アコニック・ランド:雑談系:古典元素・暦関係の話題

古典元素・暦関係の話題

主に個人的解釈や疑問です。
情報源として利用できるものではありませんのでご注意ください。

一月一日
忌み数の関係(改訂)
卯月と十二支(NEW)
裏六十干支
寒色と暖色(改訂)
麒麟か黄龍か
黄道・白道と赤道(NEW)
五行の順序まとめ
五行の生成について
五行と正多面体
三原色で表現できない色(改訂)
七曜と陰陽五行について
十干と陰陽五行の関係の再検討
週と七日
12時と午前午後
青龍と白虎
セフィロトの樹メモ
太陽と月
地球と天球(改訂)
地球の記号と宝珠と土
月が月で、日が年(改訂)
月の誕生星座(改訂)
戊年の恵方
戊と己の方角(NEW)
透明と青
土用の刻(改訂)
八卦とアルファベット
八卦と陰陽順序
八卦と上下反転
八卦の後天図の由来の個人的な予想
ボーズとフェルミ
60進法の話

*関連ページ
十干十二支の言葉
天王星と海王星の別名案(風星・雷星)
対・組となるもの(調整中)

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※勝手に考えた表現です

七曜立体 七曜立体 十干立体
七曜立体と十干立体
(2010.1.9-2014.4.23)

六十干支歯車
六十干支歯車
(2011.6.6)

十干と五芒星 十二支と六芒星
干支(十干十二支、天干地支)と五芒星・六芒星
the ten Heavenly Stems and the twelve Earthly Branches, and pentagram, hexagram
(2010.1.9)

セフィロト多面体
セフィロト多面体
Sephirothic polyhedron
(2010.1.9)


一月一日

一月一日がどう決まったのかについて、主に二つの説が見られます。
一つは、ミトラ教で、冬至から三日間を太陽神が復活する祭日とされ、これがキリストの誕生日(実際は不明らしい)
に流用され、キリストが誕生八日目に割礼を受けたという伝説から、その日を一月一日とした、という説です。
しかし、現在の1月1日と冬至のズレは、ユリウス暦のものを受け継いだものであるらしい事と、ユリウス暦施行が
キリスト誕生以前だった事から、その説は難が有るのではとも言われてます。
もう一つは、本来冬至と同日だったものが、古い暦(ユリウス暦)の閏年の入れ方が粗かったために、ズレてしまったという説です。
なお、「夜0時が何も無いのと同様に、年始も冬至とは一致しない」という話もありますが、夜0時は「太陽の北中(極下正中)」
という立派な天文現象に一致しています。

そうなると、毎年冬至を年始という事にした方が理に適ってるように思えて来ます。
これなら何万年経とうが、一月一日と冬至がズレる事も無いでしょう。
冬至の日がいつかなんてのは、現代では簡単に解るでしょうし、それでも閏年は4年に一日を基本としてやって来るはずです。
ただ問題点として、時差の影響で、地域によっては冬至の日と1月1日がズレてしまいます。
「冬至の日はどこでも1月1日である」と決めれば、日付変更線が毎年変わってしまう事になり、それはさすがに無茶そうです。

一方、春分で始まる暦もわりと有るようです。我々が「年度」と呼ぶ物もまさにそれに近いです。
冬至を年始としたのは、太陽が再生を始めるからという事のようですが、われわれの感覚からすれば、
春分の方が一年の始まりに相応しいかもしれません。春分は時刻で言うと日の出に相当して来ます。
一日の始まりは深夜という事になっていますが、我々の感覚では日の出ではないでしょうか。
徹夜なんかしてると、外が明るくなりだして初めて「明日になっちゃった」って感じになるような。
ただ、夏至や秋分が年始とされる場合も稀にあるみたいです(エジプト暦、フランス革命暦)。
南半球では夏⇔冬、春⇔秋で逆転する所にも注意です。

年始の候補としては、冬と春の境目も有力ではないかと思います。
「今年の冬」と言えば、年始側の冬なのか年末側の冬なのかちと混乱しますが、これなら一発です。
年→季→月という感じの綺麗な構造もできます。
太陽的な季節と気温的な季節にズレがあるのが難点かもしれませんが。


月日の決め方でもう一つ、各月の日の配分についての疑問もあります。特に、どうして2月だけ極端に少ないのか。
2月については、ユリウス暦の元の暦(ロムルス暦?)では3月が1月とされ、1〜2月は余りの月とされてた事に
由来する様子です。2月は年末だったから、日の数が妙だったり、閏日が入ったりすると。
9月の英語が7を意味するセプタに由来していたりするのもこの影響のようです。
更に、当時は29日+1閏日だった2月が、どこかの皇帝が勝手に8月に2月の1日分を移してしまい、
28日+1閏日になってしまったという説もあります。

普通に考えたら、なるべく均等に分配するのが筋のように思われます。
それには、365を12で割れば30なので、まず全ての月に30日を分配し、他、31日の月を5つ、閏年に31日になる月を1つ
設けるのがベストに思われます。例えば、偶数月を31日、奇数月を30日とし、閏年以外では12月を30日とします。

しかし、実はそれではまずいかもしれません。近日点の存在により、春分〜秋分と秋分〜春分の間の日数に、
4日程も差異が生じてしまっているからです。2月だけ少ないのは疑問とは言え、冬の半分と夏の半分とで考えれば、
冬から夏に1日移動させたのは案外正解なのかもしれません。ただし近日点は十万年程の周期で変化するようですので、
その点も気にしておきたい所です。

この問題に関し、一年を12区分する方法として、平気法と定気法というのが有るらしいです。
平気法は、それぞれの区分の時間が等しくなるようにするやり方で、定気法は、黄道上の太陽の位置に基づくやり方のようです。
誕生星座の話で出て来るトロピカル方式とサイデリアル方式とはまた別の話です。
先ほどのように、月の区分を均等にしようというやり方は、平気法的と言えると思います。
一方で、1月、4月、7月、10月の1日に、冬至、春分、夏至、秋分が来るよう、毎回調整するというやり方も考えられますが、
これは定気法的と言えると思います。毎月太陽に基づいて日数を決めるという、より完全な定気法にするのも有りかもしれませんが、
どの月が何日あるのか毎年調べなければ解らず不便そうです。

*参考
教えて!goo:
Yahoo知恵袋:
BIGLOBEなんでも相談室:
お正月の始まり(はまぎんこども宇宙科学館)
2月だけ28日になったわけ(こよみのページ)(転送注意)
どうして2月だけ短いの?
ミトラ教(ウィキペ)
歳差運動(ウィキペ)

2010.9.10-2014.5.14


忌み数の関係

日本では4と9が、中国では4が、欧米では13と666が不吉な数として知られています。
また、1999年と2012年は、人類滅亡の預言で結構話題になった年です。
これらの間に以下のような関係が見られるのが、ちょっと奇遇に思いました。
(欧米で不吉なのはあくまで666で、単独の6は特に何も無いようなのですが、ちょっと加えています)

13=4+9
1+3=4
6×6=4×9
4+2=6
2012−1999=13

実際、4+9=13から、日本でも13を忌む風習が一部に存在したとのことです。
日本で特に忌まれる4と9は、以下のように、どちらも序盤の素数の平方になっているのも因縁に思います。

4=22
9=32
49=72

この法則上では、25や121も気を付けたほうが良いのかもしれません…?

それにしても、避けたくなる数が多いというのは実に不便に思います…。
日本人は海外の風習をよく取り入れるので、海外の忌み数までどんどん取り入れて、
使える数を更に狭めてしまわないか気掛かりになったりもしますが、
13や666はそこまで気にする人居なさそうですし、考え過ぎかもしれません。

2008.8.25-2022.12.31


卯月と十二支

卯月は四月の別名ですが、この「卯」の由来は諸説あるとの事です。
卯と言えば十二支の四番目なので、四番目の月である事と丁度整合し、
それが由来なのではないかと思えそうな所ですが、
ややこしい事に、卯月の十二支は通常「巳」であるとのことです。
更にややこしいことに、当てられている十二支により、二月を卯月、
四月を巳月と呼ぶこともあるそうです。

こよみのページによると、これは旧暦新暦に関わらないそうです。
例えば旧暦が公的基準となっていた頃なら旧暦一月が寅であり、
新暦に切り替わった後なら新暦一月が寅、とのことです。
また、古い中国においては元々四月には卯が当てられていたとも考えられているそうなのですが、
卯月は日本で(恐らくそれよりだいぶ後に)できた言葉ですので、あまり関係無さそうです。

十二支の始まりである「子」が11月というのは妙に思えますし、
子の刻が23:00〜25:00であることとも整合が取れないように思いますが、
これは干支の不断性(子から寅に飛んだりしない)を重んじた結果との事で、
中国の時点でこのように移り変わっていたようです。

