第10話


 

 

「おんや、似たもん同士が歩いちょるのぉ」

そんなふうに梅さんに声を掛けられたのは、ちょうど角屋の様子を伺おうとしたときだった。

「う、梅さん!」
「なんじゃ、そがい驚かんでもええろう。なぁ、齋藤はん」
「・・・・・・」
「んー? …ああ、ここが噂の角屋なが、おんしらもおおごとやき」
「・・・やっぱり、芹沢さんが営業停止した話って有名なんですかね」
「そりゃそうじゃ、京の人間ならまず知っちょろう。おんしらも有名人やか、あっはっは!」
「・・・笑いごとではないのだが。いくぞ、
「え、あ、はいっ。じゃあ梅さん、また!」
「おお、がんばりとおせ!」

そう、私は今齋藤さんについて、監察方の勉強中なのだ。
(けっきょく山崎さんは教育係を齋藤さんに任せてしまって)

齋藤さんは山崎さんと比べると、本当に寡黙で、まさに監察ってかんじなんだけど、ほんとに寡黙すぎてイマイチこの人の性格がよめないでいる。
しかし以前敵に襲われそうになったとき助けてくれたし、やっぱり監察を任されているくらいだから、きっと信のおける人だと思うのだけど…
どうも暗黙のプレッシャーを感じて、気後れしてしまう。
本当は、あの日ぶりにあった梅さんに、ちゃんとお礼も言いたかったんだけど、素直に従って別れてしまった。
実際仕事中だからいけないけれど、もしこれが山崎さんや山南さんだったら…と思ってしまうときがある。

それで今日もちょっと緊張しながら、芹沢さんが騒ぎを起こしてしまった角屋に、町民を装って様子を伺うところだった。

 

 

 

…」
「はい…わかっています-_-;」

齋藤さんが町民を装う私ではなく、本来の私に声をかけてくれたのは、屯所に戻る途中の、橋の下だった。
外で話をするときは、だいたい人目につかず、また聞き耳を立てられないようなところでする。

「…何がだ?」
「…つまり、梅さんと角屋の前で話をしてしまったこと…」
「なぜだ?」
「帯刀している人と町民が親しく話をするのは、あまりよろしくないかと…」
「…ほかには?」
「…わかりません」
「…・二十点」
「…精進します-_-;」

こうやって、仕事で出かけたあとは大体反省会のようなものをする。
今日はもう何度も言っている角屋だし、きっと高得点を狙えると思ったのに…。

「のこりの八十点は…?」

「一、才谷さんと会うまで、緊張が顔にまで出ていた」
「…はい」
「二、才谷さんと親しく話した」
「……はい」
「以上」

「…(半分当たってるじゃない…)」
「何か言いたいことでもあるのか?」
「あ、いえ、半分当たってないかなーと…」
「俺は才谷さんとと言った。帯刀している人ではない」
「…梅さんと、親しくしてはいけないと?」
「あの人は、危険だ…」

きけん…? 危険って言ったの?

「…でも、梅さんは…、恩人なんです」
「だから余計、気をつける必要がある」

梅さんは、監察方に目をつけられるほどの人物なのだろうか。
そしたら、確かに私は気を許してはいけないのかもしれない。

「理由を、教えてもらえませんか」
「…言えないな」

私はまだまだ新入隊士で、確かにおれそいと秘密を教えられないのもわかる。
でも、だったら…

「齋藤さん…、だったら、私は梅さんとこれからも同じように接します」
「そうか。…………目障りだな」

胸に、ぐっときた。ぐっと、息がとまって、目が涙がこぼれた。
今までは結構我慢できてたのに、なぜだろう…。
唐突に涙が溢れた、まるで今までの分がすべて込みあがってきたように。

「きっと、きっと、齋藤さんはいい人だと思っていました。私は確かに監察方としてまだまだですけど、だけど、やっぱり…!」

そういって、私は走り出してしまった。

!行くな!」

そう聞こえたけど、川縁を駆け上って、私は聞こえないふりをして走り去ってしまった。

なにを言われるのか怖かった。

恐ろしい言葉を刻まれて、それで終わってしまうのではないかと。

私が一方的に信じていただけで、彼は微塵も信頼などよせていなかったのではないかと。

そんな現実を受け止めるのが怖くて、逃げてしまった…

 

この、世界にきたときのように…

あのとき先生が、やっぱりやめようといって、君なら一人で大丈夫だといって、それで…

 

 

ぽろぽろ、涙がでてきた。

 

あのときのこと、そして逃げてしまった自分を思って。

最近この世界に落ち着いてきたせいか、ときどき思い出すようになったあのとき。

あのとき、少なからず私は思った。それ以上聞きたくない、約束を破られるくらいなら、消えてしまいたいと。

 

そうしたら、この世界にきて。そしてまた私は逃げてしまった。

 

ぽろぽろ、ぽろぽろ、涙が止まらない。

自分に泣いている自分が、さらに虚しい…。

腕も認められて、居場所も与えられたのに、また逃げてしまう自分が悔しい…

男になんか負けないといきあがって、自分に負けてる自分が悲しい…

 

 

 

 

 

 

 

 

ドン、と人に当たった。

にじんだ視野に、刀が見えた。

あーあ、これでばっさり切られて終わるかな、と思った。

なのにぜんぜん、戦う気も、逃げる気も起きなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「あぶのうて、見てられんぜよ」

 

ぼす、と、顔が服に押し付けられた。

ゆるやかに、温かみが伝わってきた。

 

 

 

「…梅、さん」

「…歩きながら泣くなんて、なんちゅう荒業じゃ。女子な泣くんは男の腕ん中って決まっちょろう」

「……ふふ」

「なんじゃ、わしはまだ面白いこといっちょらんぜよ、これからわしの腕の見せ所やちゅうに」

「…梅さんは温かいね…」

「おんしも温かいじゃき」

「…そう?」

「そうじゃ。男の胸なんかより、よっぽど温かいにきまっちょろう、みんな女子の腕で育っちゅーんじゃから」

「…私も、いつか…そう、なれるのかな…」

「おまんのなりたいとおりになれるぜよ。なんたってこのわしが見込んだ女子じゃき」

「…ふふ」

「なんじゃ、わしじゃ不満か?」

「そんなこと、ないよ」

 

そういって、やっと私は顔をあげられた、ちょっとはにかんで。

「…ひどい顔じゃ!」

笑った梅さんの顔が、まぶしく見えた。

 

 

 

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泣きたいときだってあるの、だって女の子だもん☆…てなかんじで
続きます、もちろん、齋藤さんが放置されてますもんね^^;;
監察方のしゃべり場に橋の下を選んだのは適当です(おい)。
確かるろ剣で桂さんが隠れていた気がするので、きっとよいだろうと(笑)。

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