ナビゲーター 〜導く者〜

(……ここか)

 ……夕刻。俺は暮れる陽に紅く染められた廃墟の前にいた。元はスラム街だったが、今は無残な焼け跡でしかない。

(本当にこんな所にいるのか……?)

 俺は拳銃を構え、周囲に気を払いながら進む。

 俺は雇われ暗殺者。この国を牛耳る組織から、この廃墟に潜む反逆者の残党の始末を命じられている。

 そいつは常人にはない特殊な力を持ち、並みの者では太刀打ちできないらしい。

「しかしこの街の連中はついてなかったな。レジスタンスがあったせいでこんなことになるなんて……」

 俺はこの惨状を前にひとりごちた。

 ここは数週間前、俺の雇い主である組織により滅ぼされたのだ。

 この国も元からこんなに物騒だったわけじゃない。かつては比較的平和な王国だった。

 だが数十年前、近隣国から大規模なマフィアじみた組織が進出してきたことにより平和は崩される。

 銃器を中心とした豊富な武器で武装した組織に、平和に緩んだこの国は実質的に乗っ取られてしまった。

 それから組織は武力に物を言わせ横暴な統治を始めた。

 金持ち連中はともかく、高い税金を払えないスラムの人間は圧政のもとに細々と生きていた。

 数あるスラムの中には、そんな状況を変えようとレジスタンスを結成するところもあったが……その結果が、このザマだ。

 同じスラムにいるというだけで、無関係の人間まで疑われ、消される。

 相手はまっとうな政治など考えず、目先の不穏分子に対しては消すことしか考えない奴らだ。

 自分たちの力量を考えず、闇雲に反抗するのでは無駄死にが増えるだけだということぐらいわかるだろうに。

 スラム生まれがのし上がるには、俺のように奴らの犬になり、気に入られるぐらいしか手はない。

 そう……反逆するなら、懐に入り、力を手に入れてからだ……

「ねぇ、そこのおにいさん」

「!!」

 突然声をかけられ、その方向に銃口を向ける。

 そこにいたのは、金髪の少年だった。

 薄汚れた白いシャツに、カーキ色のズボンをサスペンダーで吊った服装。

 そしてベージュのハンチングキャップを目深に被った姿で、瓦礫の上にたたずんでいる。

「やだなぁ、そんなに殺気立たないでよ。子ども相手にさ。こんなとこに何しに来たの?」

 そういうこいつ自体なぜこんな所にいるのか、と不審に思ったが、すぐに気付いた。

 銃口を向けても平然と笑って話し続けられる余裕といい、仮にもいくつもの修羅場を抜けてきた暗殺者である俺に気付かれずにここまで接近できる技量といい、ただのガキじゃない。

「……ああ、ちょっと人探しを、な」

「ふーん? それなら、ボクがこの辺案内しよっか?」

「いや、いらねぇよ。なんたって本人が目の前にいるんだからな。……そうだろ?“ナビゲーター”!!」

 言うと同時に俺はそいつに向かって銃の引き金を引く。だが、奴はそのまえにこちらを指差していた。

 すると、奴に向かうはずの銃弾が途中で止まり、俺めがけて襲ってきた。間一髪でよける俺に奴は言う。

「案内してあげるよ……地獄へね!!」

 そう、こいつの通り名はナビゲーター(みちびくもの)。

 人はおろか、意思を持たぬ物体でさえも思った方向へ案内できるという、特異能力者。

 こいつに向かう銃弾は、狙った者のほうへと返される。その力で今までも多くの敵を再起不能に導いてきたと聞く。

(しかし、こんなガキだったとはな……)

