電話応対に求められるスキル

 1984年の日本シリーズ、阪急のキャッチャーは2年目の藤田。黒星が先行した時、解説者が言った。「阪急がこのシリーズ勝とうと思えば、キャッチャーをベテランの(名前忘れた)に代えないといけませんね。」
 藤田はそのままマスクをかぶり、結局阪急は日本一になれなかった。こんなセリフも聞いたことがある。一人前のキャッチャーを育てるには1シーズン捨てなければならない。その代わり一度育てれば10年使える。
 キャッチャーを育てるというのは、それくらいコストがかかる。常に新しい局面に対峙し、チームをコントロールできる人材を育てるためには、失敗すると分かっていても、場数を踏ませなければダメだ、ということだ。

 バブル崩壊以後、人材の教育を怠ってきたためか、この辺の新しい局面に随時対処できる奴が減っている。(正確にはバブル期も〜失敗しても景気がいいからなんとかなるのでイケイケどんどんでも痛い目に会わせずに済んだので教育効果は出にくい。)「新しい局面」で分かりにくければ「次々と発生するリスク」と言い換えてもいい。
 というわけで、リスクは増える一方なのに、対応できる人間がいないから、私があちこち引き回されることになる。自分で言うのも何だが、リスクにピンと来る能力はたまたまあるのだ。(しかし特に育ててもらったということはない。会社としては丸儲け。)
 まあ、セキュリティホールへの対応、手続の不備を補完する運用ルール作成、くらいならいいのだが、最近は「外部からの電話の応対」までやる羽目になっている。

 なんで電話応対までやらないといけないかというと、ソーシャルエンジニアリング系の不審な電話が多くかかってくるようになったからだ。こちらから情報の断片を聞き出そうとする。優秀なソーシャルエンジニアは、つまんない情報でもそれを足場にしてより重要な情報を入手する能力があるから断片でも問題になる可能性がある。では、今話している奴が、ソーシャルエンジニアなのかを判断し、危ういと思った場合、いかに相手に何も情報を伝えることなく電話を終わらせるか(できれば先方に敗北感を与え、二度と手出しをさせなくするか)、が肝要になる。電話応対にもこういうスキルが必要になってきたのだ。私は「自分でなければ出来ない仕事」と納得できれば何でもやる人間なのだが、さすがに妻子のある身、周囲からみて重要度が不明なことをやっていても給料は上がらない。電話で本来の仕事が中断されるのもかなわない。
 かといって「やーめた」と言っても無責任なので、せめて「不審電話撃退の手引き」を作ろうかと思っている。

人違いパターン
「こちらは○○システムと申しまして、御社にはNotesとかでお世話になっています。○○さんに窓口になって頂いているんですが」
(すばやく取引先一覧と、社員名簿を呼び出し・・・パソコンって便利だわ・・・、知らんぞ、そんな会社。なお、○○に「鈴木」とか「佐藤」とか入れずに「高橋」とか「中村」くらいをいれるのが、多分コツです。)
「ここにはいないなあ、いつ頃の話ですか?」「いやあ、10年以上ここにいるんで、人捜しの電話はだいたい僕んとこ来るんですが、ちょっと知りませんねえ。」「まあ、2年ほど前に組織替えになりまして、フロアから電話番号から変わりましたから」
<「そうですか、では他の心当たりにかけてみます」といったセリフの後、電話が切れる。相手に撤退のきっかけを与えるのは必要なことだと思ってます。>
セールスパターン
「○●についてのお話で、、、」
(そんなことこっちでやっている業務と全く無関係)
「うちはシステム開発会社ですから、、、あ、○●のシステム構築のご相談ですか?こちらは担当違いますが、そういうご注文に対応できる部署もございます。あ、うれしいな。担当から連絡させていただきますんで、お名前と電話番号を。」
<間違いなく語尾を濁したセリフの後、切れる>
 応用編として「個人情報保護法で・・・」の言い訳が通用しない相手に「うーん。個人情報保護なんて知るか、ですか。上司に代わってもらえます?うちでは個人情報保護に関するコンサルティングもやっていますので、そういう話をさせて頂きます」というパターンもある。(これをホントにやったことはないが、「わかんない人だね。上司に代わって」とお願いしたことはある。)
会社違いパターン
「御社の人からボイスメールが入っておりまして、名前が聞き取れなくて確認のためお電話している次第です。間違いなく御社の方なんですが」
(名前が聞き取れないのに間違いなくうちの会社って分かるのは変だなあ)
「社名は?あー、よく間違えられるんですよ。一部は同じなんですがね、社名変えるわけにもいかないしなあ。どうしようかなあ、、、そのボイスメール聞かせてもらえます?」
<「もう消してしまいまして」といったセリフが聞こえて切れる。>
愚痴りパターン
(とにかくあやしい相手)
「いやあ、知り合いから電話がくることがなくなりまして、景気上昇と言うけど実感としては全然無くて、いつの間にか知り合いがどんどんやめたり、取引が無くなったりなんですよ。うちの会社も大変でして、、、。」
<そのうち先方から巻きが入って切れる。>
ズバリ、パターン。
「四季報を見てお電話差し上げているんですけど」
(非上場会社なんだから四季報に載っているわけないだろ)
「その名簿古いんちゃう?眉につばつけたほうがええで」
<場合によっては先方がキレる>
 ついでに提案。外部に公開している電話番号は、社内の電話交換機に乗せず、出来れば色や形の違う専用の電話機につなぐ。すると、受ける方も心構えが違うでしょ。

 先ほど「人材の教育を怠ってきた」と書いたが、実は間違い。そのことを教えてくれたのはナントカ建設の社員と名乗る方だった。ある朝、駅でニョーボがガラの悪そうなデブに「おい」って引っ張られたんだわ。ダンナとしては「ニョーボがなにか」。デブは「○○建設の社員の△△と言いますが、黄色い服の女性を捜すようにといわれておりまして」。すぐに丁寧な言い訳をするところは「教育されている」。しかしニョーボの服は「どっちかというと緑の黄緑」。教えられたセリフを棒読みしているのがまるわかり。後で僕がニョーボに言ったのは「教育されているが、訓練されていないということがあるって良く分かる事例だったねえ」。教育されただけなので、言われたとおりにしかしゃべれない。言われていないところは安易に解釈する。あのねえ、逃げている人がエスカレーター待ちの列にのんびり並ぶわけ無いでしょ。人混みに紛れやすいところを通るでしょ。
 教育は研修をやれば格好は付くけど、訓練は実際にやらせ、考えさせ(反省させ)ないとダメだなということ。教育と訓練を合わせて、ついでに見返り(モチベーションの源泉)を与えることを加えて「育成」という。というわけで先ほどの「人材の教育を怠ってきた」は「人材の育成を怠ってきた」と言い換えるのがより正確だろう。

 ついでに人材が足りているかどうか、システム開発会社でなら通用しそうな判断基準を考えついた。
 以前、貧しい農村は畑でとれたいいものを市場に出して自分は出来の悪いもので我慢する、豊かな農村は一番いいものを自分で食べる、ということを書いたその応用。
 日本で最初にCMMIレベル5を取得したのは日本IBMの社内システム開発部門。優秀な会社は社内システムにいい人材を投入し、ある程度実験的な開発手法を試すことが出来るんだなあ。そうでないとすると?

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