Cut&Paste

 アタシのカレは物質転移装置の研究をしている。

 そう、装置を作動させると、片方の筒に入ってるものが離れたもう片方の筒に瞬時に移動するアレ。

 そんなお話みたいな、と上の人間や同僚からバカにされながらも、執念深く続け、実際作ってしまったカレはさながら若き天才マッドサイエンティスト。

 何がマッドって執念が凄い。研究を続ける為にいったいどれだけの裏工作をしたことか。

 そしてアタシはそんなカレの研究のパートナーでもある(助手とも言うけど、立場に差がある感じがしてイヤ)。

 正直呆れ半分だが、それでもアタシがカレに愛想を尽かさないのは、研究しているときのカレは確かに輝いてるから。

 ま、とはいえ、さすがに転移装置の人間実験体第1号になってくれと頼まれた時は我慢ならなかったけど。

 いくらモノや植物やモルモットで成功してるからって恋人を人間初の被験者にってどうかと思う。

『自分はデータ取りたいし、こんなこと頼めるのお前だけなんだよ』

 と泣き付かれたけど、

『それならまずアンタが被験して安全確認しなさいよ!!』

 と怒鳴りつけて研究室を飛び出したのが一昨日のこと。

 そのまま昨日一日かけて頭冷やして、今日、冷静にしっかり話し合うべく研究室にきたわけ。なんだけど……

「……どうしたの、アンタ?」

 それが、アタシが研究室に足を踏み入れて最初に言った言葉。

 普通、カレは研究室ではいつも忙しく動き回っていた。それはもう、ノンストップで。たとえ机に向かって文章を書いているときでも、常に覇気みたいなものが感じられた。

 そのカレが、無表情で静かに黙々とパソコンをいじっている。平素の様子と比べたときの異様さったらない。

 考えてきた和解の言葉は完全に霧散した。

「ああ……お前か」

「いや『ああ……お前か』じゃなくって……どうしたのよ? なんかめちゃくちゃ暗いわよ? ……あ。もしかしてアタシが出てったのがそんなにダメージ大きかった?」

「いや、そういうわけではないが……」

 ……即答かよこの野郎。こちらも冗談半分だったとはいえ、こうもはっきりきっぱり否定されるとむかつく。むしろこの陰気さもアタシへのあてつけだろうか。

「……おとといはすまなかったな」

「へ?」

「たしかに自分は安全なところでデータを取りながら、お前に被験してもらうなどというのは虫のいい話だった。……いや、ましてや曲がりなりにもお前の恋人として、言ってはいけないことだっただろう。反省している」

「え、あーいや……まぁ、分かればいいのよ? 分かれば……」

 とはいうものの、釈然としない。なんというか……“らしくない”。

 いつもなら『どうか分かってくれよ!! これは偉大な進歩のためなんだ!! 俺の長年の夢なんだ〜!!』とか駄々こねるのに、今日のこの人は物分りが良すぎる。それに、しゃべり方にも違和感がある。いかにも理路整然とした科学者らしいしゃべり方ではあるけど……

「……ねぇ。本当にどうしたのよアンタ? やっぱなんか変よ!!」

 ……違う。こんなのはアタシが好きなカレじゃない。アタシが好きなのは、天才ではあるけど半面どうしようもなくバカで、だけどいつも輝いてる、そんなカレだ。こんな覇気のない陰気な奴じゃないはずだ。

「……君は、カット&ペーストを知ってるか?」

 カレは返事の代わりに突拍子もない質問で返してきた。

「え? あ〜……パソコンの操作の? あの『切り取り』やったあと『貼り付け』選択してデータの場所を移動するやつのこと?」

「……そうだ。じゃあその原理は知ってるか?あれは、元のデータを貼り付け先にコピーして、その後で元のデータを削除しているんだ。現実で物を運ぶように移動しているわけじゃないんだよ。その証拠に、アプリケーションとか、バックグラウンドで使用中のファイルを含むフォルダを削除しようとすると、まれに……」

 アタシはカレが長々話している間に、カレがやっていることを見てぞっとした。

 画面を埋め尽くす多数のフォルダウィンドウの間で、いろんなファイルを“切り取り”してはべつのフォルダへ“貼り付け”を繰り返しているのだ。

「ちょ……なにやってんの!? 気は確か?!」

「はは……いっそ狂ってしまえばと思っているが、残念なことに正気そのものだ。これは気を紛らわすために単純作業を繰り返しているだけさ」

 いやそれあきらかに正気から外れかけてるって。

 言いかけたときに、画面にエラーが出た。


『このフォルダは使用中です。削除できません』


「これだ」

 カレは言い、全部のウィンドウを閉じるともう一度デスクトップ上の問題のフォルダを選び、今度は削除を選択する。


『このフォルダは使用中です。削除できません』


 やはりエラー。

 それを見届けて、今度はCTRR+ALT+DELを押してタスクマネージャを起動した。

「見てくれ。見かけ上はなんのアプリケーションもフォルダも開いてないのに、消せない」

 そして、と言い今度はそのフォルダのカット&ペースト先の同名フォルダを開く。

「この通り、移動は完了している。言ったとおりだろう?」

そう言ってアタシに力なく笑いかける。


あ゛ーーーーイライラするッッ!!!!


