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■デジクリトーク

ふりだし長期滞在。


白石昇


●ふりだし長期滞在。

 白石昇です。こんにちは。ご無沙汰しております。こっちは雨期が明けて肌寒いです。そういうわけで前回までのあらすじは以下。
 



 椰子畑隣のアパートメントに引きこもって半年、泰国ベストセラー書籍の日本語訳を収入がないまま続け、ようやく下訳完了までこぎ着けた白石昇は、それを日本語書籍市場に蹴り込むために原書出版元に電話した。しかし長らくの引きこもり生活による電話での泰語会話がボロボロになっていたために担当者に軽くあしらわれる。

 自業自得の職業馬鹿に、果たして未来は見えるのか?



 

 電話してから一週間経っても出版社の担当者から何の音沙汰もなく、振り出し状況は何も変わりませんでした。とりあえずわたしはこの激烈な閉塞状況を打破するべく何度か電話を掛けてみたのですが、担当者どころか誰も電話に出ないのです。本当にこの会社は五年間で三十刷以上のベストセラーを出版している会社なのでしょうか?

 と、わたしがすっかり懐疑的になっていた頃、ようやく電話が繋がりました。運良く、前回と同じ担当者でした。と言うかもしかしたらこの会社一人しかいないのかもしれません。担当者様はなんとか一週間以上前に電話したカタコト日本人を記憶しておいてくれたようです。

 とりあえずまた一方的に待たされて再び同じ轍を踏んだりしないよう、担当者様からメアドをゲットし、メールでお話しすることにしたわたしはすぐに、本来ならば先に著作者に連絡するべきなのですが思うところあって泰国の出版社から出版したいが故に貴社に連絡を取った次第ですわたくしが作った翻訳のデータを見ていただきたいですそちらに伺っても良いです故のメールを送信いたしました。

 返事は翌日届きました。さすが最先端の通信技術、メール万歳です。



白石昇様
 翻訳は可能ですが、先に著作者の許可が必要です。それができたならうちで出版することができます。さもないとそれは違法であり版権侵害なのです。この事を頭に置いておいてください。(要約)


 素晴らしく投げやりなお返事です。わかりきったことだけが書いてあり、何一つ先に進むためのヒントが隠されていません。

 これではどう対処のしようもありませんが、ここでひく訳には行きません。

 わたしはすぐに、お返事有り難うございますおっしゃることは重々承知しておりますしかしながらわたくしには著者にアプローチするためのコネクションがありませんどのように致したらいいのでしょうか貴社で紹介していただくわけにはいきませんでしょうか仮にできなかったとしたら著作者が経営しているお店に手紙を持ち込むくらいの方法しかないのでありますわたくしには旨のメールで追撃したのです。

 返事はその日の夕方届きました。



やってみて下さい。(直訳)


 投げやりというようなレベルのお返事ですらありません。一行です一行。宛名も何もありません。間違いなくあちらはわたしをウザいと思っておられます。わたしは失意のどん底と共に再び振り出しに戻されたのでした。
 
 
 

 ああ一体いくつの河を越えるとボスに会えると言うんだい♪

 振り出しに戻ったわたしの頭の中でボブ・マーリィが『バーニング・アンド・ルーチン』を歌い出しやがります当然上記のような直訳日本語ではなくジャメイカ訛りの英語で。

 しかしここでひいたら泣いてしまいそうなほどにわたしは神経がシンジケートなので、とりあえず近所の工場に住む中国系の友人に相談いたしました。泰国の富裕層はほとんど中国系ですので、彼ならもしかしたら何らかのコネクションがあるかもしれません。

 なんとなく大人の手段のような気がして嫌ではありますが、致し方ありません。藝人として製作したものを無駄にするわけにはいかないのです。
 
 
 

 が、しかし相手は出す本出す本全て書店のベストセラー棚に並ぶほどの有名人。

 いくら友人の社会的地位が高くてもおいそれと連絡が取れるはずもありません。結局、わたしが手にすることができたのは友人の奥様が従姉妹の女子大生に調べてもらったファンレターの宛先だけでした。
 
 
 

 しかたがありません。こうなったらその住所に向かっての郵便テロ的手段を遂行するより他にありません。

 わたしは第一章の下訳を何とか読める日本語にした後、今まで使ったこともなかったようなDTPソフトを使って表紙とページのレイアウトを製作し、部屋で埃にまみれていた腐れプリンターを使って印刷し、翻訳許可を求める手紙と共に十一月十四日に書留で郵便局に投函したのです。

 しかし、当然のように一週間以上経っても著作者サイドからは何のコンタクトもありません。電話番号住所メールアドレスサイトのURLまであますところなく郵便物に記したというのに何一つコンタクトがないのです。

 山のように届くであろう読者からのファンレターに埋もれたり、よしんば開封して誰か日本人に読ませてチェックしていたとしても、一週間以内にはせめてメールの一通くらいは連絡があるはずです。

 これがシカトされたのだとしたなら、わたしにはもう直接ファンレターの住所に蹴り込むしか方法が残されていません。わたしはほとんどそのつもりで来週月曜日に蹴り込む計画を練りはじめました。直接相手宅に恋文を蹴り込む女子中学生のようにドキドキです。

 この計画には当然危険が伴います。もし、計画が実行されその結果わたしが事務所サイドからストーカーとして認知されたりしたなら翻訳どころではありません。当方客観的にはいささか前衛的なルックスをしているらしいので悲しいことにそうなる自信は多々あるのです。それだけならまだ失意にまみれるだけですむのですが、まかり間違って警察に通報されなどして拘置などされたらしたら、強制的に国外追放になり二度とこの国の土を踏RRRR
 
 
 
 

 「はいもしもし」

 「お手紙を送っていただいた事務所のものですが、責任者の方はいらっしゃいいますか?」

 「責任者?」

 「白石昇事務所の責任者の方です」

 「まぎれもなくわたくしです」

 「近いうちに出版の打ち合わせをしたいと思うのですが昼間はそこにいらっしゃいますか?」

という電話が昨日十一月二十四日にかかってきました。とりあえず忙しいので打ち合わせの日時等はこちらからメールで連絡しますとの内容で電話は切られました。

 しかし昨夜メールは届いていなかったのでもしかしたら偽物もしくはイタズラ電話かと思っていたのですが、今日再度電話がかかってきて、日時はまだ不明ですが来週中に最初の打ち合わせをしたいのですが忙しくて期日がはっきりしませんけど再び連絡しますと言って電話が切られました。

 どうやら著作者からの翻訳許可が出たようです。いえーい。

 つづく。

初出・【日刊デジタルクリエイターズ】 No.0990  2001/12/07.Fri.発行

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