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■デジクリトーク

販促宣伝方法。

白石昇

●販促宣伝方法

 儂の一存で、安価で出版するためとりあえず日本での書店販売は見合わせることになったものの、泰国では当然、出版元のルートで店頭販売されるはずだった。そのことについては儂に異存などはない。

 売れるにしても売れないにしても、仕事の結果はできる限り出版に関わった人間の身近にわかりやすい形であった方がいいのだ。

 とはいっても出版元も、著作者事務所も泰国の日本人社会にどのような情報媒体があって、書籍などの情報がどのような形で流されているまったくと言っていいほど知らない。

 そして重要なのは、いくら発行予定の出版社が大手で、著作者が超有名人であっても、日本語を読む人間の間ではほとんど無名だということなのである。

 泰国日本人社会と泰国社会、その間には文化的および言語的に深く大きな河が流れている。片一方の権威がもう一方で通用することはそうそうあるわけではない。それが視覚言語表現であればなおさらだ。

 しかし、本を買うのは日本語を読む人間なのだ。だから、結局のところ日本語を読める儂が泰国日本人社会へむけて出来るだけの宣伝をしなければならない。

 泰国にいる日本人はおそらく四万人くらいである。その四万人くらいがどのような形で泰国に関する情報を得ているかというと、泰国内発信日本語情報誌なのである。そしてその多くがいわゆるフリーペーパーなのである。

 しかし、ひきこもりの儂にはそんな泰国内発信日本語情報誌へのコネクションなどはなかった。というか儂は泰国内発信日本語情報誌なんて滅多に読まない。それどころか日本人の友人さえ少ない。

 なにしろここは首都圏工場地帯にある椰子畑隣のアパートメントなのだ。この町に住んでいる日本人は間違いなく儂だけなのである。バンコク都内とは何もかもが違うのだ。

 儂はとりあえず数少ない日本国籍の友人に電話した。彼女の名前は犬巻カオル。
http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Kouen/3725/


 お下劣な原稿を書かせたら泰国日本人社会では右に出る者がいない有名著述業者で、こっちで発信している日本語情報誌二誌にレギュラーとして原稿を書いている。

 数少ない友人故に、彼女はまず儂の仕事が無事翻訳許可を貰えたことを喜んでくれた。

 儂はとりあえず一月に始まる著作者脚本製作演出の舞台チケットを彼女の分も購入し、そのレポートという形で泰国内発信の日本語情報誌に紹介記事を書く、ということを提案した。彼女は二つ返事でその提案を受け入れ、紹介記事を書くことを自ら日本語情報誌の編集サイドに掛け合ってくれることになった。

 受話器を置くと、まるで待っていたかのように、彼の舞台チケットが明日から販売開始、というラジオコマーシャルが流れはじめた。まるで儂にプレッシャーをかけてでもいるかのように。

 一番安いチケット二人分で六百バーツ。おそらく在泰日本国籍の人間の中では、間違いなく生活費が最下層である儂にとっては大きな出費であるが致し方ない。出来るだけ発売と同時に泰国在住の日本人すべてが発売されたことを知っているという状態にしたいのだ。

 そのためにはそれくらいの出費は致し方ない。

 著作者が招待する、とは言っていたが、出来れば正当な客として木戸銭を払って舞台を観覧したかった。

 そもそも、儂は意味不明な下訳を提出して手紙を三通書いただけで、まだ向こうの利益になるような仕事の結果は何一つとして出していない。しかも、著作者サイドはその意味不明な下訳の日本語としての内容さえも確認していなのだ。

 要するにまだ、招待してもらう筋合いなどないのだ気分的に。

 儂はチケット発売日に、前回ボランティアでアシスタントをしてくれた大学生に電話した。チケットを押さえて貰おうと思ったのだ。儂はラジオから流れてくる電話番号を彼に告げる。

 しかしガンガン耳障りなくらいに儂にプレッシャーをかけ続けていたラジオコマーシャルは、発売当日の昼くらいにピタリと止んだ。

 儂は再び大学生に電話してみる。

 だめだよお買えないよお五時間でもう売り切れだって、

 大学生は弱々しい物言いでそう言う。

 しかたがない、こうなったら事情を話して著作者サイドに切符を用意して貰うしかない。気分的に筋違いだが致し方ない。人気がありすぎる著作者がいけないのだ。

つづく。

初出・【日刊デジタルクリエイターズ】   No.1080 2002/05/13.Mon.発行


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