いつもと同じ朝。いつもと同じ朝食。ただ一つ異なる物があった。 「な、なぁ#M」 「何だよ。朝っぱらから変な声出して、気持ち悪い」 「今日は仕事入ってなかったよな?」 普段なら愚痴っぽい声が妙に優しい。というかやけに物腰が柔らかい。 「そうだけど?」 不審に思いつつも一応返事をする。 「あのだな、新人研修……頼めないか?」 あぁ、新人研修か。その言葉を聞いて納得した。 他の宿ではどうだか知らないが、ここ#Yでは新人の初仕事は先輩と行うことになっている。 もちろん新人なのだから即戦力として期待などできない。むしろ足手まといになることの方が多い。 普段なら楽にこなせる依頼が色々と面倒になるのだから、 口には出さずともこのしきたりを煩わしく思っている冒険者は少なくない。 それを考えると亭主の態度も理解できる。 >Yes 「あぁ、いいよ」 ため息混じりに答える。 「本当か?」 「いいよ、大丈夫。今日は別に予定も無かったし」 正直言ってあまり気乗りはしなかったが、#Mも新米の頃、他の冒険者に連れられて依頼をこなしたことがある。 自分がしてもらったことを嫌がるのはやはりフェアではないと思ったのだ。 「それは良かった。ただな、今回はちょっと特別なんだ」 「特別?」 後から都合の悪い話を持ち出す。二つ返事で請け合った自分の迂闊さをちょっと後悔した。 「新人というのが、貴族の息子さんなんだ」 「貴族の?」 「昔、依頼を受けたことがあってから懇意にしてもらってる伯爵殿がいてね。  そこの末っ子を冒険者として預かることになったんだ」 「ふむ、話を聞こうか」 「いや、助かるね。こういう貴族関係の依頼はあんたが頼みやすいんだよ」(←_高貴の出限定) 伯爵の話によると末っ子の彼は、家を引き継ぐ長兄たちとは違って自由奔放に育てられたらしい。 それがどこでどう勘違いしたか、冒険者になると言って譲らないそうだ。 当の伯爵も大胆と言おうか放任主義と言おうか、積極的に反対する気はないようだ。 「幼い頃から探検ごっこと称してあちこち遊びまわっておったなぁ。  ま、その一環ということで、しばらくそちらの宿に在籍させてはくれんか」 「冒険者の仕事は野遊びとは違います。  万が一ということがあってからでは取り返しがつきません。あまりにも危険です」 「分かっている。だからこそ、他でもない#Yの亭主に頼んでいるんだよ」 「しかし……」 説得もむなしく、半ば押し付けられる格好で、結局亭主の方が先に折れた。 貴族の頼みだけあって断りづらいという宿側の都合も多分にあったのだろう。 ──そして同日、冒険者登録のため本人と面会することとなったが 随分予想とは事情が異なっていた。もちろん悪い意味で。 案内された部屋にいたのは全身鎧にマントを羽織って、ポーズをとりながらその姿を大鏡に映している青年だった。 亭主は嫌な予感がしたが、努めて表情を崩さないように自己紹介をした。 「初めまして。聞いているとは思うが私が#Yの亭主だ。まず名前を教えてくれんか」 「今はまだ無名だが、いつか冒険者のジャックと言えば誰もがオレを思い浮かべるようになるだろう。  なぜならオレには戦いの素質があるからだ!」 「は、はぁ」 「オレほど冒険や戦術に詳しい人間はいない。ドラゴンの弱点だって知ってる。  それに世界でオレより正義感のある奴はいない」 「それを自分で言うか#P」 「いいから黙って続きを聞いてくれ」 「オレは剣士だから得物にもこだわりがある。だからマイソードは肌身離さない」 「はぁ、マイソード……」 「得物だけじゃない。アイテムだってこだわりがある。  この宝石は魔法の品で、オレのアイデンティティでもある」 「……」 流石の亭主もこれには閉口するしかなかった。 その後も薀蓄や剣術の披露が小一時間ほど続き── 「話は分かった。