不二周助の幼馴染を始めてかれこれ十数年…
今度は確実に、人生最大の危機だ…なんせ下手したら’人生最後’になりかねない。




( 永遠のリング ) -下-




会員Aはご満悦の様子で話してきた。

「転校するって言うなら、許してあげてもいいけど?」

酷く虚しい音にしか聞こえなかった…

「許してもらうようなこともなければ、許してもらうつもりもないけど」
「適当なことぬかしてんじゃないわよ!!」
「もっとマシな嘘つきなさいよね!!」

嘘。

昨日の子の妄想に合わせた答え――確かにあれは嘘、だけど

「嘘じゃない…」
「…はぁ?」
「こちとて十数年幼馴染してんのよ! 結婚の約束の一つや二つしてんに決まってんでしょ!!」

忘れたくたって、友達とのいい思い出なんて数えるくらいしかなくて、
しかも殆どが周助とのだから、凄く幼い頃のバカバカしい約束だって覚えてる。
どこで見つけてきたか知らないけど、凄く綺麗なガラスの指輪を私の薬指にしてくれた事がある。
指輪は小学校の頃イジメっ子に取られて、もう思い出だけだけど。

「バッカじゃないの!? どーせ大昔の思い出でしょ!?」

Aが言った…。今度の台詞は、的を得ている。

「そ、そーよ! 不二君がそんな事覚えてるわけないでしょ!!」
「こんなブスが幼馴染で、不二君カワイソー!」

次々と続く暴言と一緒に飛んできた石を、もぅ避ける気分になれなかった。


当たり所が悪ければ死ぬだろう…。
さようなら、お父さん、お母さん。それと…


思い浮かんだのは、ただ一人。他には誰も、いないから。




パシッ


と、小気味良い音しかしなかった。
もしかして即死したんだろうか? だったら人生最後にしてラッキーだな…

タンッタンッタンッ…

だけど、続けて、ボールが跳ねるような音がした…。
そっと目を開けると、やっぱり私は袋叩きの真っ最中で、
だけどさっきと違うのは、あるはずの痛みがないことと、足元に転がるテニスボールだ。

なんだか夢を見ているようだったけど、
ボール拾って前を見たら、その先には周助がゆっくりしたモーションでラケットを振り下ろしていた…。

「ふっ不二君!?」
驚きでざわめきたつ会員達。
ラケットを片手に、レギュラージャージの周助はいつもどおりの笑みで近づいてきた。

「不二君!! 私たちはね…!!」
「そんな人かばうことないですよッ」

言い訳やらなにやら口にしだす奴らを完璧無視で、まるで挨拶をするように私に言った。

「珍しいね、君がやられるなんて」

私がしばし呆気に取られていると、何かに気がつき開眼した。と、その瞬間――

「え!?」
「な!!」
「不二先輩!?」

さらにざわつくギャラリー。私の視界に、周助はいなくなっていた。ただ…

「…ん!」
首筋の傷にあった生暖かい感触から痺れる様な感覚がして、私は変な声をあげてしまった。
ぱっと掴んでしまったのは、よく見ると周助の肩で、
目の前にサラサラとした茶髪が流れていた。

「ちょっと!! しゅ…」
「死にたくなかったら、言うとおりにしなよ、

ガタガタガタガタ

これほど、脅しの似合う奴がいるだろうか?
奴はたぶん、薄く笑って開眼していただろう…。

そう言って離れた周助は、思い出したようにポケットから何かを取り出した。
「そうそう、昨日部屋に忘れて言っただろ」
「? 昨日はべつ…」
はたと周助を見ると、開眼していた。

「そ、そうそう、ごめんごめん(ガタガタガタガタ)」

「そうだろ? 同じデザインだけど、僕はここにしたままだからね」
と、首元からネックレスを取り出して見せた。

あれ…周助ってネックレスなんてしてたんだ…

と、そこに掛かっているものをよく見ると――
「はい…。もう失くさないようにね」
と、彼は私の手をとって、それと同じものを、私の小指にはめた。

「これっ…て…」
「今度ちゃんと薬指用のを買いに行こうか。だったら寝るときだって外さないだろ?」

『…え!?』

という私の叫びは、ギャラリーのそれにかき消された。

「ふ、不二君!? それってどーゆー…」
「どうもこうも、君たち酷くないかい? 僕のものに傷を付けるなんて」
『え!?』

またしても、私の叫びはギャラリーのそれにかき消された。

「不二先輩…!?」
「…もう陽も沈むよ。女の子は明るいうちに帰った方がいいよ…」

周助が氷の微笑を宿してそう言うと、何か言いたげだった彼女達が不思議と毒気を抜かれたようにしばらく呆然としてから、ずらずらと帰って行った…
その背を見ながら、やっと私は我に返る。

そうだ、私は周助に命を救ってもらったのよ

何を要求されるかが不安なところだが、とりあえずお礼を言おうと周助の方を見ると、
目の前に彼の顔があって――。

長い、キスだった。

これでまたしも私の青春の1ページは彼に飾られる。
今日は命の恩人の周助に、ファーストキスを奪われました、と。
しかしそれも命には換えられないし…これが代償なら安いもんだと思ってしまった…女失格だろうか?