ただ、旧暦では閏月がありますが、その場合は同じ干支が続投する形になったとの事なので、
これと同様に、ある年の11月〜翌1月を子の月にしてしまえば、不断性に反せずに整合を取ることもできるはずです。
上記の不整合はやはり変なんじゃないかと思いますし、不断性を重視するにしても、
そうやって整合を取った方が良いと思います。
卯月を卯とすれば、節分がちょうど丑寅になり、丑寅の方角は鬼門、節分と言えば鬼退治という事でも符合します。

2023.4.1


裏六十干支

十と十二は共に偶数であるから、組み合わさらない干と支があります。
10×12=120のはずなのが、半分の60である事からも解る通りです。
甲丙戊庚壬×子寅辰午申戌+乙丁己辛癸×丑卯巳未酉亥で、30+30という形です。
これが、個人的にちょっと気に入りません(何か意味があるのかもしれませんが、
特に見当たりません)。

これに対し、裏六十干支というのを考えてはどうかと思います。
十干と十二支の、それぞれ裏側に位置するものを取り出して組み合わせます。
例えば甲子の裏は、己午になり、六十干支では出ない組み合わせとなります。
表と裏で、ちょうど120の組み合わせがカバーできます。
十二支に関して裏を重視する「裏干支」と呼ばれる風習はあるようですので、
これも何か応用できるのではと思います。
ただ十干の場合は、裏のものとは常に相克の関係になってしまうのが難点かも…。

2010.1.9-2014.5.23


寒色と暖色

寒色暖色というものがありますが、これは色そのもの(或いは色のクオリア)に秘められた性質と言うよりは、
色から連想されるものが関係していそうに思います。
例えば、人が赤色に対して注意を払うのは、それが血や火の色と類似しているためではないかと。
また、青系の色を涼しく感じるのは、海などの色を連想する所から来てると思います。

一般的な血の色(ヘモグロビンによる)と火の色が共に赤系なのは、ちょっと奇遇だと思います。
赤くない血の生物も居ますし。
そこで、もしこれらの色が異なっていたら、赤色の印象はどう変化したのか少々気になってます。
火の色は赤と呼ぶには微妙かもしれませんが、少なくとも赤系の色を暖色と感じるのは、
火(あるいは朝日?)を連想する事によるのではないかと思います。

寒色と暖色の中間にあたる色に、緑と紫がありますが、
これらの間にも大きな印象の違いがあるのも興味深く思います。
緑はどちらかといえば安心感を、紫は不快感をもたらすとされています。
前者は森林を、後者は死体か何かのイメージに結び付くのかもしれませんが、
緑は「寒色でも暖色でも無い色」、紫は「寒色と暖色を併せ持つ色」と言えるのではないかと思ってまして、
それも関係しているように思います。
一方で紫も緑には、毒の色を表現する際に用いられ易いという共通点が存在する事も興味深く思います。

紫が高貴な色とされたり、逆に安心感をもたらすとされることもありますが、
これは黒色が持つ性質に似てるように思います。
紫は闇の力を表現する際にもよく用いられていますが、それとも関係してるように思います。

紫については、複数の波長の光を混ぜたものとしか存在していない、という特性もあります。
例えば黄色なら、赤い光と緑の光を混ぜる事でも表現できますが、虹の中に見える黄色は純粋な黄色の光です。
両者は同じ見た目ですが別物です。
紫も虹の中に見えますが、実際には大分青寄りであり、それ以上に赤寄りの紫については、純粋な紫色の光は存在しません。
ただ、この話とはあまり関係無さそうにも思います。

寒色暖色による印象の温度を「色温度」と言う事があるらしいですが、色温度と言うと通常は、
恒星の色などで有名な、本当に温度によって色が変わる現象の話になって来るようなので、
それと区別できる表現が欲しく思います。

2008.8.25-2022.12.31


麒麟か黄龍か

四方を守護する者として、青龍、白虎、朱雀、玄武は有名ですが、それに対し、中央を守護する者として、
麒麟または黄龍を当て、五神とされる事が有ります。四神に他の組み合わせは聞かないのに対し(青龍を蒼龍と
言ったりはしますが)、五神では二派有る事が気になる所ですが、自分はどちらも微妙だと思っています。

まず黄龍は、言うまでもなく青龍と被り過ぎです。
噂では、麒麟よりもこちらの方が旧来であるらしいのですが、時の権力者が龍が好きだったから自分の所に龍を
当てたって感じじゃないのでしょうか。青龍と黄龍は五龍というものにも含められています。
更に、青龍は四瑞(参考:北島仏壇店)では応龍に当たりますが、この応龍は黄龍の若い頃という話もあります。
つまり、青龍と黄龍では同一人物の疑惑すらあります。

次に麒麟ですが、虎では無いにしろ、獣という事で白虎と被ってしまう感じがします。
それを言ったら青龍と玄武も、共に蛇属性が含まれている点が気になる所ですが、麒麟は四瑞では白虎に相当し、
獣の王とされています。
ただ、顔については青龍と被りますので、青龍と白虎の間に位置づけるには適しているかもしれません。
しかし、四神には色が名前に入っていますが(朱⇒赤、玄⇒黒)、麒麟には入っていません。
それを考慮してか「黄麟」という表記も(中国サイトにも)よく見られ、詳細は解りませんが、麒が♂で麟が♀
(または逆)という話との相性が良く有りません。麒麟が居て鳳凰が居ないというのも微妙です。

他方、四神に青などの色が当てられる前から、動物を五種類に分けた五虫という考えがあります(参照:コトバンク)。
五虫は、鱗虫、毛虫、羽虫、甲虫、裸虫とされ、四瑞は鱗虫〜甲虫の長とされます。
麒麟も黄龍も、裸虫には当たりそうにありませんね(裸虫の長は聖人とされるようです)。
ただ、孔子が元ネタのようなので、一般的なものとは言えないかもしれません。

無難に四神だけを扱えば良いのでは、と思う所ですが、四神が五行の五色(青・赤(⇒朱)・黄・白・黒(⇒玄))の内の四を
使ってしまっている以上、黄は何になるのか、やはり問題になります。
ここは、適切な伝承が無いものと捉え、各々で独自に神性を受信するのも一興かもしれません。
相応しいものがあれば、遠い未来には定着するかも?
ただ、金○という名前は、五行の金(メタル)と紛らわしいので避けるべきだと思います。金属性の四神は白虎です。

亀⇒爬虫類、龍⇒魚類と捉えると、両生類が丁度裸虫に当たりそうで、使えそうな気もしますが、
鱗⇒魚類、甲⇒爬虫類という解釈が無理有るかもしれません。
ウナギやミミズ、ナメクジも裸虫っぽいですが、長い系の生物は青龍と被って来る気もします。
イカ辺りは個人的に使えそうに思うのですが、脊椎動物で統一させた方が妥当そうな気もします。

2013.3.6-2014.5.14


黄道・白道と赤道

天球上には、黄道と白道、そして天の赤道があります。
黄道は、天球上における太陽の通り道、白道は同じく月の通り道です。
これらについて、一昔前まではいまいち理解できてなかったのですが、昼間でも星が見えるような状況や、
地球に自転が存在しないような状況を想像してみると解り易いかもしれません。

これらに対し、天の赤道というものは、地球の赤道を伸ばして天球に映したもので、
黄道や白道とは性格の違うものと認識されている事が多いように思います。
ただ、地平線の真東/真西の点を見ると、これは天の赤道上に沿って動くことになります。
即ち天の赤道は、大地(地球)の描く軌跡と言えます。
黄道は太陽の描く軌跡、白道は月の描く軌跡とも言えるため、
天の赤道もまたこれらと同様の性格を持ったものであり、
月⇔白道、太陽⇔黄道、地球⇔赤道という構図が見えてきます。

黄道は地球の太陽に対する公転面、白道は月の地球に対する公転面、
天の赤道は地球の自転面となります。
地球の自転は、地球の地球自身に対する公転という見方もできますので、
この辺も押さえておくと理解し易いと思います。

関連:地球と天球月が月で、日が年

2010.9.24-2022.12.31


五行の順序まとめ

木火土金水:相生の順(相生順)
火木土金水:陰陽の順(陽→陰、陽陰順)
水火木金土:生成の順(生成順)
(日月)火水木金土:七曜順

相生の順は、水の後に更に木が来る、つまり、直線的ではなく円環的な関係である事に注意です。
土金水木火とかでも間違ってはいないわけです。
木火土金水という語が有名なので、何でもかんでも木火土金水の順番に並べられてしまいがちですが、
直線状に並べるのであれば、火木土金水にすべきであると思います。

木火土金水は、土を外すとちょうど春夏秋冬となっています。土は土用として季節の境目に配置されますが、
木火土金水からすれば、土用の代表は夏→秋と言えそうです。これは丁度、鰻で有名な土用と一致します。
相生の順に対し、相剋の順は木土水火金って所でしょうか。