でも、冒険者になるということは大変だよ。  それに、君には立場や身分といったものもある。それを捨ててまで冒険者になるというのは……」 「……」 その言葉を聞いてジャックはふと悲しそうに視線を逸らせた。 (ん、意外と反応ありか?父親よりもこっちを説得した方が) 「嫉妬ですか。醜いですね」 「とまぁこんな具合でな」 「……。重症だな」 「で、この依頼なんだが」 亭主が依頼書の張り紙を取り出した。 町外れの農家からの依頼だった。近所の洞窟にゴブリンが住み着いたらしい。まあ、ありがちな仕事だ。 「新人研修ということで連れて行ってくれないか?」 >もっと安全な依頼は無かったのか 「始めは簡単な依頼を当てようとしたんだが、本人が嫌がってね。  どうしても妖魔討伐でないと参加しないと言うんだ」 「で、ゴブリン退治ね」 ちらりと依頼書を見遣る。 確かにこの程度の規模なら自分ひとりで何とかなりそうだ。あくまで邪魔が入らなければの話だが。 >他に冒険者を付けてくれないか 「おいおい、駆け出しならともかく、  あんたにとっちゃこれくらい楽な依頼じゃないか。またどうして……」 「……」 #Mはじろりと亭主を睨んだ。 新人研修は基本的にベテラン冒険者のパーティに新人が一人同行することになっている。 引率が一人だったり、新人が二人だったりすることは稀なのだ。 「あー、つまりだな」 #Mの意図を察したらしく、亭主は咳払いをしてみせた。 「……ここだけの話、なるべくこの仕事に冒険者を割きたくないんだ。  大丈夫、あんたなら一人でやれる」 「全く都合のいいことを」 そう呟いたが亭主には聞こえなかったようだ。或いは聞こえない振りをしただけかもしれない。 >他の注意点について 「言うまでも無いことだが、まず本人の安全が第一だ。第二に彼を満足させること。  どちらも出来れば文句ない」 「満足って言ったって、どうやったらそいつは満足するんだ?」 「適当にお膳立てして止めでも刺させてやってくれ」 「そんな無茶苦茶な……」 ゴブリンとはいえ相手は本物の魔物なのだ。 こっちの茶番劇に大人しく付き合ってくれるはずがない。 「とにかく、最低限無事に帰ってきてくれ」 「分かってるよ」 >新人と会わせてくれ 「もう聞いておくことは無いか?」 >Yes 「じゃあ、連れてくるからな。くれぐれも粗相の無いように」 「あぁ」 「研修ね」 建前では新人ということになっているが、 実際のところ貴族の道楽息子のお守りじゃないか。 亭主が出て行った扉を見つめながらぼやいた。 大体どうして貴族の末っ子が冒険者なんかに憧れてしまったんだ。 冒険者なんて大した職業ではない。その証拠に今日の仕事だって単なるご機嫌取りじゃないか。 そんなことを考えているうちに扉が開き、#Mは慌てて笑顔を取り繕った。 入ってきたのは若干子供っぽさの残る青年だった。 「こいつが、君の担当を務める#Mだ」 そう言って#Mに自己紹介するよう促す。 「ジャック君だったね。#Mです。  今日一日の短い間ではあるけれど、君とパーティを組ませてもらいます。よろしく」 握手を求めるとそれに応じてきた。 「あんたのことは聞かせてもらった。オレが教えを請うに値する冒険者だ。  #M、オレのことは呼び捨てでいいよ。堅苦しいのは苦手なんだ」 (呼び捨てでいいって言うのは普通こっちだろ) こうして一日限りのパーティが#Yに登録されることとなった。 ──それから数刻のち 目撃情報のあった場所からゴブリンのものと思しき足跡を追跡していくと その洞窟は容易に見つかった。 ジャックは山歩きに慣れていると自分で言うだけあって、 意外としっかりした足取りでついて来た。 「……ゴブリンの姿が見える。  間違いない、この洞窟だ」 「さて、問題はあの見張りをいかにして処理するかだが、  ジャック、自分ならどうする?  