改正下請法下の情報成果物作成委託契約改善案

 下請代金支払遅延等防止法、いわゆる下請法(公正取引委員会他は「下請法」としているが、中小企業庁は「代金法」と呼ぶ)が改正され2004年4月1日から試行となった。ソフトウェアやテレビ番組等の情報成果物の作成委託及び運送やビルメンテナンス等の役務の提供委託も対象となったそうだ。
 一時期話題になった富士通の下請代金後出し値切りなどはこれで明確に違法となる。一見いいことに見えるのだが、情報漏洩問題の観点から見ると、非常に大きなリスクを孕む(正確にはリスク回避を阻害する)ことに気がついた。
 情報漏洩対策に日夜心を痛めている私は、そのリスクに気がついた途端、下請法の対象となる資本金の会社にはお引き取り願おうと思ったくらいだ。(下請法の対象となる会社とは、親事業者の資本金が一千万を超えている場合、一千万以下。さらに親事業者資本金が三億円を超えると三億円以下。)

 今回の下請法改正は、対象業種の拡大だけでなく、親事業者がやってはならないことも追加されたようで、これが問題になる。「下請け事業者に責任がないのに、給付を受領した後にやり直しをさせること等によって下請け事業者の利益を不当に害すること」が禁止されたそうだ。一見問題がないように見えるが、公正取引委員会の「改正下請代金支払遅延等防止法テキスト」と照らし合わせると大変なことに気がつく。
 このテキストでは「給付を受領」ということがかなり具体的に定義されている。曰く《(検査の有無を問わず)下請け業者の納入物品等を親事業者が事実上支配下におけば受領したことになる》。
 更に《情報成果物の作成委託においては、・・・(中略)・・・当該情報成果物を自己の支配下におくこと(例えば、親事業者のハードディスクに記録されること)が給付の受領となる》とまで書いている。

 最近よくある情報漏洩防止のソリューションという奴、主流は漏洩してはいけない情報を含むファイルをファイルサーバで一括管理し、閲覧や印刷に制限をかけるというものである。

 これは自社の人間が内部犯行や過失によって情報漏洩してしまうことを防止する点に対しては有効かもしれない。ただし、これを下請け会社に適用しようとすると大変なことになる。ファイルサーバを委託元が管理している限り、改正下請法対象の会社の人間が作成途中のファイルをサーバに保存すると、その瞬間「給付と受領」が発生してしまうことになるわけだ。つまり「記録された日から60日以内に代金支払い義務が発生する」。
 まあこういう情報漏洩防止ソリューションを提供しているつもりの会社に「こういう問題はどうすればいいんだ」と尋ねても「それはお客様で考える問題です」という答えしか返ってこないだろうな。まあ仕方あるまい。技術志向の人間とはそういうものだ。
 ただし、みなさん、そういう答えをされたらこう言い返しましょう。「そうだろうね。でもそういう回答しかできないということは、御社をソフトウェアを売っている会社と認めることはできても、ソリューションを提供している会社と認めるわけにはいかないよ」と。

 更に大変なことがある。よくあるプログラム開発の話。プログラム開発を外注した。開発用のコンピュータは委託元が用意する。丸投げならともかく複数の会社にサブシステムに区切って発注する場合は普通こうだろう。もちろん、開発途上のプログラムは委託元が用意した開発機のハードディスクに記録されている。この外注先がたまたま改正下請法の対象となる会社であった場合、これだけで納入したことになってしまう。ソースコードを書いているうちは給付物ができてないと考えられるが、コンパイルが終了し実行可能となれば完成と見なしうる。すると「コンパイル完了日から60日以内に代金支払い義務が発生する」。

 いつも外注側に立って話をする私ではあるが、これに気がついたときだけは、改正下請法対象の外部委託先全てにお帰り願いたくなったとしても責めないでほしいなあ。  改正下請法対象の会社に委託するということはこのような法務リスクを孕むからだ。でも裁判になれば勝つかもしれないから、どっちかというと「あそこは下請けいじめをやっている」という風評リスクの方が怖いかな。
 そして改正下請法対象となった会社の皆様、どないしましょう。とりあえず「給付と受領」についての例外規定を契約書に織り込みますかね。そのくらいしか考えつきません。ともかく判例が出るまでは動きがとれない。(電子ファイルが、納品物と定められた文書と認められるかどうかも気になるし・・・でも同等なものだから納品と認めうるという判例がでるかもしれないなあ。)

