鉄鋼材料の分類

鉄鋼材料と言うと「鉄」と「」の総称ですが、ここで「鉄」の意味するところについて少々踏込んでみます。鉄は元素名ですから、本来は‘純鉄’を意味します。「金=純金」の図式ですね。鉄の不純物を取除き、純鉄を得る作業は非常にわずらわしく、また工業分野では純鉄を利用する場面は非常に少ないので、炭素量0.02%以下のもの (溶込んでいる炭素の多くがフェライト結晶中に固溶し、セメンタイトをほとんど形成しない) を‘純鉄’と見なしてしまう感もあります。鉄鋼材料の世界では、炭素量が0.02%以下であるものを‘鉄’と呼び、炭素量が限りなくゼロに近い、本来的な純鉄と区別する向きもあります。

炭素が0.02%を超え、オーステナイトの炭素固溶限である約2%までのものを‘’と呼びます。炭素量の違いにより機械的性質が変化し、また熱処理を行うことで性能を変化させることができます。更に炭素以外の合金元素を添加して、目的に合った性質を与えた (合金鋼) もあります。身の回りにある鉄のほとんどが‘’であると考えて差し支えないでしょう。このサイト内でも主役は‘’です。

炭素量約2%以上のものは‘鋳鉄’と呼ばれます。鋳造用の鉄ですね。炭素量が多いと融点が下がるので、鋳造向きというワケです。鋳鉄の場合、炭素はセメンタイトとしてではなく、黒鉛のカタチで組織内に存在するようになります。

つまり炭素量の少ない順に 純鉄 < 鉄 < < 鋳鉄 と呼び方が変わるのですが、歴史的に見ると人類が製造技術によって得た鉄は‘鋳鉄’→‘’→‘純鉄’の順であり、「鉄=鋳鉄」と見なす場合もあります。「鋳造された‘鉄’」ということでしょうか。この場合は 純鉄 < < (鋳)鉄 ですね。

炭素鋼

主な合金元素が炭素のみである炭素鋼と言います。リンや硫黄など、完全に取除くことが困難な不純物や、製鋼時の脱酸材として添加されるフェロシリコンやフェロマンガンに由来するケイ素やマンガンについては「意図的に添加した合金元素」という扱いはせず、炭素のみが性能決定のために添加されたと捉えて‘炭素鋼’と呼んでいるワケです。

C (炭素)
鉄鋼材料の性能決定において最も重要な元素。主に製銑時のコークスによって供給される。
引張強さ硬さ炭素量によってほぼ決まってしまい、これらの性質においては他の合金元素は補助的な役割しか持たない。
炭素が多いほど硬くなる反面、伸びが低下し衝撃値は小さくなる。
他にも溶接性を悪化させたりを錆び易くさせる、溶融温度を下げるなど、注意すべき点も多い。
Si (ケイ素)
製鋼時に強脱酸剤として添加される。このためキルド鋼に多い傾向がある。
焼入性に対する影響は比較的少ない。
の抵抗値を上げ鉄損を下げる働きがあるため珪素鋼板 (電磁鋼板) に添加される。
Mn (マンガン)
製鋼時に脱酸剤として添加されるが、脱酸の程度はSiほどではなくやや弱い。このためリムド鋼に多い。
Sによる赤熱脆性を防止する。
焼入性を大きく向上するため機械構造用合金鋼に添加される。
多量添加でNiのようにオーステナイト化させる。
P (リン)
機械的性質に悪影響を与え、特に低温脆性を増大させるため、低温用では特に上限値が厳しい。
局部的に凝集しやすく偏析を生じる。
鍛接性の改善やフェライト強化など、プラス効果もある。
S (硫黄)
Pと同じく偏析が起こりやすい上、を脆くする。赤熱脆性と言って高温時に悪影響を与えるが、この性質を逆手に取って快削鋼に添加される。

C、Si、Mn、P、Sはどんなにも含まれており、ほとんどの種で重量パーセントの幅が規定されているので、まとめて「主要5元素」と呼んでいます。5元素を始めとする様々な添加元素は置換形固溶 (Feと原子半径の近い溶質原子が置換わる固溶)、または侵入形固溶 (Fe結晶の隙間に原子半径の小さな溶質原子が侵入する固溶) でFe結晶中に溶込み、結晶構造に影響を与えるか、Fe結晶とは全く別に析出 (または晶出) します。

合金鋼

性能向上のため炭素以外にも合金元素を添加した合金鋼と呼びます。焼入性耐摩耗性靭性、切削性、耐食性耐クリープ性耐熱性、耐寒性など、目的とする性能に応じて様々な合金元素が添加されます。先の5元素でも、このような目的のため「意図的に」添加されていれば合金鋼として扱われます。5元素以外で合金鋼に添加される合金元素には以下のようなものがあります。

Ni (ニッケル)
若干の焼入性向上が見られ、に強靭性を与えるため機械構造用合金鋼に添加される。
約8%以上の添加でオーステナイト化させるため、ステンレス鋼に利用される。
の温度感受性を鈍くさせるので、耐熱鋼や耐寒鋼に添加される。
Cr (クロム)
焼入性を大きく改善するため、機械構造用合金鋼で利用される。
クロムカーバイドを形成し耐摩耗性を向上させるので合金工具鋼に添加される。
ステンレス鋼などでは強固な不動態膜を形成しを錆びにくくさせる。耐熱性にも効果がある。
焼戻軟化抵抗耐クリープ性にもプラスに働く。
Mo (モリブデン)
焼入性を向上し焼戻脆性を防止するため機械構造用合金鋼に添加される。
靭性を与える。機械構造用合金鋼以外に合金工具鋼高速度工具鋼でも利用される。
耐熱性耐クリープ性向上に有効で、ボイラー用鋼等の高温使用に添加される。
酸化皮膜強化のために添加されるステンレス鋼もある。
W (タングステン)
合金工具鋼高速度工具鋼に添加され、非常に硬い炭化物 (タングステンカーバイド) が耐摩耗性を向上させる。
タングステンカーバイドはダイヤモンド、炭化ホウ素に次いで硬く、Co焼結させたものは超硬合金と呼ばれる。
V (バナジウム)
焼入性をやや向上させるが、結晶粒微細化作用を持ち、一定量以上添加すると却って悪化させる。
非常に硬いバナジウムカーバイドを形成するため、合金工具鋼に添加される。
Co (コバルト)
二次硬化を促進する働きがあり、高速度工具鋼に添加される。
Co自体はカーバイドを生成せず、焼入硬化能も悪化させる傾向がある。
高温に強く、耐熱鋼の一部に添加される他、超硬合金のバインダーとして利用される。
磁性面の特性から磁石合金材料として使用される。
Cu (銅)
通常は不純物扱いだが耐食性向上に効果があり、一部のステンレス鋼で添加される。
析出硬化合金として析出硬化系ステンレス鋼 (SUS630) に添加される。
Pb (鉛)
鉄にほとんど固溶せず微細に分散して快削性を与えるが、比重が大きく均一分散させるのが難しい。鉛快削鋼に添加される。
近年では環境面から鉛フリー化が進み使用が控えられつつある。
B (ホウ素)
極微量添加 (0.003%) で焼入性が改善されるが炭素含有量が多くなるに従って効果は減少する。
添加量が少なく取鍋試験での検出が事実上不可能なため、ホウ素JISへの規格化は遅れている。
N (窒素)
耐孔食性の向上に効果があり、ステンレス鋼の一部で添加される。オーステナイトを安定にする働きも持つ。
窒化物を生成し耐力耐疲労性の向上を狙って表面窒化処理に利用される。

成分表には他にもTi (チタン)、Ce (セレン)、Nb (ニオブ) などが登場します。このように様々な種類の元素が合金添加されていますが、中でもCr (クロム) は重要で、焼入性の向上、炭化物生成による耐摩耗性向上を目的として多くの合金鋼に添加されています。

構造用鋼

物の形を維持するための部材として使用されるで、主に引張強さ降伏点が設計基準となります。鉄骨で組まれた建物や橋梁など、一般構造物に使用する一般構造用圧延鋼の他、シャフトやギア、ロッドのような、動力伝達に関わる機械要素に使用する機械構造用炭素鋼機械構造用合金鋼などがあります。一般構造用鋼は材料の強さそのものを利用するのですが、機械構造用鋼調質 (焼入焼戻し) して使用するのが前提です。調質結晶粒を細かくして機械的性質を改善することが目的となる熱処理で、焼入れによってマルテンサイト化させた後、高温焼戻しによる析出現象により微細なソルバイト組織を得る操作をします。

機械構造用合金鋼焼入性の改善を目的としてMn (マンガン) やCr (クロム)、Mo (モリブデン)などを微量添加します。調質においては「最もヤキの入りにくい中心部で、50%以上マルテンサイト化させた状態から焼戻しを行うことにより、JIS通りのスペックが得られる」という建前があります。焼入れが不完全であると、焼戻し後の硬さが許容範囲内であっても衝撃値が低いなどの弊害が発生します。処理品のサイズが大きくなるほど中心部は冷却が遅くなりヤキが入りにくくなるので、大きなものでも調質できるようにするには合金鋼を使う必要がでてきます。

工具鋼

焼入れによる硬さに由来する耐摩耗性を利用するで、切削工具の刃先などに用いられます。ここで言う「工具」とは、ドライバーやスパナのような手工具類とは違い、機械加工に使用される切削工具のことです。素地がマルテンサイト化して硬くなることに加え、更に硬い炭化物を微細分散させることで、高い耐摩耗性を得ることを目的とした熱処理を行います。

工具鋼合金添加する場合、構造用鋼のように焼入性改善のために行うものの他に、前述のように添加元素が炭素と化合して生成される炭化物によって耐摩耗性を向上させるものがあります。この場合は炭化傾向が鉄より強いことと、炭化物が硬いことが求められ、焼入性においては影響がなかったり、中には却ってマイナスとなるものもあります。Cr (クロム)、W (タングステン)、V (バナジウム) などがこれに当たり、炭化物生成元素とも呼ばれます。このように見るとCrは焼入性耐摩耗性の双方に効き目があり、にとって非常に重要な合金元素であることが解ります。

特殊用途鋼

その名の通り専門用途用に開発されたで、ばね鋼軸受鋼 (ベアリング鋼)、ステンレス鋼耐熱鋼など、用途名を冠した名称で呼ばれます。それならば「ボイラー用鋼は。特殊用途鋼か」という疑問も生まれますが、ボイラーは“特殊な”構造物であるという認識ではないのか、特殊用途鋼には分類されません。チェーン用鋼やダイス (金型) 鋼ピアノ線なんていうものも同様です。この辺りはやや曖昧さ感が残りますね。

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JIS鉄鋼材料カタログ

機械設計製作の場面でよく目にする鉄鋼材料を並べてみました。ここに挙げたのはほんの一部で、JISには非常に多くの種が規定されています。実際の設計時には、ぜひJISハンドブックを参考に、要求性能に対して最も適した材を選定して下さい。

一般構造用圧延鋼材

SS材  (JIS G 3101)  S:Steel  S:Structure  番号:引張強さの下限値

記号
記号
化学成分 %引張強
N/mm²
降伏点(耐力) N/mm²備考
CMnPS〜t16t16〜40t40〜
SS330SS34--〜0.050〜0.050330〜430205〜195〜175〜-
SS400SS41400〜510245〜235〜215〜
SS490SS50490〜610285〜275〜255〜
SS540SS55〜0.30〜1.60〜0.040〜0.040540〜400〜390〜-t40以下

JIS材で最も多量に生産、消費される材で、板、帯、平、形 (山形、溝形、I形H形鋼など)、棒 (丸棒、角棒、六角棒など) と、様々な形状で流通しています。身の回りにある「形を支える鉄 (俗に言う鉄骨など)」は大抵SS材と思って差支えないでしょう。ビルや工場などの建築構造物、橋梁などの土木構造物等に多用され、鉄鋼材料として生産されるもののほとんどがSS材として消費されています。

リムド鋼圧延製品の低炭素鋼で表面 (純鉄に近い) と芯部 (やや高炭素偏析が多い) とで性質に差があるため、外側を削り内部をほじくり出して使うような用途では注意が必要です。ただし近年では生産方法が連続鋳造法に置換わったため、内外差や欠陥は少なくなっています。

脱酸が弱く炭素量に規定がない上、偏析も多いことから、焼入れなどの熱処理を行わないことを前提としています。熱処理をするとしてもせいぜい焼なましによる応力除去を行う程度ですが、実際には浸炭焼入れ窒化が行われる製品もあります (ただしJISマーク対象品とはなりません)。SS材を浸炭すると異常組織と言って、浸炭部に塊状の炭化物とそれを囲むフェライト組織が現れ、フェライト部は焼入れ軟点になりやすいと言う現象が起こる場合があります。SS材は熱処理をしないということから“ナマ材”と呼ばれる向きもあります。

SS材のような軟鋼の場合、降伏現象 (負荷変動がなくても伸びが進行する) が見られ、これ以前に除荷されれば塑性変形は微小なものとなります。降伏点を過ぎ、最大負荷となる部分が引張強さで、構造物はこれ以上の荷重がかかると破断します。「カタチを保って中に居る人を守る」のであれば引張強さを設計の根拠としますが、機械部品のように変形があった時点で使用不能となってしまうものでは降伏点をもとに設計します。炭素量が増えてくると降伏現象は見られなくなるので、除荷時の永久変形が0.2%となる応力を耐力と呼び、降伏点に相当する値として使用します。