おびきよせるか、奇襲するか、もしくは弓で……ってあれ?」 先ほどまで大人しく自分の後ろについてきていたはずのジャックの姿が無い。 「うおおおおー!」 「──!」 「人々の暮らしを脅かす魔物め、成敗してくれるー!」 「冗談じゃない!」 ここまでが順調だったのでつい気を緩めてしまった。 この調子では安全第一どころではない。 考えるより先に足が動き、ジャックの後を追いかけた。 「おおおりゃー!」 「グホォッ!?」 それが突撃してきた人間に気付いて驚いた声だったのか、断末魔だったのかは分からない。 とにかく、騒がれる前に見張りを始末することに成功した。 「ねぇ、ちょっと」 「何だ?」 「いやー、今のはどう見てもオレの獲物だろ。  あ、もしかして横取りしてまで手柄が欲しいわけ?  それはないわー。お前のそういう所駄目だと思うな、オレは。  まぁ、オレは優しいから譲ってやるけどね」 「……」 「しかしゴブリンなんてこうして見ると大したことねえな。  残りの奴らもこのオレが一匹残らずブッ殺してやるぜ!」 ゴブリンの亡骸をつま先で蹴飛ばしながら喚いた。 「静かに」 ジャックの声を手で制する。 「ここはもうゴブリンの縄張りの中だ。無闇に大きな音を出すんじゃない」 この程度の声が奥まで届くとは思わなかったが、 鬱陶しかったのでそういうことにしておいた。 「それから、そういう言葉を使うのは止せ」 「ふむ、なるほど。  あまり強い言葉を遣うなよ。弱く見えるぞ。  ってやつだな」 「……?」 何が何だかわからない。 「じゃあ  『ブッ殺した』なら使ってもいいッ!  の方か?」 「あー、えーっと……」 「もー、ノリ悪いよー」 よく分からなかったが適当に頷いておいた。 「よし、じゃあ先に進もう」 「先に進む前に一応言っておくが、  いざという時は一人で逃げろ。いいな」 「そんなこと出来るわけないね」 そう言うだろうと思ったが、食い下がっておいた。 「この仕事は野遊びや探検ごっこじゃない。  いざという時に他人を見捨てることも必要になる。そういう世界なんだ」 「違う。そんなのは間違ってる」 口答えされたことにむっとしたのかムキになって言い返してきた。 「それが正しい考え方かどうかを言ってるんじゃない。  単にそれが事実なんだ」 「誰かを見捨ててでも逃げるのが正しい冒険者だと言うなら、  オレは冒険者になんかならなくたっていい」 なりたいんじゃなかったのか、と心の中で突っ込んだが 本人は格好いいことを言ったつもりで気分よさそうにしている。 「あくまで仮の話だ。そうならないようにお互い注意しよう」 洞窟の中はひんやりとした空気が篭っていた。 念のため耳を澄ませてみたが、警戒の鳴き声は聞こえてこない。まだ気付かれていないらしい。 「そうだ。怪我は無かったか。念のためこれ持っといてくれ」  声を落として囁く。 「はっ、オレを誰だと思ってる。そんなもの必要ない。  俺にはこの石があるんだ」 「何だこれは?」 「見たことは無くても聞いたことぐらいはあるだろう。  これはなんと、賢者の石だ」 「賢者の石ぃ?」 「驚いたか?」 #Mの声が裏返ったのを勘違いしたらしい。得意げに話し始めた。 「これを使えばどんな傷でもたちどころに治る代物だ。  見ろ、この光沢を。美しいだろ?  それとも、お前のような素人にはこの色艶は分からないか?」 「……」 さらに奥へ進むと道が左右に分かれた。 東の通路から地鳴りのような音が聞こえてくる。 「この場合どちらに進む?」 新人研修は建前なので口頭試問をする必要は無いが、一応聞いておいた。 「ここは、……そうだな。  オレの冒険者としての直感が右だと言っている」 「そうじゃなくて、根拠を……」 「お前は理屈にこだわりすぎだ。長く冒険者をやっててその程度とは情けないな。  