「戦略的」の示すもの

 国際政治の舞台で「戦略的互恵関係」なんて言い回しがしばしばつかわれる。では「戦略的」なのとそうでないの、どういう違いがあるのだろうか?  コトバンクでの「 戦略的互恵関係」の説明では≪さまざまな分野で共通の利益を目ざそうとする二国間関係≫という分かりやすさ。これを踏まえると「戦略」を考えない場合は「一面的な利益」を目指す、ことになると思われる。しかしながらどうしても違和感がある。商取引ならともかく、多面性を持つ国家同士の関係はどうしたって様々な分野での利益追求になるだろう。より適切に言うと一面的な部分だけを切り出しての関係構築なんてできるのだろうか。貿易は促進するが資本移動は制限、とか人の動きは制限、といったもの。(江戸時代の鎖国は貿易も制限。開国時に金輸出を考えなかったので大損した。)
 できるとすればロシアとの貿易は促進するが北方領土には触れない、程度であろう。

 戦略的の反対語、というのはよくわからんが対語なら「戦術的」であろう。とはいっても「戦術的互恵関係」という言い方はないようだ。では、他の分野でどう使い分けられているかを考える。分かりやすいもの。「戦略核兵器」と「戦術核兵器」。どこが違うか。戦略核兵器は典型的には北極海のミサイル原潜に積まれた奴である。抑止力として機能し実際には使われないことが前提になっている。これに対して戦術核は実際に使うこともありうる。過去2度しか使われたことはないが、シビリアンコントロールが働かなければ朝鮮戦争とベトナム戦争でも使われたはずだ。
 つまり「戦略的」ということは「それ自身が効果を発揮することはないが、象徴的な意味を持って役割を果たす」という感じの使い方を示すことになりそうだ。
 核兵器まで来ると極端だが「戦略商品」となると、現在でなく将来を見据えた商品になる。典型的にはシェアやブランドイメージを獲得するために、短期的な利益をある程度度外視して売り出す、といったところだ。確かに象徴としての役割を果たしている。これに対して「戦術商品」というのがあれば市場調査結果から数学を駆使して最大利益を上げるための情宣/価格付けといった方向をとるだろう。
 「戦略的」だとそれ自身が利益を稼ぐことには片目をつむって、長期的に利益を生むことを考えているというわけだ。簡単に言うと「損して得とれ」である。

 商売だと時間的な「損して得とれ」であるが、国家間の戦略的互恵関係だと、ある分野はゆずるから別の得意分野で有利に持って行く、ということだろうか。分かりやすいのはリカードの比較優位。布とワインを例に出して自国とポルトガルでの生産性を比較した。かつ「紳士的」にも両財ともポルトガルの方が生産性が高いとした。しかしながら「イギリスはワインの生産だとポルトガルにまるでかなわないけど、布ならそこそこいくよ」と主張し、ポルトガルがワインを生産する代わりにイギリスは布を生産して貿易をすれば、おなじ労働力投入で双方ともより多くの財を得られるということを主張した。
もっともリカードが真に「戦略的」であったのは、現在の生産性を元に比較したと共に 「将来的に生産性が高くなるであろう工業製品である布」をイギリスがやりましょうと主張したところであろうが。

 でもまあ、ここまで見事にやるこたあない。でも「戦略的」という単語を使う人に一律に聞いてみたい。まずは
「戦略的に考えた場合とそうでない場合、どのような差が生ずるのですか?」
 とりあえずこの程度の回答は欲しい。「戦略的、というと一部の不利益を被るセクターに対して説明ができる」。
 更に尋ねたいのは
「戦略的に、どの部分で相手に譲って、それがどういう形で自分の利益として跳ね返ってくるのですか?」
あるいは簡単に
「どこで損して、どこで得するのですか?」
 リカードは今お互いに得をして、将来は自国がもっと得をすることを考えながら、それで相手を説得したから偉かったが、普通はどこかで損をしないといけないもんね。
 そこまではいかなくても「損して得とれ」が分かっている人にだけ「戦略的」という言葉を使ってほしいね。プレジデントが対象とするクラスのマネージャーに、それができるだろうか。(TPPは分かって隠してたのでしょうか?補助金で懐柔しようとしてから日本ではやっている人は分かっていたみたい。トランプさんは理解できなかったから「抜ける」なのかな?)

「戦略的」
意識高い系の用語にしては珍しく漢語だ。

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