五行では土が中央でリーダー格とされる事がありますが、「木火土金水」という語では木が筆頭となっています。
五行を五角形に並べる際には大抵木が頂点に置かれますし、十干の筆頭も甲(木の兄)です。
惑星的にはどうも木星が、12という公転周期により最も神聖視されていたという話もあり、それが関係しているのかもしれません。
或いは単に、春夏秋冬と関連かもしれません。

七曜の順は他文化由来のようですので、気にする件では無さそうですが、この順番には意外な意味深さがあります。
詳しくはこちら

2010.9.23-2014.5.14


五行の生成について

五行の生成の話で、陰と陽に二分された要素が、更に各々二分されて四つになるという点はわかります。
しかし次の、火水木金の全てが集まって土になったというのは、微妙ですね。
火水木金が集まったら、火と木で陽に、水と金で陰に戻り、陽と陰で太極に戻るのでは?って思ってしまう。
一旦分離してから再結合する事によって、抽象的な太極が、具体的な土に変質するという事なのでしょうか。
なぜ火よりも先に水が、金よりも先に木が生まれるのかって点も謎です。

ただ、最後に出来たのが土というのは、聖書とかの、最後に人が作られたという事と、ちょうど繋がってて
興味深い点ではあります。五行的には、火水木金が動物で、人に通じるのが土だったりもしますので。
更に現代の進化論でも、人が生まれたのは一番後の部類となってます。

個人的には、1が2に別れ、更に4になる、これらを足せば7になりますが、これを七曜と結び付けられない
かなぁなんて思いも有ります。

2010.5.21-2010.9.23


五行と正多面体

四大元素には正多面体との関連付けが考えられていますが、
五行説については特に見当たりません。
そこで独自に考えてみる事にします。
ここで、四大元素⇔正多面体が考案された当時には恐らく知られて無かったと思われる、
正多面体の双対関係に注目しながら考えて行こうと思います。
まず、五行と四季(春夏秋冬)や四時(朝昼夕夜)との対応を考えると、
それぞれは以下のような分類ができます。


Δ
正四面体
立方体正八面体
正十二面体正二十面体

こう見ると、土と正四面体は中立系同士で結びつきそうです。
しかし、後は見方により以下の四通りが考えられます。

パターンTパターンUパターンVパターンW
立方体正八面体正十二面体正二十面体
正十二面体正二十面体立方体正八面体
正四面体
正八面体立方体正二十面体正十二面体
正二十面体正十二面体正八面体立方体

木に立方体を当てれば、木の対となる金には立方体の対である正八面体が当てられ、
木と同様に陽属性である火には、立方体と同様にY型である正十二面体が当てられ、
残りの水には正二十面体が当てられます。
こんな感じで、木が決まれば残りは決まるわけですが、木にどれを当てるのかが問題です。
個人的にはパターンTがイメージ的に一番合いそうな気がしますが、根拠は有りません。

一つ目の考え方として、五行は陰陽の順で並べると「水金土木火」となります。
対して正多面体は、「頂点の角数−面の角数」の順で並べると、
正二十面体 正八面体 正四面体 立方体 正十二面体
となります。
これに基けば、木に対応するのは立方体か正八面体です。

一方、正十二面体と正二十面体は、五次元以上では対応する正多胞体が無い
(標準正多胞体では無い)ため、正多面体の中でも特殊な部類と見なせます。
そして四時の中では朝と夕がやや特殊です。
昼と夜は陽と陰に直結しますが、朝と夕には変化という要素が加わります。
算数的に言えば、昼と夜は零次式、朝と夕は一次式という感じです。
この考えでは、木に対応するのは十二面体か二十面体となります。

ここで仮に前者を取ったとしても、立方体と正八面体のどちらが木に対応するかという問題が残ります。
立方体の方がメジャーで陽のイメージがあるため、木には立方体の方が合いそうですが、
考察範囲を半正多面体にまで広げた場合に、気になる点が出て来ます。
半正多面体の双対はカタランの立体と言い、正多面体はこの両者の性質を持っていますが、
強いて言えば立方体にはカタランの立体寄りの性質が、正八面体には半正多面体寄りの性質が見られます。
カタランの立体は色々な面において「半正多面体の裏」みたいな扱いであり陰のイメージなので、
これに従えば正八面体が木となります。
いずれにしても、数学的根拠には欠けるものがあります。

2016.6.15

五行の拡張として日、月、風(天王星)、雷(海王星)の四つを加えたものを考えてますが、
星型正多面体または準正多面体+その双対も丁度四つなので、
これらを結びつけるのも面白いかもしれません。
(前者はいずれも正十二面体と正二十面体の眷族なので、後者の方がバランス良いかもしれません)
更に第十元素を考える場合は球を当ててはどうかと思います。

2016.6.17-28


三原色で表現できない色

全ての色が赤青緑の三つの光を混ぜる事で実現できるという事は常識になってると思いますが、どっこい、それは誤りのようです。
虹の色の中には、赤青緑の組み合わせでは実現できないものもあるようです。
よく、色空間の話で、楕円を切ったような図が出て来ると思いますが、あれがそれを示してます。
赤青緑の組み合わせ表現できるのは、あの図から三角形を切り取った範囲のみです。

なぜこのようになってるのかというと、我々が色を識別する仕組みはデジカメなどと同様、
視細胞に赤・青・緑それぞれに反応する赤錐体(L錐体)、青錐体(S錐体)、緑錐体(M錐体)
というものがある事によるらしいのですが、緑色の光に対しては緑錐体のみならず、
赤錐体や青錐体も反応してしまうようで、それが原因なのではないかと考えられます。

パソコンで出る赤青緑の内、緑だけやけに明るく見えるのを不思議に思った事はないでしょうか。
なぜ緑が一番明るいのに、青や赤を混ぜて白になるのかと。
でも以上によれば、我々が緑だと思っている色には、赤の成分と青の成分が含まれている事になりますので、明るいのは当然です。
これは例えば、明るい青(8080ff)+暗い緑(008000)+暗い赤(800000)でも白になるのと同様です。
我々が見ている緑は、白が混入して薄まってしまったものと言えるわけです。

緑錐体だけを刺激した場合、赤や青に近い明るさの、もっと鮮やかな緑が浮かび上がるはずです。
そしてその時に現れる色も色空間の図に含めれば、これは綺麗な三角形になるはずです。

なぜ緑色の光に赤錐体と青錐体も反応してしまうのかと言うと、
哺乳類の色覚の退化が関係してる可能性があると思います。
主流説によると、我々哺乳類の色覚は、恐竜の時代に夜行を強いられた中で一旦退化してしまったらしく、
人類は色覚を再生した状態にあるとの事ですが、未だ未だ再生の途上の段階なのかもしれません。
非常に惜しく思います。
日本語では青と緑がしばしば混同され、特に青とシアンは日常では殆ど区別されませんが、
その原因もここにあるかもしれません。

他、脳を直接刺激した場合は、これよりも更に色の範囲が広がるのではないかと思います。
これに関して気になってるものの一つは心理四原色です。これは光の三原色に黄色を加えたものとなっています。
赤と青を混ぜて紫やマゼンタになったり、青と緑を混ぜて青緑やシアンになるのは想像できるのに対し、
赤と緑を混ぜて黄色になるのは想像し難くないでしょうか。
もしかしたら、黄色は本来は四番目の原色なのではないか、脳には四原色を感じる基盤があるのに、
目がそれに対応できていないのではないか、と思ったりもします。
もし黄色が四番目の原色として確立されたら、赤と緑の混色はまた別の色として感じられるようになり、
黄色と青の混色もまた更に別の色として感じられるようになるのではないかと。

生物には四原色を見分けられるものも居ると言われ、人間の中にもそれが出来る人が存在すると言われます。
機械なら、何原色だろうが識別できて不思議はありませんが、生物となると、
それがクオリア的にどのように感じ取られるのか非常に気になります。

2008.8.25-2022.12.31


七曜と陰陽五行について

日月火水木金土は七曜と呼ばれますが、これは丁度、陰陽+五行の形になっていますので、お互い絡めてみたくなると思います。
しかし、陰陽五行は中国のものですが、七曜の並びと一週間への対応は、西洋にも共通しています。
七曜においての火や水は、あくまで火星や金星などの惑星の事を示しているようで、ファイアやメタルなどの元素を直接示してるわけではないようです。
英語ならば、SundayとMondayについては日(Sun)と月(Moon)に対応してるとすぐ解る他、Saturdayも土星(Saturn)としっかり対応しています。
他の曜日名については解り難いですが、北欧神話の対応する神になってるそうです。
東洋では、陰陽×五行は十干に当て嵌められますが、陰陽+五行という使い方は意外と見当たりません。
西洋で七曜に七元素を当てるという話も特に見当たりません。