いいから黙ってオレについて来い」 そのまま東の通路へ歩を進めた。 「やれやれ」 通路は短く、すぐに行き止まりにぶつかった。 そこには予想通りというか、ホブゴブリンが寝息を立てて横になっている。 「よし、こいつはオレが止めを刺す。いいよな?」 「あぁ、起きないうちにさっさとやってくれ」 この程度なら危険は無い。それに実際に魔物を倒したとなれば、 少しは満足するだろう。これで一応ノルマ達成だ。 目で合図すると、ジャックが抜き足で巨体へと忍び寄っていく。 「食らえ、必殺の一撃!  エターナルフォースブリザード!」 鞘から引き抜いた剣を頭上に振りかぶる。 が、それは一瞬の出来事だった。 剣が振り下ろされようとした瞬間、 寝ているはずのホブゴブリンの口元がにぃっと歪んだのを#Mは見逃さなかった。 「危ない!」 咄嗟にジャックに駆け寄り、勢いそのままに突き飛ばす。 ジャックはまだ何が起こったのか理解できていない表情を浮かべている。 直後、ホブゴブリンの太い腕から放たれた一撃が#Mに命中した。 「く……っ」 続くもう一撃は受け止めた。まだ戦える。 その直後、#Mの正確な反撃がホブゴブリンの命を絶った。 「……ふぅ」 危なかった。まさか狸寝入りを決め込んでいるとは思わなかった。 このホブゴブリンは自分達を誘うために罠を張っていたのか? それとも侵入者に気付いて咄嗟に寝た振りをしただけか? 前者だとしたら他のゴブリンにも潜入が気付かれていることになるが……。 「な、ない……」 不意にジャックの間抜けな声がして、思考が中断された。 見るとジャックが懐に手を入れたままの姿勢で硬直している。 「石が、石が無いんだ」 「石……あれじゃないのか?」 洞窟の壁際を指差す。突き飛ばした衝撃で転がっていったのだろう。 青っぽい色が洞窟の壁面に映っている。 「あった。よかった……!」 ジャックは心底嬉しそうな顔をしている。 その姿を見ていると今まで抑えていた怒りがふつふつと湧きあがってきた。 「身体を張って助けてやったというのに、  石ころがそんなに大事なのか」 言うべきではなかった。 一瞬後悔もしたが一度開いた口を閉じることは出来なかった。 「ただの石ころじゃない。これは……」 「それが何だか教えてやろうか?」 ジャックの言葉を遮って言ってやる。 「そいつは蒼曜石って鉱石の原石だよ。  そのままじゃ二束三文。鍛冶屋も引き取っちゃくれない」 痛みをこらえて無理に立ち上がると、骨が軋む音がした。 「違う、これは……」 「もういい、捨ててしまえ。そんなもの」 「これは……親友の形見なんだ」 「──!」 「オレが小さい頃、うちで働いていた庭師の息子で。  年の離れた兄たちよりも、そいつとよく遊んだ」 「大人しい奴だった。だからオレがあちこち連れまわしたんだ。  探検ごっこって言って、洞窟に入って、そこで……」 ジャックはしばらく言葉を詰まらせたが、#Mは何も言えなかった。 「馬鹿みたいだろ。綺麗な石ころを見つけて夢中になってたんだ。  気が付けばゴブリンの群れに囲まれていた」 「あいつはオレを庇って死んだんだ」 「始めは簡単な依頼を当てようとしたんだが、本人が嫌がってね。  どうしても妖魔討伐でないと参加しないと言うんだ」 「誰かを見捨ててでも逃げるのが正しい冒険者だと言うなら、  オレは冒険者になんかならなくたっていい」 「あった。よかった……!」 「そうか……」 「その後、父親は庭師を辞めてそのまま行方知れずになった。  事件のことはうちの親父との間で内密に処理されたんだろう。  オレはあいつの父親に謝ることさえ出来なかった」 「これは敵討ちなんだ。あいつの」 「……」 「勝手な願いだってことは分かってる。  でも、このチャンスを逃したら二度とないんだ。  オレはゴブリンを倒さなきゃいけない」 >聞き入れる 「やれやれ。