唇をゆっくり離した彼に、私は言うことを言っておくことにする。

「ありがと、助かった」

そして小指の指輪を外して、よく見てみる。
それはやっぱり――昔、周助が私にくれたあのガラスのリングだった。

「…これって、アレでしょ…?」
「…皮肉なものだね。君を救ったリングは、また僕を傷つける」

意味深なことを言う彼の顔を見ると、それはデジャブのようだった。
滅多に見せない儚げな表情は、私でも目を奪われるほどで、それはあのリングを失くした次の日の彼のものと同じだった。
開眼してるのに覇気がなくて、子供のクセして人生最後みたいな顔だ。

「…、…どう…したの…?」

あの時は、言いたくても言えなかった言葉を、今やっと口に出来た。
だってあの時あんな顔をしたのは、私がリングを失くしたからだって自惚れてたから。
でも今は違う。私はさっきまで人生最後になりかけていて、それを助けてもらったお礼にキスを許した…
なのに何で彼はこんなに――

「…どうしたって…?」

伏せていた視線を、ゆっくりと上げる周助。
明らかに―――おかしい。
大体今は部活の時間だ。それを裏付けるように、周助はジャージ姿。手のラケットは、本当にコートから抜け出した姿そのものだ。
私を助けにきた? そんなのあり得ない。
だって私は今までに何度も呼び出されたが、1度だって周助が助けてくれたことがない。
だからって気づいていないはずもない。
だって時々助けてくれるのは、菊丸君や大石君というレギュラー陣で、手塚君みたいに他人事に鈍感じゃない(ぉぃ) 周助にはわかっていたはずだ。黙認していたはずだ。
だからファンクラブのコが呼び出すのは大抵部活の時間。絶対周助は来ないから。
今だって、たぶん明日から始める入院生活をわかっていながら、自分の孤独を弄んでいた。
な の に


「…ありがとう」

冷えた目線で私を捕らえていた彼に、私は抱きついていた。
なんだかんだ言っても…私は期待していたのだ、彼が来てくれる事を。
一人で凍えすぎた指は、たとえ気まぐれの同情だって温かく感じられた――私はまだ孤独なんかじゃない。
今はまだ、お父さんにお母さん、そして――周助がいるから。

「…怒ってないのかい? 一人にしてきたこと」

行き場をなくしていた彼の手が私の肩を掴み、ゆっくりと引き離してそう言った。
見上げると――いつもの余裕こいた周助の顔があった。

「つまらない独占欲で、僕は君を一人にした。…もう、は僕が嫌いだってわかってるのにね?」

いつものようにニコリと笑って、サラリと言った。

「…は?」
「未練がましいだろ。僕、これずっとしてたんだよね」

シャラリと見せたネックレスに揺れるリング。
自分の手にあるそれとお揃いで、モノクロだった思い出に色を与える輝きがある。
乙女な気分の今の私は、それをウットリ見つめていたいところだが、そうはいかない発言が先程あった。

「あのー…周助サン」
「なんだい?」
「何故私は貴方のことを嫌いなんでしょうか?」
「…それは僕が聞きたいくらいだけど?」
「いやそうぢゃなくて」

”もう、は僕のことが嫌いだってわかってるのにね?"

である。自己完結は私の十八番だと言うのに。

「――だって、勇祐が言ったから」
問いただした彼の口から出た言葉はそれだった。

「…誰ソレ」
「白状だね、君も。が小学校のころ好きで、その指輪を渡した”勇祐”だよ」
「…はぁ? 好きって、私が好きだったのは…、…てか、マジ誰? ユースケって」
「思い出せないのかい? あの頃ブツブツ言ってたじゃないか、勇祐がどうのこうのって」
「ブツブツ…? 指輪をわたした…、…て、あ!! あのいじめっ子!?」
「そういやそうだったね。好きな子をいじめるなんて、典型だね」
「ヤダ、キショいこと言わないでよ!! そっかーアイツか…今なら闇討ちも可能かな」
「…酷いこと、されたの?」
「当然じゃない!! 私の大切なリングをとったのアイツなんだから!!」
「…とった?」
「そうよ!! あーすっかり忘れてた! 合気道マスターしたら闇討ちしてやるつもりだったのに!!」

私がやっと合点いった横で、周助は顎に手をやり、何やら考察モードに入っていた、
と思えば、突然大声で笑い出した。
いつも笑ってる周助だけど、こんな笑い方は珍しかった。

