人を笑うのは難しい

 12月4日付日経新聞夕刊のコラム「十字路」の話。
 夕刊とはいえ、囲み記事を名前入りで書かせてもらえるのだからかなり立派な人であろう。しかしこいつにはぶっ飛んだ。なになに
《例えば、米国債を保有している邦銀。買い戻し条件付でいったん米国債を海外投資家に売却し、一定期間後に債券を買い戻すという形で、その間の外貨資金を手に入れている。これがレポ取引だ。》
 どう読んでも、これは「現先取引」の説明だ。

 レポ取引は「現金担保による債券の貸借」である。どちらも本質的には「債券を担保とした現金の貸借」であるから区別がつきにくいのは認める。しかし、例え形式的にでも債券の売買が発生するかどうかという違いがあり、これによって債券の簿価を書き換える必要があるかどうか(現先の場合は必要)という会計上の差が出てくる。
 ちなみに続きを読んでみると

《邦銀が債券を買い戻す際に支払う利子に、財務省は来年四月から課税する考えである。》
 とある。利子が発生することからこれはレポ取引のことを言っているのだと分かる。(現先取引は、現物と先物の価格の差に利息分が含まれており、利息そのものに課税することはできない。レポ取引は担保とする現金に利息が発生する。)つまり、筆者が勝手に付け加えたレポ取引の解説がただ間違っていただけということが分かる。
 確かに難しい、ややこしい。(担保が現金で、担保に利息が付くなんて、直感的には理解しがたい。)でも、用語解説を間違えちゃあいかんだろうと思うのだ。

 この筆者、レポ取引の「利子(本来利子は個人の預貯金に対するもの)」に課税すると外銀が邦銀と取り引きしてくれなくなるよ、と主張していて(まあ、この人が主張しなくとも騒ぎは起きているそうだが)、これはこれで納得。で、邦銀が外貨調達のために外貨建て債を投げ売りする恐れがあると述べている。
 このように一方で邦銀が外貨建て債を売却するように仕向けておいて、一方では「日銀が外債購入を検討」していることを紹介し、《以上の二つの話は正反対の方向を向いていないか。福笑いを楽しむにはまだ早いような気がするのだが・・・・・・》と締めくくっている。

 言い回しのセンスは問うまい。でも、内容として2つ問題がある。
 税収がほしいから、利息に課税する。その影響として見込まれる邦銀の外貨建て債(外債といってはいけない。スシボンドがあるから)売却の市場への影響を相殺するため一方では外貨建て債を購入する。
 これによって税収アップの目的を達成し、同時に市場への影響を回避することができることになる。この政策のどこがおかしいのだろうか。まあ、課税するのは財務省、債券を購入するのは日銀と主体が違うから、その中に連携を見いだすのはおかしいと反論されれば分からなくもないが、その場合は、「二つの話が正反対の方向を向いていても主体が違うんだから妙な話でもないでしょ」となる。第一、日銀が外債を買うというのは「金融緩和」という別の目的があってのことなんでしょ。

 更に、今さら特に「日銀の外債購入」を言わずとも、日銀はとんでもない額の米国債を抱え込んでいる。日本銀行のバランスシートを見ると、資本金の3万5千倍という超絶的な額の外国為替勘定を持っていることが分かる。内訳項目は明らかにされていないが、外国政府等の発行する国債等が相当の比重を占めていることは容易に想像できる。円売りドル買い介入を行った結果貯めたドルを米国債の形にしているわけだ。筆者はこのことをどう考えているのだろうか。少なくとも今回外債購入をするからといってあげつらう必然性はないと思う。

 確かにマスコミは知ったかぶりをしなければならない。良く分からないことを記事にしなければならない。しかも締め切りまでの時間は短い。辛いのは分かる。しかし、署名記事を書くほどの人が用語の解説を間違ってどうするのだ。

 ここで思い出したのが遙か昔の朝日新聞の芸能欄。新人ピアニストをコンサート評でけなしていた。可哀想だなあで読み飛ばしそうになったところで「ピク!」。
 演奏曲目を紹介する表現として「ベートーベンのピアノソナタ作品27-2」を使っていた。有名な曲なんだから、なぜ「月光」と書かない。朝日新聞とはいえ所詮は大衆紙だろ。わざわざ分かりにくく書いた意図はどこにある。自分を偉そうに見せたかった?だから反発の少なそうな新人ピアニストをけなしたのか?
 そうだとしたら、今度は人間的にどうかという問題になりますな。(日経の記者はただ無知だったという不名誉に甘んじれば済むのですが。)

(補足)スシボンドという名前の由来

 その昔、日本の保険会社は利回りの高い外貨建て債に投資したがっていたが、外債の運用比率に対する規制がありこれ以上保有額を増やせないところに来ていた。そこで「日本企業の発行する外貨建て債は外債ではない」という解釈を導入して、外貨建て債の運用比率を上げることとした。このため、日本企業の発行する外貨建て債は金利が低くとも日本の保険会社に売れたわけである。このため「日本人しか食わないボンド=スシボンド」という俗称がついた。
 サムライボンド、ショーグンボンドの名前の由来は知らないので、誰か知っている人がいたら教えてください。
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