! 遅い!」
「すいません〜」

バタバタ走る、書類に目を通す彼に向かって。
そう、検事局きっての天才と呼ばれる彼に向かって。
 

[ Mr. Offender ]




「…ふぅ」
「…今月の給料査定も楽しみにしておくことだ」
「えぇ!?」
「えぇ? ではないだろう、減給で済むだけ感謝しろ」
「そんなぁ…」

私に全く目を向けず、書類をみたまま冷たくあしらわれる。
敏感なときは、少し落ち込む。イトノコさんと飲みに行ったりする。

「それで、何か掴んだか」
ちらりと横目で、やっとこちらを見る。
「…わかってるなら遅刻ぐらい大目に見てくださいよ」
「わかっているから減給だ、意味なく遅刻なら即刻クビだ」
「はぁ…」

まったく手厳しい…そう思いつつ、少し嬉しい、わずかだろうけど、当てにしてくれること。
少し笑ってから、手早く現場で得たネタを話すことにした。




こうして御剣検事に付いて、もう半年になる。
でも彼に初めて会ったのは、1年前で…それがきっかけで、私は今、ここにいる。
その時彼の性格を見抜いていれば、ここにはいなかったのにと思うけど、
あの時の私は、警察官の父が死に、その上父親殺しの罪に問われボロボロだった。

留置所で、私はこのまま死刑にされてしまえばいいと思っていた。
男手1つで私を育てた父が他界した今、もうどうでもいいと沈んでいた。
そんなとき、私の目の前に現れたのが彼だった。

「検事の御剣怜侍だ。少し話を聞かせてもらいたい」
「…」
「…君が素直に話せば、死刑にならずに済む」
「…え?」
「他に容疑者がでた、私はその容疑者を有罪にするため、君のアルバイを確認したい」
「ウソ…だって逮捕状まで出てるのに…」
「それはなかったことなっている。死にたくなかったら余計なことはしゃべらないことだ」
「余計なこと…。あなた、ミツルギって言った…?」
「そうだが」
「父に聞いたことある…有罪判決しか出していない新人検事がいるって…」
「…知っているなら話は早い。君は運よく私の容疑者ではない、おとなしく私の言うとおりにすればいい」

それは晴天の霹靂だった。自分はもうすぐ死ぬと思っていたのに…

「私を…死刑にしてよ…どうせ釈放されたって生きる意味なんてない…」
「…。言い直そう。君は運悪く私の容疑者ではない。残念ながら私は必ず君の無罪を証明する」
「…なぜ? 私が最も怪しいのよ? あなたはみすみす犯人の無罪を証明するかもしれないのよ?」
自分でも、何を言ってるかわからなくなっていた。しかし彼は冷静にこう言った。その言葉がいやに耳についた。

「何が真実かなど、誰がわかる…ならば容疑者を皆有罪にするのが、俺のルールだ」

そう非凡なことを冷静に言う姿が、ちょっとおかしくて、少し笑った。

「…何がおかしい」
「いえ…私も、まさかあなたのような人にこんな風に命を救われるなんて、思いもしなかった」
「…間違っても、ここを出てから命を落とすようなことをするなよ」
「…え…」
「我々も暇ではない。事件は少ないに限る」


それは冷酷な言葉だったけれども、異常な状態にあった私にとっては、信用できる言葉だった。
悲しみや同情、怒り、様々な感情を含んだ言葉には、もうウンザリしていた。

そして私は彼の言葉通り、無罪で釈放され、命を無碍にするようなこともしていない。
ただ一つだけ、彼の予想しない行動をとった。

あれは父の葬儀も終わり、慣れ親しんだ家を片付け、小さなアパートに移り住んだときだった。
父の知り合いだという人が来て、父のことは残念だったと述べた後、こう言った。

「君はこれから1人で生きていかなければならない。私がどれだけのことができるかわからないが、
 君がいやでなければ、職を口利きするのだが…」

その職場を聞いて、私はすぐに頷いていた。


まだ学生だったのでとりあえずアルバイトという立場だが、公務員試験に合格すれば検察事務官として採用する、という約束で、 私は検事局に勤めることになった。
そして右も左もわからない私に、呆れながらもあれこれ教えてくれたのが彼だった。
今では、1人で現場からネタを集めてこれるまでになれた。