 飛び道具が効かないことを確認した俺は、そう呟きつつ武器を小刀に持ち替えた。

 こちらが銃を撃たなければ、攻撃方法はないはずだ。俺はすばやく奴に接近し、斬りつけようとした。

 だが……

「あっち」

「!?」

 奴が自分の右のほうを指差すと、俺の体は勝手に奴の右の虚空を斬りつけた。

 いきなり無理な方向転換をし、俺がバランスを崩したその隙に、奴は距離をとり、俺を指差した。

 すると、あたりに散乱している無数の瓦礫の破片が俺目掛けて飛んできた。

「……!! くッ!!」

 バランスを崩した勢いを逆に活かして前転し、辛くも直撃は避ける。しかし体をかすめた破片は防護服を裂き、避けた破片は廃墟の壁に激突、壁と共に粉砕した。

 こいつは思った以上に厄介な相手のようだ。しかもこの破片だらけの廃墟では相手は“武器”に事欠かない。

 全身全霊を持ってぶつかる必要がありそうだ。

 俺は間合いを取り、廃墟の陰に身を隠した。

「隠れても無駄だよ……『この破片はかならずあんたに当たるんだから』!」

 そう言うのが聞こえてくるや、瓦礫の破片が飛んできて、俺の横を通り過ぎた。と、思いきや、なんと突然何もない空間でピタッと静止し、俺の頭めがけて突っ込んできた。

「チィッ!!」

 伏せて回避する。だが頭の上を過ぎた破片は、また空中で静止し、方向をこちらに変えて飛んでくる。

(追尾するのか?!)

 間一髪のところで小刀を振るい破片を粉砕する。

 居場所を変えようと一瞬姿を奴に見せると、奴はすかさず俺を指差す。

 その瞬間、またもや無数の瓦礫が俺めがけて襲ってきた。

 すこし読めてきた。おそらく奴の攻撃は、大きく分けて指差すことで複数の物体の“行き先”の指定が可能なタイプと、言葉で行き先を“宣言”することで一つの物体を確実にターゲットに当てる追尾タイプの二つだ。

 そして能力の対象となった物体が破壊されれば効力は失われる。

 ならば……

 俺は奴の正面に躍り出た。

「あれ? もう観念したの?」

(言ってろ)

 俺は呟きつつ小刀を大きく振りかぶった。奴が俺を指差し、無数の瓦礫が飛んでくる。

「……! はァァッ!!!」

 俺は気合を込めて虚空を斬りつけた。高速の剣閃が空気を絶ち、急激に生まれた気圧の歪みにより風の刃が形成される。

 奥義“カザツルギ”、はるか極東に位置する辺境の島で生まれた暗殺術の極意の一つだ。

 見えざる刃は襲いくる瓦礫片を残らず砕き奴に向かう。

「?!! う、うわっっ!!」

 さすがの奴も予想だにしない攻撃に対応が遅れたらしく反撃はせず、とっさに体をそらし避ける。

 瓦礫片の破壊されていく過程を見て刃の軌道を予測したのだろう。

 だが避けられるのは予想範囲内。奴が風の刃に気を取られている今、俺がそのチャンスを逃すはずもない。

 暗殺用具の一つである鋼鉄製の頑丈なワイヤーを取り出しつつ一気に距離を詰める。

 バランスを崩した奴の隙をつき、背後に回り、一瞬にして両腕を後ろ手にワイヤーで拘束。うつぶせに転倒させる。

 口を塞ぎ、のど元に小刀を突きつけた。

「ふぅ……。観念するのはお前のほうのようだな。」

「むぐ、ぐ〜!!」

 奴はうなりながら悔しそうにジタバタもがく。しかし押さえつけてしまえばただの子ども。

 暗殺者として鍛えた俺にかないはしない。あとは止めを刺すだけなのだが……

「……」

 子どもを手にかけるのは気が乗らない。"あいつ"を思い起こすからだ。

 俺は改めて目の前の獲物を見る。

 大体十代前半といったところか。……"あいつ"も、生きていたらこのぐらいの歳になっていただろうか。

 わずかの間躊躇していると、後方に複数の気配を感じ、手を止めた。

「……あんたか」

 俺は振り向かずに気配の主の一人……雇い主である、組織の幹部に話しかけた。

 足音からして、手下を7、8人連れているようだ。

「お見事。一部始終見学させてもらったよ。まさか“ナビゲーター”を取り押さえるとはな。だが、殺すのは待ちたまえ。そいつにはまだ利用価値がある。殺さず生け捕りにさせてもらおう。……子どもを手にかけるのは辛いようだしな」

