序
夕日が黒い海に呑まれ、外界の雫となって消えた。
その時起きた泡の一つが、この寂しい道を照らす電灯として残った。
(何かがいつもと違う)
歩き慣れている道が、
知らない土地のように末広がりになっていく。
コツン……コツン……
一つは自分の足音で、一つは蛾が灯りにぶつかる音。
この不快なこそばゆい感触はなんだろう?
後半身が総毛立って知らせてくれた。
――視線だ。
しかし、辺りを見渡しても、ゴーストタウンのように人気のない家屋達。
強烈な視線を感じるのは上からだ。
意を決して見上げた……
まるで黒布を垂らしたような、ぼってりと重い空。
違和感。
あれは、月?
――今までは月だと思っていたもの。
そこから、巨大な目玉が覗いた。
穴だ。
月の穴から覗いた目が、じっとこちらを見ている。
月は覗き穴だった。
だが、それがどうした?
世界の仕組みを知ったところで……逃げられやしない。
この世が虫篭の中だと気付いても、
その外に帰る家はないのだから。
「月が――どこまで行っても、追ってくる。
それは君に限っては、錯覚じゃあ、ないんだよ。
君を、視ている。
君を、観察している」
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