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戴冠式



時は鎧と剣と弓と馬の数が物をいう頃、ここムーアチス大陸は、東方を支配するスパルトス帝国と西方を支配するイリアッド同盟連合国に二分されていた。半年前の休戦協定以来大きないざこざは起きてはいなかったが、何度となく反故にされた経験上、異様な緊張感が続いていた。

急死した先代、西方のイリアッド同盟連合国大帝ウイリアムヌスの葬儀の当日も大勢の参列者であふれたが、その嫡子であるオールディアム新大帝の戴冠式の大晩餐会も、近隣諸国や同盟国の首長クラスの面々が祝いの宴に駆けつけていた。スパルトス帝国の脅威から各国を守るため、連合の結束を確認するためでもあった。
会場はイリアッド国の首都にある先代大帝の名をとったウイリアムヌス城大広間。大きなテーブルがいくつも並び、出される料理や酒もすばらしいものばかりではあったが、何より音楽好きの新大帝の発案により、四隅に楽士を配して同じ曲を演奏させると石作りの城はサラウンドな響になり、着飾った招待客は酔いしれた。

きらびやかな装飾が施された広々とした出入り口から真っ直ぐ赤絨毯が敷かれ、その真正面ひな壇の先に玉座があり、やや幼さの残るオールディアム新大帝が鎮座していた。その斜め後ろには、先代から使えている参謀長官ともいえる長老イッシリウスがさまざまなアドバイスを耳打ちしていた。

ラッパ隊のファンファーレが響いた。
「同盟国セントソフィアのショーモイエル大公ご一行様が到着ーく!」
門番衛兵が報告の声をあげた。
何人かの護衛と共にショーモエル公が新大帝の前に歩み出た。
「ささやかな貢ぎ物ですが我が国産物の織物にございます」
共の者が両手で盆に載せ差し出す。ひととりの外交辞令をかわした後、
「ゆゅくりしていってください」
引き際をこころえている大帝は晩餐会場のあたえられた特別席へと向かう。と、さっそく長老イッシリウスが耳打ちをはじめた。
「セントソフィア国は我が国の東方にありスパルトス帝国との国境沿いにあります。」
「それは要所ですね」
ファンファーレが響く。
「同盟国ベーオオルフのコロッセチヌス大公ご一行様が到着ーく!」
共のものが小型の荷車をオールディアム新大帝の前に差し出す。
「我が国の特産オリーブオイルにございます」
そして特別席へと向かう。
「ベーオオルフ国は我が国より遥か西方にあり、あまり戦火をうけておりません。まれに海戦をするぐらいで平和なものです。ただし戦争になるとロッセチヌス大公は資金援助は惜しみません」
「それはありがたい」

次々とファンファーレが響きあがる。
「同盟国アウグチヌスのミシュコルツ大公ご一行様が到着ーく!」
「アウグチヌス国は西隣にあってミシュコルツ大公は兵の調達に長けております」
「同盟国コロヌスのアンジェ公子ご一行様が到着ーく!」
「コロヌス国はすぐ南西にあり、アンジェ公子の父君のカグァーライ2世は病にふせっておいでとか」
「同盟国マジャールのサンタンデル大公ご一行様が到着ーく!」
「マジャール国は北に位置します。サンタンデル大公は亡きウイリアムヌス様と親友でございました」
「それは葬儀のときに聞いたぞ」
「そうでございましたね。ただ皆にはお会いになられていませんでしたから、ご存知ないかと」

ファンファーレがおかしな音に鳴り響いた。
「休戦国スパルトス帝国のルードトベルク公子ご一行様が到着ーく!」
「なんと?!」
会場は一瞬止まった。ちょうど楽士の交代の時間と重なっていたため、異様なざわめきが支配した。
精悍な顔立ちのルードトベルク公子がオールディアム新大帝の前にひざまずく。
「このたびはおめでとうございます。我がスパルトス帝国のバルバドス大帝は休戦協定を持続したいとのお考えのようで、こうしてお祝いに駆けつけた次第にございます」
と、顔を上げるが笑みはない。
「わがイリアッド同盟連合国も異存はございません」
「我が国特産の葡萄酒をお持ちいたしましたが、どうやら私のほうが先に着いてしまったようで、後程商人たちが運んでくるでしょう。ではこれにて」
ルードトベルク公子はそそくさと立ち去った。
「油断めされるな。あの男、つわものですぞ」
「うむ」