 そう言いつつククッと押し殺したような笑いを漏らす。

 おそらく顔は笑みの形にひきつらせているのだろう……相変わらずむかつく笑いかたをする野郎だ。

「……どういう風の吹き回しだ?」

「いや全くご苦労だった。想像以上の働きをしてくれたよ。……こいつの能力は貴重だからな。軍事研究サンプルとして生け捕りにしたほうが都合が良かったのだが、なにせ相手はかなりの腕だ。本気で殺す気で挑まなければ返り討ちにあうと思ったのでね」

「ふん……まぁかまわ……?」

 手下に奴……“ナビゲーター”を引き渡し、依頼者の方へ向き直った俺は、残りの手下どもが揃って俺に銃を向けているのを見て一瞬言葉を失った。

「……どういうつもりだ」

「いや全く残念だ。これだけの逸材が始末しなければならない反逆者とはね」

 依頼者……いや、組織の幹部は冷酷な眼で俺を見つめている。

「何のことだ……」

「ふ……とぼけても無駄だよ。調べはついている。君は馬鹿なレジスタンスの起こした抗争で、弟を失ったそうだね。それ以来、君は我らが組織とレジスタンス双方を憎み、我らに従うふりをしてレジスタンスを撲滅し、裏では組織を内側から崩す野望を持っていたわけだ」

 ……そう。数年前、組織とレジスタンスの大規模な衝突があった。一般民衆の事をかえりみない傲慢なレジスタンスのせいで、俺が住んでいた孤児院も巻き込まれ、俺は多くの友と、唯一の肉親だった弟を亡くしたのだ。

 そして俺は、両者への復讐を誓った。

 ……だが、どうしてそれを?戸惑う俺に、幹部は一層愉快そうにあざ笑いながら言葉を続けた。

「もっとも、子どもを手にかけるのだけは抵抗が残ったようだが?ターゲットの子どもを孤児院に逃がしていたとは思わなかったよ。わざわざ高額で闇の業者まで雇って、ご苦労なことだ」

 その言葉を聞いて俺は気が遠くなりかけた。

「な……!! ま……さか、あの孤児院を?!」

 瞬時に自分が育った孤児院が思い浮かぶ。あの抗争後も、シスターの下、細々と続いていたあの場所。

 偽善的だとは思いながらも、俺は標的の子どもたちだけは命をとらず、その孤児院にたどり着くようにしていたのだ。

「……今頃はもうここと同じような状態だろうな。ご愁傷様、だ」

 幹部は冷酷な眼のまま嘲笑する。

「……きさ……ま……!!」

 体中の血が逆流するかのような怒りの感覚に襲われ、小刀を構える。が、その瞬間銃弾が頬をかすめる。

「くっ……!!」

「ハハハ!! 無駄だ。いくら貴様といえど、一人でこの人数にはかなうまい。観念したまえ」

 そして手下どもの銃が俺に向けて一斉に火を噴いた。……だが、銃弾は俺を貫くことはなかった。

 ……というか、気がつけば俺はいつの間にか天高くを舞っていた。

「?!!」

 あまりに唐突な展開に、何が起こったのかわからず軽く混乱する。

 そうこうする間に体になにかの衝撃を受け、衝撃の逆方向に飛ばされる。

 俺はそのまましばらく空を舞ったのち瓦礫の山へと落ちていった。



「!! ……っ痛ぅ……」

 瓦礫の山に突っ込んだ衝撃に苦痛の声を漏らす。

 ……とりあえず生きているようだ。状況把握のため周りを見回す。

 瓦礫に囲まれていてどこなのかはわからないが、辺りが静まり返っていることと空中にいた時間から考えて、さっきの場所からはある程度離れているようだ。幸いたいした怪我もなさそ……