日月火水木金土という順序について、まず、当時の人は、天体を大地(地球)に近い順で並べると、月、水星、金星、日(太陽)、火星、木星、土星になると考えたらしいです(水金は逆になってますが)。
そしてこれらが、毎時間順次入れ替わり、その時刻(1時間)を支配すると考えたらしいです。 その入れ替わりの順序は、遠い方からの順、土木火日金水月と考えられたらしいです。 1時が土星なら、2時は木星といった具合です。
これにより、ある日の初め(0時?)が土星ならば、次の日の初めは太陽になり、 それで日月火水木金土との事です。

七曜の並びが五行とは別々に生まれたとなると、七曜の並び方は、五行の都合とは無縁そうです。
ところがそこには、意外な驚異的な整合性が見られます。
一週間から日月を除いた、火水木金土を見てみると、この順番は、
最も陽、最も陰、次に陽、次に陰、中性
という、結構綺麗な形になっています。整数で表せば、

+2、−2、+1、−1、0

と言った感じでしょうか。更に、日を火より陽、月を水より陰と見なせば、一週間も

+3、−3、+2、−2、+1、−1、0

という形になっています。元の順に直せば

−3、−2、−1、+3、+2、+1、0

です。ただ、陽中の陽が火、陽中の陰が木という考え方からすると、
日は+1.5、月は−1.5が妥当なのかもしれません。
総熱量的な捉え方の場合は、日=火+木で+3でも良さそうですが。

*参考
とらのホームページあさっての興味>ユリウス暦>曜日
曜日@ウィキペ

2009.12.26-2014.4.22


十干と陰陽五行の関係の再検討

十干に当てられている五行の順番は、相生順である木火土金水になっています。
また、五行が上の桁、陰陽が下の桁という形になっています。
ですが五行の順番としては、陰陽順である火木土金水も捨てがたいと思います(生成の順番なんてのもありますが)。
特に甲〜癸に0〜9を当てるような場合は、相生順では木<火>土>金>水となり、不適当な気もします。
加えて、陰陽を上の桁、五行を下の桁とする方法も考えられます。
以上を併せると、現行のものも含めて以下の四パターンが出来ます。

木火土金水U陽陰
(現行)
木陽木陰火陽火陰土陽土陰金陽金陰水陽水陰
火木土金水U陽陰火陽火陰木陽木陰土陽土陰金陽金陰水陽水陰
陽陰U木火土金水木陽火陽土陽金陽水陽木陰火陰土陰金陰水陰
陽陰U火木土金水火陽木陽土陽金陽水陽火陰木陰土陰金陰水陰

ただ、十干の各字は、植物の一生みたいなのと密接に関連してると言われ、植物の一生は一年間と結びつき易いので、一年間と共通部のある相生順の方が、相性は良いかもしれません。

ここで、甲乙丙…の方を丙丁甲…に変える手も有りそうに思えますが、十干の順番は十干本来のものであり、植物の一生との関係もありますので、 陰陽五行との関係の都合で変更するのは好ましく無いと思います。
甲が木陽を示す事は既に訓読みとして定着してしまっており、 これを火陽に変えるとなると、甲を「ひのえ」と呼ぶ必要が出て来るのが難点ですが、 宗派によってはそう読むという感じでなら行けると思います。

他、六十干支における十干と十二支のように、陰陽と五行を各々独自に進めてく方式も考えられます。
2と5には公約数は無いので、全ての組み合わせを網羅でき、以下のようになります。

木火土金水|陽陰木陽火陰土陽金陰水陽木陰火陽土陰金陽水陰
火木土金水|陽陰火陽木陰土陽金陰水陽火陰木陽土陰金陽水陰

2008.11.28-2014.4.22


週と七日

一週間が七日である由来について、個人的に最も有力そうに思ったのは、旧一月の四分の1が約7日である事からという説と、
天球上の特殊天体が七つ知られていた事(要は七曜。彗星がどう扱われたかは気になるけど…)によるものという説です。
7という数字は、360を割り切れない唯一の一桁数であったり、正七角形が作図できない最初の正多角形であったりも
しますので、別の理由により神聖視された事も有り得ると思います。
聖書由来であるという話がまことしやかに流れている事もありますが、メソポタミア(バビロニア?)起源の説の方が
有力だったと思います。むしろ創世記の七日の方が、一週間から来てるのではないかと思います。
なお、ラッキーセブンというのは、調べてみるとどちらとも全然関係なさそうです。

一週間の七日が、月の朔望周期の1/4から来ているという説に関して、大きくズレが有るから考え難いという言う意見が
多いようですが、現在我々が一ヶ月と呼んでいるものが、月の朔望周期が元になっている事を踏まえると、普通に有り得る
のではと思います。月の朔望周期は約29.53日で、4週間は28日です。1.53日のズレがありますが、四週目を8日か9日
(または二週目も8日)にするだけで調整できます。逆に月から一週間を求めると、約7.4日であり、四捨五入すれば
七日となります。

現在我々が一ヶ月と呼んでいるものは、平均で30.4日であり、本来の一月からは0.87日程ズレています。
1年で換算すれば、11日程の差が出て来ます。
同じ理屈では、一月の長さが旧一月に由来する事さえ、こじつけって事になってしまうと思います。
「新月〜半月」「半月〜満月」という変化は、一つの期間の区切りとして考えるのに適していると思いますし、
それに合わせて生活している内に、その小数点を切り捨てた7が一人歩き始めたという事は、十分有り得ると思います。

*参考
f-anecs
美星町 星のデータベース
Topaz Garden

2010.7.19-2014.4.22


12時と午前午後

ツイッターを見てて、「午前12時の後に午前8時が来てるおかしい!」と思い調べてみたのですが、
ウィキペによるとどうも、英米では昼の12時は午後12時とするのが主流らしいです。
今まで、昼の12時は午前12時で当たり前と思ってたのですが、昼の12時×分は、正午より後となるので、
それゆえ午後12時との事です。
しかしその論理に従えば、「今日の夜12時×分」という表現もおかしいです。
今日といいつつ翌日になっているからです。

これに対し、1〜12時でなく、0時〜11時を用いれば、何も問題は発生しません。
午前から午後へ入れ替わっても、午後から翌日午前へ入れ替わっても、時間をリセットせず、
1時間遅れてリセットしてたのがまずかったのです。
世間では、午前午後の問題を12時間制のせいにして、24時間制ならば問題無いと言われる事がありますが、
これはとんだデタラメであると考えます。問題は午前午後に区切る事ではなく、「12時」というイレギュラーな表現を
使っていた事にあるのです。24時間制でも、今日の24時×分と言えば、翌日になってしまいます。

逆に「昼の12時×分」を「午前12時×分」と呼ぶ事は、「明日の朝0時×分」を「今日の夜12時×分」と呼ぶ事と
同類・同質と考えられないでしょうか。「明日の午前1時×分」を「今日の25時×分」と呼ぶ事すら有りますし、
午前13時と言ってみれば、午後1時というイメージが出て来るのではないかと思います。
「今日」も「午前」も原点を表してるに過ぎず、全体の結果が明日になろうが午後になろうが関係ない、
という捉え方もできるのではと思います。
12時って表現は結局、翌年一月を13月と呼ぶ事や、2時丁度を1時60分と呼ぶ事に対応しているわけです。

正午は言葉からしたら午前にも午後にも含まれませんが、形式的には午後に含まれるべきと思います。
さもないと、夜12時丁度が今日でも明日でもある事になり、新年の0:00が昨年でもある事になってしまい、
更に2時丁度は1時でもある(2:00=1:60)事になってしまいます。
一年が1月1日から12月晦日までである事と同様に、今日は0時(0分0秒)から23時末まで、
午前は午前0時から午前11時末までという具合です。

0は一見、人には馴染み辛そうです。1以降よりも発見がだいぶ遅かったらしいですし。
0から始まるのはコンピュータ的で、人間の感覚では1から始まる方が合ってるのかもしれません。
1番2番、1つ目2つ目、1位2位、T世U世等、1から始まっています。
でも、6時0分(+0秒?)を6時丁度と呼ぶように、直接0という言葉を使わず、0を扱う事もあります。
それに倣えば、0時を無時・正時・基時などと呼ぶ手も有るのではと思います(ただ、無時では6時と
紛らわしい気もしますし、正時は既に「○時丁度」の意味があるみたいです)。0時○分の場合は単に、
午前○分/午後○分と言う事も出来そうです。

また、0歳(零歳)という表現は日常的にもかなり普通に聞きますし、現代では零もわり馴染まれてるのではと
思います。第一、アラビア数字表記の場合は「10時」の所で0を使っています。
12あるのに11までという点が、人には気持ち悪く感じそうに思う所ですが、その割に1時60分という
表現はまず聞きません。
西暦は1年からとなってますが、そのせいで、2000年が20世紀で2001年が21世紀という、ややこしい事態が
起こっています。0年〜99年を0世紀、100年〜199年を1世紀と呼べば、百の位以上を取り出すだけで
世紀に直せて便利です。紀元を作るならば、0年からとするのがお勧めです。
現代中国の一週間では、月曜〜土曜を星期一〜星期六って言うのに対し、日曜日を星期日や星期天と呼ぶそうで、
これは0から始まる考え方ですね。現代ならではって感じでしょうか。