「だからなんなのよッ!? 結局何が言いたいわけっ?!!」

 アタシはとうとう怒鳴り散らした。このまま罵詈雑言で完膚なきまでに叩きのめしてやろうと思っていた。

 でも、結果的に、アタシはカレに絶句させられた。

「俺、被験したんだ」

「え?」

「物質転移装置。お前に自分の身で安全を確かめろって言われて、実際それ以外に方法なかったからな」

 淡々とカレは語る。

「ホントにやったの!? てかすごいじゃん!? 今ここにアンタがいるってことは問題なく成功したってことじゃない!!」

 アタシは興奮気味に言った。まぁアレよ。アタシだってこの研究の片棒をかついでいるんだ、成功すればそりゃ嬉しい。

「問題なく……か。そうかな」

「は?」

 物憂げに弱々しい笑みで言うカレ。だからそのジメジメした態度やめろってば。

「ここで、さっきのコピー&ペーストの話だ。パソコン内でデータを移動する仕組みはどうなってた?」

「え? だから元のデータを貼り付け先にコピーして、その後で元のデータを削除……!?」

 ぞく、と。さっきとは比べ物にならない寒気が襲った。

 データを移動。

「つまり」

 転送。

「今ここにいる俺は」

 ……物質転移装置。

「被験前の"俺"なのか?」



 結局その後、すぐにカレは帰っていった。

「ここは俺の居場所じゃないんだろうな。今の俺はただのコピーかもしれないんだから」という最悪の捨て台詞を残して。

 んなこと言われたって、アタシはどうすりゃいいのさ……。



 そして、その数日後、カレは失踪した。

 前触れもなく、忽然と。

 もちろんアタシも探し回った。アイツの家、アタシの家、よく行く店、思い出の場所、etc...

 どこにもいなかったけど。



 途方にくれたアタシは研究室に戻ってきた。全ての元凶の場所だしね。

 アタシは室内の一角に鎮座している、でかいガラス張りで中が空洞の円柱に手を触れて、

「アンタ何したのよ。カレがあんなになるなんて……」

 と呟いた。

 その円柱はすなわち、物質転移装置の転移させるものを入れる筒。

 実にわかりやすい形だ。どっかの映画とそっくり同じようなもんだし。

 ちなみに今手を置いてるのは『入り口』側だ。ここから物質がとなりの筒へ転移される。

 ……何の気まぐれか。

 アタシは、

「入ってみようかな」

なんて世迷いごとを思いついた。

 別に装置を起動させるわけじゃないけど。豹変する前のカレが最後にいた場所だしね……ってなに感傷的になってんだか。やれやれ……アタシらしくないな。

 そんなことを思いながら、アタシは強化ガラスのドアを開け、筒の中に足を踏み入れる。

「……?」

 なにかが、違う。

 筒の外とは、雰囲気というか、よくわかんないけど"なにか"が。

 ふと見上げた時、アタシは見た。ような、気がした。

 見えてるんだか見えてないんだか良くわからない、光球のようななにかがアタシに吸い込まれるのを。



 気がついた。いや、あのあと一瞬気絶してて目が覚めたという意味でもあるけど、そうじゃなくて。

 カレに、何が起こったのか。

 それは、今アタシの中にあるこの熱い想いが物語っている。

 ――パソコンのカット&ペーストと、この装置の物質転移の原理が同じかはわからない。

 でも、ある部分は似ていることは間違いない。

 バックグラウンドで使用中の"モノ"は移動できない。

 カレの場合の"それ"は、情熱。

 あふれる知的探究心は常に全開フル稼働、一時だって止まりはしない。

 だからそれは転移元の筒に残り、転移先の筒には腑抜けたカレだけが現れた。

 そりゃ豹変するわ。情熱の塊だったカレから情熱を抜いたらね。

 ――そしてその情熱は。何の因果か、今はアタシの中にある。

 今ならカレの気持ちが100%よくわかる。アタシの好きだった、輝いていたカレの心が。

 待っててね。

 日常から存在をCutされたアンタが、たとえどんな辺境にPasteされたんだとしても。

 アタシは絶対に見つけ出す。

 アンタが残した情熱で。

 アンタに情熱を返すために。

 それが……パートナーである、アタシのつとめでしょ?



 〜End〜

小説ページトップへ      感想掲示板へ