「ねぇ! ちょっと!!」

「うを?!」

 いきなり自分のすぐ側から聞こえた声に驚き、おもわず間抜けな声をあげてしまった。見ると、“ナビゲーター”が、俺の胸に顔をうずめていた。

「……何をしている?」

「腕縛られてて自分じゃ起きれないんだよ!! 助けてあげたんだから腕ほどいてよ!」

 ……なるほど。こいつが言葉を使った能力で自分と俺を空中に浮かび上がらせたのか。

 大方さっきの衝撃はこいつがぶつかった衝撃だったんだろう。

 俺はナビゲーターの腕の拘束を解いてやる。もうこいつの命を狙う理由もない。

「感謝してよ。ボクが機転を利かせなかったら、あんた今頃蜂の巣だよ?」

 そういって自分は一言も礼を言わない。

 だが今はそんなことはどうでもよかった。ため息をついて顔を覆う覆面をはずす。

 そして近くの瓦礫に力なく座り呟いた。

「……畜生……自分の手を汚してまで耐えてきた結果が、これか……!!」

 憎むべき敵である組織の奴らにあえて従い、本来同じ志を持つ者たちを大勢手にかけてきた。

 それもすべては、組織の信頼を得、それを利用し内部から打ち崩すためだった。

 だが、甘すぎた。やつらがスラム出身の俺などを信用するはずもなかったのだ。

 それどころか、組織のやつらは仲間でさえ疑う余地があれば始末するのだから。

 絶望感に襲われうなだれていると、突然叱咤の声が響いた。

「なにうじうじしてんのさ? ただ後悔してたって意味無いじゃん。とりあえず今のこと考えなきゃ……ね?」

 顔を上げると、ナビゲーターは俺に手を差し伸べ、笑いかけていた。

「……? なんのつもりだ?」

「ボクと手ぇ組もうよ。あれぐらいの人数、一人じゃきつくても二人なら楽勝だって!」

 輝く笑顔を向けるナビゲーターに俺は唖然としていた。

「お前……俺たちはさっきまで殺しあっていたんだぞ? なのに……」

「依頼だったんでしょ?その依頼主が裏切った以上、依頼は無効。なら、もうボクらが争う理由は無いじゃない。この先も共通の敵と戦ってかなきゃいけないんだし、協力しようよ」

 ナビゲーターはあっけらかんと言い放つ。

「……これがお前をはめるための芝居で、実は俺もあいつらのグルかも、とは思わないのか?」

「ううん、それはないよ。だってあんたの眼、綺麗だもん」

 奴は自信満々に答える。どこからそんな自信が出てくるのか……

「……眼?」

「そっ。綺麗で、それでいて悲しい眼をしてる。今は、ね。あんたは大事な人を失う悲しみを本当に知ってる。それだけでも欲に濁った眼した金持ち連中や、人でなしみたいな冷たい眼の組織のやつらとは大違いだよ。あんたはきっと信用できる」

 ……眼、か。言われて俺はナビゲーターの碧眼を見る。

 綺麗な……眼を、していた。そして、まだ幼さを残す外見とは裏腹に、確固たる意思と強さを秘めた眼差しだ。

(……大した器だ)

