この小説は「風の宿」をもとにした小説です。多少ネタばれおよび原作を知らないとわからない点などがありますので、原作をご存知ない方はぜひそちらを先に読破願います。
「風の宿」全8巻/小山田いく著/秋田書店少年チャンピオンコミックス/各390円
時期はいまからちょうど一年後。二十一世紀にはいった最初の年の二月〜三月頃のお話です…
「ふぅい〜つかれたぁぁ」
「ありがと、おつかれさん。風呂湧いてるだろうから先に入ってきな」
「…そんなに変なニオイする?」
「いや、そうじゃなくて、疲れたろうから」
「ふぁい。では先に入らせていただきます。」
家の物置を改造してから未だにそのままの診療所。そこで時間のかかる手術を終わらせて、家へ戻る。諷子は俺より疲れているはずなのに、歩いてゆっくり戻る俺を置いて走っていく。
「一成!また高校から帰ってくるなり諷ちゃんに手伝わせたね!」
「いいじゃないかおばちゃん。どうせ畜産系志望なんだから今から経験つんでたってマイナスにゃならねえよ。」
「そんなこと言って、肝腎の大学に入り損ねたらどうするんだい、まったく。」
まだ一年も先の話だと言うのに、これでは教育ママならぬ教育バ…
「なんか言ったかい?」
「なんでもない」
諷子ももうすぐ高校三年生だ。小学生の時から変わらないまま獣医にあこがれ、すでに大学受験のための勉強を始めている。確かに勉強は必要なのだがそればっかりになっても困る。
「まったく、どっちもどっちだよ、おまえらは。」
「そーよね、おじいちゃん。疲れて帰ってきた年頃の娘に手術の手伝いさせて、手元狂って失敗したらどーすんのよ」
俺のせいで少し晩飯がおそくなったのは悪かったが、“どっちもどっち”に呼応してないおまえの国語力は大丈夫か。だいたいどうせどこかで何か食ってきてるんだろうが。
「大丈夫だよ。そんな危ない手伝い、ハナからさせてないから。」
「ん〜!!」
「あぁあ、やっぱり女の気持ちが理解できないんだねぇ、離婚したのも無理ないわ」
最近きついなおばちゃん。無理矢理話つなげてるし。
「…メシくらい落ち着いて食わせてやれって」
調停役が多くなったおっちゃん。しかもこのごろ諦め口調だ。
「ごちそうさま」
概して、諷子はいい子だった。それどころか、周りからよくうまく育てたもんだと言われるくらいだ。とうとう俺は今まで再婚もしなかったし、諷子が俺の、すでに離婚した相手の連れ子だということを知っている人間もかなりいる。その点を加算した上での『うまく育てた』なんだろうが、ともかく、おっちゃんおばちゃんのおかげもあっていい娘に育った、と思う。
ただ、最近特に疲れて帰ってくるせいか、若干ひねくれ加減が強くなっているようだ。
そこまで考えて、あ、と思った。
俺は、そんな諷子に期待しすぎてはいないだろうか?
本人が獣医を目指しているのは確かだし、自分のやっていることもまちがっていないと思うのだが、やはり遅くに帰ってくる高校の生活は大変そうだし、おばちゃんは言うまでもなく、おっちゃんだって諷子に何か将来役立つ事をさせておこう、という雰囲気がないわけじゃない。
諷子はそれにそこそこ応えてくれるし、一見問題らしい問題はなさそうに見える。
だがそういえば、第二次反抗期らしきものが無かった。
月科に来るまでにややこしい経験をしすぎているせいもあってか育てるほうも育てられるほうもなんとなく事を荒立てないようにやっている、そんな感じが強すぎたんじゃないか。
思い返すと気になることがいくつもいくつも出てくる。
「そりゃ考えすぎだぜ、おまえ…」
数日後、たまたま会った小森と。
「そう思うか?」
「恭太郎は相変わらずだよ。一体何考えてるのかわかりゃしねぇ。勉強熱心ってわけでもねえし。諷子ちゃんは獣医めざしてもう頑張ってるんだろ?こっちは気が気じゃねえよ。」
諷子と同じ年の子がいるのを思い出して聞いてみたが。
「ま、時期おくれの反抗期にでもなったら覚悟をきめるんだな」
「ひでぇなぁ、人の気もしらずに。」
「その点うちは暴れたりはしねぇが年中反抗期だぜ。あははは」
「聞いた俺がバカだったよ。」
「おいおい、ひどいのはどっちだ。ま、そんだけ親に思ってもらえば十分じゃねえのか?あんまり思いつめるなよ。」
まったくだ。それこそ手元が狂ったらどうする。
「風邪をひくからやめときなって言ってるのにねぇ。」
例によって疲れて帰って、こたつで寝てしまった諷子に、おばちゃんが毛布をとりに行く。
「なんだかなぁ」
特に意味もない言葉を口にしてみる。
そういえば、俺の大学受験の勉強ってどんなだっけ?高校二年の頃…帰ってくるなり寝こけたりしてたろうか。
「…んなに心配しなくてもいいよぉ、お父さ…」
え?