MKS単位系からSI単位系への切替時に引張強さの単位が‘kgf/mm2’から‘N/mm2(MPa)’に変更されたため、今まで“引張強さの最低値が41kgf/mm2ならSS41”と呼んでいたものが“引張強さの下限が400N/mm2なのでSS400”という具合になりました。他の引張強さを記号に反映させる材(SM材/SB材/FC材など)も同様の変更がされています。

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溶接構造用圧延鋼材

SM材  (JIS G 3106)  S:Steel  M:Marine  番号:引張強さの下限値

造船業でリベット接合から溶接構造への転換期に研究されたため、材名にMarineのMが付いています。リベット構造では重ね合せた部分が肉厚となり、船体の重量がかさむのに対し、溶接なら肉厚部が生じないため重量面で有利となりますが、溶接による熱影響部は一般に脆くなってしまうので、このような現象の起こりにくいことが求められます。そのため基本的に低炭素でPやSが少ないことが必要です。炭素量が多いと低温で脆くなり、溶接性も悪化します。また変態点以上に加熱された部分が母材吸熱により急令され、焼入れされたようになることで硬く脆くなってしまいます。Pは低温脆性のもとで、冷たい極地の海で船体が脆くなるのは危険です。Sは逆に赤熱脆性を増大し、溶接中にサルファクラックと呼ばれる割れの原因となります。更にリムド鋼では芯部の偏析高炭素化、リム層の気泡など溶接にとって好ましくない性質が残るため、キルド鋼またはセミキルド鋼圧延材となっています。

記号旧記号化学成分 %引張強さ
N/mm²
降伏点(耐力) N/mm²
CSiMnPS
〜t50〜t100〜t200〜t100〜t200〜t16〜t40〜t75〜t100〜t160〜t200
SM400ASM41A〜0.23〜0.25〜0.25-2.5*C〜〜0.035〜0.035400〜510245〜235〜215〜205〜195〜
SM400BSM41B〜0.20〜0.22〜0.22〜0.350.60〜1.40
SM400CSM41C〜0.18〜0.18-〜1.40-
SM490ASM50A〜0.20〜0.22〜0.22〜0.55〜1.60〜0.035〜0.035490〜610325〜315〜295〜285〜275〜
SM490BSM50A〜0.18〜0.20〜0.20
SM490CSM50A〜0.18--
SM490YASM50YA〜0.20〜0.20-〜0.55〜1.60〜0.035〜0.035490〜610-365〜355〜335〜325〜-
SM490YBSM50YB
SM520BSM53B〜0.20〜0.20-〜0.55〜1.60〜0.035〜0.035520〜640-365〜355〜335〜325〜-
SM520CSM53C
SM570SM58〜0.18〜0.18-〜0.55〜1.60〜0.035〜0.035570〜720-460〜450〜430〜420〜-

低温での衝撃値の違いにより、A種 (低) 〜C種 (高) に分けられています。A種は靭性に対する要求事項はありませんが、B種は0℃におけるシャルピー衝撃吸収エネルギーが27J以上、C種は47J以上と規定されています。記号Yは高降伏比ハイテン (引張強さに対する降伏点の割合が高い) を示しています。肉厚なものほど性能を維持しにくくなるので、降伏点の高い種類になると板厚がt100までに制限されます。

溶接構造物にはSS材よりSM材をチョイスするほうがベターではありますが、SS材が全く溶接できないというワケでもなく、室温程度の使用環境であればSS材を使用して一向に構いません。サルファクラックなどの溶接トラブルも、不純物が少なくコントロールされている現在においては問題となることは少なく、そもそも山形などの形を溶接して使うことは日常的に行われています。SM材は炭素量を抑えてMnの添加量を高めており、低温での靭性に優れる材料です。そのためSM材は造船で多く消費されます。日本は島国であるため造船業が盛んで、巨大な船体に使われるSM材はSS材に次いで多く使用される材です。

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ボイラ及び圧力容器用炭素鋼及びモリブデン鋼鋼板

SB材  (JIS G 3103)  S:Steel  B:Boiler  番号:引張強さの下限値  M:Molybdenum

高温圧力容器に使われる圧延材で、高温でも安定であることが求められます。成分表を見ると、同じように溶接で使うSM材に比べて炭素量がやや多くなっていることが見て取れます。炭素が多いほど強さを維持するためには有利ですが、炭素は高温に長時間曝されるとセメンタイトから分離して黒鉛化したがり、材料として弱くなってしまいます。つまりSB材に求められる「高温での安定した強さ」は、黒鉛化しにくいということになります。

記号
記号
化学成分 %引張強
N/mm²
降伏点
N/mm²
許容引張応力 N/mm²
CSiMnPSMo温度 ℃
〜t25〜t50〜t100〜t150〜t200350375400425450
SB410SB42〜0.24〜0.27〜0.300.15〜0.30〜0.90〜0.035〜0.040-410〜550225〜10397887657
SB450SB46〜0.28〜0.31〜0.33450〜590245〜113106958058
SB480SB49〜0.31〜0.33〜0.35480〜620265〜1211131018458
SB450MSB46M〜0.18〜0.21〜0.23〜0.25-0.15〜0.30〜0.90〜0.035〜0.0400.45〜0.60450〜590255〜113108101
SB480MSB49M〜0.20〜0.23〜0.25〜0.27480〜620275〜121117106

炭素鋼では高温強さに限界があるのでMoを0.5%程加えて高温に強くしたのが、記号末尾にMの付いたSB450M、SB480Mです。Moは耐クリープ性にも有効で、高温でのクリープ変形を抑える働きがありますが、炭素当量を高めるので溶接性は悪くなります。SB材でも持たないような高温環境になるとCr-Moが必要になり、更にはNi-Cr (ステンレス鋼/耐熱鋼)、耐熱超合金と、高温になるほど特殊な材料が必要になってきます。

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熱間圧延軟鋼板及び鋼帯

SPH材  (JIS G 3131)
S:Steel  P:Plate  H:Hot  C:Commercial  D:DeepDrawn  E:DeepDrawnExtra

記号化学成分 %引張強
N/mm²
伸び %
CMnPSt1.2〜1.6t1.6〜2.0t2.0〜2.5t2.5〜3.2t3.2〜4.0t4.0〜
SPHC〜0.15〜0.60〜0.050〜0.050270〜27〜29〜29〜29〜31〜31〜
SPHD〜0.10〜0.50〜0.040〜0.04030〜32〜33〜35〜37〜39〜
SPHE〜0.030〜0.03531〜33〜35〜37〜39〜41〜

冷間圧延鋼板及び鋼帯

SPC材  (JIS G 3141)
S:Steel  P:Plate  C:Cold  C:Commercial  D:DeepDrawn  E:DeepDrawnExtra

記号化学成分 %引張強
N/mm²
伸び %
CMnPSt1.2〜1.6t1.6〜2.0t2.0〜2.5t2.5〜3.2t3.2〜4.0t4.0〜
SPCC〜0.12〜0.50〜0.040〜0.045(270〜)(32〜)(34〜)(36〜)(37〜)(38〜)(39〜)
SPCD〜0.10〜0.45〜0.035〜0.035270〜34〜36〜38〜39〜40〜41〜
SPCE〜0.08〜0.40〜0.030〜0.03036〜38〜40〜41〜42〜43〜

薄板から製品化される部品には様々なものがあり、材質も多種多様ですが、中でも消費量が多いのは低炭素圧延であるSPHやSPCです。特に冷間圧延のSPC材は自動車や家電、建築金具などの身近なものから、工場内で使われる産業用設備などまで、使用される場面は多岐に渡り「産業活動のバロメーター」と位置付けられます。

基本的には熱処理を行わないのですが、大量生産品では浸炭焼入れによって部分的に耐摩耗性を付与したものもあります。ただしSS材と同様に異常組織の発生には注意が必要です。

部品材料となる板に求められるのは表面の滑らかさに加え加工性の良さ、中でも絞り加工におけるストレッチャーストレーンの発生しにくさがポイントとなります。つまり絞り加工中にシワやヒビ割れが出ないことが重要で、絞り特性によってC種 (コマーシャルグレード:一般用)、D種 (絞り用)、E種 (深絞り用:キルド鋼) の3種があります。

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機械構造用炭素鋼鋼材

S-C材  (JIS G 4051)  S:Steel  C:Carbon  番号:炭素量の代表値  K:高級

キルド鋼から作られ、炭素を主合金元素とする炭素鋼で、JISではSS材などの一般構造物向けの材料を「普通鋼」と呼ぶのに対し、S-C材以降は「特殊鋼」に分類されます。熱処理を行って必要な機械的性質を与えた状態で使用することが前提で、概ね炭素量0.25%までは焼ならしにより結晶粒を細かくして使用し、それ以上では調質によって強靭として使用します。記号末尾に‘K’が付く低炭素鋼肌焼用で浸炭焼入れを行います。

構造用鋼としてはポピュラーで流通量も多く、特に丸棒としてよく出回っているため、板物であればSS材を使用するような場面でも、丸形状であるためにS45Cが使われるようなことも多々あります。このような利用例の場合、調質されずに製品化されることが多いでしょう。

高炭素になれば硬さ焼入れも可能で、高周波焼入れなどの表面硬化法もよく利用されます。調質によって強靭さを与えた上に高周波焼入れ表面硬化させれば、耐疲労部品としても利用できます。炭素量の上限は0.58%で、0.6%以上のものは工具鋼 (SK材) となります。

記号化学成分 %焼ならし品焼入焼戻し品
CSiMnPS引張強
N/mm²
降伏点
N/mm²
伸び
%
硬さ
HB
引張強
N/mm²
降伏点
N/mm²
伸び
%
硬さ
HB
S10C0.08〜0.130.15〜0.350.30〜
0.60
〜0.030〜0.035314〜206〜33〜109〜156----
S12C0.10〜0.15373〜235〜30〜111〜167----
S15C0.13〜0.18
S17C0.15〜0.20402〜245〜28〜116〜174----
S20C0.18〜0.23
S22C0.20〜0.25441〜265〜27〜123〜183----
S25C0.22〜0.28
S28C0.25〜0.310.15〜0.350.60〜
0.90
〜0.030〜0.035471〜284〜25〜137〜197539〜333〜23〜152〜212
S30C0.27〜0.33
S33C0.30〜0.36510〜304〜23〜149〜207569〜392〜22〜167〜235
S35C0.32〜0.38
S38C0.35〜0.41539〜324〜22〜156〜217608〜441〜20〜179〜255
S40C0.37〜0.43
S43C0.40〜0.46569〜343〜20〜167〜229686〜490〜17〜201〜269
S45C0.42〜0.48
S48C0.45〜0.51608〜363〜18〜179〜235735〜539〜15〜212〜277
S50C0.47〜0.53
S53C0.50〜0.56647〜392〜15〜183〜255785〜588〜14〜229〜285
S55C0.52〜0.58
S58C0.55〜0.61
S09CK0.07〜0.120.10〜0.350.30〜
0.60
〜0.025〜0.025----392〜254〜23〜121〜179
S15CK0.13〜0.180.15〜0.35----490〜343〜20〜143〜235
S20CK0.18〜0.23----539〜392〜18〜159〜241

機械的性質を見ると焼ならし品、調質品ともに、炭素量が多いほど引張強さ降伏点が高くなるのが解ります。また焼ならし調質との比較では高炭素なほど調質による機械的性質の改善効果が大きく現れていることが読み取れます。入手性の良さから、S45Cを調質せずに使うことはあり得ますが、ワザワザS55Cを購入しておいて、焼入れせずに使うことはないでしょう。

調質焼入れによってマルテンサイト化した組織から、高温焼戻しにより炭化物を微細析出させてソルバイト化し強靭にする処理ですので、当然、全体がマルテンサイト化することが理想なのですが、炭素鋼焼入性が悪く、冷却の遅れる芯部はどうしても完全にマルテンサイト化しません。また、JISでは焼入時の冷却は水冷となっていますが、単品処理では焼割れの危険を回避するため油冷としている熱処理屋さんがほとんどでしょう。そういった意味でもS-C材を完全にマルテンサイト化させるのは難しい作業と言えます。芯部が50%マルテンサイト化する直径を臨界直径と言いますが、S-C材の場合はせいぜい20〜30mm程度まででしょうか (炭素量にもよりますが)。

結晶粒を微細化させれば強度アップするというのなら、焼ならしなどによっても可能ではありますが、ソルバイト組織の「マルテンサイト化による微細化」と「炭化物の微細析出」とのあわせワザによる結果には遠く及びません。また冷間加工による加工硬化も組織の微細化が見込めますが、微細化と同時に転位密度の増加により内部ストレスが増大する上、何より、処理品全体を均一に安定して強靭化することは、よほどの単純形状でなければ困難です (ピアノ線でバネを作る場合がこれに当たる)。結局、調質が唯一の選択肢であり、焼入性の改善は必須要求事項です。S-C材で完全焼入れにならない場合は、合金添加によって焼入性を改善した機械構造用合金鋼の出番となります。

