「名による」音楽
 皆さん、フランスの作曲家モーリス・ラヴェル(Maurice RAVEL, 1875-1937)をご存じですか?
 私の敬愛する作曲家の一人で、数多くの名曲を残しています。
 「ボレロ」や「亡き王女の為のパヴァーヌ」は有名なので、聴けばわかる方も多いと思います。
(ちなみに「展覧会の絵」はラヴェルの"編曲"で、作曲はムソルグスキー(1839-1881)です。)

 で、ラヴェルの書いたピアノ曲に「ハイドンの名によるメヌエット」というのがあります。
 これがなかなかおもしろい方法で作られてるんです。

 ※このページでは音名の知識が多少なりとも必要です。さっぱり解らない方はこちらに目を通していただくとよいかと。



 まずは簡単に解説。
 ハイドン没後100年にあたる1909年、当時のフランスの音楽雑誌(国際音楽協会(S.I.M.)誌)が、ハイドン記念号を発行する際、 ラヴェルを含む6名の作曲家にハイドンにちなんだ曲を依頼します。

 その企画のためにラヴェルが書いたのが「ハイドンの名によるメヌエット」です。
 この曲は「ハイドン(Haydn)」の名前を音名に読み替え、その音列を使用して、作曲されています。
 名前を音に読み替えるなんて、暗号とかが好きな人(私です)にはたまらんですな(笑)。



で、その読み替えかたですが・・・。  ご存じの通り、英語音名ではアルファベットのA〜Gが使われています。こんな感じ↓。

ファ
A B C D E F G

 で、H以降を、以下のように当てはめていきます。

ファ
A B C D E F G
H I J K L M N
O P Q R S T U
V W X Y Z

 さて、Hはドイツ音名では「シ」を表します。せっかくなのでHは「シ」とします。
(ちなみにフランス音名はUt・Re・Mi・Fa・Sol・La・Siです)

ファ
A B C D E F G
H
I J K L M N
O P Q R S T U
V W X Y Z

 さて、この方法でみるとハイドン(HAYDN)は、「シラレレソ」となります。
 で、実際の「ハイドンの名によるメヌエット」の冒頭部の楽譜。



 メインの旋律の最初5音が「シラレレソ」となってますね。すばらしい。

 ところで、この曲の楽譜には以下のようなものが欄外に書かれています。



 ト音記号がひっくりかえってますね・・・。
 そう、ラヴェルは、ト音記号をひっくりかえして読んだ「レソソドシ」も素材として使っています。
 さらに、「シラレレソ(HAYDN)」の逆「ソレレラシ」も使われています。
 「レソソドシ」の逆「シドソソレ」も考えられますが、実際には使われていません。

 さて、こんな方法で書いた曲なんて実験的で、面白みのない音楽なんじゃないかと思うかもしれませんが、この曲、かなり良いです。
 幸い(不謹慎やな〜)ラヴェルの死後50年以上経って著作権切れてるので、MIDIデータを載せておきます。聴いてみてください。

「ハイドンの名によるメヌエット」MIDIデータ(6KB)
※打ち込みの精度は低いです。



 さてさて、こんなおもしろい作曲方法を見つけてしまったラヴェルは、 1922年に「フォーレの名による子守歌」というヴァイオリンとピアノの為の曲を書いています。

 実はこれも音楽雑誌の企画で、フランスの音楽雑誌「ルヴュ・ミュジカル」がフォーレの特集号を発行する際、 ラヴェルを含む何人かの作曲家に、フォーレにちなんだ曲を依頼しました。 で、ラヴェルが書いたのが「フォーレの名による子守歌」。
 同じような企画に、同じやり方で作曲するとは、もしかしてやっつけ?(笑)

 関係ないけど、この時代の音楽雑誌は、企画でラヴェルに曲書いてもらえるんですね。うらやましい・・・。
 


 さて、ハイドンの時はHAYDNの五文字だけを使用したわけですが、今回はなんとフルネームです!!
 フォーレのフルネーム「Gabriel Faure」をさっきの方法で読み替えると「ソラシレシミミ・ファラソレミ」となります。 (ちなみに正確には、Faureのeはウムラウト(字の上の点)つきのeです)
 で、曲の始めのヴァイオリンのメロディがこれ↓。



