「 うわぁぁ…寝坊するなんてぇぇぇぇぇ!」

新年早々、私は走っていた。

 

[ Mr. Offender ]





「すいません〜っ」
「遅い!」

お正月だし、彼も遅刻したりしてないだろうか…と思った私が間違いだった。
彼はきちんと待ち合わせ場所にいた。

「はぁはぁ…」
「まったく新年早々…理由は何だ」
「はぁはぁ…え?」
「言わなかったか。理由なく遅刻するものはクビだと」
「クビって…今日も仕事なんですか??」
「! それだけ問題ある行動だと言っただけだ…仕事のつもりで来ているなら帰っていい」

ぷい、とそっぽを向いてしまった。
もしかして、前にプライベートまで口出す権限はないとか、言われたのを覚えているんだろうか?
私は素直に話すことにした。

「その、遅刻しちゃいけないと思って、昨日は紅白が終わったら、すぐ布団に入ったんです。
 だけどなかなか眠れなくて…」
「いつもデスクではウトウトしてるくせに…」
「もう…お昼間はついウトウトしちゃうんです…御剣さんにはわからないかもしれませんけど
 昨日は…そう、遠足の前日みたいに、なかなか眠れなくて…」
「…ふん、小学生かお前は」
「…すいません」
「…
まぁ私も似たようなものだが…」
「え?」
「なんでもない、行くぞ」

スタスタと神社の方に歩き出してしまった。
そういえば、いつもこんな感じな気がする…私が遅刻して、怒られて、あとを追う…
あの裁判を終えて、新年を迎えて、いろいろ変わったのかと思えば、そうでもない。
気がつけば、おいてけぼり。

「…あれ?」

そんなことを考えていたら、本当に彼の姿を見失ってしまった。
神社のだいぶ近くまできたので、人も多くなっている。

(いつもならあのスーツの色ですぐわかるんだけど…)

今日は黒のコートを着ていたので、探すのが至難の業だ。
とりあえず、境内に向かってみる。


(まいったなぁ…余計人が増えて、ぜんぜんわからない…)

いつの間にか、人ごみの流れにのっていた。

(そうだ、携帯に電話…)

さっそくかけてみたが、人ごみのせいか繋がらなかった。

(うわぁ…どーしよ…)

とりあえず人ごみから出ようとしても、人の波が強すぎて、なかなか外に出られない。

(…あきれて帰っちゃったかな…)

はぁ、とため息をつきかけたときだった。
がっと腕を引っ張られ、そこには思いの人がいた。

「あ…」
「…」
「すいません…」
「…馬鹿者が」

腕を掴まれた手がするりと落ちて、手が掴まれた。

「あ…」
「行くぞ」


それは、もうはぐれないためなんだろうけど…温かくて、自分の手が冷えていたことを感じた。
ぬくもりに包まれて、歩く。こそばゆくて、うつむいてしまう。
やっぱり好きなんだろうか…
しばらく封じていた気持ちを思い出す。

ほどなく、本尊の前に来る。
お参りするために手が放されると、外気がひやりとした。

お互い無言で手を合わせる。

(…!)

何を願うか、何も考えていなかった。でも手を合わせた瞬間、頭に浮かんだのは―



(御剣さんが、少しでも幸せになりますように)



年末、彼の暗闇を見続けてきたからかもしれない。
10年以上縛られてきた過去から、やっと開放された…けど、そう簡単に変われるわけもなく。
それ以外にも、彼を取り巻く黒い噂…彼に幸せなんて程遠いように感じた。
だからこんなことを真っ先に考えてしまった…


「長いぞ、欲張りめが」


ぱっと目を開けて声の方をみると、苦笑した顔が見えた。





違う…私、好きなんだ…


いくら身の回りの不幸な人だからって、いの一番に神様にお願いするほど
私は善人じゃない。

彼が幸せなら、私も嬉しいから。だからお願いした。
きっと、そうなんだろうと思った。



「ええ、欲張りです、私」


にっこり笑うと、ちょっと驚いた顔をしていた。
きっとまた拗ねるのだろうと思っていたんだろうか。
でも私はずっと考えてきたことに答えがでて、スッキリしていた。


「行きましょう! おみくじ引きましょう!」



今度は私がおもいきって、手を掴んでみる。
私の手では掴みきれないくらい、大きな手。




いそいそとおみくじがありそうなところに向かったが、見つからなかった。


「まぁこれだけの人だからな。参拝後はさっさと消えてほしいんだろう」
「夢がないですねぇ…」


私達は神社をあとにした…私だけ渋々。


(どうしよう…もうだいぶ人も減ってきたし、手は放すべきかな…)


私が一方的に握った手。放すのは、私しかいない。


(…………よし)


するっと放した。正確に言うと、放そうとして、力を緩めた。
その瞬間、すっと手が握り返され、手が包まれた。


「……」
「……(どうしよう…)」


掴まれてしまった以上、どうしようもないのだけれども…
このまま沈黙が続くのも気まずいので、思いきって、彼の顔を見てみる。

「……」
「…いかん」
「え…?」

そっぽを向かれる。あれ、これって前にもあったような…


「御剣さん、この前もその”いかん”って言ってた気がするんですけど、何なんですか?」
「…」
「…用事を思い出したとか?だったら遠慮なく――」
「違う…話す必要はないだろう」
「えー?」
「…そうだな、先ほど長ったらしく何を願っていたか言えるなら、話してもいいが」
「えぇ? ね、願い事はしゃべっちゃ効力なくなるんですよ?」
「あんな長ったらしい願いが聞き入れられるとは思えないが…つまりそれと同じだ。
 話しては意味がなくなること…それをわざわざ話す必要はあるまい」
「え〜…気になる…」