「…あの…」
「え? ああはい」

デスクでそんな昔に思いを馳せていた私に、男が声をかけていた。よくここにくる、他の部署の人だ。
「これ、御剣検事に渡しておいてもらえますか? 今いないようなので」
「ああ、はい…え? 部屋の前のポストに入れておいてください」
「え? 貴方って御剣検事の秘書とかじゃ…」
「秘書? どこの検事が秘書なんて雇うんですか…」
「いやあの人は特別だし…よく小間使いみたいなことしてるのは見掛けてたから」
「小間使い…(そりゃそんな扱いだけど…)」
「この部署に若い女性がいるのも珍しいですしね」
「まぁ確かに…」
「でも彼専属じゃないなら、別に話しかけていいんですね」
「いやはい、普通に話してくださいよ」

そうか〜と言って、彼は去っていった。そんなふうに思われてたのか…
でも実際そうなのかもしれない。この部署の雑用の他には、ほとんど彼についている。
ふと物音がしたと思い顔をあげると、彼が帰ってきた。

「あ、御剣さん、これ御剣さん宛てに」
「なんだ」
「さぁ?」
「さぁとはなんだ」

そう言って、彼は封筒をペーパーナイフで開けて、中の紙を取り出した。

「…フッ」
彼は書類を見るやすぐに苦笑した。
「? なんなんですか?」
「いや…次の相手も成歩堂のようだ」
「ああ、あのギザギザ頭の…(御剣さんが勝てなかった相手…)」

勝てなかった相手でもあるけど、それ以上に御剣さんに変化をもたらしてる人だと思う。
アツアツのコーヒーが入った紙コップを握りつぶすなんて、今までは見られなかったし…
その笑みは、これからもっと変わるだろう自分を予期した笑みのようにも見えた。





<数日後 法廷終了後>





「お疲れさまでした、御剣さん」
「…
ブツブツ…これだから子供とおばさんはイヤなんだ…」
「あはは、凄かったですよね〜大場さん」
「笑い事ではない、すべて洗いなおしだ。撮影所で監督とプロデューサーの話を聞くぞ」
「はい」


そう仕切りなおしたように言ったけれども、車中で顔を盗み見ると、だいぶ疲れている様子だった。

(また証人からネタを掴まれたどころか、今度はそれが御剣さんも知らなかったことだったんだもんな…)

どちらかと言えば、ネタを握りながら証人には言わせない手法をとってきた彼にとって、
これは相当なショックだったと思う…相変わらず白めを剥いてガクガクしてたし。


「…長引きそうですね」
「…そうだな…」


そう短く答えた彼は、既に事件の推理を始めているようだった。





<2日後>





予想通り、裁判はMAX3日まで伸びた。昨日も証人(しかもまた御剣さんが嫌いな子供)による
新たな新事実が発覚し、裁判はどんでん返し…


(御剣さん…大丈夫かな…)


既に他の事件の裁判も近づいており、想定外の裁判の伸びは彼の体力を大きく削っているようだった。
そして傍聴席に座った私は、信じられない発言を聞くことになった。




「証人。今の発言には矛盾がある。」




(…え?)

それは裁判官さえも驚いて聞きなおしていた。
検事が弁護を助けるような発言をしたのだ…。


(確かに、もうこのプロデューサーが犯人なのは目に見えてるけど…けど、被告人は必ず有罪にするっていう御剣さんが
被告人の容疑を否定するような異議を唱えるなんて…)

御剣さんの助言(?)もあり、被告人は無実になり、証人が犯人となった。
私は法廷をでてきた彼に、いの一番に声をかけた。

「御剣さん!」
「…笑うか、俺の愚かな言動を」
「笑えるわけありません…どうしてあんなことを…御剣さんらしくないですよ」
「俺らしく…か。そうだな…奴は余計なものを俺に思い出させているのだ…不安、そして迷いを…」
「…」
「しかしそんなものは無駄だ…。む、成歩堂がでてきたな、少し待っていろ」

そういい残すと、彼は成歩堂さんの方に歩いていった…

(不安と迷いが…無駄? そんな…どうして…)