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機械構造用合金鋼鋼材

焼入性の改善を目的にMn、Ni、Cr、Moを添加したで、合金添加により強度面での影響 (炭素量が同じでも調質後の降伏点が高かったり、降伏点が同レベルでも衝撃値が大きかったりする) も見られます。ただし炭素量が多いほど焼入硬さが高い点についてはS-C材と同様です。つまり焼入硬さだけに限って言えば、炭素量によってのみその性能は決定されてしまい、添加合金硬さに関与していません。

基本的に材の規定というと成分量に目が行きがちですが、結晶粒度カーバイド粒度なども機械的性質にとって重要な項目で、成分以外の様々な「縛り」に対しても注意を払う必要があります。そのような中で機械構造用合金鋼には‘焼入性’を規定している材があり、焼入性を保障した構造用鋼材として「H鋼」と呼ばれています。決められた方法で熱処理をすれば、性能が必ずある範囲に収まることを保障しているワケです。H鋼は記号末尾に‘H’が付きます。形の一種である「H形鋼 (鉄骨などでよく見られる断面形状が‘H’形の材)」と混同しないように注意して下さい。

マンガン鋼 SMn材 マンガンクロム鋼 SMnC材  (JIS G 4106)
S:Steel  Mn:Manganese  C:Chromium  番号:合金番号+炭素量の代表値

記号
記号
化学成分 % (P Sとも0.030以下)熱処理引張強
N/mm²
降伏点
N/mm²
伸び
%
硬さ
HB
CSiMnNiCr
SMn420SMn210.17〜0.230.15〜0.351.20〜1.50〜0.25〜0.35浸炭焼入低温焼戻686〜-14〜201〜311
SMn433SMn10.30〜0.36水焼入高温焼戻686〜539〜20〜201〜277
SMn438SMn20.35〜0.411.35〜1.65油焼入高温焼戻736〜588〜18〜212〜285
SMn443SMn30.40〜0.46785〜637〜17〜229〜302
SMnC420SMnC210.17〜0.230.15〜0.351.20〜1.50〜0.250.35〜0.70浸炭焼入低温焼戻834〜-13〜235〜321
SMnC443SMnC30.40〜0.461.35〜1.65油焼入高温焼戻932〜785〜13〜269〜321

Mnは主要5元素のひとつで、、製鋼時にFeMn (フェロマンガン) の状態で脱酸剤として添加されるので、どのようなにも少なからず存在するのですが、焼入性に効果のある安価な元素であるため1%以上に増量したのがSMn材及びSMnC材です。価格的にはNi>Mo>Cr>Mnであり、SMn材は調質して使用するとしては経済的な材料で、自動車産業などで多用されています。焼入性合金元素の量よりも組合せで相乗効果が得られるので、更に性能アップを図ってCrを追加したのがSMnCです。Mnだけを多く入れるよりも、Crと組合せたほうが、それぞれの添加量が少なくても効果が大きく得られます。このような複数元素の組合せ添加は合金鋼では常套手段で、多くの材で同様の手法が用いられます。

比較的新しい規格の材で、焼入性で見るとSMnはS-C材SCr材の中間、SMnCはSCr材SCM材の中間に位置する材料です。また炭素量が同等な場合の機械的性質 (降伏点など) も同様の位置付けとなります。

クロム鋼 SCr材  (JIS G 4104)
S:Steel  Cr:Chromium  番号:合金番号+炭素量の代表値

クロムモリブデン鋼 SCM材  (JIS G 4105)
S:Steel  C:Chromium  M:Molybdenum  番号:合金番号+炭素量の代表値

記号
記号
化学成分 % (P Sとも0.030以下)熱処理引張強
N/mm²
降伏点
N/mm²
伸び
%
硬さ
HB
CSiMnNiCrMo
SCr415SCr210.13〜0.180.15〜0.350.60〜0.85〜0.250.90〜1.20-浸炭焼入低温焼戻785〜-15〜217〜302
SCr420SCr220.18〜0.23834〜14〜235〜321
SCr430SCr20.28〜0.33油焼入高温焼戻785〜637〜18〜229〜293
SCr435SCr30.33〜0.38883〜736〜15〜255〜321
SCr440SCr40.88〜0.43932〜785〜13〜269〜331
SCr445SCr50.43〜0.48980.7〜834〜12〜285〜352
SCM415SCM210.13〜0.180.15〜0.350.60〜0.85〜0.250.90〜1.200.15〜0.30浸炭焼入低温焼戻834〜-16〜235〜321
SCM418-0.16〜0.21883〜15〜248〜331
SCM420SCM220.18〜0.23932〜14〜262〜352
SCM421SCM230.17〜0.230.70〜1.00980.7〜14〜285〜375
SCM430SCM20.28〜0.330.60〜0.85油焼入低温焼戻834〜686〜18〜241〜302
SCM432SCM10.27〜0.370.30〜0.601.00〜1.50883〜736〜16〜255〜321
SCM435SCM30.33〜0.380.60〜0.850.90〜1.20932〜785〜15〜269〜331
SCM440SCM40.38〜0.43980.7〜834〜12〜285〜352
SCM445SCM50.43〜0.481030〜883〜12〜302〜363
SCM822SCM240.20〜0.250.35〜0.45浸炭焼入低温焼戻1030〜-12〜302〜415

高強度·高降伏点の代表格で焼入性も良く、SCM445では炭素量が同等のS45Cに比べて、理想臨界直径で4〜5倍が期待できます。合金鋼焼入性が良いというのは、添加元素が炭素の移動を阻害して炭化物として析出するのを邪魔するからですが、この作用により焼戻軟化抵抗も大きくなり、高温で焼戻しても軟化しにくくなります。

大型強力部品の他にも、シャフト、ピン、アーム、スタッドなどに、また肌焼鋼ならギア、スプライン、カムなどに利用されているのを見かけます。

工場内でよく見るクロムモリブデンとしては、六角穴付ボルト (キャップスクリュー) がSCM435の調質品ですが、通常の六角ボルトに比べて、強度区分で言うと3倍の性能が期待できます (その分価格も高いケド)。ネジの強度区分はJIS B 1051に規定されていて、ネジのアタマ部分に「4.8」などと刻印されている数字です。小数点以上が引張強さ (N/mm²) の1/100を示し、小数点以下が引張強さに対する降伏点 (又は耐力) の比率になります。強度区分が4.8なら、引張強さ400N/mm²以上、降伏点320N/mm²以上となります。400N/mm²級の六角ボルトは普通鋼製で、素材径が大きくなると降伏比が悪くなるため、大径のボルトでは「4.6」といった区分品も見かけたりします。これに対して六角穴付ボルトの場合、よく見るのは強度区分12.9の製品で引張強さ1200N/mm²以上、耐力1080N/mm²以上です。ホームセンターなどで見比べてみて下さい。

ニッケルクロム鋼 SNC材  (JIS G 4102)
S:Steel  N:Nickel  Cr:Chromium  番号:合金番号+炭素量の代表値

ニッケルクロムモリブデン鋼 SNCM材  (JIS G 4103)
S:Steel  N:Nickel  C:Chromium  M:Molybdenum  番号:合金番号+炭素量の代表値

記号
記号
化学成分 % (P Sとも0.030以下)熱処理引張強
N/mm²
降伏点
N/mm²
伸び
%
硬さ
HB
CSiMnNiCrMo
SNC236SNC10.32〜0.400.15〜0.350.50〜0.801.00〜1.500.50〜0.90-油焼入高温焼戻736〜588〜22〜217〜277
SNC415SNC210.12〜0.180.35〜0.652.00〜2.500.20〜0.50浸炭焼入低温焼戻785〜-17〜235〜341
SNC631SNC20.27〜0.352.50〜3.000.60〜1.00油焼入高温焼戻834〜686〜18〜248〜302
SNC815SNC220.12〜0.183.00〜3.500.70〜1.00浸炭焼入低温焼戻980.7〜-12〜285〜388
SNC836SNC30.32〜0.400.60〜1.00油焼入高温焼戻932〜785〜15〜269〜321
SNCM220SNCM210.17〜0.230.15〜0.350.60〜0.900.40〜0.700.40〜0.650.15〜0.30浸炭焼入低温焼戻834〜-17〜248〜341
SNCM240SNCM60.38〜0.430.70〜1.00油焼入高温焼戻883〜785〜17〜255〜311
SNCM415SNCM220.12〜0.180.40〜0.701.60〜2.00浸炭焼入低温焼戻883〜-16〜255〜341
SNCM420SNCM230.17〜0.23980.7〜-15〜293〜375
SNCM431SNCM10.27〜0.350.60〜0.900.60〜1.00油焼入高温焼戻834〜686〜20〜248〜302
SNCM439SNCM80.36〜0.43980.7〜883〜16〜293〜352
SNCM447SNCM90.44〜0.501030〜932〜14〜302〜368
SNCM616SNCM260.13〜0.200.80〜1.202.80〜3.201.40〜1.800.40〜0.60浸炭焼入低温焼戻1177〜-14〜341〜415
SNCM625SNCM20.20〜0.300.35〜0.603.00〜3.501.00〜1.500.15〜0.30油焼入高温焼戻932〜834〜18〜269〜321
SNCM630SNCM50.25〜0.352.50〜3.502.50〜3.500.50〜0.701079〜883〜15〜302〜352
SNCM815SNCM250.12〜0.180.30〜0.604.00〜4.500.70〜1.000.15〜0.30浸炭焼入低温焼戻1079〜-12〜311〜375

性能面では最も優れた構造用鋼 (データ上ではSNCM447の降伏点機械構造用合金鋼中最大) ですが、Niが添加されるため小径化によるコストダウンの期待は薄くなります。CrやMoによる強さ、焼入性焼戻軟化抵抗などの良好さにNiが更に加わるものの、Niは焼入性に対する効果が低いので、SNCやSNCMをあえて採用しなければならない場面というのはそれほど多くないように感じます。

しかしNiはを強靭にし、また低温脆性や高温時の結晶粒粗大化を防止する働きがあるので、特殊環境で使用する部品での採用が考えられます。Niはこのように温度感受性を鈍くする元素なので、耐熱鋼や耐寒鋼では主役クラスの添加合金となります。使用環境温度がキビシい場面ではステンレス鋼 (SUS) がよく使われますが、ステンレス鋼ではNiの添加量はグンと上がります。耐食耐熱超合金 (Ni基合金) ともなると、成分的にはNiメインとなって鉄が脇役に下がり、材料記号もNCF (Ni+Cr+Fe) とNiが先頭になります (JIS G 4901/4902)。

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炭素工具鋼鋼材

SK材  (JIS G 4401)  S:Steel  K:工具  番号:炭素量の代表値

主要合金元素は炭素のみで、成分的にはS-C材の延長線上にあるです。構造用鋼工具鋼は概ね0.6%Cを境に区分されます。0.6%までは炭素量の増加に伴って焼入硬さが増していくのですが、0.6%を超えると硬さの上昇は急激に鈍っていきます。そのためS-C材では0.02〜0.03%刻みで区分されていたものが、SK材になると刻み値が0.05%以上 (旧記号では0.1%以上の刻み) となっています。過共析鋼の領域に属するとなるので、焼入れは総ての種で同条件の約800℃からとなります。

記号化学成分 %硬さ
HRC
CSiMnPS
SK140SK11.30〜1.500.10〜0.50〜0.50〜0.030〜0.030





63〜
SK120SK21.15〜1.2562〜
SK105SK31.00〜1.1061〜
SK95SK40.90〜1.0061〜
SK90-0.85〜0.9560〜
SK85SK50.80〜0.9059〜
SK80-0.75〜0.8558〜
SK75SK60.70〜0.8057〜
SK70-0.65〜0.7557〜
SK65SK70.60〜0.7056〜
SK60-0.55〜0.6555〜

耐摩耗用途では炭化物の状態により製品性能が左右されます。SK材では材料出荷段階で球状化焼なましが行われており、これを焼入れするとマルテンサイトの硬い基地から、それよりも更に硬いセメンタイトが均一にばら撒かれた小石のように顔を出す状態となって摩耗に強くなります。炭素量が多いほど「小石」が増えることになり耐摩耗性は高くなりますが、一方で脆さが出てしまうので、靭性が必要な製品では炭素量が低めの材料を選定します。炭化物が細かいほど切れ味が良くなるので、SK材で刃物を作る場合は炭化物の挙動に注意した熱処理を行う必要があります。

焼入れ時に高温加熱や長時間加熱をすると、炭素が基地に溶込み過ぎて球状セメンタイトを維持できません。また焼なまし温度を高くし過ぎると網目状炭化物析出してしまいます。球状化焼なまし鋼塊圧延網目状セメンタイトを寸断した状態で再加熱すると、バラバラになったセメンタイトが表面積を小さくしようとして球体になるという処理ですので、このような過熱履歴があると元に戻せなくなります (圧延工程がないと満足な球状化ができない)。網目状炭化物が出てしまうと、硬さはスペック通りでも非常に脆い製品となってしまいますので注意して下さい。