そんな拗ねた口ぶりをしながら、私は心の中で、これはチャンスなのかもしれないと思った。
正月が終われば、また忙しい日々が始まる…この気持ちを伝えておくのは、今しかないのかもしれないと。


「…私が話したら、話してくれるんですか?」
「…内容にもよるがな」
「そんな、約束違反です、ぜったい喋ってもらいますからね」
「宝くじが当たりますようにだとか、どうせしょうもないことをダラダラ祈っていたんだろう」
「違いますよ…お願い自体は短くて、なんでそんなこと願ったのか、考えてたんです…」

その一言一言を話ながら、私はどんどん緊張が高まっていった…

「ふん…お告げでも聞いたと言う気か?」
「はは…そうなのかも…その、少しでも幸せになりますようにって願ってました、気がついたら…」
「…普通だな」
「あの…貴方が」
「?」
「貴方が、幸せになるようにって…無意識で願ってました」
「…! ふん…同情などいらん…」
「私も、そうなのかなって思ったんですけど…そこまで私も善人じゃなくって。
 たぶん、貴方が幸せだと私が幸せだからかなーって…欲張りでしょう?」

恥しくて、ごまかすように笑っていたら、ぐっと引っ張られた。


「わ…」
「…この衝動を抑えていた」

強く鼻をぶったと思うと、体が浮くぐらい抱きしめられていた。


「え…?」


ぎゅっと抱かれて、息も苦しいぐらいだったけど、耳元で発せられたその言葉は、きちんと聞こえた。
その言葉の意味を理解し、顔が火を噴くようだった。


「そ、それじゃああの、留置所を出たとき…”いつでも傍にいるように”って言ったのは…」
「こういう意味で言ったのだ…だというのに、お前ときたら…」

よくわからずクビをかしげてしまった…
あのときから…この人は私を思っていたのか…私が悩んでいる間も…

「待っててくれたんですか? 私の気持ちが動くのを…」
「…さぁな。たださっき、私が幸せならお前も幸せだと言った。その言葉が真実ならば…
 私はこうしても、お前は幸せだということになる…そう思って衝動に身を任せた。」
「つまり…こうしてると、御剣さんは幸せってことですか…?」
「………・・あぁ」
「…嬉しぃ…」



私もぎゅっと手をまわすと、シトラスの香りが少しした。
嬉しいやら恥しいやら、顔も熱くて仕方ないけど、私は彼の存在をいっぱい感じるように、力いっぱい抱きついた。






が、耳を突く黄色い声に、ふと目を開けた。

(そうだ!ここ人が少なくなったからって、まだまだ神社の近くだった!)

明らかに好奇の目で通りをゆく人々が視界に入った。しかもその中には、明らかに見知ったツンツン頭が…!


「な、なるほどさんっっ」
「!!」

ばっと私達は放れる。ちょっと寂しさも感じたけど、今はどうでもいい。


「あはは…ご、ごめん、つい野次馬にまざっちゃって…」
法廷でみせる、少しにやついた顔で頭をかきながらやってくる成歩堂さん。
「…成歩堂、新年早々趣味が悪いな」
「御剣…あれだけ目立っといてそれはないぞ」

その言葉にぎろりと睨むが、法廷でほど迫力はない。

「あ、あの、明けましておめでとうございます、成歩堂さん(^_^;)」
「あ、おめでとう、ちゃん。…今年はいいことありそうだね」
「あ、あはは…」

腕を組んで人差し指をとんとんと動かしながら、こちらを睨んでいる御剣さん。
成歩堂さんも弱みを握ったとばかりに遠慮なく言葉を発してる…うぅ。

「はは…君をいじめちゃいけないね。それじゃ、俺は行くよ。良い年を!」
「フッフッフッ…法廷で覚えていろよ…」
「はは…」



ばびゅんと成歩堂さんが去った後、もうさっきのことは思い出さないよう、さっぱりと声をかけた。

「それじゃあ私達も帰りましょうか!」
「…ふざけるな。私はおみくじを見つけるまで帰るつもりはない」
「…………え? おみくじ?」
「…
些細な願いでも叶えてやりたいのだ…」
「…? な、なにか言いました?」
「なんでもない。さぁ行くぞ」





差し出される手――
ちょっとテレながらも、微笑んでその手をとった。








結局、新年早々仕事ばりに神社を巡りまくったのは、今ではいい思い出ということで…




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ただみっちゃんとあま〜い恋に落ちてみたかった、ただそれだけな夢でした;そんなみっちゃんは罪な男、ってことで、Mr. Offender(罪人)にしてみました…お粗末さまでした<(____)>
気力があれば、その後らぶらぶ〜な二人とか書いてみたいですね。あ、そうそう、シトラスの香りは、蘇える逆転で、確か彼のため息はシトラスの香り、とされてたと思うので、シトラスにしてみました(笑)