その後、御剣さんは淡々と裁判をこなしていった…すべて有罪判決で。
その様子はまさに彼らしかったけれど…どこか、わざと頭しているようにも見えた…




「…そりゃあね、検事は警察の判断を証明する立場だから、その判断に不安や迷いを感じていたら仕事にならないよ」

検察局の近くにある食堂で、私はいつか私を秘書と間違えた彼と昼食を共にしていた。

「…それは、そうだけど…」
「特に御剣検事は何がなんでも有罪にしてる人だから、そんなものは無駄って言って当然だよ」
「べ、別に御剣さんとは…」
「君が話すことは、十中八九御剣検事がらみだよ」
「えぇ?」
「気づいてないの…? 全く、僕がどれだけ苦い思いで君の相手をしていると…」
「ご、ごめんなさい…御剣さんのこと、嫌いなの?」
「そうだね、結果的に嫌いだな。…君が夢中だから」
「夢中? そんなわけ…」
「そう? 何でも彼の言いなりのように見えるけど…」
「そんなことは…仕事上、そういうことはあっても、けして何でも従っているわけでは…」
「…そう? じゃあさ、今度デートしてよ」
「……はぁ?」
「御剣検事とどうでもないなら、俺とデートぐらいできるでしょう? 恋人もいなさそうだし」
「う…失礼な…だからってなぜ私が貴方と」
「そんなの決まってるよ…僕が君を好きだからさ」
「……え?」
「良かったら、今度の日曜…10時ごろ、そうだな、とりあえず検事局の前で待ち合わせて…」
「え、ちょ、ちょっと…」
「……」
「…あの…」
「…なんてね、冗談だよ」
「…え?」
「君が御剣検事のこと、認めようとしないから、おちょくっただけー」
「そ、そうなんですか?」
「そうだよ…あ、じゃあもう行くね。それじゃ」
「は、はい…」

そういって、彼は嵐のように消えていった…
(冗談…? でも…)
職業柄か、嘘をついているようには聞こえなかった…





<日曜日 9時30分 検事局前>




「うーん…」

私は検事局前にいた。あの昼食での言葉…本当に冗談なのかもしれない…
けどもし本気だったら、ちゃんと答えないと…
そう思いながら来たものの、私自身、答えを見つけ出せずにいた。


(私…御剣さんのこと…? そんな…あんなヒラヒラのスカーフしてるような人のこと…
 上司としては素晴しいと思うけど、男性としてなんて…)


服装はさておき、見た目も性格もまさに冷静沈着のクールガイ、局きっての天才にはファンも大勢いるらしい…

(絶対あの性格を知らないからだと思うけど…。でも私、御剣さんのこと…)

好き…?
「? 休日出勤とは殊勝だな」
「え? うえっ!?」

声をかけられ顔をあげるとそこには…彼がいた。

「な、な、なんで…(信じられない…こんなタイミング…)」
「? こんなところにいれば、休日出勤の局員に会って当然だと思うが」
「あ、ああ、そうですね…いえ、私は人を待っているだけで」
「…君らしく、休日だというのに色気のない待ち合わせだな」
「な…。私だって、色気のある約束の1つや2つあります」
「…ほぅ……では確認させてもらおうか」
「…え!?」
「堂々としていればいいだろう、嘘でなければ、な…」
「そんな…(嘘じゃないけどまずい…)」
「何時にくるんだ」
「…」
「黙り込んでも無駄だぞ、ここで待たせてもらうからな」
「…10時です…でも来ないかも」
「なんだ、嘘なのか。やはりな」
「嘘じゃありませんけど、その、御剣さんがいるとあまり良くないのですが…」
「なぜだ?」
「えぇ? いやその…(相手が御剣さんを目の敵にしてるかも…なんて余計言えない…)」

そんなこんなで、御剣さんはずっと私を見張っていた…トホホ



<10時>



「…ずいぶんズボラな相手だな…まぁ君と似たもの同士とも言えるが」
「…」



<10時30分>



「…来るのか、本当に。嘘なら嘘と早く白状することだ」
「…嘘じゃないですけど…来るかどうかは…てかいいかげんあきらめたらどうですか!?」
「君は誰にむかって言っているかわかっているのか」
「…(はいはい、100%容疑者は有罪にする検事さんですね…)」