ただ、古い時計でよくある「3時なら3回鳴らす」といった時報の場合は、0時という表現では一つも鳴らさない事に
なりますので、その辺が難題になる事もあるかもしれません(前奏付きの場合は良いのですが)。

ウィキペによれば、「午前」という表現自体についても指摘があった事があるそうです。「午前○時」では
「正午の○時間前」になってしまうのではと。確かに、「紀元前○年」て言いますからね。
その点、「子後」だと便利で、昼の12時についての問題も顕著にならなくて良いのですが、
「死後」と紛らわしいのが難点ですね…。「すご」とでも読み替えたら解決しないでしょうか。

そもそもどうして、24時間を午後と午前とに分けるようになったのかも、少し気になる点です。
分が60有るんだから、時間が24有っても良さそうで、むしろ「午前/午後」と付ける方が厄介そうな気もします。
一年が12か月である事との兼ね合いだとすると、今度はなぜ12時間で無く24時間で分割したのかが謎です。
東洋では十二支により、12時間に分割していたのに(子の刻が日にちをまたがりますが)。
アナログ時計については、日時計をそのまま発展させたら24時間で一周という形になりそうですが、
それでは1時の目盛が2.5分の所に来て少しばかり汚い事になりますので、12時間で一周するのは
尤もなのかもしれません。

2010.9.10-2014.6.16


青龍と白虎

少し成人向けな話になってしまいますが、ウィキペによると(ソースはよくわからない)、無毛症についての
中国の言い伝えで、女性の場合は白虎と言い、対して男性の場合は青龍と言うそうですが、白と青って
中国読みするとゴフンゲフン。でも白は最近は濁音の方で音訳する方が多いようです。
天然同士(つまり青龍と白虎)が結ばれると大吉らしいのですが、人工同士だと大凶らしいです。

五行において、夏・南は火に相当し、冬・北は水に相当して、一般的に火は男性、水は女性が当てられるのですが、
そしれ青龍は木属性、白虎は金属性ですが、例によって、木の弱点は金です。
男性中心の世の中って言われるわりには、和洋のRPGとかでも女性の方が大概異様に有利だったりしますね。
結構Mが多いのですかね。

なお、青龍は青色の竜って解釈される例がよく見られ、英語でもAzure Dragon(空色の竜?)なんて呼ばれたり
しますが、ここで言う青というのは、青りんごや青じそと同様、緑を示している様子なので注意です。
青い竜ってんも、幻の青いクッパみたいな感じで面白いので捨て難く思いますが。
それに対して白虎を銀色の虎とする解釈は無いのかなぁ。

2008.11.5


セフィロトの樹メモ

生命の樹と呼ばれる事も多いが、生命の樹となると意味する所だだいぶ増える様子なので、あの丸と線で構成される
図を示す場合は、セフィロトの樹と呼んだ方が良さげ。生命の樹に対しては知恵の樹がある。

セフィロトの樹の表し方には、主に2タイプが存在する。
ホド⇔マルクト、ネツァク⇔マルクトが繋がっているタイプはKircher Treeと呼ばれ、ビナー⇔ケセド、コクマー⇔ゲブラーが
繋がっているタイプはBahir Treeと呼ばれるらしい(参考)。

1から順に結んで出来るジグザグを雷光(Kav)と言うらしい。
Kircher Treeの場合、ビナー⇒ケセドが繋がってないため、雷光はイレギュラーな所を通るが、どう解釈されてるのだろうか。

セフィロトの樹には、隠されたセフィラとして、ダアトというものが考えられる事がある。
しばしば、ダアトがビナーとケセドに繋がってる図があるが、この二本のパスはなんと呼ぶのだろうか。
この非対称な形は雷光から来てると思われるが、或いは単に、雷光とパスとを混同したものなのだろうか。

セフィロトの樹のダークサイド版みたいな感じで、クリフォトの樹というものが考えられる事がある。
死の樹、邪悪の樹、逆セフィロトの樹とも呼ばれるらしい。
クリフォトには、セフィロトのダアトに相当するもの(隠されたクリファ)は無いのだろうか。
こちら様で公開されている図では、「認識の深遠」に対し「無知の深遠」という箇所があるが、これがそれなのだろうか。
クリフォトの各パスは何と呼ぶのだろうか。

2009.1.19-2014.4.22


太陽と月

よく、太陽が昼の象徴とされるのに対し、月は夜の象徴とされます。
太陽は確かに昼を生みますが、月は夜が似合うってだけで、別に夜を生み出すものではない点、引っかかりますよね。
地球が太陽の周りを回っているとわかった現代においては、実際の太陽と月とではとても釣り合いが取れないって事は
皆さん周知でしょうが、それでも月が昼にも普通に見られる事や、月が無くても夜が来る事は、昔の人も知ってたはずです。
更に陰陽説では、月は太陰と呼ばれ、太陽が陽(光)なのに対し、月は陰(闇)となっていますが、月は(周囲に対して)
暗いものではなく明るいもので、実際、月の有る夜は無い夜よりも明るいので、この扱いは奇妙です。
陰陽を考える際、難点になる事がしばしばあります。
現代的には、日食で太陽を隠す事に結び付けられるかもしれません。確かに一時的に月が夜をもたらす事になります。

本来太陰と呼ぶべきは、月食の原因になる地球の影である、という解釈もできるかもしれません。
地球の影は常に太陽と対極にあり、更に南中高度も太陽とはちょうど逆の挙動(夏は低く冬は高く)をすると思います。
夜は、昼のような明るさの変化は殆ど有りませんが、もし太陽の光の回折がもっと大きかったら、夜も結構明るくなり、
地球の影も見えて来るかもしれません。

月の最も完全な状態と言われる満月は、確かに太陽と対極になった時(太陽とちょうど入れ替わりみたいな状態)に現れます。
夜を生み出すというよりかは、夜により力を付けるイメージで、原因と結果が反転してはいるのですが。
しかし、月が夜の象徴と言われる一方で、月のシンボルとしては、三日月形というだいぶ昼に偏った状態が、
東西洋ともよく用いられます。「月」って漢字の成り立ちでもそうですからね。
でもあれを、三日月ではなく部分月食の月と解釈すると、月食は満月よりも更に太陽と月が対極化した時に起こりますので、
少しつじつまが合わせられるかも?と思います。三日月では、漫画でよく見るような形にはなりませんが、月食ならば、
月がもう少し遠ければあの形になりそうです。ただ、頻度的に月食を持ち出すのは不自然かもしれません。
まぁ三日月のマークは、形のわかり易さや美しさもそうですが、満ち欠けをするものって意味合いも強いと思います。

地球から見た太陽と月がほぼ同じ大きさなのは、非常に意味深です。
金環日食と皆既日食の両方が存在している事が、太陽と月の大きさがほぼ等しい事を如実に物語ってます。
奇跡的にすら思えます。超将来的には月は小さくなってしまうらしいですが…。
昔の人が、月を太陽と双璧を成すものであると考えた事も、尤もな話だと思います。
月と太陽の件がわかった現代でさえ、未だにこの二つを対極のものとして扱うネタが幅を利かせてますしね。
満月が太陽と入れ替わり的に出没するように、南中高度についても満月は(地球の影とほぼ同様の)太陽と反対の挙動を
すると思いますので、そこもポイントになるかもしれません。
太陽と月を対極イメージとする発想について、自分も捨てがたいものを感じます。
もし月と太陽の見た目の大きさがもっと違ってたら、地球に月が無かったら、二つ以上あったらなんて思えば、
太陽と月は無関係と割り切れるのかもしれませんが…。
果たして、太陽の印象と月の印象を対極に扱う事は、人間の勝手なこじつけに過ぎないのかどうか。

太陽がエネルギーを地球に供給するのに対し、月は飾りのようなものに過ぎないって思われがちに思いますが、
月も潮汐力という形で結構地球に大きな影響を与えてるみたいです。潮汐力発電なんてのもありますしね。
一説では生命誕生の鍵にもなったとか。月による潮汐の周期や、月の満ち欠けの周期が、生物のリズムに
深く関わってるなんて説も良く聞きますね。

2008.11.28-2010.9.24


地球と天球

地球と天球は、漢語的にも対義となっていますが、全く別の概念と認識されている事が多いように思います。
しかし、実際に対義となってる部分が大いにあります。

古代の七曜の考えにおいては、太陽と月も惑星と見なされ、
天球上を移動するスピードが遅いものほど遠くにあるとされました。
そして以下のように並んでると考えられました。

←近 月・水星・金星・太陽・火星・木星・土星 遠→

近代に判った事とは異なる部分もありますが、ともあれ一番天球を早く一周する月でさえ、
一周には約30日の時間が掛かります。

これに対し、月の30倍くらいもの速度で天球を一周しているものがあります。地平線です。
一方、永遠に一周しないものもあります。恒星です。
そして、地平線は地球に固定されているもの、恒星は天球に固定されているものです。
これを踏まえると、先の並びに、地球と天球を以下のように追加できます。

