the world will smile with you




「…うん、わかってるよ…うん・・・うん」

部活のあと、通学生と遊びに行って寮の門限に間に合わなかったため、
三上から伝授された窓抜けをしよう、と藤代が寮の横にまわったときだった。

フェンスの先から声が聞こえてくる…
先は女子寮、声も女の子…ただ一人だけ。
もうずいぶん夜の更けていて門限も過ぎているのに、その声はすぐそこから聞こえる。
首をかしげ、フェンスの方を見ていた藤代の視線の先から
しばらくすると”ピ”という音が聞こえて声が止まった。

なるほど、携帯か〜と納得したが、視線の先の陰は動く気配がない。

「??」

オバケ!? と興味律々にフェンスに近づくと
かすかに声が聞こえた…すすり声が。

ぎょっとした藤代が、寮からもれる灯りの影に目をこらすと
制服姿の女の子がしゃがみこんでいるのがわかった。
声をかけるにも聞こえるほどの声をあげるとかなり響くだろうと
珍しく気遣いなんてした藤代はフェンスに足をかけた。
(ただ登りたかっただけの可能性もあり)

ガシャガシャ…とかすかに、そしてざっと着地音をたてると
しゃがんでいた子がぎょっとして顔を上げていた。

「あ…、…大丈夫?」

逃げられそうな気配に怯むことなく、藤代は近づいていった。

「え…、あ…ふじしろ、センパイ?」

唖然とした声がする。

「あれ、知り合い?」
「い、いえっ…センパイは有名だから」
「あは☆ ってかどっか調子悪いの?」

言葉を交わしているうちに、藤代は少女の目の前まできていた。
ん? と覗き込むと、彼女の瞳から涙が零れた。

「!?!?!?! ど、どっかした!? 俺なんかした!??」

今度は藤代がぎょっとして慌てると、少女を手首をたくさん振った。

「ち、違うんです! ちょっと泣いてたから…」
「なんで?」

そう聞く藤代は、すでに彼女の隣に座っていた。

「え!?」
(な、何でそんなこと…ていうか何故に藤代センパイがこんなとこに!?)

彼女が慌てるのも当然だが、すでに事態は起こってしまっている。
じーっとこちらを見ている藤代に慌てて顔をそらすと、もごもご話し出した。

「えっと…寂しくて…

「…え?」

「わ、私…寮生活って初めてで…たまに親の声を聞くとつい…」

「…ホームシックって奴?」

そ、そんなかんじです…

「へ〜俺はなかったなー友達とずっと一緒だし…あ、ウザイとか言われけど;」
「あはは…話せるだけいいですよ。
 私のルームメイトの子は全然話してくれなくて…」
「そうなの?」
「なんか初日に”勉強の邪魔しないで”って言われて…」
「うわ〜…」
「…だから、電話きたらすぐ外に…」
「大変だねー」
「私が悪いんです…泣かなければ別に廊下で済むわけだし…」
「ふ〜ん…じゃあどうやったら泣かない?」
「え…、それは…」

言葉につまり、そむけている顔を少しうつむけた。
藤代は頬に手をあてて”う〜ん”なんて唸っている。

「じゃーさーなんで寂しいの?
 確かに親にはあんま会えないけど、学校には友達とかいるっしょ?」

相変わらず無神経な質問で、もし彼女がイジメられてでもしたら問題発言だが
幸い彼女は違ったため普通に答えた。どちらかと言うと
何故あの藤代誠二にこんなことを聞かれてるのか不思議でならない。

「はい…しばらくはバタバタしてて寂しいなんて感じなかったんですけど…
 最近ぱっと部屋で静かになったりすると…」
「バタバタしてるといいんだ?」
「たぶん…忙しいと、余計なこと考えなくて済むから…
 藤代センパイみたいに、一生懸命になれるものがあればいいんですけど…」
「そぉ? 確かにサッカーは楽しいけど、気が付いたらもう1年終ってたってかんじ?」
「私は…しょうもないことであっという間、ってかんじです…」
「へ〜俺あんま考えないからわかんないんだけど…」
「考えるっていうか…私なにしてるんだろう…とか、
 こんなことしてる間に…お父さんとおかぁさんが…死んじゃったら…とか…」

涙声になるのを抑えるように搾り出された声に、藤代は”え?”と声をあげた。

「…やばい、とかなの?」
「ううんっ全然元気なんですけど!」

慌てて否定した彼女に、藤代は笑った。

「なーんだ、じゃーいいじゃん」
「…うん…しょうもないことなんですよね、ホント…」

そう言うと、彼女はまたうずくまって泣き始めてしまった。

「あ…えっと、ごめん!!」

また慌てて謝る藤代に、少女は俯いたまま首を振った。

「そっか…一生懸命になれるもの…
 …俺ってほんとサッカーばっかだから…キャプテンとかなら何かいい事言えそうなんだけど…」
「ううん…それはね、自分で見つけなきゃって…思いますから…」

そう言って顔をあげると、少女は立ち上がった。

「すいません…センパイ。こんな遅くに…」
「い、いや俺はいーんだけどさっ」

藤代も立ち上がると、頭を掻いた。

「あ、俺もたま〜に寂しくなるんだけど、そーゆーときはさ」
「…!?」

淡い灯りの下にあった藤代の姿が消えて、彼女の目の前は暗くなった。
顔にぶつかったものが少し温かい…。

「…セン、パイ!?」
「寂しいときはさ〜誰かに抱きついちゃう。すげー嫌がられるんだけどさ。
 あ、俺は嫌がらないから! いつでも抱きついていいよ」

少し強く当てられた胸で、少女は少し噴出した。

「ふふ…っ、センパイらしい」
「あ! 笑った?」

背中に回していた手を肩にやり、藤代は彼女の顔を見た。

「あ…ごめんなさい」
「ううん、やっぱ笑った方がいいよ」

藤代はニカリと笑った。すぐ間近で笑われて、少女は赤くなる。

「それじゃ帰ろっか。あ、大丈夫? 門限ばっちり越えてるけど」
「はい、いつも使ってる裏口があるので」
「そっか。そんじゃ…」

と、藤代がフェンスに向かったと思うと、”あ!”と振り返った。

「?」
「名前!」
「あ…、、です」
「そっか〜ちゃんかー。俺は…って知ってるんだよね。そんじゃまたね!」
「は、はい!」




そうして彼はフェンスを登っていった…
ある、春の夜の話。







[ END ]




親以外に愛し、愛される人を見つけたとき、少女は巣出つ…
みたいなかんじにしようかと思ったんですが、たまたま英語の励まし表現
"Smile, and the world will smile with you."(笑って、みんなもにっこりするから)
というのを見つけたので使ってみました。
worldです、やっぱ英米人の感覚はでかいなーと思いました(^_^;)。










後日談--廊下にて


「あ、ちゃーん、元気?」
「藤代センパイ。はい、…おかげさまで」

少しおかしそうに笑った彼女に、藤代の隣にいた三上が口を開いた。

「元気? なんて聞く奴いるかよ」
「い、いえ、いいんです、三上センパイ」
「そーそ、いーんスよっ! さっ今日も元気に部活ッスよ先輩!」
「だーっ! くっつくな!!」

じゃれあい(?)ながら廊下を去っていく背中を、はニッコリ笑って見送った。

一方

「だーっいい加減離れやがれっバカ代!」
「三上先輩! ちゃんはダメッスよ!! ロリコン!」
「んだよってめぇと1つしか変わんねーだろっ」





春は旅立ち、そして恋の季節、なんて。


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