アダルト・チルドレンの叫び  第16回  シグナルが通じない  いつのころだったか、少年犯罪が増え始めた。しかも悪ガキ少年の犯 罪ではなく、一見そういう事をしなさそうな少年少女が犯罪を犯すので ある。それに対してその子の親が決まって言う言葉がある。「いい子だ ったのに…」である。そして、まわりの主婦達が声をそろえて言う言葉 がある。「甘やかしたんでしょ」「甘やかされちゃ困るんだよね…」  はっきり言って、少年犯罪は親が甘やかしたから起こる訳ではない。 子供に何かの大きなストレスがかかり、情緒障害を起こしかける。そし て子供は親にシグナルを送るのだ。例えば「学校に行きたくない」など と言い出す。ところが、これをシグナルと気づかず「行かなきゃだめ」 などと言い出したがためにストレスのはけ口がなくなり、それが結果的 に犯罪に走ることにまで進んでしまう。ストレスがひどすぎて。  また、週刊女性では「塾に行かないと泣きわめく小学4年の子供をど う説得したらよいでしょう」という相談が載せられたが、この相談に応 じた人が実に賢明だった。何が賢明かというと、泣きわめくことを「シ グナル」と読み切ったのである。「小学4年にもなる子供が泣きわめく って大変なことよ。3、4歳の子供のかんしゃくとは違うんだから。あ なたの子供、情緒障害を起こしかけているのよ」としっかり言い切って いた。  私も情緒障害を何度も起こしかけ、シグナルを出した。ところが、気 がつかない。それどころか、「この年になってなんてことをするの」と 怒るのである。せざるを得ないほど神経的に追い込まれているというこ とに気がつかないのである。何かと言えば世間体だのまわりの人だのを 気にしておしまいなのである。  それだけでもつらいが、正直を言うとまだよい。私は「このままじゃ ノイローゼになっちゃう」というシグナルを通り越して警告を出すこと がよくある。それでも親には無視される。そして本当にノイローゼにな ればまた責められる。それが病気の苦しさに加えてなおさらつらい。  思えば、親は「家庭は安らぎの場」と信じて疑わない。そう思わない 人は変だと言わんばかりである。そして、そういう安らぎの場としての 家庭を提供していると思い込んでいる。  ところが、神経的に弱った私の口から出てくるのは家庭に関する愚痴 ばかりである。それはそうだろう。たいてい家庭で神経が弱っているの だから。ところが親はこれをまた怒る。体裁が悪いから外で家の悪口を 言うなと。  ふだんの状況ならともかく、ノイローゼになったというのに体裁うん ぬん言っている場合か。私より体裁の方が大事なのかと言いたくなる。  非常に傷つく話だが、はっきり言ってその通りなのである。もうひと つ傷つく話がある。私の家庭にとっては男が第一、女は男のはけ口にさ れているのである。  たとえば食卓には決まりきったメニューしか並ばない。母親の料理の レパートリーが少ないのではない。男たちの好きなものでないと当たら れるのが恐くて並べられないのである。そう、勝手な男たちは自分の好 きなものでないと当たったりすねたり食べなかったりひどいのである。 ということは、女たちが好きなものでも男たちが嫌いならば作ってもし ょうがないということになる。しかもこれだけにとどまらず、すべてに おいてそうなのである。リビングを当たり前のように独占したり、気に 入らないことがあれば女たちに当たる。  その上、何だかんだと言い訳をつけて母親がそういう勝手を怒らない のである。もめれば間違いなく私が悪者にされる。恐くて男たちを悪者 にできないのだ。だからといってノイローゼになるほど家族のひとりを 追い込むのはどう考えても異常ではなかろうか。しかも何回もノイロー ゼを起こしているのに、何も改善しようとしないのはもっと異常ではな いだろうか。  私のシグナルを一言で言うなら「私の家庭は安らぎの場ではない」と なる。だいたい、乳幼児でもないのに家族の半分が好き勝手やっていれ ば安らぎの場でなくなるのは当然である。  シグナルが通じないというよりは、私のシグナルを受け取れないのか もしれない。それを受け入れれば男たちが今までのように好き勝手でき ないからである。実際私がいると男たちは顔をしかめる。もちろん好き 勝手できないからである。神経をやられつつ、「悪いのは私ではない、 男たちだ…」と言い聞かせる毎日である。