

私が実際に子どもの頃はどうだったろうか。
小学4年生頃になって、家に黒電話がやってきた。
だから、それ以前は電話でやりとりすることはほとんどなかった。
電話を使ったことはあったが。

友達とのコミュニケーションは、実際に学校でするとか、
放課後に友達としたり・・・。
手紙をやりとりすることはほとんどなかった。
だから、直接的なコミュニケーションといえよう。
それしかないので、日々のやりとりがコミュニケーションを鍛えていった。
手紙をやりとりするというのは、ちょっと緊張したり改まってしまう。

中学生以後は、電話もよく行った。
学校でたくさん話をしていても、家に帰ってくると電話をした。
長電話になることもよくあり、親に叱られることもあった。

で、今の子どもたちは・・・。
コミュニケーションツールがたくさんある。
たくさんあるということは、豊かであろうか。
いや、そうとも言えないのでは・・・。

たくさんあると、それらを全て使うだろうか。
たぶん、自分の好きなもの、得意なものを中心に使うのではないだろうか。
となると、使用するツールは限られる。
便利なもの、使いやすいもの、簡単なもの。

何か見えてくる。
今の子どもたち。
ツールがたくさん用意されている。
でも、それは必ずしも豊かでありがたいことではない。
自分に使いやすいツールはどれか。
そのツールを使いこなす工夫、努力も必要だ。
相手とコミュニケーションするとき、同じツールを使い、
時間を共有することが必要だろう。

そうなると・・・。
今の子どもたちは何か大変だ。
たくさんのツールを知り、自分にあったものを選び、それを使いこなし。
いきなり上手に使いこなすということはないだろう。
だから、コミュニケーションがそれほど上手ではないこともある。

そこで、ちょっと思う。
限られたツールの中で、それを工夫して使いながら
自分に最適なツールを獲得すること。

今の日本。
豊かであるという。
でも、本当にそうであろうか。
たくさんあっても、豊かではない。

日本の社会が、みんなが豊かだと実感できるようなものに成長できたなら。
きっと、良いだろう。

ちょっと、そんなことを思った。

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