通常のファンファーレ鳴り響く。
「同盟国アンムセルムのビドゴーチニスク大公ご一行様が到着ーく!」
「アンムセルム国は我が国とベーオオルフ国との間にあります。ビドゴーチニスク大公は少々わがままなところがあり国情はよろしくありません。スパルトス帝国と内通しているのでは、とのうわさもあります」
「それはやっかいな」
「同盟国ベルダンのウマンハイム大公ご一行様が到着ーく!」
「ベルダンも東方にありスパルトスとの国境ぞいに位置しています。しかし、休戦中とはいえセントソフィアのショーモイエル大公もベルダン国のウマンハイム大公も、国を開けて大丈夫なのか」
「よい側近がおられるのではないのか」
「それならよいのですが」

そこへ大きな荷車が運び込まれた。スパルトスからの貢ぎ物だ。葡萄酒の大ダルが4っつ乗せられていた。商人がいそいそと現れ、
「どこに置きましょう」
「そこの貢ぎ物置き場にころがしといてもらおうか」
長老のイッシリウスが楽士席の横のさまざまな特産品のあふれる一隅を指差した。
「では」
大晩餐会は華やかに続いていた。特別席の大公たちの会話もはずむ。
「まだまだ若造だなあ新大帝も」
とはセントソフィアのショーモイエル大公。
「少々心配ではあるが、イッシリウスがついているから何とかするだろう」
ベーオオルフのコロッセチヌス大公がうける。
「しばらくは様子見か」
マジャールのサンタンデル大公。

「あの者はどなたであろうか、実に美しい」
オールディアム新大帝が目線で指し示し、長老にたずねる。
「おや、来ておられたのか」
「それはどういう意味だ」
「あの方は、スパルトス帝国と同盟を結ばれているプランタジニネット公国の姫にございます。プランタジニネット公国はセントソフィア国と国境際、つまり最前線に位置しておりまして・・・」
「どうした」
「良いかも知れませんね、縁談を結ぶことができれば、へたに攻撃を仕掛けるようなこともしますまい」
「そうゆうものなのか?」
「国作りとはパワーバランスなのですよ、明日にでも使者を遣わしましょう」
「うまくいくとよいな」

その時ラッパがけたたまい響きをあげた。ファンファーレではなく緊急を知らせる音色である。
「たいまつ通信衛兵来城!!」
たいまつ通信とはたいまつを使ったモールス信号のようなもの。高台や塔などを経由して短時間で情報の伝達がおこなえる。
会場は緊張感に包まれた。楽士も演奏をとめる。通信衛兵は玉座の前で一例し書面をオールディアム新大帝へと差し出した。
後ろから覗き込んでいたイッシリウスが叫ぶ。
「みなのもの聞いてくれ、スパルトス帝国が休戦協定を破った!。これは、たいまつ通信の報告で早馬の確認はとれてはおらぬが、ベルダン国に挙兵したらしい」
それを聞いたウマンハイム大公の手からグラスが滑り落ちた。浮き足立つ晩餐会大広間に再びけたたましくラッパが鳴り響いた。
「たいまつ通信衛兵来城!!」
二人目の通信衛兵も玉座の前で一例し書面をオールディアム新大帝へと差し出した。
「これは!!」
「セントソフィア国が我がイリアットに宣戦布告とな?!」
「同盟国なのにか」
アウグチヌス国のミシュコルツ大公が、セントソフィアのショーモイエル大公に詰め寄る。
「な、何としたことだ。私の留守の間に謀反とは」
「これは困ったことになったぞ」
ベーオオルフのコロッセチヌス大公がつぶやく。
「おたくの国はまだいいだろう、我がコロヌスはベルダンに近い」
とはアンジェ公子。にコロッセチヌス大公は、
「我が国とて海から上陸されると厳しいものがある」
「いいかげんにしないか、同盟国どうしでいがみ合うな」
アウグチヌスのミシュコルツ公がたしなめる。

これらをぼーぜんと玉座で眺めていた新大帝は、異音でわれに返った。宴会場の端のほうでポン、ポポン、と立て続けにはじける音。3人の黒ずくめの覆面が現れ、素早く玉座へ駆け込む。手には鋭利な三か月型をしたナイフ。側にいたイッシリウスを突き飛ばしオールディアム新大帝の後ろから、ナイフを根首にあてがった。
皆があっけにとられ何もできないでいた。3人ならすぐにでも倒せるが人質を取られていたのでは、ましてや殺し屋は死をも覚悟している。
「クソッ!」
イッシリウスが歯ぎしりする。
「スパルトス帝国のルードトベルクの野郎、葡萄酒タルに刺客を!!」
衛兵たちが玉座を包囲するなか、殺し屋はオールディアム新大帝に問う。
「今際の極みに言い残すことはないか?」
オールディアムは、うつろな目で一言つぶやいた。
「誰がなにやらさっぱりわからん・・・」



 
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