道路を作り過ぎると

最終更新日:2008-05-18

物事には良い加減があるという。
何でもほどほどが良いわけである。
過ぎたるは及ばざるがごとし…と。

で、ちょっと思うこと。
今の日本。
道路税をたくさん集めて。
道路財源をたんまりと確保して。
今後10年は道路をどんどん作り続ける…と。
総額59兆円、と。

今の時代、福祉も、医療も、教育も、環境も
いろいろと大変で苦しいというのに。
それでも道路、道路、道路だ、と。

道路をたくさん作る。
道路にばかりたくさんの血税をつぎ込む。
そしてできた道路大国日本?。
何か、おかしい。

ところで…。
道路とは何であろうか?。
通路、通り道、人や物が行き交うところ、往来するところ、
流れる、移動する、運ぶところ…。
たくさんの往来がある道路は必要であるが、
そうでない道路が増えすぎたとしたら…。
そこにたくさんの血税をつぎ込むとはどういうことだろうか?。

血税は庶民のみんなから集めたものであり、
それは、きちんと庶民に分配されるものである。
納税の義務に対する分配の義務。
庶民のために…である。

それを、道路作り、道路整備につぎ込む。
それに関係するところにはたくさんのお金が入る。
そして、そこは潤う。
それが、どうして庶民のため?なのだろうか?。

道路はハードウェアだろう。
それがどんどん作られ、立派になる。
つるつる、ぴかぴかの道路。
それなのに…。

景気、経済が不調であるとしたら。
企業は経営努力をする。
有料の高速道路は使わない。
庶民だって同じだ。

少子化、高齢化の社会。
自動車の保有率も下がっている。
オイル税が高いとあれば、節約は当たり前。

ということは…。
使われない道路がたくさんあるということ。
使われないハードウェアがたくさんあるということ。
使われないものに、どんどん血税をつぎ込んでいる仕組み。
庶民の血税は、あるところへ流れる。
次々と彼らのお財布の中へ。
やはり、庶民の血税がちゃんと庶民に分配されていないのでは?。
公的なところがちゃんと役割を果たしていないのでは?。

そうした逆効果の血税の使い方。
それを、きちんとした方向で、庶民の生活に、景気、経済対策に、
福祉、医療、教育、環境に役立てたとしたら…。

今、必要なことを。
これから必要なことを。
本当に必要でありながら、道路が開通していないところに。
庶民が、企業が毎日のように使う道路をきちんと整備すること。
そして、無駄遣いを禁止すること。
限りある庶民の血税を、きちんと庶民に分配したなら。
日本が、社会保障がもっともっとより良くなりますように。

ちょっと、そんなことを思った。
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