 俺は悟った。こいつが組織相手に脅威を与えていたのは恐らく戦闘能力のせいだけじゃない。

 年若いにもかかわらず内に備わったこの強靭な精神とカリスマ性。……そう、こいつには指導者(みちびくもの)の資質がある。

 こいつなら、あるいは……

「ね〜、で、どうすんのさ? 手ぇ組むの? 組まないの?」

 俺は静かにため息をつくと、立ち上がりナビゲーターの手を無視して歩き出した。

「あっ、ちょ、ちょっと……」

「……とりあえず、一時休戦だ。とにかく、あいつらを倒すのが先決だからな。それには協力する」

 俺は少しだけ立ち止まり、振り向かずにそれだけ言ってから、また歩き出した。

「もー……素直じゃないなぁ、照れちゃって♪」

「……勝手に言っていろ」

 俺はいまだにふざけ調子のナビゲーターを置いて走り出した。

「わ、ちょっと待ってよ〜!」

 後ろからあわてて走ってくる音が聞こえる。

 まったく……こんなところで漫才も無いだろうが。

 そう思いつつも、俺は笑み(苦笑ではあるが)を浮かべている自分に気付き、驚く。

 ふと気付けば、さっきまでの絶望感は消えていた。



 ――あたりはもうすっかり闇に染まり、月明かりだけがおぼろげに建築物の残骸を照らし出している。

 組織の手下二人は、夜の廃墟をマシンガンを手に周囲を警戒しながら進んでいた。


 カラン。


 瓦礫の影から石が転がる音がする。即座に手下たちはその方向へマシンガンを乱射し、瓦礫を蜂の巣にする。

 ひとしきり撃ち終えて反撃を警戒するが、あたりは静まり返ったままだ。

 一人が注意深く瓦礫の影を確認しにいく。……そのとき。

 背後で「がっ……」という呻きが聞こえた。

 驚き振り向いた先には、斬り裂かれ崩れ落ちる仲間と、……こちらに銃を向ける暗殺者。

 廃墟に、銃声が響く――



「ふぇ〜、あんた強いね。援護しようと思ってたのに。さっきの3人合わせると……一人でもう5人倒したんだ?!」

 遅れて追いついてきたナビゲーターが感心したように言った。

「ふん、当たり前だ。俺は暗殺者なんだからな。正面きって囲まれるとつらいが、闇にまぎれて二、三人を相手にするのはいつものことだ。さっさと次いくぞ、ナビ公!!」

 俺は銃に弾を補填し、また走り出しながら言った。

「ナ、ナビ公?! せめて“公”は外して……あ゛〜ちょっと待ってってば〜」

 俺たちが空へと姿を消した後、組織のやつらは少人数グループに分かれて俺たちの捜索を始めたようだ。

 全くなめられたものだ。

 暗闇の中で、しかも瓦礫だらけの廃墟という、死角の多い場所に潜む暗殺者に勝てるとでも思っているのか。

 ま、所詮あいつらは戦闘のプロフェッショナルじゃないということだ。

 ……そして、俺たちは先刻あいつらに囲まれた場所の近くまで来た。

 このあたりは少し開けた広場になっていて、組織の幹部と残りの手下はその中心付近で全方位に気を配っている。

「……隠れる場所が無いんじゃ、あの人数はちょっときついか……」

「あ、やっとボクの出番?」

 待ちわびたかのようにナビは身を乗り出す。……緊張感の無い奴だな。

「……ああ、そうだな、頼むとするか。で、どうする?」

「じゃあさ、……」

 ナビは何か策があるのか、俺に耳打ちした。



「……くそっ! 探りに行ったやつらの連絡が途絶えた。気をつけろ、もうすぐそばまで来ているのかもしれん」

 幹部が部下に注意をうながした。

 ちょうどそのとき、ある方角から突然無数の瓦礫の破片が降り注ぐ。部下たちは悲鳴を上げる。

「奴の攻撃だ! 落ち着け!! 散開しろ!!」

 怒号を上げる幹部。だがさらに、ひときわ大きな影が彼らの中心に向かって飛来する。

 コンクリートの柱だ。断面積1u前後、長さ2mはあるだろう。

 破片に気をとられつつもたまらず避けようとする部下たち。

 彼らは考え付かなかった。こんな大振りな攻撃に裏がないわけがないということを。

 降ってきたのはコンクリートだけではない。柱が地面に激突した瞬間、突如としてその影から暗殺者が現れる。

 柱に乗って共に飛んできていたのだ。

 部下たちがそれを認識する前に、暗殺者はまず一番近くにいた標的に銃弾を撃ち込み、振り向きざまに後ろにいたもう一人を撃つ。

 やっと事態を理解した残った一人の部下が銃口を向けたときには、暗殺者はすでにその懐に迫っていた。

 なすすべもなく小刀で斬り伏せられる。

 時間にして仕掛けられてから10秒前後。勝負はあっけなく決着した。



(よし、これであと一人!)

 そして俺は残りの一人のいる方向に銃を向けた。……はずだった。だが、いない。

(逃げた……のか?)

