【グァム1(入国編)】
AOWAOW Essay.


 

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【セブ島の子供達を学校へ】
特定非営利活動法人プルメリア



  • File No.62【グァム1(入国編)】

    義弟の結婚式 がグァムであるというので、我が妻の親戚一同は「グァム結婚式ツアー」に参加する事になった。ご多分に漏れず私も同行する事になったのだが、世間ではこれを「便乗」というらしい。海外旅行へは、妻とのハネムーンでオーストラリアに一回、バリ島に一回、そして今回のグァムで三回目となる。あまり飛行機は好きでは無いのだが海外旅行は大好きだ。ちなみに一番キライなのは「船」、だから船でしか行けない伊豆大島や佐渡島などの海外へは一生行けないとあきらめている。

    今回のグァム での結婚式には新郎新婦の大学の友人が成田空港から、新婦の親戚は九州は福岡空港から、そして我が新郎の一族は静岡だから名古屋空港からの便で、それぞれ現地グァムに集合という段取りになっている。さて静岡組一行は正午にチャーターしたバスに乗り名古屋空港を目指した。この時期は東名高速道路の集中工事があるのでフライトは夜の8時なのだが、遅れてはならないと余裕をもって出発したのである。

    案の定、名古屋空港に着いたのは午後5時頃であった。静岡から名古屋へ行く方が日本からグァムへ行くよりも時間がかかるのである。空港へ到着すると、搭乗受付まで一時間くらい時間があったので名古屋空港の中を子供を連れてウロチョロしてみることにした。

    名古屋空港 へは初めて来たが、成田に比べてなんと狭い空港だろうと驚いた。これなら子供達を放し飼いにしても大丈夫であろう。子供が「飛行機が見たい」というので屋上の狭い送迎デッキへ上り入ろうとしたら、デッキに入るだけで大人100円子供50円もするのである、見るとお金を入れてから動物園に入る時の様な三本の棒を押して入場するタイプのゲートだったので、100円だけ入れて小学3年と幼稚園児の二人を抱えて入った。しかしバチが当たって飛行機が落ちたら・・・と心配になって、やっぱり子供の分の50円を入れて、わざわざカウントする棒だけガチャガチャ回す小心者なのであった。

    時間に余裕 があったので、円をドルにしようと両替コーナーへ行くと、両替所はCD機が置いてあり、隣りに操作してくれるお姉さまが立っておられた。親切にいくら両替するかを聞いてお金を預かり、CD機に入れて手際よく両替をしてくれた。考えてみれば両替の操作を知らない人が多いわけだから、お姉さんがいなければたちまち長蛇の列になってしまうのであろう。聞くところに依るとグァムで日本円を両替をするのは、とてもレートが悪いそうなので、一応10万円は銀行で両替したのだが、余裕を持って後5万円程ドルに替えておくことにした。二階には食堂や土産物屋が有り、各国のお土産品や定番チョコレートなどが売られていて、別に外国まで行って買わなくても空港で買えるのである。これなら「なんちやって世界一周」も可能だなぁ〜と、思うのであった。

     


    さて受付が 始まる時間になったので、一行は荷物をエックス線検査のゲートのコンベアーに入れては受け取り、JALカウンターへ向かった。今回利用するのはコンチネンタル・ミクロネシア航空でJALではないのだが、何故かカウンターはJALなのであった。カウンターで搭乗券を貰い出国審査が済むと、搭乗までwaitingロビーで一服。免税店でタバコを買ったが、1カートン2400円のところ1600円。いかに税金が多いかがよくわかる。離陸30分前から搭乗がはじまり、いよいよ離陸。

    ウエディング便乗ツアーの一行を乗せたコンチネンタル・ミクロネシア航空972便DC10は、名古屋の夜空に飛び立った。旋回しながら上昇するので窓の外に名古屋の街明かりがとても綺麗に見えた。生まれて初めて飛行機に乗り、いきなり窓際に座った息子は「おぉー、おぉーママの車より速いよぉ〜」と、はしゃいでいる。ふと横の親戚のオバサンを見るとブレスレットタイプの数珠を握りしめていた。私はというと、数珠は持っていないので手に汗を握りしめて、心の中で「絶対に落ちるなよぉ〜」とつぶやいていた。

