ゆとりの教育

 子どもの土曜参観があった。
 背広ネクタイで行ったら思い切り浮いてしまっていた。私の父親は、全国市町村教育委員会連合会副会長だったこともあり、学校に行くのは背広ネクタイが当然である。それが息子には染み付いていたらしい。
 「蛙の子は蛙」というおたまじゃくしを無視した表現があるが、たまに納得せざるを得ないことがあり、例えばこういうときだ。自分の子どもの授業態度など一切関知せず、ひたすら教え方、教える内容をチェックしている。父親が滅多に参観日に来てくれなかったはずだ。そんなのがいると教壇にいる先生が恐るべきプレッシャーを感じる。

 さて、授業内容は「学校の周りの、防犯、防災、交通安全の設備」というものだ。各班に分かれて話し合っている。そういえば先週、うちのガキの宿題、というのが手伝ったなあ。忙しいというので下の子と通学路を歩いて「安全を守るもの」をカメラに収めた。あれの続きらしい。
 さて、授業は各班が話し合った内容を前で発表するというのだが、まあ、つつがなく終わった。いつものように、だ。そう、あたかも何事もないいつもの日であるかのように。
 今日こそは特別な日だろう、どうしてそれを生かさない、とウズウズしていた当方は、班の話し合いの途中、「マンホール」と叫んだ子どもを覚えていて、授業後かけよって激励してしまった。そう、今日はいつもの日じゃないのだ。今夜、台風が直撃するかもしれない、そういう日なのだ。

 君がマンホールと言ったのは正しい。奄美大島であれだけの洪水があってテレビでも見ただろう。そして今はここに台風が接近している。でも君が洪水を心配しなくていいのは何故だか分かる?そうマンホールがあるから。正確にはマンホールの下の下水道があって雨水を流してくれるから。これが防災というのだ。防災って目立たないけど、しっかりやってくれているんだよ。今日帰りにマンホールの数を数えてごらん、びっくりするほどの数だよ。

 授業参観のルール違反かもしれないが、自分で気に入っているのは、マンホールの数を数えてごらん、と言ったこと。目立ちはしないがいかに防災のための設備がしっかりしているかこれで分かってくれるだろう。ガスのマンホールもあるが一緒くたにする。実感することを優先したいから。これが自分の目で見るということだ。丁度台風性の大雨も降っているのだ。こういうのを生きた教育というのではないかな。数えているうちに考えが浮かんでくるかもしれない。例えば今降っている雨、どこに向かって流れているんだろう。当然低いほうだなあ。結構このへん道に高低があるや。すると通学路のうちで最初に水没する可能性の高いところが分かってくる。豪雨の中帰らなければならなくなったとき、それはきっと役に立つ。
 「避雷針」と言った子どももいた。ちょっと耳打ちした。町内の避雷針を探して、その避雷針が雷を引っ張ってきてくれるエリアをコンパス使って地図に描いてみて。どこは危なくてどこが安全か分かるから。そんな地図があれば、僕だって見たい。
 自分ではその子のレベルにあった助言と思っているがいかがだろう。もう一つ教えていることは「君は、大人が熱心に見てくれるようなものを作ることが出来るんだよ(気後れするな)」。

 自分で考える子どもを育てる、というのはよく聞く私学の教育方針だが具体的にはこういう気づきを誉めてやって引っ張ってやることを言う。先生は大変だぞう、子ども並みの直観力と迷いながらもゴールが見える洞察力がいる。

 実はおかげで気がついたことがある。近所で評判のよい私学(中高一貫校)の説明会に行ってみた。卒業式のビデオ、みなものすごくいい顔をしている。ぜひうちの子も行かせたいと思った。で、期待して学園祭を訪れた。あれ、なんか変だな。ノリがいまいち。燃えてない。萌えてさえいない。あの卒業式のいい顔とのギャップに違和感を感じる。なぜだ、なぜなんだ。
 そうか、この学校、ゆとり教育後の新設校だ。学校の雰囲気の中に、自分を無理やり引っ張ってくれる、そういうものがないんだ。まあ伝統にはいろいろあるだろう。が、詰め込んで、無理させて、気がつくと高いところにいて、うれしくなってさらに上を目指す、この学校にはこれがないんだ。つまり自分で考えるときの「考え方」は教えても、無駄と思われる知識の中からとんでもないものが出てくる、その喜びは教えていないのだ。その快感を求めて無理する。自分は日本に、世界に、少なくとも他の人間に対して普遍的に、通用するものを生み出すことが出来るかもしれない。そして出来るかもしれない以上やってみる。そのときの熱さを経験した人がこの学校ではいないか、極端に少ない(少なくとも伝統となるほどの数はいない)ということなのかな。皮相的な見方かもしれないが、かいつまんで言ってしまうと「ゆとり教育だから」。でも通う当人たちは十分満足している、それでいいかもしれない。東大合格者は増えてるしね。
 でもね、と思う僕は贅沢?

 父親がさきほどのながーい肩書きをもらえるほどの人になった理由、分かるでしょ。教え子たちに、そのときの熱さを教えることが出来たからだ。

 しかし「考える子」というのは適性があるようで、うちのガキはいまいちです。私の班も防災やる、と言ってくれれば、いろいろ教えてやれるのに。
 校区内の避雷針の位置どうやってみる?だいたいこんなのは定期点検が法律で義務付けられているから監督官庁を探せばいい。検索すると、ぴたっとは出てこないけど、マンション管理の会社が「やってますよ」って書いてるでしょ。じゃあうちのマンションの管理人さんに誰がやっているか聞こう。そこから辿ってごらん。

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