 不意の銃撃を想定して物陰へ迅速に移動し、注意深く気配を探るが、すでにこの広場に気配は無かった。

 どうやらいなくなったのは幹部のようだ。部下がやられている間に逃亡とは情けない……

 そう思った矢先、少し離れた所から短い悲鳴が聞こえた。さっき俺とナビが隠れて様子を見ていたあたりからだ。

「……しまった、そういうことか!!」

 俺は舌打ちして悲鳴がしたほうへ走り出した。

 考えてみれば予定より早く瓦礫の嵐は止んでいたし、敵がいなくなってもあいつは出てこなかった。

 ナビの力量からしてあの程度の敵に遅れをとるとは思えなかったが……。あいつもまだ子どもだ。

 経験不足から来る隙を突かれたのかもしれない。

 俺が広場から出る前に、幹部はナビとともに姿を現した。

 ナビは幹部にうしろから腕を封じられ、こめかみに銃を突きつけられていた。

「武器を捨てろ。こいつの命が惜しければな」

 幹部は悪人お約束のセリフを吐く。

「……そいつは別に仲間じゃない」

 そう言いつつも俺は思わず幹部に向けた銃を下ろしてしまう。それを見て幹部はニヤリと口を歪める。

「そうだろうとも。貴様は元々甘ちゃんだ。目的を失った今、仲間でなくともガキを見捨てることなどできまい? さあ、銃を捨てるんだ」

「……ちっ」

 俺は銃を手放そうとした。だがそのとき、うつむいて黙りこくっていたナビが突然叫んだ。

「はん!! お前が引き金を引く前に、あいつの撃った弾がその銃を落とさせるさ!!」

「……!」

「……? くだらん戯言を。黙っていろっ!! 」

 幹部は右手に持った銃のグリップでナビの頭を殴った。

「ぐっ……」

 ナビはくぐもった声を上げ、ぐったりとする。

「さあ……さっさと銃を捨てろ!!」

 いらだち、どなる幹部。

 だが俺はそれに従わず、ゆっくりと銃を空に向け、そして……

「!?」

 残った弾丸をすべて撃ち尽くした。

「……撃ちおさめだ」

 俺はそういって銃を投げ捨てる。

「そろいもそろって妙なことを……フン、まあいい。その刃物もだ!! こちらの足元に投げてよこせ!! 両手は頭の後ろで組め!!」

 俺は軽く舌打ちして言われたとおりにした。

「約束だ。そいつは殺すなよ」

「ああ……約束どおりこのガキの命は保障するとも。実験体として価値があるうちは、な。安心して……死ね!!」

 幹部が俺に向かって勢いよく銃口を向けた……刹那。

「っ!!? がっ……ぐぁぁ?!!」

 突如天空から流星のごとく降り注いだ数発の銃弾が、幹部の右腕を貫いた。

 それは俺が空に向けて撃った弾。

『お前が引き金を引く前に、あいつの撃った弾がその銃を落とさせる』。

“導く者”であるナビの“宣言”に従い、銃を向けた瞬間に、普通に撃った時の何倍もの速度で降ってきて命中したのだ。

 組織のやつらは「俺とナビゲーターの戦いを見ていた」と言った。

 だが、恐らく離れた場所から見ていたために、声は聞こえなかったのだろう。

 だからナビの“宣言”を知らず、口を封じなかった。

 最初に囲まれたときに危機を脱することができたのもそのためだったのだ。

 幹部が予想だにしない事態と腕を貫かれた痛みにひるんだ隙に、ぐったりとしていたはずのナビはすばやく幹部の腕を振り切り、離れるついでに瓦礫片の集中砲火を浴びせる。

 俺はすばやく幹部に走り寄りつつ小刀を拾い、そのまま大きく構えて幹部の目前に迫る。

「ま、待っ……」

「うぉォォォあッッッ!!!」

 渾身の力を込め小刀を叩きつけるように振るう。

 うなるような轟音。凄まじい烈風が巻き起こり、その全てが小刀と幹部の接点に集中する。

 そして……凝縮された風が爆発的に膨張。壮絶な衝撃へと変換される。

 爆音と共に幹部は勢いよくぶっ飛び、瓦礫の山の奥深くに突っ込んだ。

「……ふぅ」

 ……カザツルギを放つつもりが、少々力を入れすぎたらしい。あれでは斬るというより叩きつけただけだ。

 だが、あれだけの衝撃を受ければ戦闘不能は確実だろう。

 戦いは、終わった。



「ふぇ〜……よく飛んだもんだ」

 のんきなことを言いながらナビが駆け寄ってきた。

「あの野郎にはだいぶ恨みが積もっていたからな……ともあれ、ひとまずは一段落か。それはそうと……」


 すぱーん!!


