評価p 書名 著者 出版社
★★ 蛇にピアス 金原ひとみ 集英社
 今、話題の全国書店で平積み中の芥川賞受賞作です。綿矢りささんと同時受賞されたのですが、この人は知りませんでした。「すばる文学賞」を受賞していた作品だったらしいです。「すばる」って結構チェックしていたんですが。文藝春秋に選評と作品が全文掲載されているというので買っちゃいました。さて読んでみますと・・・。
 ・・・ふう。読み終わったときに頭抱えちゃいました。作品が扱っているアイテムは舌にするピアスとか、刺青とかです。また、作中でしょうもない理由で人が死にます。「最近の若いものはナに考えてるかわからん。」と一気に20年くらい老け込んだ気分がしました。でも読むのはやめられなかったです。あっと言う間に読んじゃったんですが、作品のもたらす不思議な後味が薄気味悪いようでもあり、ある意味正統派の純愛物語のようでもあります。文学を考えたい人は読むべきです。
 今日の書評では、ある面評価し、ある面反感をもっているので、分かりづらくならないように、先に結論を書いておきます。金原ひとみさんを散文の書き手としてとても高く評価しますが、反面作品は好感を持っていません。こういう作品(すごいんですが)を選ぶ芥川賞が日本で小説を売れなくしていると思います。芥川賞に限らずほとんどの純文学賞が「面白い作品」じゃなくて「ケッタイな価値観」を求めている。
 まず、本作は小説として評価すべきものだと思います。すごい文章力、というよりは実体験からくる文章の迫力のようなものを感じます。余人にはかけないものです。文章の一人称の語り口と本作品から読み取れる価値観がよくマッチしてるように思います。
 これまでのすばる文学賞ってすごくショックを受ける新しい価値観を打ち出している場合が多いと思います。ですが、細部のリアリティとして、大概は「そんなストーリーありえないよ」と思わされる作品とか、「妄想が文章なの? どっからどこまでが本当の中身。」みたいな感覚の作品が多かったと思います。でも本作品で起こる事件や登場人物の行動は、決して常人の想像の範囲にないことなのにすべて納得できます。これだけの作り話がすんなり頭で理解できるのはすごい。作者のこれまでの人生が反映されてるのは間違いないと思いますが、事件や登場人物の感性は作者の脳みその中で計算されてこねられて出来たものだと思うので、やはり巧みなストーリーテラーでもあるんでしょう。いやはや、すごい才能。20そこそこのギャルにこんな人がいるなんて。(あの六本木あたりで終電過ぎてもいる人たちみたいな女の子だったんですよね。)
 矛盾するようですが、すごいすごいといいながら、皆さんにお奨めはしません。僕はつまらん常識人です。自分のこどもには読ませたくないです。文章としてすごいのはわかります。先入観なしで読んでみるとひょっとしたら若い人は「そうそうオレも(ワタシも)そういうノリで生きてんだよ」とか「ワカるなそれ」とか思うのかも知れません。
 しかし、多分、おっさん/おばさん達は「日本の将来はどうなっちまうんだ」とか「こんなのが息子/娘に読まれて、不良になったら、いったい誰が責任とるんだ」とか思うでしょう。
 選評で村上龍さんが細部は光ってないが全体のインパクトがすごいというような意見を載せてました。僕も語り口は、淡々としてて、あんまり文学的でないなと思います。でもぐいぐい引っ張られる。新しい小説ですね。受賞のことばで「適当に生きてきて、今も適当に生きてます。これからも適当に書いていきます。」とか言ってるんです。まあ、その気負いのなさと冷静さが作品に凄みを与えているのかも。大物ですね。ホント。でも、万人に奨める小説じゃないと思います。
 冒頭に書いたように、純文学系新人賞などの選評を読むと、どの賞も「文章力と新しい価値観」を求めているように感じます。おそらく、本作もそれが評価されたのだと思います。でも、「「文章力と新しい価値観」は社会一般の人たちが読みたい小説の要件ではないんじゃないか?」と僕は思います。芥川賞ってとると売れますけど、「これホントに皆が求めていたストーリーなの」と。文学賞は日々文章をひねり出すプロ中のプロが選考委員になって選びます。芥川賞なら、河野多恵子、山田詠美、村上龍、宮本輝、高樹のぶ子、・・・(池澤夏樹と石原慎太郎はちょっと作家らしくないようなクエスチョンも感じてますが・・・。)、だから、読む人が読みたいものを選んでるわけじゃないのなとも思います。
 「自分の好きなことを書くのが純文学」とある大昔の大物戯曲作家がいい放ちましたが、それにこだわったまま文学界は何年も殻に閉じこもっちゃったなと思います。文化の担い手として、小説が映画やマンガに負けてるというのはよく言われてるようですし、僕もそう感じます。席に座って、2−3時間見て聞いてると話が進む映画に負けるのは当り前というのも一理あります。でも、小説にしかできないこともあるので、それを利用して小説文化を盛り上げる人を権威ある賞に選ばなきゃいけない。 小説の長所って? 「@いくら長いのでもかける。A絵を見せないからこそ、人の心の動きを明確な文言で書ける。B絵を見せないからこそ、作品世界全体を見渡した神様みたいな存在を持ち出して、3人称で物語を進められる。C絵を見せないからこそ、ありえないものをリアルに書ける可能性がある。D元手が圧倒的に少ない。ストーリーが書ける人が1人いれば出来上がる。」・・・というようなところでしょうか。
 書き手の優劣を判断するのは新人賞の役割であるべきと思います。極端なことをいうと文学賞は作品が、出版社のマーケティングの良し悪しに拠らず最も売れるはずだったものを見出せばいいんじゃないでしょうか? SFとか、ミステリとか、ジャンルごとにあればいい。だいたい日本の純文学みたいなジャンルって外国にあるんだろうか? 文章の書き手じゃなくて読者でしかない人が選ぶ賞がもっとあってもいい。「サントリ読者賞」とか「このミス大賞」なんかいいですね。
 純文学を否定して撲滅せよというわけじゃないですが、こういうのは読みたい人だけがほそぼそと買ってくれればよいもので、若い女性が2人受賞とかで話題作りの演出をちょっと感じちゃうんです。今回は作品はすごいと思いますが、取り上げて皆で読みまわすものだとは思えないです。僕は、たまたま小説すきなので読んで面白かったんだと思います。
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