SK材は焼入性を向上させるような合金添加を行っていないので、S-C材と同じくヤキが入りにくい材です。身の回りの製品で言うと、カッターナイフの刃や、プロの料理人が使う包丁、オモチャのゼンマイなどはSK材です。このような小さいもの、薄いものであれば焼入れ可能ですが、サイズが少し大きくなるだけで、質量効果によっていきなり硬さが低下する側面があります。大物で硬さが必要ならSKS材を選定して下さい。

JISでは水焼入れの場合の硬さが参考値として表記されていますが、実際はほとんどの場合で油焼入れとなるので、硬さはやや低くなります。焼戻しはストレス低減と硬さの維持を目的として200℃以下の低温焼戻しを行います。温度が高くなるにつれて硬さが低下するので、焼戻し温度以上になるような環境では軟化を生じます。加工熱でも同様に軟化するので、重切削工具には使用できません。カンナやノミ、ヤスリなどの大工道具のように、熱を気にしなくてもいい刃物には好適です。ただし電動カンナなど連続的に削る場合はSKではもたなくなってしまいます。

SK材に関しては錆びやすいというコトも頭に入れておいて下さい。炭素が多いと酸化しやすくなってしまいます (そのためステンレス鋼は一部を除いて非常に低炭素)。先程「”プロの“料理人が使う包丁」としたのは、手入れをしないとすぐ錆びるため、家庭用の包丁は現在ほとんどがステンレス製だからです。しかし切れ味はSKに勝てないので、プロはステンレス包丁を使いません。

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合金工具鋼鋼材

SKS材/SKD材/SKT材  (JIS G 4404)  S:Steel  K:工具  S:Special  D:Die  T:鍛造  番号:種別

SK材をベースに、各種合金元素を添加して性能や熱処理特性を改善した種で、用途別に切削工具用、耐衝撃工具用、冷間金型用、熱間金型用に分類されます。焼入性向上のためCrやMoを添加したり、SiやMnを調整する操作は機械構造用合金鋼における合金添加と同様ですが、工具鋼の場合、炭化物生成元素としてWやVも添加されます。Crは焼入性炭化物生成の両方に関るので、目的に応じて添加量がかなり幅広くなっています。

切削工具用
記号化学成分 % (P Sとも0.030以下)硬さ
HRC
CSiMnNiCrWV
SKS111.20〜1.30〜0.35〜0.50-0.20〜0.503.00〜4.000.10〜0.30水焼入低温焼戻62〜
SKS21.00〜1.10〜0.800.50〜1.001.00〜1.50(〜0.20)油焼入低温焼戻61〜
SKS21〜0.500.20〜0.500.50〜1.000.10〜0.25水焼入低温焼戻61〜
SKS50.75〜0.850.70〜1.30--油焼入高温焼戻45〜
SKS511.30〜2.0045〜
SKS71.00〜1.20-2.00〜2.50(〜0.20)油焼入低温焼戻62〜
SKS811.10〜1.30--水焼入低温焼戻63〜
SKS81.30〜1.5063〜

耐摩耗性に重点を置いた種で、いずれも1%C前後の炭素量となっています。Crの添加で焼入性を改善し、WやVによる高硬度カーバイドによって耐摩耗性を得ています。WC (タングステンカーバイド) やVC (バナジウムカーバイド) は炭化物の中でも非常に硬い部類のもので、各種耐摩耗用に利用されています。

基本的には常温工具用であり、熱間加工や加工熱が大きい場合には焼戻軟化によって硬さを維持できません。JISハンドブックの使用例ではバイトやドリルなどの記述がありますが、高速切削が当り前の現代においては実情にはあっていません。ネジ切り用のタップやダイスなら少し古い工具を探すとSKS2でできたものを見つけることもできますが、マシニングセンタでタップ加工までやってしまうようなご時勢の中、現在市販されているものは総てハイスになっています。

常温工具用でありながらSKS5とSKS51は高温焼戻しを行い熱処理後の硬さも低くなっています。これは木工機械工具用で、木材は熱伝導が悪く加工熱が材料に逃げずに刃先温度が上がりやすいためで、使用時の高温軟化を防ぐことを目的としています。また靭性を必要とするためNiを添加しています。

SKS11は高Wで耐摩耗性重視、SKS2/21はやや靭性を高め折れにくさを必要とする工具類に使用されます。SKS7/81/8は硬さ重視の熱処理となっており、SKS7はハクソー (金鋸の刃) に、SKS81/8はヤスリに利用されます。

耐衝撃工具用
記号化学成分 % (P Sとも0.030以下)硬さ
HRC
CSiMnCrWV
SKS40.45〜0.55〜0.35〜0.500.50〜1.000.50〜1.00-水焼入低温焼戻56〜
SKS410.35〜0.451.00〜1.502.50〜3.50油焼入低温焼戻53〜
SKS431.00〜1.100.10〜0.300.10〜0.40--0.10〜0.20水焼入低温焼戻63〜
SKS440.80〜0.90〜0.25〜0.300.10〜0.2560〜

タガネやポンチなど叩いて使うことを前提とした工具は、硬さがやや低くなっても靭性を重視します。常温で使用され加工熱も少ないので、高温で焼戻し靭性を回復するような操作は不要で、低温焼戻しでも靭性が高くなるような工夫が必要です。

SKS4/41は炭素量を抑え、硬さを下げることで靭性を回復させたもので、CrやWを添加して焼入性耐摩耗性を補っています。タガネやポンチ用の材ですが、市販品では炭素鋼で先端部のみ焼入れしたものが多く出回っています。焼入れしなければ衝撃で壊れてしまうこともないので、コストダウンには良い方法ですね。SKS43/44は高炭素のままVを添加したもので、あえてCrを外すことでVの結晶粒微細化作用によって焼入性をやや悪化させ、処理品芯部が硬化しにくくした材です。当然ながら処理品のサイズが小さいとこの効果は得にくくなります。削岩機などで利用され、耐衝撃用でありながら表面硬さHRC60以上が期待できます。

冷間金型用
記号化学成分 % (P Sとも0.030以下)硬さ
HRC
CSiMnCrMoWV
SKS30.90〜1.00〜0.350.90〜1.200.50〜1.00-0.50〜1.00-油焼入
低温焼戻
60〜
SKS310.95〜1.050.80〜1.201.00〜1.5061〜
SKS931.00〜1.10〜0.500.80〜1.000.20〜0.60-63〜
SKS940.90〜1.0061〜
SKS950.80〜0.9059〜
SKD11.90〜2.200.10〜0.600.20〜0.6011.00〜13.00--(〜0.30)空気焼入
低温焼戻
62〜
SKD22.00〜2.300.10〜0.400.30〜0.600.60〜0.80-62〜
SKD101.45〜1.600.10〜0.600.20〜0.600.70〜1.00-0.70〜1.0061〜
SKD111.40〜1.60〜0.40〜0.600.80〜1.200.20〜0.5058〜
SKD120.95〜1.050.10〜0.400.40〜0.804.80〜5.500.90〜1.200.15〜0.3560〜

硬さを維持しつつ、油焼入れ空気焼入れでも十分ヤキが入るようにした材です。一般に冷却材の冷却能が大きいほど、処理品の変形が大きくりますが、これは処理中の表面と芯部との温度差が大きいほど、お互いの熱応力変態応力によるストレスが高くなるためで、ゆっくり均一に冷やしたほうがストレスが減って変形しにくくなります。寸法変化も炭素工具鋼に比べて少なくなりますが、これは高合金化により残留オーステナイトが増加するため、マルテンサイト膨張が緩和されるカタチで変化量が目減りしたことによります。残留オーステナイト経年変化置割れなどの元凶とされますので、基本的には嫌われ者です。サブゼロなどで残留オーステナイトマルテンサイト化を促進してやるとSK材に近い変化量となります。

SKS3/31はゲージ鋼の別名通り、ゲージ類によく使われます。加工現場では栓ゲージやブロックゲージなどをよく見かけると思いますが、ゲージは耐摩耗性の高いことが重要であると同時に、経年変化が少ないことが求められます。焼入れ時の寸法変化がSK材の半分程度であったため、耐摩不変形鋼と呼ばれたりもしたのですが、先述の通りこれは残留オーステナイトが増えたためで、経年変化の面からは歓迎されない状態です。ゲージとして使用する製品ではサブゼロ処理が必要になります。焼入性耐摩耗性に関る元素として、C、Mn、Cr、Wがそれぞれ1%程度の組成であるためフォアワンとも呼ばれます。

SKS93/94/95はSK3/4/5 (SK105/95/85の旧記号) にCrを追加し、Mnを増量してヤキが入りやすくした材で、SKS3とSK材の中間程度の焼入性になっています。シャー刃などで使用されC%によって硬さを選択できます。

SKDの‘D’はまさに「金型」の意味で、金型に好適な材料です。空気焼入れが可能なので変形は微小で、焼入硬化した後の仕上代が少なくて済み、仕上げ工数低減に有効です。SKD1/2はCrを一気に12%程度にまで高め炭素量も2%程度と高く、耐摩耗性はバツグンですが熱処理前から加工性の悪い難削材です。Crから炭素を外しマトリクス中に溶け込ませるため、焼入温度は1000℃近くにまで高くする必要があります。SKD11/12はやや炭素量を減らした上でVを添加した材で、SKD11は現在プレス型などで標準的に使われています。Cが減った分、、焼入温度は更に高く、1000℃を超えた温度となります。SKD12はC、Cr共にやや低くして靭性を高めた材です。Crを減らしたとは言っても、焼入温度はSKD1/2に準じます。

熱間金型用
記号化学成分 % (P Sとも0.030以下)硬さ
HRC
CSiMnNiCrMoWVCo
SKD40.25〜0.35〜0.40〜0.60-2.00〜3.00-5.00〜6.000.30〜0.50-油焼入高温焼戻42〜
SKD50.10〜0.400.15〜0.452.50〜3.208.50〜9.5048〜
SKD60.32〜0.420.80〜1.20〜0.504.50〜5.501.00〜1.50-空気焼入高温焼戻48〜
SKD610.35〜0.420.25〜0.504.80〜5.500.80〜1.1550〜
SKD620.32〜0.400.20〜0.504.75〜5.501.00〜1.601.00〜1.600.20〜0.5048〜
SKD70.28〜0.350.10〜0.400.15〜0.452.70〜3.202.50〜3.00-0.40〜0.7046〜
SKD80.35〜0.450.15〜0.500.20〜0.504.00〜4.700.30〜0.503.80〜4.501.70〜2.104.00〜4.50油焼入高温焼戻48〜
SKT30.50〜0.60〜0.35〜0.600.25〜0.600.90〜1.200.30〜0.50-(〜0.20)-油焼入高温焼戻42〜
SKT40.10〜0.400.60〜0.901.50〜1.800.80〜1.200.35〜0.550.05〜0.1542〜
SKT60.40〜0.500.20〜0.503.80〜4.301.20〜1.500.15〜0.35-油焼入低温焼戻52〜

熱間金型用のSKDは熱間ダイス鋼、SKTは鍛造用型と呼ばれ、硬さよりも高温時の機械的性質低下を抑えるよう工夫されています。ダイキャスト熱間鍛造では加工対象が加熱されていて硬さは非常に低い状態ですので、金型としては摩耗よりむしろ高温での強さや耐熱衝撃性が重要になります。熱間工具の熱処理では使用時の焼戻し進行によって組織が変化しないように、その工具が使用される温度以上での焼戻しを行う必要があります。概ね600℃前後の焼戻しを行うものが多いのですが、例えばSK材をそのような高温で焼戻すとHRC30以下の硬さになってしまいます。高温焼戻し硬さが下がりにくい、焼戻軟化抵抗の大きな材が求められることになるのですが、高合金鋼では高温焼戻し後の硬さ低温焼戻しのとき並、もしくは却って硬くなるような二次硬化と呼ばれる現象が見られます。これは残留オーステナイト焼戻加熱ストレスによってマルテンサイト化するためで、ダイス鋼ハイスで顕著な現象です。高温で焼戻しを行うと、残留オーステナイトから炭化物析出し、オーステナイト中の炭素濃度が下がって、格子変態に必要な駆動エネルギーのハードルが下がり、冷却時にマルテンサイト変態を起こすというメカニズムであると考えられます。

SKD4/5は高Wで600℃程度の高温でも硬さの低下が少なく、耐熱性は良好なのですが、硬いということは脆さもあって、急激な温度変化 (ヒートショック) による亀裂の発生が懸念されます。衝撃のかかる用途ではWではなくMo添加のSKD61などが選ばれます。SKD6/61/62はMo添加により靭性が高く、ヒートチェック (熱衝撃による表面のひび割れ) が発生しにくい材です。ダイキャスト型や鍛造型として使用されます。SKTは熱間鍛造用金型で、高温材料に対してハンマーのように接触するような使われ方をします。CrやMoをやや控えめにしNiを添加することで粘り強さを与えています。

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高速度工具鋼鋼材

SKH材  (JIS G 4403)  S:Steel  K:工具  H:High speed  番号:種別

機械加工において切削速度が速くなると刃先温度が上昇して工具の軟化を生じます。これに対抗するには、高温になっても硬さが低下しにくいことと、その後の冷却時に元の硬さを維持していることが必要になります。高速度工具鋼高温焼戻しにおける二次硬化が著しく、焼入れ直後よりも高温焼戻し後のほうが返って硬くなります。これは添加合金元素の働きにより焼戻軟化抵抗が大きいことと二次硬化のピーク温度が高温側にあること、残留オーステナイトが多いことによります。