←近 地球・月・水星・金星・太陽・火星・木星・土星・天球 遠→

これにより、地球と天球の綺麗な対立関係が見えて来ます。
なお、天球といえば通常は、恒星達の張り付いているものという意味合いになると思いますが、
太陽や惑星それぞれが別々の天球に張り付いているという考えもあったらしいので、
混同しないように注意です。これに対し、通常の天球は「恒星天」と呼ばれてるようです。

こう見ると、天球の惑星記号みたいなのも欲しくなって来ます。
地球にも惑星記号が当てられてますが、占星術的には大地なわけですので、天にも有って良い気がします。

天球上における天球記号の使い方としては、天球上に固定された特定の点を示すというのができると思います。
その点として、春分点はどうかと思った事もありましたが、春分点は地球の歳差運動により、
天球上を移動するので不適当そうです。
天の赤道や、天の北極・南極も歳差運動で変動するので要注意です。
歳差運動の影響を受けず、なおかつ基準となりそうなものとしては、黄道上の点と、
黄道面に垂直方向の両極の点(黄道南極、黄道北極)が考えられます。
次の地球の場合との兼ね合いにより、ここは黄道上の点が妥当そうに思います。
黄道上の点ならどこでも良いですが、サイデリアル方式における牡羊座の0°の点が基準として使えそうに思います。

地球の記号も、地球上に固定された特定の点を天球上に映した点、という使い方もできそうです。
この場合は、赤道と南極点・北極点が候補になりそうです。
ただ、赤道上にこの点を定義すれば、それを天球上に映した点は、天の赤道を沿う形となり、
黄道や白道との整合が取れそうですので、これが妥当そうです。
赤道上ならどこでも良いですが、グリニッジ子午線との交点が基準として使えそうです。

関連:月が月で、日が年黄道・白道と赤道

2010.10.5-2022.12.30


地球の記号と宝珠と土

地球の惑星記号としては、○の中に+を内接させたものが一般的だと思いますが、
ユニコードの惑星記号の部分を見ると、○の上に+を付けた、
丁度♀を逆さにしたような記号が出て来ます。
これはどうも、帝国宝珠(或いは単に宝珠)を模した記号のようで、
wikipediaによれば、地球の惑星記号としても使われる事が有るらしいです。

ところで、「土」という漢字は、旺文社の辞典によると、大地の上に土地神を祭る
土盛りが有る様子が元になってるみたいで、土の神を示すとの事です。
ただ、「天」に対する字としては、「地」よりも「土」の方が釣り合いが取れそうです。
「土」を大地と解釈すると、「土」の下の線を丸める事で、地球を示す事になりそうです。
そうなるとちょうど、宝珠の記号と一致します。
少し因縁に思いました。

2011.6.30


月が月で、日が年

月が天球を一周するのは約一月ですが、日(太陽)が天球を一周するのは一日では無く、
一年である事が、ふと興味深く思いました。
同じ命名法ならば、一年と呼ばれているものは、一日となりそうです。
では一日と呼ばれているものは何になるかと言うと、これは「一地」になりそうです。
地平線(大地/地球)は天球を一日で一周するからです。

しかし、月や地平線が天球を一周する周期は、厳密には一月や一日(一地)とは一致していません。
これらは、太陽が現在居る地点を基準としたものとなっています。
夜になるのは、地面が太陽に背を向けてる時ですし、満月になるのは、月が太陽の反対側に居る時です。
そして同じように太陽の一周を定義しようとすると、太陽自身がスタート地点であるため、
常にスタート地点に留まってる事になり、永遠に一周しません。

こう見ると結局の所、(元々の意味での)一月と一日に対し、一年は性格の異なる概念と言えます。
一年もまた、地球の歳差運動というものにより、厳密には天球上を太陽が一周する周期とは僅かにズレていますので、
そこも注意点かもしれません。通常の一年は太陽年、天球上を太陽が一周する周期は恒星年と呼び分けられています。

関連:地球と天球黄道・白道と赤道

2010.9.24-2022.12.30


月の誕生星座

「何座生まれ」と言えば通常、生まれた時の太陽の天球上の位置が元になっています。
しかし呪術的には、月の位置も重要なのではないかと思います。
僕の場合は太陽は水瓶座ですが、月は乙女座のようです。
以下のサイトで確認できます。
http://www.m-ac.com/index_j.html
生時分まではなかなかわからないのが難点ですが…。

また、星座の決め方は、大きくトロピカル方式とサイデリアル方式に分かれてます。
両者の違いは、星座の一巡り(恒星年)と季節の一巡り(太陽年)とが完全には一致してなくて、
星座と季節の関係が当時から幾らかズレてることによって生まれています(これは、地球が2.5万年周期の
首振り運動をしている事によって起こってるようです)。
それに対し、あくまで実際の星座の位置に基づく方式がサイデリアル方式、
「○月は○○座」のように季節に対して固定する方式がトロピカル方式のようです。

そして、一般的な「何座生まれ」はトロピカル方式に基づくようです。
トロピカル方式だと、星座の意味が無くなってしまうような気もしますが…。
ただ、トロピカル方式の場合は「春分点」という明確な基準を定義できるのに対し、
サイデリアル方式ではどこを基準にするか決めるのが難しく、
諸説分かれた状態になってるという問題もあるようです。

サイデリアル方式での結果は、以下のサイトで確認できます。
https://jyotishff.com/
このサイトではラヒリによる基準を採用しているとのことです。
僕の場合、こちらの方式では、太陽が山羊座、月が獅子座になるようです。

2010.6.25-2022.12.31


戊年の恵方

恵方の決め方について調べた事のあるかたで、戊年(および癸年)の恵方って適当臭いのではないかと、
思ったかたは多いのではないかと思います。
陽干の年の内、甲・丙・庚・壬については、それぞれの24方位(二十四山)における方角が恵方となってますが、
戊だけは土で中央なので方角が当てられていません。しかしなぜか恵方は丙の方角であるとされます。
なんだか、余り物を適当な位置に放置した感が否めません。

なぜ恵方がこのように決まったのかについては、専門家でもわからないようです。
恵方の方角にはどんな良いことがある? その由来と歴史

解釈としては、恵方は常に陽干の方角である点から、恵方という概念そのものが陽寄りであり、
方向を持たない戊の場合は最も陽である丙となる、という具合に捉える事もできなくもないと思います。
しかし、甲年の恵方が甲の方角なのに対し、甲よりも中性寄りであるはずの戊にあたる年の恵方が丙になるのは、
少々合わない気もします。

あるいは、丙の方角が歳徳神のホームグラウンドであるという感じの解釈もできるかもしれません。
恵方の変化を線で結ぶと、南→東→西→南→北→南という順番を辿っていて、
東と西はあまり寒くないから連続で出張に行けるけど、北は寒いのですぐに戻る必要がある、
という感じです。

戊年の恵方は再検討すべきなのではないかと思ってましたが、以上のように考えるとしっくり来るものも感じ、
その必要性は無さそうにも思えて来ました。
一応、考えていた代案としては、戊年は十二支よって恵方が決まる、というものでした。
戊辰年なら、辰が東寄りの方角であるので、同じく東寄りの方向である甲を恵方とする、という具合でした。
他、戊年の恵方は丙の方角として、癸年についてはその逆の壬の方角にする、というのも考えてました。

2018.1.10-2022.12.31


戊と己の方角

24方位(二十四山)においては、十干と方位が結び付けられています。
しかし戊と己だけは、土が中央に当てられている事もあり、該当する方角がありません。

それに対し、戊は天(真上)、己は地(真下)を指すというのはどうかなと思いましたが、
それだと、甲は東の上方、乙は東の下方とならないと筋が通らない気もします。
そこで他と同様、平面上の方向という線でも考えてみます。

二十四山は、十二支・十干・八卦の組み合わせとなっていますが、八卦は8つとも元々方位が当てられてるのに対し、
二十四山で用いられるのは乾・艮・坤・巽の4つのみです。他の4つは子・卯・午・酉と被ります。
これは裏を返せば、二十四山の中では既に使われている方向でも、戊と己に当てて良いという事です。

一番有力になるのは、南西と北東だと思います。
まず、土は四季においては、季節の境目に当てられて土用と呼ばれていますので、
それを方角に当てはめれば、南西、南東、北東、北西が土の方角となります。
この中で、東と南は陽、西と北は陰な事を踏まえると、陰陽の境目となる南西と北東が特に重要になりそうです。
実際、土用丑で有名の土用も、夏と秋の境目のものとなっていますし、
八卦においてもこの方角に当たる艮と坤に土行が当てられています。

どちらに戊を、どちらに己を当てるのかは難しい所ですが、
八卦の陰陽との兼ね合いや、陽への変化という点から、
北東(艮)を戊、南西(坤)を己とするのが妥当そうに思います。