「まぁーったく、おじ…ちゃんもおばあちゃ……子煩悩でしょー…んだからぁ…」「…そうよねーがんばってる人はもっと勉強してるもんねぇ、そこんとこわかってないのよぉ…だぁから違うってば、おとうさ…とかみんな考えすぎなのよぉ…」
途中からおばちゃんも、諷子の寝言を聞いてた。毛布を持って突っ立ったまま。
「ふふ」毛布を諷子にかけながらおばちゃんが言う。「子離れ孫離れできてないのはわたしらのほうかねぇ、一成。」
「そうだなぁ…」
「考えてみりゃ諷子みたいな子は獣医さんの大学にいけなくってもどこでもやっていけそうだしねぇ。」
「めったなこと言わないでくれよ、おばちゃん」
「そうじゃなくてさ。」
「…ん〜…何の話ぃ?」
目をこすりこすり、諷子が起きた。
「こいつぅ」指で頭を突いてやる。
「ん゛〜!…寝る。」すねた。
「ほら、諷ちゃん、寝るんならこたつはやめなっていうのに!」
「んゃあぁ、おこた大好き〜」
「しょうがないねぇ」
「ま、好きにさせとくさ」
「それもそうだね、諷ちゃん毛布はかけときな」
「…何の話?」
「毛布かけとけって。」
「うぅ。」不満そうだ。
「諷ちゃんが毎日疲れてるのが心配だってさ。」おばちゃんがフォローをいれる。
「ん、そんなこと気にしなくっていいのにぃ。」
「毎日帰ってくるなり寝てるから…あれ?」寝てしまった。
「一成の時は」その夜遅く、おっちゃんが言うには。「まだ牧場もあっただろ。だから、一成の勉強にもあまり口出ししなかったし、わしもばあさんも口出しするヒマなかったんじゃねえか。」
「そういやそうだねぇ。特別気をつかわなくても、一成は大学にいけたねぇ。」
「だからよ。諷子にもあんまり大学受験で世話焼きしなくてもいいんじゃねえかと思うんだがな」
「ほっといてもなんとかなるってことかい。」
「おうよ。わしらにできるのはせいぜい金の工面ってとこだ。あとはなるようになるわさ」
諷子の部屋の方が明るい。
多分おっちゃんのいうとおりなんだろう。おばちゃんのいう子離れ孫離れって話もそうだろう。黙って見てやるのも大事…か。なんだか当たり前のような気がする。それどころか、他の動物なんかでは親が子を突き放すことの方が多いと言うのに。諷子にはできるだけ、受験のことを考えてない時のように接することにしようか。その方が大切な娘のためになる、というなら…
やっとできました(T_T)/
時間のかかった割にこんだけか、といわれそうですが、こんだけです(;_;)
ことのはじめはここを読んでいる人はたいていご存知であろう小山田軍団さんの運営する 昴 -Pleiades- のショートストーリーパークでして、ここで葉月よしのさんが五本ほど書いたのですが、そのあと「とりあえず打ち止めです、みんなも書こうよう」という趣旨の発言を同掲示板でされまして、それならばきっつい感想を書いた詫びもかねてやってみたろではないか、という気分になったまでは良かったのですが。
もとより私、小学校中学校の読書感想文でさえ、ぎりぎりまで話の組立てが纏まらずにうんうんうなっていたような人間で(なにも文章に限った話ではないのですが)、これだけの物書くのに延べ日数どれだけかかりました?一ヶ月くらい?要するに単に考えすぎなのではないかいな、ってことなんですね。考えてる割にはそれほどいいという出来でも無し。
本当はそこそこできたらさっさと出せばいいんですよね。これも一種の同人活動なわけで、必ずしも完璧でなくたってよいわけで。そんな考え方すると、あああぁ、あの時、あんなきっつい感想書くんじゃなかったかしら、と思い当たる節が山ほどあるのでございます。
とはいいつつも、当たり障りのない感想では書く方も読む方も面白ないんでないかという考えがうにうにとでてきて、いや、あの、その。
ともかく、私に関しては今後の参考になるようなものでしたら少々きっつい感想を送ってもらっても構いません。私宛ての直接メール等でも構いませんし、本作発表後まもなくでしたら上記 Pleiades の掲示板でも構わないでしょう。
その Pleiades の掲示板のほうで小説を書いてみると宣言してから、圧迫を感じない、程よい加減で「期待しています」の書き込みが幾度かありました。待っていてくれた皆様、本当にありがとうございます。
実はこれを作るまでに、似たような切り口の小説の案がありまして、むじな注意報!メンバーの大学受験への悩みみたいなお話が二つ作りかけて中断されたままになっております。それで余計時間かかった;
それにしてもこのあとがきの文字の進みの早いことといったらないです、はい。
↑と、ここまで書いてはじめて気づいた。
そう、諷子たちは一九八三年生まれ、今はまだ高校一年生だぁっ→前文追加(2000/03/14)