記号
記号
化学成分 % (P Sとも0.030以下)硬さ
HRC
CSiMnCrMoWVCo
タングス
テン系
SKH2SKH20.73〜0.83〜0.45〜0.403.80〜4.50-17.20〜18.701.00〜1.20-63〜
SKH3SKH317.00〜19.000.80〜1.204.50〜5.5064〜
SKH4SKH4A1.00〜1.509.00〜11.0064〜
SKH10SKH101.45〜1.6011.50〜13.504.20〜5.204.20〜5.2064〜
粉末冶金SKH40-1.23〜1.33〜0.45〜0.403.80〜4.504.70〜5.305.70〜6.702.70〜5.208.00〜8.8065〜
モリブデ
ン系
SKH50-0.77〜0.87〜0.70〜0.453.50〜4.508.00〜9.001.40〜2.001.00〜1.40-63〜
SKH51SKH90.80〜0.88〜0.45〜0.403.80〜4.504.70〜5.205.90〜6.701.70〜2.1064〜
SKH52SKH521.00〜1.105.50〜6.502.30〜2.6064〜
SKH53SKH531.15〜1.254.70〜5.202.70〜3.2064〜
SKH54SKH541.25〜1.404.20〜5.005.20〜6.003.70〜4.2064〜
SKH55SKH550.87〜0.954.70〜5.205.90〜6.701.70〜2.104.50〜5.0064〜
SKH56SKH560.85〜0.957.00〜9.0064〜
SKH57SKH571.20〜1.353.20〜3.909.00〜10.003.00〜3.509.50〜10.5066〜
SKH58SKH580.95〜1.05〜0.703.50〜4.508.20〜9.201.50〜2.101.70〜2.20-64〜
SKH59SKH591.05〜1.159.00〜10.001.20〜1.900.90〜1.307.50〜8.5066〜

現場では高速度工具鋼をHigh speed tool steelの略称で「ハイス」と呼びます (それにしてもなんて略し方だ)。焼戻し温度が高いほど刃先温度が上がってもOKで、高速切削が可能になるのです。ハイス焼戻しは概ね600℃前後で、残留オーステナイト変態させるために繰返し焼戻しを行わなければなりません。ダイス鋼などは2回戻しでいいのですが、ハイスの場合は3回戻しが行われます。ハイス焼入温度が高いことも特徴的で、大体1200〜1300℃まで加熱します。靭性重視であえて低い温度から焼入れする (アンダーハードニングと言います) 場合でも1100℃以上です。WやV、Crといった炭化物生成元素が多く添加されているので、低い温度ではカーバイドから炭素を外すことができず、マトリクスが硬くなりません。カーバイドから炭素を引っぺがし、基地を高硬度のマルテンサイトにしないことには話が進まないので、もはや‘結晶粒の粗大化を防ぐ’などと言ったキレイ事は通用しない世界です。温度を上げて「何が何でも硬くする」といった姿勢ですね。温度が高くなればWやVも基地に固溶して炭素の移動を阻害し、焼戻軟化抵抗が高くなる上、高温焼戻しの際にそれらが炭素と結びついて微細析出し工具性能を良好なものとします。焼入温度が高ければ残留オーステナイトが増えるのも道理で、高温繰返し焼戻しが行われ、ハイスピードカッティングが可能になるというストーリーが出来上がります。

Wを主な添加合金とするハイスはタングステン系と呼ばれ、W-Cr-Vが18-4-1%の組成が基本で、これがSKH2です。SKH3/4はSKH2にCoを追加した組成で、Coはカーバイドの溶け込みを促進させる働きがあるため、二次硬化による高温特性が更に良くなります。コバルトハイスとかスーパーハイスなどと呼ばれます。SKH10はVの添加量を増やしており、焼入性はやや低下しますが、バナジウムカーバイドもタングステンカーバイド並みに硬く、相乗効果で耐摩耗性はピカイチです。成分表の並びで下に向かうほど難削材の加工や重切削向きとなります。

タングステン系はカーバイド硬さが高いため高速切削が可能となるのですが、一方で靭性面での不安があります。バイトのように、欠けても研ぎ直して作業を進めることができる工具には向きますが、ドリルやタップなど、加工途中で折れてしまうと排除が難しい工具には、靭性面で有利なモリブデン系を使います。市販ドリルの表示を見てみると“HSS”と刻印されていますが、これはHigh Speed Steelの頭文字で、SKHの50番台、またはそのモディファイが使われていると言うことです。ハイスへのMo添加の研究は、Wが中国でしか採れないことによります (産出量の80%以上が中国)。戦争によりWの供給が絶たれると兵器を作るための工具がなくなってしまうのですから、これは死活問題です。硬さではW程ではないものの、Moも炭化物生成元素ですし、二次硬化作用もあります。しかも同様の効果を得るのに必要な添加量はWより少なくて済みますので靭性面でも有利になります。ただしMoは焼入れ加熱で処理品表面から飛んで行ってしまう「脱モリ」が起こりやすいので、加熱雰囲気に気を配ってやらなければなりません。脱炭防止と同じで、雰囲気炉や真空炉、ソルトバスなど酸素を遮断できる加熱方法を採用しています。

SKH40は粉末冶金タイプで微細金属粉末 (パウダーメタル) を高圧で焼き固めたものです。刃物としての性能や靭性のためには炭化物が一様に細かく分散していることが重要なのですが、この炭化物管理を熱処理ではなく、材料粉末サイズで管理できる点が大きなメリットとなります。組織の良好さではESR法を凌ぐ工法であり、最近では高合金ダイス鋼などの粉末冶金も試みられているようです。

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ばね鋼鋼材

SUP材  (JIS G 4801)  S:Steel  U:Use  P:Spring  番号:種別

材料記号の2文字目に“U”の付く種は特殊用途鋼と呼ばれ、主な用途を示す記号が続きます。ばね鋼熱間成形後焼入れし、仕上工程を経て製品化されるもので、大型のコイルばねや板ばね、トーションバーなどに使用される材です。代表的な用途としては自動車や列車の車軸を懸下するためのショックアブソーバーとして使われるばねなどがあります。これに対して小さな冷間成形ばねはピアノ線などを使用しています。

記号化学成分 % (P Sとも0.035以下)引張強
N/mm²
降伏点
N/mm²
伸び
%
硬さ
HB
CSiMnCrMoVB
SUP30.75〜0.900.15〜0.350.30〜0.60----1080〜835〜8〜341〜401
SUP60.56〜0.641.50〜1.800.70〜1.001230〜1080〜9〜363〜429
SUP71.80〜2.201230〜1080〜9〜363〜429
SUP90.52〜0.600.15〜0.350.65〜0.950.65〜0.951230〜1080〜9〜363〜429
SUP9A0.56〜0.640.70〜1.000.70〜1.001230〜1080〜9〜363〜429
SUP100.47〜0.550.65〜0.950.80〜1.100.15〜0.251230〜1080〜10〜363〜429
SUP11A0.56〜0.640.70〜1.000.70〜1.00-〜0.00051230〜1080〜9〜363〜429
SUP120.51〜0.591.20〜1.600.60〜0.900.60〜0.90-1230〜1080〜9〜363〜429
SUP130.56〜0.640.15〜0.350.70〜1.000.70〜0.900.25〜0.351230〜1080〜10〜363〜429

バネというと軟らかなイメージを持ちますが、熱処理後の機械的性質としては高強度で硬く、伸びが少ないのが見て取れます。もちろん余り硬過ぎては折れてしまいますが、ばね性とは金属の伸び縮みを利用しているのではなく、形状や寸法によってもたらされるものであると言えます。弾性限が高いほど強いばねになるので焼入れをして硬い状態で使用します。つまりばねとして使う材は、焼入焼戻しにより硬くなるものでなければならず、構造用鋼よりやや高炭素な成分となります。素材そのものの性質を利用したばねと言えば、ゴムや空気を利用した製品があります。板ばねの場合は曲げ、コイルばねの場合は捻りのストレスを受けるので、いずれの場合も表面に引張残留応力があったり、表面の硬さが不足していると製品寿命が短くなってしまいます。表面の酸化脱炭に気を配った熱処理を行うべきです。逆に圧縮残留応力を与えてやると耐疲労性が向上するため、熱処理後にショットピーニングを併用するものもあります。

SUP3は特殊な合金元素を含まない炭素鋼で、成分的にはSK材に酷似しています。ただしばねとして使うため耐摩耗性が要求されているのではないので、球状化焼なまし等は行われずに出荷されます。成分が同じというならSK材をばねとして使えるのかと言えば答えはYESで、小型のゼンマイなどでSKがよく使われます。ただしこの場合は焼入焼戻しではなくオーステンパベイナイト化して使うことが多いようです。

SUP6/7はSiMn、SUP9/9AはMnCrです。合金添加により焼入性が向上し、SUP3より大径のばねが製作できます。SUP10はCrVで、私たちの身の回りで見かける手工具類によく使われています。スパナやレンチなど、捻りや曲げを受け、弾性限が高いことが求められる上、ある程度の硬さ耐摩耗性が良好なことが必要とされる用途ですから、ばね鋼を使うのもうなずけます。スパナの持ち手の部分に“CHROME VANADIUM”と表示されているのを見かけますよね。SUP11AはMnCrBJISでは数少ないB添加です。SUP12はSiCr。SUP13はCrMoで、大型ばねに利用されます。機械構造用合金鋼であるクロムモリブデン高炭素版といった組成です。

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硫黄及び硫黄複合快削鋼鋼材

SUM材  (JIS G 4804)  S:Steel  U:Use  M:Machinability  番号:種別

記号化学成分 %
CMnPSPb
SUM110.08〜0.130.30〜0.60〜0.0400.08〜0.13-
SUM120.60〜0.90
SUM21〜0.130.70〜1.000.07〜0.120.16〜0.23-
SUM220.24〜0.33
SUM22L0.10〜0.35
SUM23〜0.090.75〜1.050.04〜0.090.26〜0.35-
SUM23L0.10〜0.35
SUM24L〜0.150.85〜1.15
SUM250.90〜1.400.07〜0.120.30〜0.40-
SUM310.14〜0.201.00〜1.30〜0.0400.08〜0.13-
SUM31L0.10〜0.35
SUM320.12〜0.200.60〜1.100.10〜0.20-
SUM410.32〜0.391.35〜1.65〜0.0400.08〜0.13-
SUM420.37〜0.45
SUM430.40〜0.480.24〜0.33

リンや硫黄はを脆くする (P:低温脆性 S:赤熱脆性) 上、偏析を生じやすく局部的に集まってしまうため、製鋼においては嫌われ者で、どのような種でも上限を低く (0.030%以下など) 抑えています。ところがこれを逆手にとっての被削性向上を狙ったのがSUM材で、Pは低温 (=使用状態) での性能が悪いため硫黄の添加がベースとなります。ただしFeSとして化合すると脆くなるのでMnをやや多く添加しMnSとなるようにしています。これが硫黄快削鋼で、更にPを増やしたリン硫黄複合快削鋼、またPbを添加した硫黄鉛、リン硫黄鉛複合快削鋼JIS化されています。Mnが多ければFeSよりもMnSとなり、MnSは変形しやすいので脆くならないという図式はSM材にも通じるところがあり、Mn量が似ているのもうなづけます。

に快削性を与える元素としては他にTe、Se、Caなどが知られており、SeはSUS材において被削性向上のために添加される場合があります (SUS303Se)。

SUM11/12は添加元素量が少なく、ある程度の塑性加工も可能です。SUM21〜25は被削性重視で、自動切削に適しますが衝撃に弱く強度も高くありません。SUM31/32はCとMnをやや多くして強度向上を図っています。SUM41〜43は炭素量を高めており、SUM材の中では最も高強度です。記号末尾にLが付くものは鉛 (lead) を含み、被削性は非常に良好なのですが、近年の鉛フリー化で嫌われてきています。

被削性向上による加工時間の短縮、工具寿命の拡大とそれに伴う段取時間の削減、切削液の不要化など、機械加工における経済性から使用される材であり、引張強度などの規定がなく、熱処理も行いません。重要強度部材への使用は禁物です。また基本的に曲げ、絞り等の塑性加工には不向きで、溶接性も良くありません。

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高炭素クロム軸受鋼鋼材

SUJ材  (JIS G 4805)  S:Steel  U:Use  J:Journal  番号:種別

組成としてはSK105 (SK3) にCrやMoを添加したといったところですが、球状化焼なましに関する規定がJISに明記されている点が他の工具鋼との大きな相違点です。つまり、成分が合格でもイイ加減な焼なましをして出荷したものはSUJ材として認められません。ほぼ1%C、1%Crという構成で高炭素化による高い焼入硬さと、微細均一分散したクロムカーバイドによる耐摩耗性を実現した種です。熱処理油焼入れ低温焼戻しとなっており、常温で使うボールベアリングやローラーベアリングの材料として使用されます。