 そのままですね。名と姓の間でちゃんとフレーズが切れてるのがにくい!
 で、この楽譜にも欄外にこんなものがあります↓。



 こんどはヘ音記号がついてますが、これは左から(ト音記号の方から)読むらしいです。
 「ファミレシレララ・ソミファシラ」ですね。
 こちらは中間部の後半あたり(33〜36小節)のヴァイオリンのメロディに出てきます。



 で、曲のクオリティですが、これもなかなかです。
 こちらもMIDIデータを載せておきます。

「フォーレの名による子守歌」MIDIデータ(5KB)
※やっぱり打ち込みの精度は低いです。



 さてさて、名前を音名に読み替えたのはなにもラヴェルだけじゃありません。

 (当時)ソ連の作曲家ドミトリ・ショスタコーヴィチ(1906-1975)も、自分の名前(のラテン文字表記表記)「Dmitry Schostakovich」から、 姓名の頭文字「D」と「SCH」をとって、ドイツ音名の「D・Es・C・H(レ・ミ♭・ド・シ)」に読み替え、 自分の曲でこの音列を使っています。またイニシャルだけの「DS(レ・ミ♭)」も各所で使用しています。
 またショスタコーヴィチは交響曲第10番の中で、当時親しかった女性エルミーラ・ナジーロワ(Elmira Nazirova)の名を、音名に読み替えています。
 ここでは、E=E、L=La(ラ)、MI=Mi(ミ)、R=Re(レ)、A=A(ラ)として、「EAEDA(ミラミレラ)」という音列をつくり、曲中で何度も繰り返されています。イタリア音名を使うとは、なかなか考えますね。



 さらにかの大作曲家J.S.バッハ(1685-1750)も自分の名前「BACH」をドイツ音名に読み替えて(シ♭・ラ・ド・シとなる)、曲の中で使用しています。
 こんな昔から・・・。さすがやわ。


 オーストリアの作曲家アルバン・ベルク(1885-1935)も、自分のイニシャル「AB」(フルネームはAlban Berg)と愛人ハンナ・フックス(ちなみに人妻・子持ち)のイニシャル「HF」(フルネームのスペルわからず・・・)を音名に読み替え(ラ・シ♭とシ・ファですね)、 「抒情組曲」の中で使っています。公にはできない二人の愛を曲の中で表現したとか・・・。ようやるわ。

 ドイツの作曲家ロベルト・シューマン(1810-1856)もやってました。
 (当時の)恋人エルネスティーネの故郷アッシュ(Asch)を読み替えて(ラ・ミ♭・ド・シとなる)、「謝肉祭 作品9」の中で使用しています。
 なお、ASCHの四文字はシューマン自身の名「Schumann」にも含まれている(と、シューマン自身が言ってる)。



 さらに、ASCHはロシアの現代作曲家アルフレート・シュニトケ(1934-1998)の名「Alfred Schnittke」の姓名の頭文字でもあり、やはり曲中で使っている。

 ラヴェルと同時代のフランスの作曲家クロード・ドビュッシー(1862-1918)も、ラヴェルと同じシチュエーションでハイドンの為の曲「ハイドン賛歌」を書き、そのなかで「HAYDN」の音列を使用している。
 こちらはラヴェルの作品とは大分印象が違います。でもいい曲。

 こうみてくると、SはEs、つまりミ♭に読み替えるのが一般的か?
 Bは、ラヴェルは「シ」としたけど、ドイツ音名なら「シ♭」で、バッハはそっちをとってる。
 まあ、作りやすい方を選んでるんでしょうね。


 話はどーんと飛びますが、日本音名ってありますよね。「イロハニホヘト」です。
 ということはアルファベットに限らず、日本語でも音名への読み替えが出来るわけです。
 これが対応表↓

ファ

 「ヰ」やら「ヱ」やらありますね。
 いろは歌が作られたのが平安くらいの頃だから、古文表記にしないといけませんけどね・・・。

 で、現代日本人には五十音順で並べた方がわかりやすいので、五十音順の対応表を。

F A A H C G H H G A
D H F H D A G C A
D D H D C E E G C
A C E F F G D C F
E H A C E E G D E F
※ドイツ音名で表記しています。



自分で書いといて何だけど、日本語版、誰か使うのかな〜(笑)。
(↑使いました。自分で(笑)。)
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