<11時30分>



「…今なら昼飯を奢れば許してやってもいいが」
「奢る余裕も、ここを離れるつもりもありません…」
「…この強情者めが…」
「…どっちがですが…」








<13時30分>


「…」
「…」


もうお互い憎まれ口にも疲れたときだった。

「む…」
「…本当に、来たんだ…しかも御剣検事付きで」
「あ…」

彼が来た、もう来ないだろうと思ったときに。

「貴様…」
「えっ!?御剣さん!?」

私が気が付いたときには、すでに御剣さんは彼の襟元を掴んでいた。


「局内で何度か見たことがある…貴様、検事の癖して時間に遅れるとはどういう了見だ」
「ちょ、御剣さん! 彼は別に必ず来るといったわけじゃないし!」
「…御剣検事、あなたにはプライベートにまで口出しする権限はないでしょう、僕にも…彼女にもね」
「…ふん」
「あっ御剣さん!」

私を一別すると、御剣さんは彼を乱暴に放し、局に入っていった。
何が起こったのか飲み込めず、すこしポカーンとしてしまった。

「…君もお人よしだよ」
「え?」
「その気のない小物を相手していれるほど、君の相手は小物じゃないだろう」
「そんな…」
「ごめん、3時間も待たせて…でも、どうやら彼も君を悪くは思ってないことがわかったよ」
「え? ど、どうして??」
「…彼に聞いてごらんよ…きっと熱いコーヒーの入った紙コップでも握り締めるよ?」

少しはにかんで、彼は私の背を押した。

「はやく…行ってくれ」
「…あの…ありがとう」
「…それは、僕の言葉だ…」


私は、それ以上何も言えずに局内へ入った…。




「…なんだ、喧嘩別れか」
「…誰のせいだと思ってるんですか」

部屋に入ったとたん嫌味を言われ、つい喧嘩を売るような言葉を返してしまった。
正直、先ほどの彼の言葉どころか、気持ちさえもよく把握せずに来てしまったので
じぶんでも何をしてしまうかよくわからない…わからないけ来てしまった。


「ふん…我慢の足りん男だな」
「…御剣さんが言えることですか…」
「…ずいぶんひっかかるな、そんなに迷惑だったか」
「迷惑…?」



迷惑、だったんだろうか…突然迫って行ったのにはびっくりしたけど…
けど…


「少し…すっきりしたのは、事実かも…」

なかなかこない相手にイライラしている、勝手な自分に、イライラしていたから。

「…ふん」
「でも、おかげでクリスマスは1人になりそうですよ。一体どうしてあんなこと?」
「あんなに待たされて腹が立ったからに決まっているだろう」
「勝手に待っておいてそれは…」
「煩い」


その身勝手な発言が、今は少しくすぐったかった。
私、こんな人が好きなんだろうか…と書類に目を通す姿を、しみじみと眺めた。


…そんなわけ、ないよね…知的なのは認めるけど、やっぱり優しい人がいいし…


「…なんだ? 人のことをジロジロと見て」
「…御剣さんって、なんで結婚してないんですか?」

グシャ…


手に持っていたコーヒーの入った紙コップを握り締めた…。


「わっわっ何してるんですかっ」


私は慌てて駆け寄っていた。

「大丈夫ですか? あぁ、ズボンに染みが…」
「触るな、汚れるぞ」
「なに行ってるんですかっすぐ叩きだせば残りませんから…」


ミネラルウォーターの水をハンカチに染みこませ、ひざの染みをぱんぱんとたたいた。
はじめぐちぐち行っていた御剣さんも、しばらくするとおとなしくイスに座っていた。


「よし、これで少しは…。早めに洗濯すれば残らないと思います」
「ふん…スーツの代えぐらいいくらでもあると言うのに…」

そういって、私の持っていたハンカチを横取りした。


「え…?」
「25日、空けておけ」
「…来月の、ですか」
「そうだ…どうせ休日で暇だろう」
「だから誰のせいだと…」
「ふん…」



本当に紙コップを握りつぶした彼に、少し笑ってしまった。
いったいどんなクリスマスになるか…あんまり期待しないようにしようと思いながらも…
どこかその日を待ちわびるようになっていた。


そう、 その当日まで、まさかあんなクリスマスになるとは、予想だにできなかった…






[NEXT}  [TOP]



 


エピソードぐらいで終わってしまいましたね…;次回こそ辛味ではなく絡みを…!(寒