記号化学成分 %
CSiMnPSCrMo
SUJ10.95〜
1.10
0.15〜0.35〜0.50〜0.025〜0.0250.90〜1.20〜0.08
SUJ21.30〜1.60
SUJ30.40〜0.700.90〜1.150.90〜1.20
SUJ40.15〜0.35〜0.501.30〜1.600.10〜
0.25
SUJ50.40〜0.700.90〜1.150.90〜1.20

SUJ1は小径のボールやローラー用となっていますが、実際にはSUJ2で間に合わせていて、規格はあるがほとんど実在はしないと言ってしまってもいいでしょう。径がφ25mm程度以下 (レース部のようにパイプ状の場合はパイプ肉厚×2が直径相当) のものにはSUJ2、それ以上ではSUJ3が使われます。φ50〜60位まで使えるでしょう。SUJ4/5はSUJ2/3にMoを添加し焼入性に変化を持たせた種で、大型軸受用ですが、SUJ4はSUJ2とSUJ3との中間程度に適用となり、SUJ3で間に合わせているのが実情です。またSUJ5もSUJ3で適用できないほど肉厚のベアリングともなると、まず絶対数が少なくなる点と、それほどの大型軸受では用途が重機向けなどになり、衝撃荷重を負担する場面が想定されることが多くなるため、浸炭など内部まで硬化させることのない処理が選択されることが多く、使用頻度は高くないでしょう。つまり入手性の点からはSUJ2かSUJ3を選ぶことになると考えられます。

SUJは焼戻軟化抵抗が小さく、高温環境では使用できません。そもそもボールベアリングなどはグリス潤滑であり、ボール部分に封止してあるグリスが溶け出すような温度で使用されると、潤滑不足でイカれてしまいます。耐熱性が必要な場合はM50 (4%Cr-4%Mo耐熱軸受鋼/JISには規定されていない) などが使われ、耐食用途ではマルテンサイト系ステンレス鋼 (SUS440C等) などが使用されます。

耐摩耗性が良好な割りに安価で、比較的手軽に使用できる材ですが、軸受用と銘打たれているためか板材が流通していないので用途は限られてきます。球状化焼なましによって母材は極軟状態であり、切削性は良好です。ただし球状化されたクロムカーバイドの分布を維持した状態で焼入れしなければ本来的な性能を発揮できないので、焼入温度や保持時間に関しては気を配らなければなりません。JIS焼入硬さの参考値に関する記述はありませんが、キッチリとした熱処理を施せば60HRC程度以上が得られます。

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ステンレス鋼材

SUS材  S:Steel  U:Use  S:Stainless  番号:種別 (JIS G 4303:ステンレス鋼棒)
(JIS G 4304:熱間圧延ステンレス鋼板)
(JIS G 4305:冷間圧延ステンレス鋼板)
(JIS G 4306:熱間圧延ステンレス鋼帯)
(JIS G 4307:冷間圧延ステンレス鋼帯)
(JIS G 4308:ステンレス鋼線材)
(JIS G 4309:ステンレス鋼線)

ステンレスを示す英単語は「錆びない」というより「汚れない」といったニュアンスのもので、酸素による錆びに強いこと以外にも、化学薬品に侵されなかったり、腐食性ガスに強かったりといった性質もあります。‘Stainless’を「ステンレス」ではなく「ステイン·レス」と発音すれば、歯磨粉のCMでも出てくる「ステイン」が「ない」ですよ、という意味が理解できますね。

最も代表的なステンレス鋼の成分は18%Cr-8%Niで、18-8ステンレスとも呼ばれます。18-8系はオーステナイト系ステンレス鋼と呼ばれるカテゴリの材料で、耐食性が非常に高く、次いで18%Crステンレス、13%Crステンレスと徐々に錆びやすくなっていきます。炭素はを錆びやすくさせるのでSUS材では基本的にジャマ者扱いです (マルテンサイト系ステンレスだけは焼入硬さを得るため高炭素になっていますが)。NiやCrは錆びにくい金属としてメッキにも利用されますが、これは表面に発生する酸化皮膜が強固で、それ以上の酸化や腐食を防ぐためです。アルミニウム合金が腐食しないのも、Alが同様の性質を持つためで、このように表面にできる酸化皮膜を不動態膜と呼びます。ステンレス鋼の場合はCrの不動態膜効果と、Niによる組織のオーステナイト化により高い耐食性を得ています。不動態膜が強固であるということは、逆に言うとロウ付や溶接は苦手な部類の材料ということになります。ステンレス鋼の溶接というとアルゴン溶接のような不活性ガス雰囲気中で行われます。

その他のSUS材では、大雑把に13%Cr系と18%Cr系とがあります。Fe-Cr二元状態図ではオーステナイト生成領域が低Cr側でループを描くように存在し (γループと言う)、Crが13%以上ではオーステナイト変態せずに、溶融点に至るどの温度帯でもフェライト単相です。これが「ステンレスは13%Cr以上」である根拠となり、フェライト系マルテンサイト系で13Crステンレス鋼が規定されることになるのですが、13%でいいのはあくまで他の添加物を排除した想定のハナシで、炭素量の増加に伴いγループは高Cr側に広がります。そのため13Crフェライト系ステンレスでは、焼なましオーステナイト領域を出るまでゆっくり冷やしてやることになり、13Crマルテンサイト系ステンレスではオーステナイト領域からの急冷で焼入れが可能となります。Crを18% (あるいはそれ以上) にまで高めた18Crステンレスにもフェライト系マルテンサイト系とが存在します。二元状態図のγループよりかなり高Cr側になるので、オーステナイト化を要するマルテンサイト系では炭素量がかなり高くなってしまい、耐食性は犠牲になります。また高Crになると、820℃以下で脆いσ相という金属間化合物 (Fe-Cr化合物) が析出し始めるので、製造時の熱履歴や使用環境に注意が必要です。

腐食に強く、耐食構造部材として使われるステンレスとはいえ万能ではなく、少なからず弱点も持っています。

炭素が多いと錆びる
SUS材は耐食性重視で炭素量を極力抑えているが、硬さを要するマルテンサイト系の場合、0.2〜1.0%程の炭素量のものがあり、錆が全く出ないワケではない。
粒界腐食
高温で結晶粒界にクロムカーバイド析出し、その周りのCr量が低下して局部的に低Crとなってそこから腐食される。粒界腐食を防止するためには、できるだけ低炭素の材料を使用すると同時に、溶接などでカーバイド析出したら固溶化熱処理で炭素を散らしてやる。
応力腐食
引張応力を受け、ストレスによりエネルギポテンシャルが高くなる部分が腐食されやすい。特に塩化物に接していると腐食の進行が速い。冷間加工引張残留応力を生じている場合も、同様にその部分が選択的に腐食される。
孔食 (ピッチング)
全体が腐食するのではなく、不動態膜の弱い部分から局部的に孔が開くような形で発生する腐食。孔に塩素イオンが溜まることでその部分だけが強く侵され、腐食が進行する。
還元性の腐食に弱い
Crが増加すると酸化性 (電子を奪われる) 雰囲気には強くなるが、還元性 (電子を与えられる) の雰囲気には逆に弱くなる。硝酸 (HNO3:酸性雨に含まれる) には強いが、硫酸 (H2SO4) や塩酸 (HCl) には侵される。
強度的には物足りない
代表的なステンレス鋼であるSUS304の場合、引張強さで520N/mm²、耐力はその半分以下と、合金添加が多く高価な割には貧弱で (耐食性を目的とした多量添加なので当り前ではあるが)、強度部材として使用する場合に物足りなさを感じる。強度を重視すると耐食性が犠牲になる。
脆化を示す温度域がある
高Cr組成では400〜550℃で長時間加熱の後、冷却すると脆くなる475℃脆性という現象が問題となる。また700〜800℃付近の高温で、硬くて脆いFe-Crの金属間化合物 (σ相) が析出脆化する。これはクロムカーバイドの場合と同様、クロム欠乏層を誘発するので、脆化するだけでなく耐食性も悪化する。
局部電池
異物質との接触により電子のやりとりが行われるとそこから腐食される。台所のシンクにヘアピンを長期間置いておくと、水がかかった部分で錆が発生する現象で実感できる (やらないで下さいね)。

ステンレス鋼というと「錆びに強い」「腐食しない」というイメージを持ちますが、使い方や製造工程の不備によっては「部分的に腐食が進行する」という状況を作ってしまい、これはある意味、全体的に腐食して行くより危険でさえあります。素材としての錆び難さを100%発揮させるには、応力除去固溶化熱処理などを上手に適用してやる必要があります。

ステンレス鋼には耐熱鋼、耐寒鋼としての側面もあります。耐食性目的で添加したNiはの温度感受性を鈍くし、温度変化による機械的性質の悪化を防ぐ働きもあるため、このような用途にも利用可能です。SUS材の一部は耐熱鋼 (JIS G4311/4312) にも含まれています。

オーステナイト系
記号化学成分 %引張強
N/mm²
耐力
N/mm²

%
硬さ
HB
CSiMnPSNiCrMoCuN
SUS201〜0.15〜1.005.50〜7.50〜0.060〜0.0303.50〜4.5016.00〜18.00--〜0.25-520〜275〜40〜241〜
SUS2027.50〜10.004.00〜6.0017.00〜19.00520〜275〜40〜207〜
SUS301〜2.00〜0.0456.00〜8.0016.00〜18.00-520〜205〜40〜207〜
SUS301L〜0.030〜0.20550〜215〜45〜207〜
SUS301J10.08〜
0.12
7.00〜9.00-570〜205〜45〜187〜
SUS302〜0.158.00〜10.0017.00〜19.00520〜205〜40〜187〜
SUS302B2.00〜
3.00
520〜205〜40〜207〜
SUS303〜1.00〜0.20〜0.15(〜0.60)520〜205〜40〜187〜
SUS303Se〜0.030-Se 0.15〜520〜205〜40〜187〜
SUS303Cu〜3.00〜0.15(〜0.60)1.50〜3.50-520〜205〜40〜187〜
SUS304〜0.08〜2.00〜0.045〜0.0308.00〜10.5018.00〜20.00--520〜205〜40〜187〜
SUS304L〜0.0309.00〜13.00480〜175〜40〜187〜
SUS304N1〜0.08〜2.507.00〜10.500.10〜0.25550〜275〜35〜217〜
SUS304N27.50〜10.500.15〜0.30Nb 〜0.15690〜345〜35〜250〜
SUS304LN〜0.030〜2.008.50〜11.5017.00〜19.000.12〜0.22-550〜245〜40〜217〜
SUS304J1〜0.08〜1.70〜3.006.00〜9.0015.00〜18.001.00〜3.00-450〜155〜40〜187〜
SUS304J23.00〜5.00450〜155〜40〜187〜
SUS304J3〜1.00〜2.008.00〜10.5017.00〜19.00480〜175〜40〜187〜
SUS305〜0.1210.50〜13.00-480〜175〜40〜187〜
SUS305J1〜0.0811.00〜13.5016.50〜19.00----
SUS309S12.00〜15.0022.00〜24.00520〜205〜40〜187〜
SUS310S〜1.5019.00〜22.0024.00〜26.00520〜205〜40〜187〜
SUS315J10.50〜
2.50
8.50〜11.5017.00〜20.500.50〜1.500.50〜3.50520〜205〜40〜187〜
SUS315J22.50〜
4.00
11.00〜14.00520〜205〜40〜187〜
SUS316〜1.0010.00〜14.0016.00〜18.002.00〜3.00-520〜205〜40〜187〜
SUS316L〜0.03012.00〜15.00480〜175〜40〜187〜
SUS316N〜0.0810.00〜14.000.10〜0.22550〜275〜35〜217〜
SUS316LN〜0.03010.50〜14.5016.50〜18.500.12〜0.22550〜245〜40〜217〜
SUS316Ti〜0.0810.00〜14.0016.00〜18.00-Ti 5*C%〜520〜205〜40〜187〜
SUS316J117.00〜19.001.20〜2.751.00〜2.50-520〜205〜40〜187〜
SUS316J1L〜0.03012.00〜16.00480〜175〜40〜187〜
SUS316F〜0.08〜0.1010.00〜14.0016.00〜18.002.00〜3.00-520〜205〜40〜187〜
SUS317〜0.03011.00〜15.0018.00〜20.003.00〜4.00520〜205〜40〜187〜
SUS317L〜0.030480〜175〜40〜187〜
SUS317LN0.10〜0.22550〜245〜40〜217〜
SUS317J1〜0.040〜2.5015.00〜17.0016.00〜19.004.00〜6.00-480〜175〜40〜187〜
SUS317J2〜0.06〜1.50〜2.0012.00〜16.0023.00〜26.000.50〜1.200.25〜0.40690〜345〜40〜250〜
SUS317J3L〜0.030〜1.0011.00〜13.0020.50〜22.502.00〜3.000.18〜0.30640〜275〜40〜217〜
SUS321〜0.089.00〜13.0017.00〜19.00--Ti 5*C%〜520〜205〜40〜187〜
SUS347Nb 10*C%〜520〜205〜40〜187〜
SUS38417.00〜19.0015.00〜17.00-----
SUS836L〜0.03024.00〜26.0019.00〜24.005.00〜7.00〜0.25640〜275〜35〜217〜
SUS890L〜0.02023.00〜28.0019.00〜23.004.00〜5.001.00〜2.00-490〜215〜35〜187〜
SUSXM7〜0.088.50〜10.5017.00〜19.00-3.00〜4.00450〜155〜40〜187〜
SUSXM15J13.00〜
5.00
11.50〜15.0015.00〜20.00-520〜205〜40〜207〜