全くもって割に合わない仕事だ」 「……ありがとう」 「行こう。長く話しすぎた」 >断る 「敵討ちだと?甘ったれたことを言うなよ。  友達が死んだのは、要するに自分自身の不注意が原因じゃないか。  ゴブリンを殺すことで友達が浮かばれるのか?」 「それは……」 「お前は許されたいんだ。ただ罪の意識から解放されたいだけだ。  友達のためなんて言ってるが、全て自分のためだ。違うか?」 「……」 「だから敵討ちなんかじゃなく、  お前が心の整理をつけるために手を貸してやる」 「……ありがとう」 「行こう。長く話しすぎた」 折れた骨を布で固定する。こうすれば、まだしばらくは持つ。 「これ、使えよ」 「なに?」 「使えって言ってんだよ」 先ほど預けていた傷薬を握らされた。 「それはお前のために持ってきたんだ。  それに、この程度で音を上げてちゃ仕事にならん」 「そういう問題じゃねぇよ。  オレはな、誰かが目の前で傷ついていくのを黙って見てるのは二度と嫌なんだ」 「……分かったよ」 完全に痛みが引くまでには時間が掛かるが気休めには十分なるだろう。 北側の通路を先に進むと少し開けた場所に出た。 辺りには動物の骨や木の実の食べ散らかした跡がある。 「ゴブリンの鳴き声……」 西の通路から騒々しい物音が反響している。 無言で頷き、自分の後ろへ隠れるよう手で示す。 「決して前には出るな。  自分の方に向かってきた奴だけを一体ずつ相手にすればいい」 囁いた言葉にジャックも頷き返した。 #Mたちをゴブリンのほかにコボルトが数匹の集団が待ち構えていた。 「きぃぃっ!!」 鋭い威嚇の鳴き声を発しながら飛び掛ってきた。 「ぶぎゃぁっ!」  これでこの洞窟のゴブリン達は大方片付いたようだ。 何匹かは逃げ出したようだが、当分は帰ってくる事もないだろう……。 「終わった……」 ジャックはそれだけ言うとその場に倒れこんだ。 「おい、大丈夫か」 「……zz……ZZZ……」 緊張の糸が切れたのか、気を失っている。 「日が暮れないうちに帰るか」 その後── 亭主はジャックが無傷で帰ってきたことを確認すると破顔して喜び #Mはゴブリン退治にしては高額の報酬を受け取った。 「#M。色々と世話になった。  お前にこれを受け取って欲しいんだけど」 懐から例の石を取り出した。 「これは……いいのか?」 「いいんだ。もうオレはそれがなくても大丈夫だから。  捨てるよりは、#Mに持っていて欲しい」 >受け取る 「そうか。そう言うなら受け取っておくよ」 「ありがとう」 >受け取らない 「受け取れないな。それはお前の手元にあったほうがいい」 「……そうかもな」 「オレ、あいつの墓参りに行くよ。  あいつの父親にも会って謝りたい。  どれだけ時間が掛かってでも探し出す」 「それがいいだろうな。  ところで、友達の名前はなんて言うんだ?  もしどこかで行方を耳にしたら連絡してやるよ」 「あー、名前ね……」 そこで一瞬ジャックは言いよどんだ。 「ごめん、名前までは考えてなかったわ」 「……。どういう意味だ?」 嫌な予感がする。まさか。 「いや、歴戦の冒険者にはそういう暗い過去設定も必要かと思ったんだけど。  あんまり深くは考えてなかった」 「設定……」 「そう。そういうのあったほうが格好良いじゃん」 「……嘘、か?」 無意識に武器を握っていたようだ。ジャックが慌てて弁明する。 「嘘だなんて人聞きの悪い。オレが誰かを騙すような人間に見えるか?  フィクションってやつだよ。創・作・活・動。  えっと、それじゃ!お前には世話になった!」 それだけ言うと後は一目散にドアから出て行ってしまった。 「おや、お別れは済んだのかい」 入れ違いに亭主がやってきた。 「……」 「別れなくして出会いなしと言ってな。  少々寂しいかもしれんが、これも……」 「違う!」