夢幻境
戦争
私は敗残兵
夢は潰え
右腕は吹き飛び
両足は砕け
腹からは腸がはみ出ている
それでも彼は生きていた
生きて故郷へ帰る為に
生きて戦争の悲しさを伝える為に
生きて彼女の手を取る為に
彼は諦めなかった
残った左腕を使い少しずつ進む
唯・・・生きる為に
死神が笛を吹く
彼の者の進みが止まる
懸命に動かしても微塵にも動く事が出来ない
彼は気づかない・・・あまりの冷たさに血が凍り固まっている事を
彼は気づかない・・・あまりの寒さに痛みが無くなっていた事を
辺りには死神の残酷で慈悲深い笛の音だけが響いている
死神が鎌を握る
空からは白い涙が零れ落ちる
それはさながら戦場の光景に涙するように
世界を灰色に染めていく
それでも彼は諦めない
耳朶に響く死神の足音を聞きながら懸命に腕を動かす
帰る場所があり
伝える事が残っていて
そして帰りを待っている人がいるから
私は腕を動かす
目前に迫った車輪を・・・眺めながら
死神が鎌を振るう
あぁ・・・
また一人
戦争が人間を殺していく
月の牢