新幹線再考

1,新幹線再考のきっかけ

 私は、特に明言はしていないものの、基本的に新幹線・リニア推進派であって、九州新幹線・北海道新幹線・中央リニアはある程度採算が取れる、と考えていた。しかし、「2007年問題」を深く考えるようになると、この考え方に疑問が生じた。2007年問題とは、2007年から日本人口が減少に転じる、という人口問題をそう呼ぶ。今までの日本は「人口上昇」と「経済発展」を前提にインフラ整備を進めてきたわけで、私も基本的にそのような考え方だった。しかし、その一方が頭打ちになり、もう片一方も中国の後塵を帰している現在、このシナリオを前提に進めてきた、「東海道新幹線破綻シナリオ」や「新幹線はいつか必ず黒字化する」という考え方に疑問を持たざるを得なくなった。ここで、もう一度新幹線整備がこれ以上必要かどうかを考える。

2,新幹線に追い風と考えられている社会的兆候

・経済発展

 近年、1990年からへこんでいた景気が、大きく回復する兆しがあり、利用者の多くが出張である新幹線の需要は今後伸びる、と予想される。しかし、逆に言えば、経済が回復しているにもかかわらず、新幹線の乗客数は余り伸びていない、だから新幹線はこれ以上必要ない…と言うこともできる。現に、15年前の本を見ると、よく東海道新幹線は限界に近いから、中央リニアが早急に必要だ、という話は良く出ている。しかし、東海道新幹線はまだ少し余裕がある。その証明として、「新幹線の品川駅」が挙げられる。品川駅は、元はというと、輸送上のネックとなっている、東京〜品川前の車庫線の間のネックを、品川駅発着新幹線の設定でしのごうという意味で建設されたのに、実際には品川発着はほとんど設定されていないのである。つまり、品川発着分(おそらく4本程度)が丸々余裕分として残っている、ということである。逆にいえばそれだけしかない、と言うこともできるのだが…。

・原油高

 原油が高くなれば、飛行機や自動車が価格面で不利になり、鉄道利用が増えると考えられる。特に各航空会社は原油高で大苦戦といったところであるし、ガソリン価格もじわじわと上昇している。しかし、それは経営面においてであり、飛行機利用者が減る兆しは特に見られない。また、車に関しては、利用を減らす兆しが見えるものの、ハイブリットカーのような車が普及したり、電気カーが登場したりした場合、ほとんどこの効果は無くなる。また、肝心の原油高も、新エネルギーの開発如何で、大きく変動する可能性が高い。以上から、原油高は短期的には多少の影響を及ぼすが、長期的に大きな影響を及ぼす可能性は低い。

・環境問題

 鉄道の方が環境にやさしいから、という理由で多く利用される可能性はある。しかし、自分で言っておきながら言うのも難だが、これはおそらく嘘である。消費者が便利さよりも環境を選ぶことは考えられないからである。確かに、多少の便利さを損なうだけで、大きく環境を改善できる場合は、ある程度の効果が期待できる。しかし、大きく便利さを損なう場合、どれほど環境に対する影響が大きかろうと、消費者が環境を選ぶことはほとんど無い。あるいは無視できるほど小さい。ただし、政府が環境のために、鉄道利用を何らかの形で便利にすれば、または他の交通機関を著しく不便にすれば、事情は異なる。だが、政府にその様子は毛ほども無いし、下手にこのようなことをすると、経済発展が著しく阻害されるので、しない方が良い。

3,新幹線に逆風となる社会的兆候

・2007年問題

 人口の減少が始まり、それに伴って新幹線の利用も減る、というシナリオである。ただし、人口が減り始めても、絶対数から見れば大した減少ではない。しかし、人口増加が無くなる、というのは非常に大きい。楽観的に見れば絶対乗客数は減らない可能性もあるが、それにしたって限度がある。短期的に見れば影響は余り無いが、長期的には大きな問題となる。

・財政赤字

 小泉政権下において、小さな政府を目指すために新幹線建設が凍結される、というシナリオ。ただし、選挙のマニフェストでは一応新幹線整備は続けることになっている。それでも、世論が小さな政府を志向する中で、たとえ小泉政権下では続けられたとしても、それ以後の政権が新幹線建設を続けるのは、きわめて難しいと言わざるを得ない。新幹線建設には大きな政府が必要なのである。とは言うものの、官僚が頑張ってしまった場合、今後も金は新幹線にばら撒かれることであろう。日本においては、民衆よりも官僚の方が力は強いのである。

・IT化

 IT化は人間の高速移動の必要性を奪い、新幹線も利用者が減る可能性がある。例えばインターネットを利用したテレビ会議などは良い例だろう。しかし、テレビ会議は意外と早く登場した割に、余り普及していないように思える。また、IT化は逆に人間の移動機会を増やす可能性もあり、予測は難しい。所詮私程度の人間には、テクノロジーの未来は計りかねる。