 ナビの頭をはたく。

「いたっ?! なにすんのさー!?」

「この阿呆!! あれだけの力量を持ってるくせに、あの程度の雑魚にまんまと捕まってるんじゃない!!」

 抗議の声をあげるナビを叱り付ける。

「むぅー!! 仕方ないじゃん、あんたが全員倒すだろうと思って油断してたんだから!!」

「オレのせいかよ!!」

「逃したのは事実でしょー!?」

「甘い!! 確かに逃したのは俺だが、戦場では自分の身は自分で守るのが基本だろうが!! いついかなる時も気を抜くな!!」

 自分の非を認めたのか言い返さなくなったが、不満そうにぷーっとむくれるナビ。

「まったく……そんなことでよく今まで生き延びてこれたな」

「うー……まぁ参謀さんにも『もう少し慎重に』ってよく言われるけどさぁ……」

「? 参謀さん、とは?」

「ん、ああ、ボクが所属してるレジスタンスの副リーダーみたいな人」

 ……そうか。やはりこいつもどこかのレジスタンスに所属していたんだな。

 だが、こんな子どもを組織にけしかけるなんてろくなもんじゃ……

「ちなみにリーダーはボクね」

「……は?」

「だからボクがリーダー。まぁ頭使うことは参謀さんにまかせてるけど」

 ……本気か? 確かにこいつには指導者の資質がありそうだとは思ったが、既にリーダーとは……

「……不思議そうだね。子どものボクがリーダーなんて、って感じ?」

「そ、そりゃそうだ。いくら特殊な力を持っているとはいえ、なぜお前が?」

 ナビはそれに答えずに聞き返す。

「……あんたは亡くなった弟さんのために戦ってるんだよね? 組織のやつらが言ってたのを聞いちゃった。」

「……ああ」

「あんたはレジスタンスを嫌うかもしれないけど。ボクにも戦う理由がある。」

 そういってナビは帽子を脱ぐ。

「……! お前……」

 帽子の中に隠れていた、長い金色の髪が風に流れる。

 そこには、少女がいた。

「この通り、ボクは年端もいかないどころかじつは男でさえない。それでもボクは戦わなくちゃいけないんだ。それがボクの役目だと思うから。……理由、聞いてくれるかな?」

「……いいだろう」



 ――彼は……いや、彼女は、廃墟となる前のこの街に住んでいたごく普通の少女だった。

 街は彼女の庭。生来の人懐っこい性格で、街を訪れた旅人の道案内の仕事を率先して行っていた。

 そんな彼女は街の人々からも愛される、ちょっとした名物であった。

 ある時、少女に黒服の男たちが声をかけた。彼らは人を探しているという。聞いてみればそれは少女の父親だった。

 少女は父親のお客さんだと思い、父親の元へ案内した。……幼さによる無知ゆえに、案内してしまった。

 少女の父はこの街を拠点とするレジスタンスのリーダーだった。

 その確かな指導力で、圧政を強いる組織に多くの痛手を負わせてきていた。

 だが、ついにその尻尾を組織が掴み、排除に乗り出したのだ。

 少女の父親の元へ案内された組織の男たちは、少女の目の前で父親を射殺した。

 そしてついでとばかりに少女に銃口を向けた時、……異変は起こったのである。

 ……少女は悲しみと同時に、激しい怒りを覚えていた。

 父親を殺した男たちに対してもだが、なにより何も気付かずに男たちを父親の元へ案内してしまった自分自身に。

 変えたいと思った。愚かな自分も理不尽な世界も。

 彼女はそのための力を欲した……

 組織の男たちは一斉に少女を撃った。だが少女が手を前にかざすと、銃弾は空中で静止した。

 驚く男たちに対し、涙を流しながら少女は叫ぶ。

『この銃弾に貫かれるのは……あんたたちのほうだ!!』

 刹那、静止していた弾丸が男たちに向かう。

 避けた者もいたが、そのたびに銃弾は方向を変えて執拗に男たちを襲い、貫いた。

 この瞬間、少女は異能の存在、ナビゲーター(みちびくもの)となったのだ。

 男たちがひるんだ隙に家の外へ飛び出す少女。外を見て少女は絶句した。

 街中が、炎に包まれていた。ところどころから銃声や悲鳴が聞こえる。