身近なステンレス鋼製品といえばこのオーステナイト系ステンレス鋼製で、中でも18-8系 (18%Cr-8%Ni) と思って間違いないでしょう。家の中でステンレス製品というと台所などの水周りで使うアイテムが多いのですが、オタマやボウル、泡立器など、多くがSUS304でできています。包丁だけは硬さが必要なためマルテンサイト系ステンレス鋼焼入品です。工場内でも錆が問題となる部分や、耐熱性が必要な部分などで使われ、熱処理の炉内構造部品にもよく使われています。食品を扱う工場では、錆びて劣化した所からの異物混入があってはならないので、オールステンレスの設備をよく見かけます。これは台所と一緒ですね。

18-8ステンレスの基本はSUS302で、更に耐食性改善のためC%を減らしたSUS304が現在の標準オーステナイト系ステンレス鋼となっています。耐食性重視のオーステナイト系ステンレスでは、いずれの種も炭素量0.15%以下と非常に低炭素で、そういった意味では、実は純鉄って錆びにくい鉄なんです。また全体にSiが1%程度 (あるいはそれ以上) となっていますが、これは耐熱性、耐硫酸性の向上を狙ったためです。

18-8SUSではNiが高価なため、これをMnに置換えたのがSUS201/202で、18-8の廉価版という位置付けです。MnもNiと同様にA1変態点を下げ、常温でオーステナイト化させる働きがあります。SUS302よりNi、Crを若干押さえ、冷間加工硬化性を高めたのがSUS301で、ばね用ステンレスとして使われます。冷間加工によりオーステナイト相が壊されるので耐食性は低下します。そのため炭素量を抑え、耐食性を改善したのがSUS301Lで、0.030%C以下となっています。末尾のLはExtra Low Carbonといって、C%を特に少なくしたSUSであることを示しています。Niだけ少し増加させたのがSUS301J1で、末尾のJはJIS固有の種であることを示しています。SUS302BはSUS302からSi%を高めて、高温での耐酸化性を改善したSUSです。SUS303はS%を上げ、快削性を与えています。SUS303SeはSではなくSeで被削性を向上しており、SUS303CuはCuにより耐酸化性を増した快削SUS材です。SUS302のC%を更に減らしたのがSUS304系列で、サフィックスのL、Jは前述の通りです。Nが付く種は窒素固溶により強度と耐孔食性を増しています。SUS305/305J1はCrを抑え、Niを増やしてネバさを与え冷間加工性を改善したものです。Cr、Niとも増やして耐食性を更に向上させているのがSUS309S/310Sで、SはSuperを示します。確かに耐食性が高いのですが非常に高価です。応力腐食割れ孔食に強くするためSi、Cu、Moを添加したものがSUS315J1/J2で温水機器用のJIS固有種です。SUS316/317系列はMoを多く添加することで耐孔食性を増したものです。中でもSUS316TiはTi添加により粒界腐食に強くすることを狙った材料で、熱交換器の部品に使用されます。SUS316FはS添加により被削性を上げた快削SUSで、FはFree Machiningの頭文字です。SUS快削鋼はこのようにFの付くものの他に添加合金元素名が付くもの、系列そのものが快削性の高いものと様々で少々混乱してしまいます。SUS321はSUS304にTiを追加した組成で、高温での粒界腐食に強くしてあります。SUS347はTiではなくNb添加となっていますが、目的は同様に耐粒界腐食性です。TiやNbはCrより炭素親和性が高いので、内に残るCを予めTiやNbと化合させてしまえば、Cr欠乏層が発生しないというメカニズムであり、固溶化熱処理後に安定化処理を行う必要があります。SUS305よりも更に加工硬化を抑え、冷間加工性を上げたのがSUS384で、16Cr-18NiとNiの添加量が多くなっています。SUS836LはSUS317Lより合金添加量を増やした上、Nを追加して耐孔食性の向上を図っており、海水熱交換器にも使えるほどです。SUS890Lも合金添加量が多く、更にCuも添加して耐海水性に優れます。SUSXM7はSUS304にCuを添加し、冷間加工性向上を図った種。SUSXM15J1は応力腐食割れを防ぐためNiとSiを増量したです。サフィックスXMは新開発種に付けられる記号です。

以上、ズラズラと書連ねましたが、オーステナイト系ステンレス鋼の場合はまず何と言っても耐食性が第一です。その上で、海水や塩素、高温などの特定環境に強くするとか、応力腐食割れ粒界腐食割れを防止するとかの付加機能を加えたり、冷間加工性や切削性を向上させるなど生産性に目を向けた改良が加えられています。耐食性が必要でSUS材を採用する場合、まず筆頭候補に挙がるのはSUS304系列となりますが、それでももたない場合は用途に応じて選定して下さい。

オーステナイト·フェライト系
記号化学成分 %引張強さ
N/mm²
耐力
N/mm²

%
硬さ
HB
CSiMnPSNiCrMoN
SUS329J1〜0.08〜1.00〜1.50〜0.040〜0.0303.00〜6.0023.00〜28.001.00〜3.00-590〜390〜18〜277〜
SUS329J3L〜0.030〜2.004.50〜6.5021.00〜24.002.50〜3.500.08〜0.20620〜450〜18〜302〜
SUS329J4L〜1.505.50〜7.5024.00〜26.000.08〜0.30620〜450〜18〜302〜

二相系ステンレスとも呼ばれ、Niを8%未満とすることで、固溶化熱処理後もオーステナイト単相ではなくフェライト相が混じる組織となっています。オーステナイト系ステンレス鋼の弱点である孔食粒界腐食応力腐食について改善が図られており、基本的に高Crステンレスです。粒界腐食等に強い一方で、Crが多いためσ相脆化475℃脆化の危険性は残るため注意が必要です。

種としてはSUS329系列のみです。米ASTMに類似の規格がありますが、若干の変更を加えてあり、総てJIS固有材料です。SUS329J3L/J4LはSUS329J1に対し、更に低炭素化してNを添加し、耐孔食性について一段の改善を図った材です。

フェライト系
記号化学成分 %引張強さ
N/mm²
耐力
N/mm²

%
硬さ
HB
CSiMnPSNiCrMoCuN
SUS405〜0.08〜1.00〜1.00〜0.040〜0.030(〜0.60)11.50〜14.50---Al 0.10〜0.30410〜175〜20〜183〜
SUS410L〜0.03011.00〜13.50-360〜195〜22〜183〜
SUS429〜0.1214.00〜16.00450〜205〜22〜183〜
SUS430〜0.7516.00〜18.00450〜205〜22〜183〜
SUS430LX〜0.03016.00〜19.00TiまたはNb 0.10〜1.00360〜175〜22〜183〜
SUS430J1L〜0.025〜1.0016.00〜20.000.30〜0.80〜0.025  ※1と同じ390〜205〜22〜192〜
SUS430F〜0.12〜1.25〜0.060〜0.1516.00〜18.00(〜0.60)---450〜205〜22〜183〜
SUS434〜1.00〜0.040〜0.0300.75〜1.25450〜205〜22〜183〜
SUS436L〜0.02516.00〜19.000.75〜1.50〜0.025※1 Ti,Nb,Zr
又はそれらの組合せ
 8×(C%+N%)〜0.80
410〜245〜20〜217〜
SUS436J1L17.00〜20.000.40〜0.80410〜245〜20〜192〜
SUS4440.75〜2.50410〜245〜20〜217〜
SUS445J121.00〜24.000.70〜1.50-410〜245〜20〜217〜
SUS445J21.50〜2.50410〜245〜20〜217〜
SUS447J1〜0.010〜0.40〜0.40〜0.030〜0.020(〜0.50)28.50〜32.00(〜0.20)〜0.015(Ni+Cu 〜0.50)450〜295〜22〜207〜
SUSXM2725.00〜27.500.75〜1.50410〜245〜22〜192〜

基本的にNiを含まないためオーステナイト化しません。Crの不動態膜保護のみによる耐食性ということになります。つまりCr含有量の多いものほど耐食性が高いと考えていいでしょう。組織がオーステナイト化しないということは、加工誘起マルテンサイトのような冷間加工による組織変化がないということになります (結晶粒の変化や転位の増加はありますが)。このため溶接や冷間加工後に熱処理をせず、そのまま製品化できるため大物に採用しやすくなります。

SUS405はSUS材の出発点となる13Cr系ステンレス鋼低炭素版にAl添加で溶接性を改善しています。SUS405よりも更に低炭素なのがSUS410Lで、高温酸化に強く曲げ加工なども良好なため、自動車の排気ガス周りやボイラー部品などで使用されます。SUS410系列はSUS410L以外の炭素量上限が高い種がマルテンサイト系に分類されているので、混乱しないよう注意して下さい。

18Crタイプでは850℃までの高温部品として使用される汎用種のSUS430が基本となっています。SUS430の溶接性を改善したSUS429、低炭素でTiまたはNb添加のSUS430LX、極低炭素でCu、Nb添加のSUS430J1L、高S高Mnで快削性を与えたSUS430F、塩分に強くしたSUS434と、それにTi、Nb、Zrの複合添加と低炭素化で加工性を改善したSUS436L、更にMoを増やして耐食性を良くしたSUS444、430の低炭素Mo添加タイプであるSUS436J1Lなどがあります。

SUS445J1からは耐食性の更なる改善のためCrが20%を超えています。高Crであるため475℃脆性が出やすいコトなど、注意すべき点も残っています。SUS445J1/J2はそれぞれSUS436L/444の高CrタイプでCr量は22%に達します。SUS447J1/XM27は0.010%C以下と非常に低炭素で、Nの上限も厳しくした上で、25%以上の高Crステンレスです。酢酸製造プラントなどでも使用できます。

マルテンサイト系
記号化学成分 %引張強さ
N/mm²
耐力
N/mm²

%
硬さ
HB
CSiMnPSNiCrMo
SUS403〜0.15〜0.50〜1.00〜0.040〜0.030(〜0.60)11.50〜13.00--590〜390〜25〜170〜
SUS410〜1.0011.50〜13.50540〜345〜25〜159〜
SUS410S〜0.08410〜205〜20〜183〜
SUS410J10.08〜0.18〜0.6011.50〜14.000.30〜0.60690〜490〜20〜192〜
SUS410F2〜0.15〜1.0011.50〜13.50-Pb 0.05〜0.30540〜345〜18〜159〜
SUS416〜1.25〜0.060〜0.1512.00〜14.00(〜0.60)-540〜345〜17〜159〜
SUS420J10.16〜0.25〜1.00〜0.040〜0.030-640〜440〜20〜192〜
SUS420J20.26〜0.40740〜540〜12〜217〜
SUS420F〜1.25〜0.060〜0.15(〜0.60)740〜540〜8〜217〜
SUS420F2〜1.00〜0.040〜0.030-Pb 0.05〜0.30740〜540〜5〜217〜
SUS429J115.00〜17.00-----
SUS431〜0.201.25〜2.50780〜590〜15〜229〜
SUS440A0.60〜0.75(〜0.60)16.00〜18.00(〜0.75)HRC 54〜
SUS440B0.75〜0.95HRC 56〜
SUS440C0.95〜1.20HRC 58〜
SUS440F〜1.25〜0.060〜0.15HRC 58〜

フェライト系と同様に13Crタイプと18Crタイプとがあり、炭素量が多いことを除けばフェライト系に似た成分となっています。炭素が多いため、耐食性は劣りますが、焼入強化機構が利用できるため高強度部品や硬さを要する部品に使用できます。高Crなため焼入温度は高くなります。

SUS305は耐熱性の高い高強度で、タービンブレードなどの高温環境で使用される部品に使われます。SUS410は一般用途用のマルテンサイト系ステンレス鋼で、低炭素化で耐食性向上を図った410S、Mo添加で耐食性の高い410J1、Pb快削ステンレスの410F2といった改良があります (炭素量を0.030%以下に抑えたSUS410Lフェライト系に分類されます)。SUS416はS、Mn添加による快削ステンレスで自動盤での加工に適しています。SUS420J1/J2は比較的炭素量の多い13Crステンレスで、焼入れによる性能変化が大きく、構造部材から刃物にまで使われます。JISでの丸棒に関する規定では高温焼戻しで強靭として、また板材の規定では低温焼戻しで高硬度部材として使用することが書かれています。材料形状によって構造用鋼にも工具鋼にも使用できるということでしょうか。SUS420F/F2はそれぞれ420J2のS添加快削鋼と420J1のPb添加快削鋼です。Crを16%程度にまで引上げたマルテンサイト系ステンレスがSUS429J1で、ブレーキ部品のように耐食性耐摩耗性を両立させる必要のある部品に使用されます。SUS431はNi添加により機械的性質が高く耐食性も良好です。炭素量を一気に工具鋼並みにまで引上げたのがSUS440A/B/Cで、刃物部品で使われます。ゲージやベアリングなど、通常なら工具鋼を使うところで耐食性が求められる場合に採用されます。SUS440Fは440CのS添加快削ステンレスです。

