堅い頭で創造性について想像する話

 わりとポピュラーなのかな?こんな問題に出くわした。
ロウソクと画鋲とマッチを渡して、
「テーブルに蝋がたれないようにロウソクを壁に取り付けてください。」

 正解というものがあるようで、これを導き出すにかかった時間を測定したらしい。で、被験者に測定する旨を説明する際、単に「知りたいから」と言って測定した場合と「一番早く思いついた人に賞金を出す」と言って測定した場合で、時間の違いを導き出したそうな。無報酬の方が3分半ほど早かったとか。

 この結果を分析して、創造的なことを行うには報酬は関係なく、むしろない方がよい、という推論を出している人がいる。しかしそうかあ?創造的な仕事の人件費をケチるために作られた実験結果ではないかなあ。生産性に関する有名な実験、電気を暗くしても生産性が上がった、それは「自分たちが選ばれている」というモチベーションが生産性を上げるのだ、という分析も、実は電気を暗くしたところで被験者を入れ替えてベテランを多く配したなんて裏があったそうだから、十分疑うに値する。

 でも、当初のロウソクの問題、そんな仕掛けは無かったと仮定しよう。その場合でもおそらく報酬を出した方が「正解」と言われているものに到達する時間は遅くなるからである。
 問題は「正解」と呼ばれているものが、どちらかというと「とんち」の分野に属するからである。報酬があるということは、これは「ビジネス」だ。つまり誰が見ても納得する堂々たる回答を出さねばならないということと受け取られる。報酬がないならば、「とりあえず出来ればいいんじゃないかな」、とんちみたいな回答でも全然許されそうだ。

 「正解」とされているものは、画鋲を入れている箱を使う。箱を画鋲で壁に留め、その箱を台としてその中にロウソクを立てる、と言うものらしい。しかし、設問のどこにも「箱を渡している」とは書いていない。仕事で同じ命題を与えられたとき「箱を使う」という条件がない以上、この「正解」では認められないと思うのがふつうである。さらにマッチは使っていない。

 実は正解は別にある。僕が思いついた。ロウソクの芯を曲げて本体に当てる。マッチを擦って火を消して、直後にそれでロウソクの芯をロウソク本体に押し当て、蝋を溶かして固定する。できたロウソクの芯の輪っかに画鋲を通して壁に留める。一分の疑いも差し挟ませない正解である。この正解を出すのに、無報酬の方が、賞金を出すより早かったというなら、彼らの推論は正しいだろう。
 しかし(少なくとも明示的に与えられた以外のものを使っているという意味で)頓智の混じった「正解」を出すのにかかる時間は、「(報酬に値するような)真面目な態度」で取り組ませた方が長くかかる、というのは当然のことであろう。

 こう反論してくれる人がいるかもしれない。
「君の言いたいのは、創造性には柔軟な発想が必要なのだが、画鋲の箱を台に使うという柔軟な発想は杓子定規なビジネスの中からは出てこないということだよねえ。ということは、君もまた創造性には報酬はあまり関係なく、場合によっては阻害要因になることを示したのではないか?」
ここまで僕につっこんでくれた人がいてくれれば、僕はその人にお礼を言う。ただしその人に分かってほしいことがある。僕が一分の疑いもない正解を思いついたときの寂寥感である。

 問題を考えた人も、被験者も、その結果を聞いて分析した人も、再実験のために異なった文化圏まで行った人も、誰も僕が考えた「正解」に気がつかなかったのかという、ただ一人人類から隔絶されたかのような寂寥感である。僕の考えを批判するのは簡単だ。しかし、この「正解」を思いついた人間が実験結果を見て考えたことと、それを思いつかずに単に提示された実験結果を見ただけの人間の考えと、どちらがより真実をえぐり取っていると思うかね。

 さて、私の出した正解に意義を唱えたくなった人がいるかも知れない。「そのやり方ではろうそくに火を付けられないだろう」。これには2つの返答を準備している。

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