 なんでこんな変なことになってしまったのだろう。ソフトウェアの工業製品としての特性を考えずにそのまま法律の適用範囲を拡大してしまったことに問題がある。ソフトウェアはプロトタイプと製品の区別が無い。一つ作ればコピーは殆どタダ。これが手で触れる部品であればまず「とりあえず一個作ってみました。こんなもんでいいですかね」と下請け企業が持ち込んでくる。親事業者はそこで一次の検収を行い「うん、これでいい。じゃあ契約通り同じものを月末までにあと99個ね」ということになる。プロトタイプの提供がそのまま納品と認められることはない。だいたい契約書には100個納品と書いているじゃないか、1個納めたからといって契約が完遂されたわけではないぞ。これをそのままソフトウェア業界に適用したのが悪いのだ。

 つまり、とここで考えた。どこかで法解釈を補正してやる必要がある。こうなると法律には素人の私には手が出せない。が、システムには素人の法律家がシステムを勝手に法律に当てはめているのだ。私が法律を勝手に解釈してシステムに当てはめて悪いわけがなかろう。

 ドキュメントの納品はあくまでドキュメントの納品であって、例えばMicrosoftWord形式のファイルの納品ではない!と考えてみよう。あたりまえじゃないか。MS-Word形式のファイルはドキュメントの設計図であり、その証拠にドキュメントにするためには、パソコンとプリンタという製造設備を使用して、紙とトナーという原料から作り出さなければならないだろう。つまり電子ファイルとは「製造まえの品」なのである。だからハードディスクにファイルを保存したところで契約で定められてた情報成果物を給付したわけではない。
 よしよし、と思ったところでガーーーーン。妙なところに裏切り者がいた。JISAの「ソフトウェア開発委託モデル契約書」ではドキュメントをCD-Rで納品するのを例としている。

(1)システム仕様書作成業務における納入物

No

納入物

数量

納入媒体

備考

1

システム仕様書

1

CD-R

マイクロソフトWord2000にて作成したファイルで納品する


 つまりこの契約書では「電子媒体=ドキュメント」と見なしているということだ。
 この場合、裁判所は電子媒体に含まれているファイルをドキュメントと同等物であると見なすであろう。かくして、このモデル契約書を使っている改正下請法対象企業の皆様にはお引き取り願わなくてはならない。

 でも私は負けなかった。契約書の納品物の書き方を変えればいい。納品物はもう電子ファイルでもかまわない、数量の欄を変えればよい。「一式」などと書かず「二組」と書くのだ。
 これはハードディスクに保存しただけでは、同じファイルをいくつ保存しようが、全くの同等、同じものと見なされて「二組」と数えられることはなかろう、という前提に基づいている。従って、先ほどの部品100個の例のようなことができる。一つ目をプロトタイプと見て検証し、問題なければ「じゃああと1個、月末までにね」といえばいい。
 かなり苦しいが、こうすれば情報成果物の給付がハードディスクに保存した瞬間に発生することはなくなる。従って、自社の所有するハードディスクに安心して保有頂ける。ドキュメントをサーバーで一元管理してアクセス制限もかけることができるようになり、従って情報漏洩対策も打てる。

 よかった。よかった。これで改正下請法対象企業を切らずに済む。
 もっとも、この解釈で問題ないというお墨付きがどこかで必要となるが。

 いまいちすっきりとしないが、ころんでもタダでは起きなかったぞ。いや、実はね、情報漏洩防止策についてきれいにまとめ論文の形にして某社のユーザー研究会に出そうとしたんだわ。どうにかこうにか完成した。ところが会社が消滅したおかげで、事情が変わり、今回は提出できなくなったんだわ。それでやる気が失せてしまって、、、本も沢山買ったし、時間も消費したし、ソリューションが実装可能なことを証明するためにプログラムまで書いたのに(例のKurdammね)、全て無駄になってしまった。
 まあ、それを書いているうちに気がついたのが上で書いた改正下請法と情報漏洩防止策のからみ。論文では「この問題をシステム的に解決するためにプログラムを書いた」という論旨展開になっている。多分、論文を提出できるのならそこで終わったろう。が、提出できなくなってしまった以上、ころんでもタダでは起きない私は別の結論を出さないといけない。我ながら凄い自負心。で作ったのがこの文章。

 間違いなく国際金融が専門の私は、おかげさまで法務のような仕事もやることになった。そんなわけで、こういうことも話題にできる。私自身は不満を感じないでもないが、ホームページに書き散らかすとひょっとして、それを役立ててくれる人がいるかもしれない。
 ということで折り合いを付けよう。

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