思考のブレーキワード

 「思考を停止させる Magic Word」なんて言い回しがある。
 この例では「組織一丸となって立ち向かう」。ようするに、耳あたりはよいが何も言っていないことと同じ単語のことを言っているようだ。
 しかしツッコみたい。そういう言い回しを批判する用語が、そんないい加減な作りでどうする。
 それをいうなら「思考が停止した人の」使うワードだろう。

 「思考を停止させる」言い回しなら例えばこんなのになる。
<可能なのであれば、どうして今までやってなかったんだ。>
 当方、今まで数限りない画期的方法を作ってきたが、最初の頃はよく言われた。確かに3000万も出せば年間2億の経費(しかも領収書がもらえるレベルのはっきりした経費だ)を節約できます、なんて提案を出せば疑問に思うのは分かる。でもその場合なら「どうやったらそんなことを実現できるんだ」と聞いてほしい。ならばきちんと順序立てて説明できる。
 それを「どうしてやっていなかった」と言われれば回答に窮するではないか。「前任者が誰も気が付かなかったからです」という「正しい答え」を出すわけにはいかない。(そもそも、今までやってなかったのは私の前任なので、私に回答ができるわけがないのだ。)「今までは条件が揃っていませんでした」くらいが関の山だ。
 このように「人道的に、ないし組織力学的に、正しい回答ができないように封じてしまう」というのが「思考を停止させる」言葉という言いまわしにふさわしく思える。

 まあそのときに実現方法について説明はしたのだな。すると<それができるってのは、みんな分かってるんだよ>。出ました思考ブレーキワード第2弾。そう言われたこちらの正しい反応は「じゃあなぜ誰もやってこなかったんでしょう」とブレーキワード第1弾を使って尋ね返すこと。しかし上席を追い込むのは仁義に反するので黙らざるを得なかった。まさか「誰も詰めて考えてなかったからだよ」と答えさせるわけにはいかない。

 やがて上役の態度も変わってくる「(本当は俺も困っているんだよ)」。ならこちらも対応のしようがある。「請求書の中身を見ると節約できそうなのがあるみたいですね。そもそも為替レートを先方が見直してないふしがあります。つついて為替差益を吐き出させましょう。中間成果が出せますからあとやりやすくなりますよ。」−おい、当時のおれ20代だぞ。

 確かに一般に言われるところの「思考を停止させるMagic Word」つまり「何か言ってるようだが何も言っていない」言葉についても上で書いた思考を停止させるメカニズムに乗っかってはいる。
 つまり「それってどういう意味ですか?」と聞き返すわけにはいかないわけだ。だから「検証可能性を消す」をしている。当然、「思考を停止させる」ことになる。

 なんのこたあない。立場に寄らず批判を受け入れる、の度量があれば、思考は停止しないのだ。それだけのことなのだ。

 ただし、ルウディーのルタバガ法則、次の問題が発生する。
 発生した問題について、問いかけた人間に証明責任を負わせてしまう言い回しというのが存在する。これは別の意味で思考を停止させる。というか思考の停止を奨励する。例えば
「○○がないんだけど」/「あんたがなくしたんじゃないの?」
 探している人間に、見つからない理由を証明させようとしている。もう少し一般化していうと、問題を発見した人間があたかも原因のようにとらえて、そうでない場合は証明しろ、と証明責任を負わせている。「あんたが悪いんじゃないですか」と証明責任を押し付けているわけだ。「○○なんじゃないですか」って言い回しをする人は押しなべてこの傾向がある。というのは「○○だ」と自分で説明しようとしないわけだからね。つまり思考が停止しているわけだ。(何度「あなたが証明できないあなたの思い付きをなんで私に証明させるんですか?」と言いたくなったか。)

 これをビジネスシーンでより一般化・高度化させると、問題を教えられた人間は、それを発見した人間に「問題を指摘するのではなく解決するのが大事だろう」と苦言を述べることになる。確かに正論だ。しかし解決責任があるわけではなく、だいたい解決するだけの権限も資源もない人間にそれを言ってはいけない。もしあれば、あらかた解決してから言ってくるだろう。
 この正論、使われた人はやがて、あえて問題を発見することをしなくなるとおもう。気が付くと損をするからだ。
(例外がないわけではない。たしかスカイマークだったと思うが。航空券発券システムに誰も手を付けてないことにある人が気が付き、社長に「どうするんでしょう」と尋ねると「君がやってくれ」。予算と権限を与えてくれたのでパッケージソフトを導入して営業開始に間に合ったそうです。)

 これも「思考を停止させる」ものの言い方かな?たしかに「問題点ではなく解決策を持ってきてくれ」という気持ちは分かるが。解決策があったとしても自分で責任を持って推進する覚悟がない人にそれを具申する気は起こらない。たとえ問題点に気が付いても、誰の目にもはっきりと見えるまで放置しておくのも得策と判断するのも間違いではございますまい。
 それでも某国に社内情報をごっそり持って行かれるセキュリティホールを発見したときは、かつての上司経由で連絡し、対処してもらったんですよ。さすがにぼくを表彰するわけにはいかないけど、ほとぼりがさめてから全社セキュリティ部門に栄転くらいあってもよかあなかったですか?(つまりちょっと私情入ってます。)

 それ以降気が付いたセキュリティホールは、極力「自部署だけは影響がないように」対策をとったあとあえて目立たないようにすることに決めました。現在も続行中。だから自分と周囲の分だけはケンジントンワイヤー確保。つまり思考は停止してません。これも言葉を使わないからなせる技かな?

 せっかくだからおまけ。思考停止ワードの例としてあげられていた「組織一丸となって」。勇ましいけど具体的にどういうことかわからんよね。これについては再定義した人がいるんだ。
 BSC(バランス・スコア・カード)ってやつだ。まず全体の目標を設定し、それを企業行動の4つの部分、財務の視点・顧客の視点・業務プロセスの視点・学習と成長の視点の面にわけてそれぞれの中間目標にブレークダウンする。更にその目標を実現するためには・・・。「組織一丸」が具体的に見えてくるでしょ。BSCって決して目標を設定するとき4つの分野でそれぞれに作るってことじゃないのよ。

 最初にも言いましたがMagic Wordという表現自体が変です。別に魔法の言葉ではない。私が言うようにBrake Wordの方が適当ではないかな。魔法の言葉というと、唱えるとすぐに問題が解決できてしまったり、言うと他人が急にやる気になったり、って印象ではないか。
 たしかに「何も言うことがなくても、言ったつもりになれる便利な言葉」ではあるから間違いではないのかもしれない。けどね、思考を停止させるという弊害を強調するなら、私の言うように「ブレーキワード」にすべきでございましょ。

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