・建設費用の増大

 これはあくまでも経験則であるが、建設費用は高くなっても安くなることは無い、という法則がある。今のところ、これに反する新幹線路線は一つも無い。東海道新幹線は、今思えば無茶苦茶効率の良い投資だった。利用者が莫大だったし、なんといっても建設費が(今と比べれば)激安だった(それでも無駄な出費は多々あったようであるが)。
 利用者の比較的多い所は建設しつくしてしまった現在、東海道新幹線時代に比べ、何倍にもなった建設費を負担するのは非常に難しい。しかも、その路線は東海道新幹線よりも田舎に位置しているのである。(当然その地方公共団体の資金力も低い)今後の新幹線はその建設費負担がまず問題となろう。
 一般に、投資というものは、ただ利益を上げればよい、というわけではない。投資資金を回収できるだけの利益を出さなくてはならない。しかも、投資資金を借入金でまかなったのであれば、その利子を支払うだけの利益も必要だ。当然、利子の方が利益より大きくなれば、借金は減るどころか増えることになる。これだけの収入を、近年の地方新幹線は稼ぎ出すことが出来るか?否である。投資効率的には、東海道新幹線以外成立した新幹線はない。

・在来線の高速化

 そもそも新幹線は必要なのか?在来線を高速化すれば、並行在来線の問題も解決する必要が無く、しかも安く速度を向上できるのではないか?ただし、東海道新幹線は新幹線以外ありえない。なぜなら、在来線が許容量の限界に達していたからである。あくまで輸送量の増大が第一目標であり、速度は二の次だった。しかし、現在は速度が主流であり、並行在来線を第三セクター化して切り捨てているような状況である。だったら切り捨てるつもりの並行在来線の改良にとどめた方が良いのではないのか?今後の技術進歩により、フリーゲージトレインが実用化されたり、在来線のカーブ通過速度が向上した場合、新幹線の意義は薄れるだろう。
 もちろん、在来線の基礎条件の違いもあり、路線改良が良いとは、一概には言えないところではある。だが、そもそも在来線高速化との比較すらせずに、新幹線ありきの論調が強いように感じる。

・運賃は下がらない

 鉄道運賃はほとんど下がらない。あなたが1960年代以前に生まれた人間なら、国鉄が1年で運賃を何倍にも上げていたことを思い出すかもしれない。残念(と言うべきかは分からないが)ながら、私のような若い世代の人間は、JRになってからほとんど値上げされていないため、鉄道運賃がそれほど高いものだとは思わないかもしれない。しかし、鉄道運賃はよほど特殊な事情が無い限り下がらない。私が知る限りでは、京王が複々線化を終了させた際、複々線化費用分の値上げをやめて、事実上の値下げとした場合しか思い浮かばない。これは非常に特殊なパターンであり、実質無いと言い切ってよい。
 なぜか。その理由は色々あるだろうが、結局は、大幅なコスト削減がほぼ不可能である、というこの一言に尽きるであろう。経験則でも示されるし、デリケートな軌道システムの維持費用を考慮しても、コスト削減が難しいことは分かるだろう。電化製品は毎月数%ずつ下がっていくが、これは投資や新技術で、いとも簡単にコスト削減が可能だからである。特にパソコンの基幹部品であるCPUは、価格がいきなり半額になることさえある。それに比べ、鉄道は、そのような劇的な原価改善は全く望めないし、たとえ、少しずつ原価を低減したとしても、結局は物価上昇に伴う費用の増加が同時に発生し、コストはほとんど変わらないのである。また、鉄道は競合他社が存在しない独占市場である、という点も価格下落がしにくい環境を生み出しているように思われる。
 長々と説明してしまったが、運賃が下がらない、つまり利用コストが下がらないと言うことは、今後劇的に利用者が増える余地が少ない、ということである。この状態で、他の交通機関のコストが大幅に下がった場合、確実に新幹線は淘汰される運命にある。新幹線どころか、在来線も危うい。
 どうも、鉄道と言うシステムは、産業革命最大の特徴と言える、典型的な重厚長大型システムなのではないだろうか。そしてそれは、利用者は増加する、という前提に立ったシステムでもある。だからこそ、規模の拡大して利益を増大するのは得意だが、規模を維持または縮小しながら、コストを削減することで利益を維持するというのは難しいことなのかもしれない。

・経済成長と新幹線

 東海道新幹線の利用者数は、人口増加率よりもはるかに高い比率で増加した。これは、今まで新幹線に乗れなかった人が、所得の増大で乗れるようになったためであり、これが高い比率の原因であると思われる。しかし、現在新幹線が経済的な理由で乗れない人はほとんどいない。高速バスを利用する人にしても、今後さらに所得が増えた所で新幹線を利用するようにはならない。高速バスを利用する人は、貧乏だから新幹線を使わないのではなく、その速度が必要ないから使わないのである。今後、経済成長に伴って新幹線利用者が増えると言うのは疑問である。
 また、そもそも高度経済成長期は二度と来ないであろうというのが、私の考えである。日本は既に充分成長しきった。あとはあっても微増。大抵は現状維持が下降が待つのみといったところであろう。そんな状況で新幹線利用は増えるのか。私は疑問である。また、グローバル化の進展で、高い人件費がかかる日本人より中国人を使う傾向が、少しずつではあるが現れており、経済が発展しても一般市民の所得が増大するかどうかも疑問である。

4,結論

 かなり一方的な思考だったように思われるかもしれないが、これでもかなり中立的に思考を進めたつもりである。しかし、当初の予想以上に新幹線推進派が不利になってしまった。もちろん、この中でも重要なのは2007年問題であることに間違いは無い。どんなに頑張っても、頭打ちが遅れるだけで、人口減少により、いつかは利用者が減り始めるのは目に見えている。最初にも述べたが、民間企業は人口減少を織り込んで事業展開をしているようであるが、政府の対応は明らかに遅れている。というか、気づかないふりをしているように思える。いい加減事の重大さに気づき、インフラ整備計画を根本的に見直す必要がある。