定在的ことわざ

 以前、「気分は形而上」という漫画で「二階から目薬」という言葉を「やればできる」という意味に取り替えたというギャグがあった。
 同じように、ことわざの意味が変わったという例、ないわけではない。

 「転石苔むさず」
 A rolling stone gathers no moss
の意味は、昔「うろちょろしていると、貫禄がつかないぞ」ということだったそうだが、「活動的だと、腐らないよ」という意味に変わったそうな。
(ちなみに、ローリングストーンズの公演はこけない」という解釈もあるそうな。唐獅子株式会社とかいう小説の中でギャグとして使われていた。)

 「情けは人のためならず」を「情けをかけてはかえって人のためにならないのか」と解釈するのは、まだ市民権を得ていないかもしれない。

 更には、ことわざの元々の意味は変わらないまま、意味を否定される用法のほうが多いという例もある。

 「天は二物を与えず」ということわざを使って短文を作れ、という問題が国語のテストに出たら非常に採点が難しい。
 日常では「天は二物を与えずというが、彼は例外だな」という使われ方をするほうが圧倒的に多いからだ。
 でも、国語のテストとして、この文を正解とするのは適当であろうか。ことわざの意味を否定した回答を正解としてもよいのだろうか。
 ここでクローズアップされる問題は、この種の「○○を使って短文を作れ」という問題の採点基準が今ひとつはっきりしないところである。
 単に「用例としておかしくないかどうか」が採点基準であるとすると上の問題の解答として「私は、天は二物を与えず、の意味を辞書で引いた」と書いても正解になってしまう。
 多分、元々の意味を把握して短文を作っているかどうかが、採点のポイントなのであろう。

   ところが採点基準に「元の意味を否定した短文でも可」という条項を付け加えてしまうと、元々の意味を把握していなくても、あたかも意味を把握しているかのような文章を作れるがゆえに、正解/不正解が判断できない解答ができてしまうのだ。例えば、
「急がば回れというが、今回は例外だ。」
「天は自ら助くるものをタスクというが、今回は例外だ。」
「先んずれば人を制すというが、今回は例外だ。」
だからといって、「元の意味を否定してはいけない」という基準とすると
「天は二物を与えずというが、彼は例外だ。」
を正解とするわけにはいかんだろう。日常では最も多く使われる用法だというのに。

 結構、これ国語の教師へのテスト問題として使えるかもしれない。

[問題]
 「○○ということわざを使って短文を作れ」という問題を作るとき、○○に当てはめるものとして、もっとも不適当なものをあげ、その理由を述べよ。
a. 急がば回れ
b.先んずれば人を制す
c.天は二物を与えず

 先生方は、どれかは「故事成語」だからことわざではない、という趣旨の問題かなと疑って脂汗をかくかもしれない。
 今度聞いてみよう。(おーい、トクマス)



2003.3.24追加
 ことわざを使った例文を作れという問題には、特に悩むことはなく、単に、そのことわざの意味をきちんと文脈の中でも表現しているかということが採点基準になる。その意味では「天は二物を与えず」ということわざも、他のことわざと同じである。
という趣旨のメールをいただきました。(ありがとうございました。)

 その通りなんですが、それでも違和感が抜けない。で、数週間考えて、理由がわかりました。それは「天は二物を与えず」ということわざの用例が正しいかどうかは、その文だけでは判別できない、ということです。
 例えば、「彼はルックスはいいが、勉強は苦手だ。天は二物を与えずだなあ。」という文を作ったとします。テストであればたぶん合格点をくれるでしょう。しかし、これを現実の「彼」を指して使った場合「でも、彼はスポーツができるよ。やっぱり天は二物を与えるものだよ」という反論が来る可能性があります。(「でも、彼は女の子に人気があるよ。やっぱり天は二物を与えるものだよ」という反論が来る可能性はさらに高い。)
 つまり「彼」という人格を全方位的に、かつ徹底的に知っていない限り、「天は二物を与えず」という感想を漏らすことは非常に難しいのです。
 それに対して「彼はルックスがいいし、スポーツもできる。天は二物を与えずというが、彼については例外だな」と言ったとしても、そう反論されることはないでしょう。だから「天は二物を与えず」ということわざを安心して使うためには、こういう否定形にしなければならないのでしょう。
 かといってテストの解答に用例として「彼はルックスもいいし、女の子にももてる。天は二物を与えずというが、彼については例外だな」という文を持ってきたら・・・満点は難しいかもしれませんね。

 厳密には「彼は」という主語だと、満点は難しいかもしれない。例えば「郷ひろみは、ルックスもいいし、野球もうまい。天は二物を与えずというが彼については例外だな」くらい具体的に書かないといかんかもしれん(若い先生だと郷ひろみは野球がうまかったという事実を知らないかもしれないが、その場合は「千葉麗子はゲームが・・・」。

 さらには、この文は2文に分かれているからあかん、という採点基準もあるやもしれん。でもそういう場合なら「ことわざを使った短文をつくれ」という問題自体出ないであろう。

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