ただ、これを恵方の法則にもそのまま当てはめると、戊年の恵方が鬼門になってしまうので、
そこは難しい所かもしれません。
恵方については今まで通り、戊の場合は特例という形でも良いようにも思います。

2018.2.5-2022.12.31


透明と青

「透明なものを青系の色で表現するのは、ドラクエのスライムの影響である」
という説が存在するらしいですが、これは間違いであると思います。
水は透明ですが、薄い青色をこれに結び付けて「水色」「AQUA」と呼ぶ風習は、
ドラクエ以前の遥か昔から存在していましたし、海や湖の色からの連想だろうと思います。
そして人が青系を「寒色」と感じるのは、水との結び付きがあってこそだと思います。

ただ、スライムの色としては、ドラクエ以外では緑をよく見かける気もします。
思えば、ドラクエのスライムは今でこそ青色という扱いになってたと思いますが、
元々は無色のイメージだったのかどうか、少し気になる点です。

2010.8.26-2022.12.30


土用の刻

五行を春夏秋冬の季節(四季)に当てはめる際、土は季節の移り変わり目(春と夏、夏と秋…の4箇所)に当てられ、
まとめて「土旺用事」、略して「土用」と呼ばれているという事はその道では有名ですが、
朝昼夕夜(四刻?)に当てはめる際はどうなるかというのはあまり語られてなくて、気になってます。

同じ法則の上では、朝昼夕夜の移り変わり目の部分に当てられる事になりそうです。
また、時刻には十二支が当てられていますが、この内の丑・辰・未・戌には土が当てられていて
(異論もありますが、少なくとも3件以上の異なる筆者による資料でそう記載されています)、
これらはちょうどその境目くらいに位置(1:00〜3:00、7:00〜9:00、13:00〜15:00、19:00〜21:00)に属しています。

丑・辰・未・戌の刻を土の時刻とするとして、これらをまとめた土用に対応する呼び方は無いのかというのも気になります。
特に無いならば、時刻の土用版という事で「土用刻」「土用の刻」とするのはどうかなと思います。
「土用」という語には特に季節に限定する意味合いも無さそうですし、季節の土用も本来は「土用季」等と呼んだほうが妥当そうな気もします。
或いは「土件」等、「土○」という形式で新しい語を作るのも有りだと思います。

2008.11.29-2022.12.31


八卦とアルファベット

八卦に対応するアルファベットを設けたら便利そうに思い、 八卦の八つの漢字のピンインを書虫で調べてみた所、
ちょうど「坎」と「坤」以外はイニシャルがバラバラとなっていました。


という具合です。
「坎」と「坤」がKで被ってしまうのが問題ですが、「坤」は「乾」の対である事と、
一般的な意味での「乾」の対と言えば「湿」になる事から、仮に「湿」で代用する事ができそうです。
そして「湿」のピンインのイニシャルはSであることから、以下のようになります。


これは使えそう?
被ってるのが他の字だった場合は、対策の難しい所でしたが、ちょうど「坤」だったのが良かったです。
或いは、「坎」について、「離」に対して「結」を借りればJ、「合」を借りればHとなります。



ただし、易学入門by学易有丘会さんによれば、 この「離」は本来くっつく意味合いで用いられたとか。
また、サイトによっては、ピンインの候補がもっと出て来ますので、注意してください。
十干や十二支についても考えたい所ですが、




という具合でだいぶ被ってます。
この場合は、代替の漢字を考えるのは難しそうです。

余談ですが、僕は「ぜんはっけ」「ぜんじっかん」「ぜんじゅうにし」で、 それぞれの全てのものが表示されるよう辞書登録しています。
結構便利です。字を出す事自体、通常の変換ではなかなかできませんしね。
単なる「はっけ」等で全部出るようにしてしまうと、普通に「八卦」等と出したい時に煩わしい事になりますので注意です。

*参考
ピンイン(pinyin)変換サービス -- 書虫
漢字の中国語読み検索

2010.9.18


八卦と陰陽順序

八卦の並びとしては、

文王:乾坤震巽坎離艮兌(☰☷☳☴☵☲☶☱)
伏羲:乾兌離震巽坎艮坤(☰☱☲☳☴☵☶☷)

が有名ですが、八卦を陽から陰へ並べると、

乾巽離艮兌坎震坤(☰☴☲☶☱☵☳☷)

となるのではと、個人的に思います。伏羲の並びと同様の、二進数の並びですが、少し違ってます。
これは主に八卦の生成の話に由来します。

まず、五行の生成や八卦の生成の図については、もう見飽きたって人は多いと思いますが、その二つの図に
相容れない点がある
事はご存知でしょうか? よく比べてみてください。

太極
(両儀)
太陽少陰少陽太陰(四象)
(八卦)

太極
火行木行金行水行
土行

なお陰陽五行においては、火と木は陽に、水と金は陰に分類されます。
それは、以下の季節や方角との対応から見ても、感じ取れる所だと思います。

火行木行土行金行水行
(土用)
中央西

おや?と思う所は無いでしょうか。
八卦の図において、少陽と少陰が有りますが、名前からして、少陽は陽、少陰は陰のはずです。
つまり八卦では、陽が陽(太陽)と陰(少陰)に、陰が陰(太陰)と陽(少陽)に分かれてます。
陰の部分を吐き出す事で、更に陽度を高めるイメージです。数式にすると丁度、2=3+(−1)と解釈できると思います。

対する五行の図では、陽が陽(火行)と陽(木行)に、陰が陰(水行)と陰(金行)に分かれています。
暑い季節を、暖かい季節と猛暑の季節とに分類する具合で、「上の上」「中の下」的な分け方です。
式としては、3=1+2または2=(1+3)/2という感じで解釈できると思います(質×量で考えたのが前者、
質のみで考えたのが後者という感じです。/2は平均です)。

結局、陽の中の陰について、五行においては陽の内なのに対し、八卦においては陰の内なのです。
八卦と陰陽五行はよく絡められますが、こんな不整合が見逃されているのでしょうか。

それは兎も角、四象を陽から陰へ並べれば当然、
太陽>少陽>少陰>太陰
となるわけですが、図中の並びは
太陽 少陰 少陽 太陰
となっています。すると八卦の八つについても、図中の並び(即ち伏羲の並び)では、陽陰順(陽→陰の順)には
ならないはずです。さもなくば、
少陽の中の陽(巽)<少陰の中の陰(震)
になってしまいます。これは変でしょう。

そこで、この法則に倣った場合、八卦の陽陰順がどうなるかを検討します。
まず、四象から普通に考えれば、

乾(太陽中の陽)>巽(少陽中の陽)>離(少陰中の陽)>艮(太陰中の陽)
兌(太陽中の陰)>坎(少陽中の陰)>震(少陰中の陰)>坤(太陰中の陰)

となるはずです。
次に、陽中の陰が陰なら、少陽中の陰(坎)は陰で間違いないでしょうが、太陽中の陰(兌)はどうなるのかが問題になります。
ここで、四象でも八卦でも、
−2、−1、0、+1、+2
のように、等間隔に並んでるものだと解釈します。8つなので、
−7、−5、−3、−1、+1、+3、+5、+7
という具合で、これに各卦が当たる事になります。四象が等間隔である事から、乾巽離艮と兌坎震坤も等間隔に
並んでると考えます。+7に当たるのは乾以外には無いでしょうので、乾巽離艮に当たるものとしては、
+7、+3、−1、−5
+7、+5、+3、+1
の、どちらかになります。しかし、陰中の陽が陽であるのなら、少陰中の陽である離は陽のはずなので、後者に決定します。
これにより、太陰中の陽である艮も、陽である事がわかります。兌坎震坤も同様にして、結局

乾>巽>離>艮>兌>坎>震>坤

の並びが出来上がります。
説明はインチキ臭いですが、もう少し算数的にしっかりしたやり方もできると思うので、得意な人は試してみてください。
更に、太陽は+6、少陽は+2、少陰は−2、太陰は−6、陽は+4、陰は−4、太極は0と見なせます。
陽を+1、陰を−1と見なしたい場合は、全体を1/4すれば良いです。

次に、八卦に対応する自然を考えた時、この並びにまずい点が無いか、見てみます。
まず、伏羲の並びと今回の並びを、そのまま自然に置き換えてみます。

今回:天風火山沢水雷地
伏羲:天沢火雷風水山地

火と水は共に同じ位置にあり、普通に火の方が陽となっています。
一方、山と沢、雷と風は入れ替わっています。
ここで、山と沢では、明らかに山が陽であると思います。沢というのは、エレメントとしては馴染みが薄いと思いますが、
山に対する、川や谷という解釈で良いと思います。水の無い川の跡のようなものでも沢と呼ばれる事があります。
つまり、山(艮)が陽に、沢(兌)が陰になってる点、伏羲の並びをそのまま陽陰順と解釈した場合よりも、
今回の並びの方が尤もらしいと言えると思います。

