トレードマネーの妥当性測定法

 サッカー選手のジダンが、レアル=マドリッドに60億円のトレードマネーで移籍したとき、ジダン自身が「この世の中に60億円の価値のあるサッカー選手は存在しない」と言ったそうだ。
 とはいえ、実際にそれだけのトレードマネーが支払われたことは確かであり、ジダンの価値と価格の乖離が気になるところである。このような場合、プロサッカーという閉鎖的な社会では十分な規模の市場が成立していない、とかサッカー選手は各個人の能力の差が大きく代替財を考えることが難しい、といった理由でこの乖離が説明されることとなるのだろう。(ジダンとロナウドの無差別曲線というのは考えがたい。)

 では、市場価値を推測することは本当にできないのだろうか、と思っていたところ、ちょっと参考になる例を発見した。
 職員の一人がノーベル賞をもらうとかが材料で、上がった島津製作所の株価である。
 この上がった株価の幾分かは田中さんのノーベル賞学者としての価値を反映したものと見て差し支えあるまい。ちなみに発表の前後で一株35円程度上がったから、発行済み株式数を掛け合わせて、ざっと9億4千万円。(おお、ジダンの価格はノーベル賞学者6.3人分にあたる。1年に選ばれるノーベル賞受賞者全員分の価格と考えると、60億はさほど高くないと思う。)まさか株式市場は、市場として成立していないなんて言う人はだれもおるまいなあ。
 そんなわけで、各サッカークラブチームが株式を上場すればサッカー選手の価値が市場価値として判断できることになる。(ジダンの移籍の結果、レアル=マドリッドの株価が変わらなければ、ジダンの価値とトレードマネーは釣り合っていることになる。)

 サッカー選手の価格が価値と釣り合うかどうかは、株式市場を媒介にすれば検証できそうな気がしてきたが、さて、ノーベル賞学者の田中さんの価値は上記のように9億4千万円と簡単に算出してよいかは別である。
 もっと安いかもしれない:何もなくとも島津製作所の株価は上がるべきだったかも。
 もっと高いかもしれない:他の株価が下げ基調だったことを考え合わせると、このニュースがなければ下がったであろう島津製作所の株価下落を埋め合わせたとも考えられるかも。
 はるかに高いかもしれない、というか冷静に考えるとこう思われる。

 かのノーベル賞学者、田中さんは世界的に有名になった結果、あちこちから引き抜きの手が伸びてくると思われる。田中さんは昇進よりも研究が好き、という話であるから、どっかの大学が「研究だけしておいてくれればいいから」という条件をだすならなびくんじゃないかな。
 つまり、日本の至宝ともいえる優秀な研究者が島津製作所から流出する可能性がむしろ高い。これを織り込んで「ひょっとして残るかもしれない」という期待で株価が上がったとすれば(ご祝儀相場という面もあるのだろうが)これは田中さんの価値は9億、10億などというものではないこととなる。

 さらに言うと、島津製作所の株価が上がるはずがないのだ。だってノーベル賞受賞とはいえ島津製作所の研究所の人員が増強されたわけでもなんでもない。田中さんの発明は既に特許も取られ、商品化もされている。(これから商品化されるものについてノーベル賞のお墨付きがついたので、業績向上が期待され、株価が上がる、というフローなら至極妥当だが。)
 それでも上がった。ということは、今後優秀な研究者はトレードマネーで売買されるから、田中さん(およびその周辺)をトレードする時のトレードマネーを当てこんで株価が上がったのだろうか。

 まあ至極妥当に後付けで理由をつけよう。島津製作所の株価はこれまで過小評価されていたのだ。ノーベル賞を契機に証券アナリストが島津製作所の妥当な株価を改めて計算したところ、もっと高値で取引されていいことが判明したため、株価が値上がりしたのだ。そりゃそうだ。一株あたり株主資本は297円。ノーベル賞受賞前の株価はそれを下回っていたのだから。(まあ赤字企業だけどね)

 どういう解釈が正しいかは、田中さんが引き抜かれたときの株価の変動で分かりそうだ。
 ところで、田中さんが辞める意思を友だちに漏らしたとする。その友だちが島津製作所の株を空売りしたとする。さあ、これはインサイダー取引になるか?

 あ、忘れてた、ネタにするまえに、まずはこれでしたね。
 田中さん、ノーベル賞受賞、おめでとう。


 ジダンのトレードの結果、移籍元のユベントスと移籍先のマドリッドの株価合計が上がるかどうかというのも思考実験のネタとしては興味深い。
 上がるとすれば、金銭と商品の交換によって価値が生まれたということになる。ついでにサッカーの発展に貢献していると言えるかもしれない。
 双方の強さを合計値が高まるかどうかはまだ計算できるとしても、複雑なファンの心理をどう織り込むかが大問題。
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