ネット社会の安全性

最終更新日:2007-02-21

ネットの匿名性は

ネット社会の安全性についてちょっと。
ネットはパブリックな場である。
いろいろな人たちがネットにアクセスしている。
いろいろな目的で参加している。

ネットは匿名であるから良い・・・、と。
でも、どうなのだろうか。
本当にそうなのか。

昔、gaiaxという巨大な(?)コミュニケーションサイトがあった。
(今もその一部が残っているのだろうか。)

登録は自由。
自分のプロフィールを作成し、公開する。
Diaryの公開、Friend登録、Linksの管理、BBS、その他・・・。

私も登録していた。
それまで作成していたホームページとは違っていた。
こつこつとページを作成するというよりも、
みんなが簡単に交流できるように・・・という感じ。

ところが・・・。
何度も掲示板あらしを目撃した。
そして、その被害のためにページを閉鎖するという書き込みも見た。

それはどうしてか?。
匿名性が守られているから・・・だろうか。
攻撃する側は匿名であって、自分の身が守られている。
そこで被害に遭ったものはただそれを受けるだけ・・・。
ここにそのシステムの不備がある。

それから・・・。
私がちょっと利用させていただいた楽天ブログ。
そこでも迷惑な書き込みがある。
アダルトな宣伝。

ただ、楽天ブログユーザのみが書き込みできるような設定にすると
迷惑な書き込みはなくなるように思う。
ここでも匿名性が迷惑行為と関わっているのでは・・・。

今、ミクシーのようなサイトが流行っている・・・、と。
ここは招待制のコミュニケーションサイトだ、と。
ネットでありながら、完全な自由、完全な匿名ともちょっと違う。

サイトに登録するためには参加者の招待状が必要になる。
未登録な人たちには内部が見えない。
登録の際、基本的なルールに同意する必要がある。
で、会員になるとお互いがルールを守りながら交流をする。
ある枠組みがあって、そのシステムが成り立っている。

きっと、これが良いのだろう。
完全な匿名でないこと、完全な自由でないことが
その場の秩序を維持しているのではないだろうか。

ニックネームでの交流であったとしても、
その集団の中での自分の存在がはっきりとしている。
私の存在がはっきりとしているので、
迷惑な行為をするとき
私としての意識が働く。
そこには、自由でありながら責任がある。

また、迷惑な行為をしたときみんなから指摘されるだろうし、
何らかの罰を受けるだろう。
それに、システム管理者からの適切な対処も大切では・・・。

もし、ネット社会で匿名性が必要となる場合は・・・。
匿名でないことが悪質、劣悪な方向へ向かい、
匿名性を守ることがその解決、健全化に役立つのだろう。

そう考えて見ると、何かが見えてこないだろうか。

ネット社会においても私、自己の存在は大切なこと。
ネット社会にも自他があって、それが関わり合っている。

匿名性を悪用して、迷惑な行為が行われている。
そこでは不明確な私が迷惑な行為を行い、
相手を傷つけ、でも、自分は痛みを感じない。
だから、迷惑な行為をし続ける。

そうだとすると・・・。
ネット社会がよりよいものであるために。
よりよいものに成長するために。
何が大切で、何が必要であるのか・・・。

ちょっと、そんなことを思った。

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