でも、風>雷になってる点は、難しいかもしれません。普通なら、眩しく火を生じる雷は陽になり、
風は我々的には、夏は涼しさを、冬は寒さを運びますし、しかも目に見えないので陰となりそうです。
デカルトの夢の場合は、風が陰、雷が陽の属性を持ってるように見えます。
雷は、暗雲に繋がるのかもしれません。月が陰とされるのと似た感じで。
風も火を強めたりしますし、透明で明るいイメージや、雲を散らして日をもたらすイメージもあるのかもしれません。
密教かインドでは、地<水<火<風<空となってる様子ですし。

2010.5.22-2014.5.14


八卦と上下反転

八卦の間の関係として、以下の相補のやつが有名です。

☰(乾) ⇔ ☷(坤)
☳(震) ⇔ ☴(巽)
☵(坎) ⇔ ☲(離)
☶(艮) ⇔ ☱(兌)

しかし、八卦の三つの爻は、上・中・下で別れてるもので、直線的な配置になってます。
それにより、

☳(震) ⇔ ☶(艮)
☴(巽) ⇔ ☱(兌)

という関係も、何らかの意味を持つ事にならないかと思います。
上下がわからない場合は区別できないわけですし。

2010.9.20


八卦の後天図の由来の個人的な予想

先天図はそれなりに解る配置ですが、後天図は、どういう原理による配置なのか解り難いと思います。
文王の並び(乾・坤・震・巽・坎・離・艮・兌)と魔方陣に基づくとは言われても、以下の通り、
そのまま魔方陣に当て嵌めても合いません。



しかしここで、坎が水、離が火とされる事に注目します。
火と水は五行にも存在する要素であり、五行では、水は北、火は南であるので、離が真南(この場合は上)に、
坎が真北に来るように、元々そこにあった乾・兌と交換します。するとズバリ後天図になります。


あくまで勝手な推測です。
90度まわして離を上に持って来れば、坎⇔震での一回の交換だけで済んだようにも思うのですが、
最初と最後の数(1と9)は真上か真下に来た方が綺麗だと思ったのでしょうかね。
文王の並び自体は、陰陽が反転の関係にあるもの同士をペアにして固め、全、一、二、三という具合に並べたものだと思います。
八卦の記号⇔名前⇔自然が、どういう道理と順番で組み合わさって行ったのかという所も気になる所ではあります。

成り立ちも謎で汚く見える後天図ですが、なぜかこちらの方が、先天図よりもポピュラーな様子なのですよね…。
巽をたつみ、乾をいぬいと読む事が後天図に由来している程です。
普通八卦に使われる図と言えば後天図みたいですし、陰陽大戦記でも後天図が採用されてます。

その上、この後天図を元に、各卦に五行も配当されます。
陽全開であるはずの乾(天)が、陰性の金行になったりと、妙な事になります。
陽極まって陰となるという話と絡められなくもないのかもしれませんが、天が陰で地が陽となり、陰陽説には反してしまいます。

個人的には、先天図の元になってる伏羲の並び(乾・兌・離・震・巽・坎・艮・坤)で魔方陣に当て嵌めた方が、
理に適ってると思います(下図)。


これなら、五行に合わせての調整をしても特に問題無さそうです。
尤も、魔方陣の5を無視してしまう点、魔方陣を持ち出す事自体が強引かなとも思いますが。

ただ、後天図も、普通に考えて土に直接繋がる坤(地)と艮(土)が、土用的な位置にあり、しかも対極になってて、
土行を当てるに都合の良い点、乾と坤が、中段を挟んで対称の所にある点、震と巽が唯二で木行になる点なんかは、
多少はうまく行ってる所かなとは思います。

2010.5.22


ボーズとフェルミ

超対称性では、ボーズ粒子⇔フェルミ粒子とされてるようですが、フェルミ粒子は排他的なので粒子的で実で剛、
ボーズ粒子は重合可能なので波動的で虚で柔な感じがします。
(自分は「ボーズ粒子」で習った覚えがありますが、「ボース粒子」と呼ぶ方が一般的みたいです)
しかし、スピンはフェルミ粒子が半整数で、奇数→虚数、ボーズ粒子が整数で、偶数→実数となり、イメージの逆転が起こっています。

また、陰陽説では、奇数⇒陽、偶数⇒陰、剛⇒陽、柔⇒陰とされているようです。
あと、ボーズは坊主で男性的、フェルミはフェミで女性的な名前ですね。

2008.11.20-2014.4.20


60進法の話

60進法というのは、60秒で1分、60分で1時間てあれですが、 なぜ60なのかについては、2〜6で割り切れる便利な数だからなのではないかと、 多くの人が予想しているのではないでしょうか。
でもどうも、一年間の月の満ち欠けの回数が約12.37回という事に由来する十二進法と、 手の指に数に由来すると思われる十進法から来てるらしい様子です。
それでも、12も2〜4で割り切れる便利な数であるというのは、不思議な一致だと思います。
還暦も60年ですが、これは六十干支(十干と十二支の組み合わせ)が一回りする事によるものです。

更に、木星の公転周期も、殆ど12年(約11.86年)で、十二支はこれに由来するもののようです。
あえて木星を選んだ事は、結局十二進法由来の意図的なものじゃないのかと思えそうな所ですが、 天王星以降は未発見でしたし、水星〜火星は公転周期が1年未満〜2年と短いので、選択肢にできそうなのは木星と土星のみです。
その土星も、公転周期が約29.46年(29.53年とか29.66年て話も)で、約29年半です。 大雑把に言えば30年で、ちょうど60の半分であり、強引かもしれませんが意味深に思います。

一日の時間数である24は、5で割り切れないクセに8で割り切れる変な数ですが、 我々も日常では午前午後にまず分けてから12時間に分割するように、 24自体には大した意味は無く、昼と夜をそれぞれ12に分割するって意図かもしれません。ちょっと強引ですが。

このように、12は東西共に古くから重視されてるのに、12をズバリ表す漢字が見当たらないのは奇妙に思います。
60もそうかも。
英語や独語などでは、11と12までは、13以降に対して、個性のある名前だったりしてるのですが。

六十干支については、 十干と十二支を組み合わせると、10×12で120あるはずなのに、 性質上、12と10が2という共通約数を持ってる事から、 60の組合せのみになるってのが、個人的には気に入りません。 その辺が奥深さなのかもしれませんが。

一方、60には、正多面体に関する特性もあります。 正十二面体と正二十面体の辺の数は30ですが、方向も考慮すれば60です。 方向を入れるのは強引じゃないかって思われるでしょうが、 有向グラフって話もありますし、多面体を解体(正十二面体なら十二枚の正五角形に分離)した時の辺の数でもありますので、 そうでもないと思います(詳細はここでは割愛します)。 また、正多面体の面の形と数から辺の数を求めようとする場合には、辺の数の二倍の方が先に出て、辺の数を求めるためにわざわざそれを1/2にします。
立方体(正六面体)と正八面体の場合は、方向を含んだ辺の数は24になり、一日に一致します。 すると、単純に12×2で24だとも限らないのかも。ご都合主義みたいですが(笑)。 正四面体の場合は12になります。
正多面体は、3〜5角形で構成されてるので、その辺が関係してるのかもしれません。

ここで、正十二面体と正二十面体は双対関係ってものになってますが、 この十二と二十は、漢字で書くと、ちょうど前後をひっくり返したものになってます。 式で表すと、12=10+2、20=10×2です。 ちなみに、立方体(正六面体)と正八面体も双対関係で、6=4+2、8=4×2となり、正四面体は自己双対で、4=2+2=2×2となってます。
人間が何故十進法を使うのかは、手の指の数から来てるのではないかと、大抵の人が予想するでしょうが、 こう見るとひょっとして十進法にも、何か意味があるのかもしれないと思えないでしょうか。 まぁ、多分関係ないですが。 十干も十進法由来なんじゃないかと思いますが、知りません。 また、指の数が10なのに対し、十二進法は、 ウィキペには親指で他の四つの指の三関節を示す事で12を数えたって話が載ってますが、 手首も含めたから12って話を聞いた事もあります(俗説かも)。

面の形面の数頂点の
頂点の
辺の数辺の数
×方向
正四面体3角3方12
立方体4角3方1224
正八面体3角4方
正十二面体5角123方203060
正二十面体3角205方12
平面充填4角4方2n4n
3角2n6方3n6n
6角3方2n

4=2+2=2×2
6=4+2、8=4×2
12=10+2、20=10×2

・面の形と数(或いは頂点の形と数)から辺の数を出す
3×4=12(=6×2)
3×8=4×6=24(=12×2)
3×20=5×12=60(=30×2)

・多面体(正多面体とは限らない)に関する有名な式
頂点の数+面の数=辺の数+2

2008.11.15

角度の一周の360°は、60進法に一年の365日を掛けてるのでしょうかね。

2009.2.15


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