「な、なに、どーしたのよ」
「一応聞くけど、勇祐のことは好きじゃないんだよね? 
「だーかーら、何でそーなるの? あの頃はマジ殺してやりたいと思ってわよ」
「勇祐がね、僕にこの指輪を渡して言ったんだよ。
は俺のことが好きで、お前のことが大嫌いだ”ってね」
「…はぁ!?」
「だから僕は…君から離れた。だけど、やがて僕のファンの子が君に何しようと
そのことで君が僕のことを考えてくれると思って黙認してた…
それどころか、君が僕のことしか頼れなくなるくらい君を一人にした。
なのに、君は合気道なんて始めて、一人で勝手に強くなって…
僕を捨てていくなら、殺しちゃってもいいやって思ったよ」

いつもの口調で淡々と話すその内容は、嘘のようなのに真実味も帯びていた。

「強くなって…てぇ、誰のせいだと思ってるのよ」
「じゃぁどうして僕を頼らなかったの? 文句の1つだって言いにこなかったじゃないか」
「それは…」

邪魔したくなかったから、彼の夢を、こんな醜いことで。
それは偽善者ぶった自分の言い分で、小心者の私の本音は――


「…それを言ったら、もう最後だと思ったから」

辛くたっていい。貴方をずっと憎んでいられるなら。
互いを傷つけることに甘んじていたのは、私も同じだ。


…」

彼がそっと、肩にあった手を背にまわして引き寄せた。そして上を向いた私の唇にゆっくりと彼のそれと重ねようとして――


「ちょっとタイム!!」

くっつく寸前で、私は彼を押しのけた。背中の手綱は繋がれたままだけど。

「な、なんでこーなるかな!!」
「なんでって…僕らはもう相思相愛の婚約カップルだろう?」
「…はぁ!?」
「指輪の交換だって済んでるし、誓いのキスもしたじゃないか。十分お膳立ては済んでるよ」
「ちょ、なんでそうっ、別に周助のこと好きだんんて――」
「さっきも言いかけたじゃないか、私が好きなのはとか、大切なリングだとか」
「うっ…(どさくさに紛らわしたつもりなのに)
そ、それはねぇ、過去よ、過去。好きだった、だったよ」

焦る自分を落ち着けるように語尾を強調する私。


「それじゃ今はどうなんだい?」

それは余計私を焦らす発言を招いてしまった。

「え…」
「…まぁ、嫌われて当然なことをしてきたけどね」

苦笑する周助。
冗談でも、ここで嘘をついたらまた同じ事を繰り返すことになる――
そう、私の経験が警笛を鳴らしていた。


「…嫌いじゃ、ない…」
「…好きでも、ない?」
「…わかんない。周助は、家族みたいなもんだから…」
「そっか…」

ふ、と苦笑して、彼が離れると思った刹那、
私はまた彼のそれで唇を塞がれてしまった。

「…っ、…な、何すんのよ!!」
「だって家族だったら何も感じないだろ?」

ケロリと笑って見せる周助。
見慣れた私だけど、これにはさすがに怒りが込み上げて来た。

「アンタねぇっ私だって一応女なんだから!!」
「一応って…十分女だよ、は。
だからキスだってしたいし、それ以上だってやりたいさ」
「な…、なんてこと言うのッ天下の不二周助が!!」
「そりゃぁ穴があったら何でもってほどじゃないけど、
好きの子が目の前で赤くなってたら食べたいなって――」
「いや――!! 淡々とそんなこと言わないで!!」

奴が開眼する前に、私は腕の中から脱出した。
もし奴の腕の中で奴の目ン玉見てしまった日は、新たな青春の1ページが飾られるときだ、またしても不二周助によって。

「だいたい部活いいの!?」
「話をそらす気かい? …まぁいいけど。
今日はもう遅いし送ってくよ…いや、今日と言わずに、これから毎日ね」
「は…はぁ!?」
「そうだ、女子テニス部に入ったら? は運動神経いいからやっていけるよ」
「なんで入んなきゃなんないのよ!?」
「だって僕を待ってる間、ひまだろう?」

…だーかーらぁ、自己完結は私の十八番だって言うに…。






あとほんの少しで日が沈む、最後の残照を受ける、私の左手にはガラスのリング、

私の右手と貴方の左手は、永遠のリング―――




翌日、の代わりといっちゃなんだが、”勇祐”が入院していたとさ。







[ END ]







ぎゃふーん。最後がえらく長くなってしまいました(上中下構成でなければ4話ものですね(^_^;))。
この後のラピューンな二人や、逆ハーなんかも書けそうですね〜♪
しかしファンクラブは過激すぎましたかね…でも女って集団になると本当怖いし(-_-;)
中学の頃って平気で人殺したいとか考えてたしなぁ…(ぉぃ)
でもそれを寸前で止めてたのは、親からの愛情とか、何気ない同情だった気がします…


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