マルテンサイト系ステンレス鋼焼入れでは、フェライト系ステンレス鋼で利用していた「γループを回避する」という手法とは逆に「高炭素化で高Cr側にシフトしたγループにまで加熱し急冷する」という形で熱処理を行っています。このためγループの高Cr側端となる温度にまで加熱する必要があり、焼入温度は1000℃前後という高温になります。

析出硬化系
記号化学成分 %熱処理引張強さ
N/mm²
耐力
N/mm²

%

%
硬さ
CSiMnPSNiCrCuHBHRC
SUS630〜0.07〜1.00〜1.00〜0.040〜0.0303.00〜5.0015.00〜17.503.00〜5.00Nb 0.15〜0.45S----〜363〜38
H9001310〜1175〜10〜40〜375〜40〜
H10251070〜1000〜12〜45〜331〜35〜
H10751000〜860〜13〜45〜302〜31〜
H1150930〜725〜16〜50〜277〜28〜
SUS631〜0.096.50〜7.7516.00〜18.00-Al 0.75〜1.50S〜380〜103020〜-〜229-
TH10501140〜960〜5〜25〜363〜-
RH9501230〜1030〜4〜10〜388〜-
SUS631J17.00〜8.50-------

これまでの材は総て焼入れによって硬さを得ていましたが、析出硬化系ステンレス鋼では全く違ったメカニズムで高強度を得る種です。金属の多結晶構造に対する強化機構として、結晶粒の微細化を行うという目的自体は同じですが「焼入れによって固溶した炭素が、変態点以下の再加熱で炭化物として微細析出することにより、硬さが下がって靭性が回復する」という調質熱処理とは違い「鉄と親和性の低い元素を急冷により固溶させ、再加熱時に微細析出させることで硬さを得る」という方法です。つまり析出硬化処理において、炭素は主役となり得ません。そのため成分表でも炭素は普通の (ヤキの入らない) ステンレス鋼のように低く抑えられています。実は析出硬化による材料強化は鉄以外の金属では常套手段で、アルミニウム合金におけるジュラルミン熱処理や、銅合金におけるベリリウム銅の熱処理でお馴染みです。金属材料の強化というのは、固溶化析出硬化の組合せが一般的で、鉄のように炭素なんてありふれた、しかも、製鋼時にイヤでも入ってくる元素を利用して「焼入れ」などという操作ができる金属なんてなかなかないのが実情です。つまり金属元素の種類から言えば、焼入れによって硬くできる鉄のほうが少数派なワケです。しかし世の中で熱処理とか焼入れなんて言うと、対象となる金属は「鉄」が多数派なのは、それ位、鉄における炭素を利用した材料強化というものは手軽 (材料が格段に安い) で、歴史があるということです。

析出硬化する材料は固溶化熱処理まで行ってから出荷され、最も軟らかい状態で機械加工されることになります。そのため硬化処理は析出硬化のみで、焼入のように熱処理で大きく変形することがないので、要求精度によっては仕上工程を簡略化することができます。また析出硬化処理は工程としては通常の焼戻しに類似し、焼入れに当る工程は既に材料段階で終わっているので、加工後の熱処理コストは低く抑えることが可能です。

SUS630はCuを析出硬化元素とした材で、17%Cr/4%Niの組成から17-4PH (PHは析出硬化の略) とも呼ばれます。表の熱処理欄に‘S’とあるのは固溶化熱処理で、1020〜1060℃の急冷ですから高合金鋼焼入れと同様の工程です。材料出荷前に行われていますが、何らかの理由で再度S処理が必要な場合は熱処理屋さんに相談してみてもいいでしょう。内容的に「焼入れ」なのですから、得られる組織はマルテンサイトですが、非常に低炭素なため硬さは低い状態です。次のH900からH1150が析出硬化処理で、数字は加熱温度の華氏 (゚F) 表示です。H900なら900゚F≒482℃に加熱することを意味します。温度が低いと強度重視、高いと靭性重視となります。加熱によってCuに富む相が、基地に微細析出することによって硬さが得られます。析出硬化温度はここに挙げられたもの意外を採用しても構いません。処理履歴として‘H○○’と華氏表記すればOKです。

SUS631はAlを析出硬化元素としており、組成が17%Cr/7%Niであるため17-7PHの別名があります。SUS630よりも更に高強度で、ステンレスばねなどに利用されます。固溶化熱処理 (S処理) は1000〜1100℃加熱からの急冷で、高NiなためMs点が下がり、オーステナイト主体の組織となります。析出硬化処理はRH950が「S処理後955±10℃に10分保持、室温まで空冷、24時間以内に-73±6℃に8時間保持、510±10℃に60分保持後空冷」と少々複雑ですが、最初の加熱とそれに続くサブゼロ処理で、析出硬化の準備段階としてオーステナイト組織を極低炭素マルテンサイト組織とさせ、続けて行う加熱で析出硬化させています。最終の加熱温度 (析出硬化温度) が950゚F≒510℃なので‘RH950’なワケです。TH1050では「S処理後760±15℃に90分保持、1時間以内に15℃以下に冷却、565±10℃に90分保持後空冷」で、1050゚F≒565℃の析出硬化です。両者はS処理後のオーステナイト化のための加熱温度が違っており、オーステナイト化温度が高ければMs点は低く、オーステナイト化温度が低ければMs点は高くなります。RH950ではオーステナイト化温度が高いのでMs点が室温以下にまで低くなり、マルテンサイト化のためにサブゼロが必要になってくるのです。このようにオーステナイト化温度の違いによりMs点を操作する処理をオースエージと言います。Ms点を低くすることをR処理、高くすることをT処理と呼ぶので、‘RH950’‘TH1050’と析出硬化記号に反映させているワケです。

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ねずみ鋳鉄品

FC材  (JIS G 5501)  F:Ferrum  C:Casting  番号:別鋳込供試材の引張強さ下限値

鋳鉄の場合、規格名が鋳鉄“材”ではなく、鋳鉄“品”となります。つまり鋳込んで部品の形になったものが、規定の機械的性質を有していないとJIS適合とならないので、今までの「材料屋さんで買った材が規格通りの性能で、これを削っただけなら強度的な問題はないでしょ」と言ってよかった材料とは、少々趣が違ってきます。鋳造工程では購入材料を融解し、型に流し込んで製品とするので、その段階で成分などが変化するであろうコトは想像できます。よって鋳鉄品の場合、化学成分に関する取り決めはほとんどなく(古い規格では参考値として記載されていましたが)、引張強さなどの規定があるだけです。鋳鉄は非常に高炭素(2〜3%C以上)で、銑鉄の一部が鋳物用銑として供給されます。鋳物用銑ねずみ鋳鉄用の1種と可鍛鋳鉄用の2種、球状黒鉛鋳鉄用の3種に大別されています。

記号

機械的性質化学成分 % (参考値)
別鋳込供試材本体付供試材引張強 N/mm²
引張強
N/mm²
硬さ
HB
肉厚
20〜

40〜

80〜
150〜
300
CSiMnPS備考
FC100FC10100〜〜201---
FC150FC15150〜〜212120〜110〜100〜  90〜3.4〜3.62.1〜2.50.5〜0.8〜0.4〜0.1
FC200FC20200〜〜223170〜150〜140〜130〜3.1〜3.41.7〜2.5〜0.3
FC250FC25250〜〜241210〜190〜170〜160〜3.0〜3.31.5〜2.20.7〜0.9〜0.2
FC300FC30300〜〜262250〜220〜210〜190〜2.9〜3.11.4〜1.80.7〜0.9〜0.1〜0.1鉄屑
接種
FC350FC35350〜〜277290〜260〜230〜210〜0.7〜1.0

鋳鉄ではのようなフェライト+セメンタイトという組織ではなく、炭素はグラファイト(黒鉛)としてフェライト中に晶出します(もちろんセメンタイト析出しますが)。このためが銀白色なのに対し、黒鉛混じりの表面が光沢を損なってねずみ色に見えるためねずみ鋳鉄と呼ばれます。通常の鉄=黒鉛共晶点は約4.3%ですが、Si添加により共晶点低炭素側にずらすコトによって黒鉛晶出させているため、鋳鉄材よりもSi濃度が高くなっています。ねずみ鋳鉄グラファイトが紐状に晶出し、これが固形潤滑材として働くため、油潤滑に難がある部分での耐摩耗部品として利用されます。ただし強度面ではこのグラファイトが弱点となり、ショックに弱く伸びの少ない性質となります。紐状に晶出する黒鉛がウィークポイントであるなら球状にすれば強くなると考えて作られるのがFCD(球状黒鉛鋳鉄)です。また鋳鉄は強度が肉厚に左右されやすく、薄い部分ほど冷却が速くなって単位断面積当りの強度は高くなります。FC材では引張強さの最低値を記号番号としていますが、これは製品とは別に鋳込んだ直径30mmの供試材による数値で、実際に製品となったものは、形状やサイズによってこの通りの強さを持つとは限りません。

鋳鉄は自己潤滑性により耐摩耗性が高いこと、振動の減衰能が高いこと、鋳造により1つの工程で入り組んだ形状を作り出せることなどと言った性質から、工作機械の土台部分など、大型の複雑形状品に利用されます。引張強さは薄いものほど高くなりますが「鋳鉄は脆い」のイメージ通り、靭性面では不利となり、また全体の剛性も考慮して上手くバランスさせた設計が必要で、性能を安定させるための均肉化など、最適設計には様々な問題が存在します。

ねずみ鋳鉄熱処理としては、偏析や炭素濃度不均一の緩和(拡散焼なまし)や、鋳造時の残留応力除去(低温焼なまし)を目的とした処理が行われます。工作機械のベッド摺動面で耐摩耗性向上のため、表面焼入れを行うこともありますが、炭素がセメンタイトとしてではなく黒鉛として組織内に存在することが炭素拡散を難しくしており、条件設定が難しい焼入れの一つです。

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球状黒鉛鋳鉄品

FCD材  (JIS G 5502)  F:Ferrum  C:Casting  D:Ductile  番号:別鋳込供試材の引張強さ下限値

記号

機械的性質
別鋳込供試材本体付供試材
耐力
N/mm²
引張強
N/mm²
伸び
%
硬さ
HB
耐力 N/mm²引張強 N/mm²伸び %硬さ HB
肉厚
30〜6060〜20030〜6060〜20030〜6060〜200
FCD350-200〜350〜22〜〜150-------
FCD400FCD40250〜400〜18〜130〜180250〜240〜390〜370〜15〜12〜120〜180
15〜
FCD450FCD45280〜450〜10〜140〜210-------
FCD500FCD50320〜500〜 7〜150〜230300〜290〜450〜420〜 7〜 5〜130〜230
FCD600FCD60370〜600〜 3〜170〜270360〜340〜600〜550〜 2〜 1〜160〜270
FCD700FCD70420〜700〜 2〜180〜300-------
FCD800FCD80480〜800〜 2〜200〜330-------

ねずみ鋳鉄では片状だった黒鉛を、Mg添加などの操作により球状化した鋳鉄で、脆さや伸びのなさが改善され引張強さも大きくなっています。ダクタイル鋳鉄(ductile:延性のある 可塑性の)とか、ノジュラー鋳鉄(nodular:小粒状の 小塊状の)などとも呼ばれ、基地組織によってフェライト系やパーライト系に分類されます。機械的性質鋳鋼に迫り、引張強さのみに限って言えば、炭素鋼並の高強度が得られます。FC材と同様に化学成分に関する取決めはないものの、Sは黒鉛の球状化を阻害するので0.02%程度までに抑えられています。FC材では片状だった黒鉛ブルズアイとも呼ばれる球状組織になり、強度的にFC材より有利であることが組織写真からも容易に想像できます。

別鋳込供試材本体付供試材
FCD350-22 
FCD350-22L 
FCD400-18FCD400-18A
FCD400-18LFCD400-18AL
FCD400-15FCD400-15A
FCD450-10 
FCD500-7FCD500-7A
FCD600-3FCD600-3A
FCD700-2 
FCD800-2 

種類記号は引張強さの最低値に加え、ハイフンに続けて伸び量を併記することになっています。つまり、FCD350なら正確にはFCD350-22と表記します。更に本体付供試材による場合にはAを、低温衝撃値(-20℃または-40℃におけるシャルピー衝撃値)の規定があるのもはLを、それぞれ添字として加えることになっており、FCD400にはFCD400-15に加え、FCD400-18が存在するので、実際のラインナップは左のようになります。FCD350〜450はフェライト地なので伸びが良く衝撃に強い性質です。FCD500/600はフェライトパーライトの混合組織で普通鋼クラスの強度を持つようになり、FCD700/800は主にパーライト地となり、強さが大きい上に焼入れ効果も充分期待できます。

工作機械のベッドやエンジンのシリンダブロックなどは、板材を溶接して作ったり大きな塊から削りだしで作るより鋳造のほうが合理的な上、耐摩耗性が生かせるコトを期待して鋳鉄が用いられますが、中でも球状黒鉛鋳鉄耐摩耗性に加えて強度や靭性を要する部品に利用されています。

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