 組織がこの辺りを一掃するために強襲したのである。

 呆然とする少女の前に新たな組織の人間が現れる。一見普通の少女である彼女にも銃を向ける男たち。

 その後ろにはいつも笑いかけてくれた近所の大人たちや友達の骸が横たわっている。

『……う……あぁ……ああアアァあァァァッッッ!!!』

 少女は怒りを込めて咆哮した。本能的に自分の能力の使い方を感じ、組織の男たちを指差す。

 男たちが撃った銃弾はおろか、周りの家を焼く炎さえも、その方向へと導かれていく。

 銃弾、破壊された家々の破片、燃え盛る炎。全てを従えて、ナビゲーターは組織の人間に立ち向かっていった――



「……それからしばらく戦ってるうちに、参謀さんに会って。なだめられてその場は撤退したんだ」

 ナビは淡々とその生い立ちを語った。

 こいつも、俺と同じ。組織とレジスタンスの争いによって家族や友人を失っていたのだ。

「そうして父さんがリーダーを勤めていたレジスタンスの人たちの生き残りと合流して、ボクもその一員になったんだ。もちろん最初は子どもだからとかの理由で反対されたけどね」

「それはそうだろうな」

 何も考えず子どもを巻き込むような集団なら、俺が許しはしない。

「でも、ボクにはこのナビゲーターとしての力がある。それを使って実績を上げて無理やり認めさせたんだ」

「……む、無理やり?」

「うん。実はね、ナビゲーターの力は物を飛ばすだけじゃないんだよ。直感ていうのかな、どうすれば最善の道に進めるかみたいなのが本能的にわかるんだ。それがあるからリーダーになるなんてわがままも通せたわけ」

 わがまま、か。確かにそうかもしれない。だが、こいつには単なる特殊能力以上のカリスマ性がある。

 おそらくナビの仲間達も、それを感じてナビがリーダーとなるのを了承したのだろう。

「つまり……お前が戦う理由も、敵討ちってことか」

「うん、まぁもちろんそれもあるね。でも、それだけじゃない」

「?」

「ボクのこの不思議な力。なんでボクにこんな力が備わったんだろうって、最初はいろいろ考えてさ」

 ナビは自分の手を見つめながら言う。

「きっとさ。人にない力を与えられたってことは、その力に合うだけの使命を持ってるって事だと思うんだ。この力はボクにとっての世界……つまり、この国自体を変えるために与えられたものだと思う。だから僕は戦うんだ。もうこれ以上この街のみんなや、あんたの孤児院の人たちみたいな犠牲を増やさないために。……そのためにあんたの力が欲しいんだ。今はまだ、レジスタンスも革命を起こすほどの力はないから」

 そこまで言うと、ナビは改めて俺に向き直る。

「だから……力を貸してくれないかな。誓って無関係の人を巻き込まない。絶対、この国を平和へと導いてみせる。約束するから!」

 その瞳に宿るのは、ゆるがぬ決意。俺は……

「……本当だろうな。その誓い忘れるなよ。俺みたいな奴を増やすわけにはいかない」

「え、じゃあ……!!」

 賭けてみたい。こいつの可能性に。

「……いいだろう。俺の力をお前に預ける。俺を導け、ナビゲーター!!」

「……! うん! まかせてよ!!」

 俺たちはお互いの拳同士をぶつけあい、共に笑みを浮かべる。

 こうして、俺は新たな道を歩み始めた。ナビゲーターと、共に。



 数年の後、この廃墟を基点としたレジスタンスは革命軍と呼べるほどに強大になり、組織を打ち倒すこととなる。

 だが、平和を勝ち取るという偉業を成し遂げたにもかかわらず、革命軍の指導者については“ナビゲーター”と呼ばれる青年だったとしか知られていない。

 というのも、革命後復興が軌道に乗るとすぐに“ナビゲーター”は歴史から姿を消したからである。

 ……そう、自らの使命を果たした“彼女”は本来の姿へと戻り、人並みの幸せを掴むことを選んだのだろう。

 その隣にいたのが誰だったかは……諸君のご想像にお任せしようと思う。

 〜Fin〜

小説ページトップへ      感想掲示板へ