    私が飛行機が苦手になったのは 、何を隠そうガルーダ・インドネシア航空のせいである。新婚旅行でオーストラリアへ行った時はJALであったが、エアポケットに入ってもまったく飛行機に恐怖感などは感じ無かったのである。それがガルーダでバリ島へ行ったときの事である。出発は二時間も遅れるし(日常茶飯事らしい)、運転はヘタだし、妻はスチュワーデスにワインをこぼされて、エアコンが不調で寒いのに人数分の毛布さえ無く、私が毛布を頼んだ時には品切れであった。挙げ句の果てに揺れがひどくなると、なんとスチュワーデスが怯えて空いているシートへ座ってしまったのである、こんなにひどいとは思わなかった。乗務員さえ信頼していない飛行機では、いつか落ちるぞと思うのだった。そして、以来飛行機に対する信頼は無くなってしまっていたのである。

    しかし、コンチネンタルは大丈夫であった。しばらくすると高度も上がり、エンジンの音だけが聞こえるだけで揺れもなく、ホントに飛んでいるのかな状態になったのでホッと一息。さすが日本人観光客がほとんどと言われるグァムへの直行便、スチュワーデスさんも日本語がペラペラだ。離陸するとさっそく「米国E/D(査証免除者用)カード」と「米国関税申告書(航空会社によって様式が異なるそうです)」と入国調査書(?)をスチュワーデスさんが配ってくれた。

    緑色した細長い米国E/Dカードはあらかじめ貰って記入してあったので、入国調査の紙に家族の名前(6名まで記入出来る)や、旅券番号、生年月日などを記入し、ついでに数珠を握りしめている親戚のオバサンの分も記入する。生年月日を間違えたり、家族ではないオバサンの分も書いたが、ミスっても別に構わないみたいである。順調に飛行機は太平洋上を飛行している様だが、夜のフライトなのでこれと言って見るものは何もない。


    生後四年モノの息子は 東名高速道路の渋滞中、ずっと寝ていた為に元気いっぱいである、中央のスクリーンに映し出される動物映画には興味が無いらしい。それよりも機内最後部のトイレが気に入ってしまった様で、用もないのにトイレに行きたがる。最後部のトイレは特に狭く、ドアを閉めてカギを閉めると点灯する照明や、一際大きく聞こえるジェットエンジンの音で、戦闘機のコックピット気分を味わっている様子なのだ。便座に座って「かっこいいねぇー」とご満悦である、ぜんぜんカッコ良くはないのだが・・・。機内食を食べて頻繁にトイレへ行っている間にグァムに近づき、シートベルトのランプが点灯した。

    グァムまでは4時間くらい。 オーストラリアの10時間に比べればアッという間である。親戚のオバサンは再び数珠握りしめ体勢に入った。私は飛行機に慣れて、というか、機内サービスの水割りでもって気が大きくなっていたので、オーバーランでも胴体着陸でも何でも来い状態であった。高度を下げてグアム上空で旋回を始めると夜の夜景(あたりまえだ)が、とても綺麗であった。到着すると少し坂になっている長い動く歩道を下り、いよいよ入国審査である。

    事前に調べた海外旅行マニュアルによると「How long are you staying?」と聞かれたら「5days」、「What's the purpose of your visit?」と聞かれたら観光だから「Sightseeing」と答えるのである、機内でリハーサルもしたので完璧である。気合いを入れて真っ先に審査へ向かい、優しそうな黒人のオバサン係官のボックス前に行くと、ニッコリ笑って手招きしてくれた。さっそく家族4人で係官の前に並ぶと黒人係官のオバサンは言った「はじめて?」「はい」「何日?」「五日・です」「かんこー?」「はい」「楽しんで来てね」「あ、ありがとうございます」。なんだぁ!日本語じゃねーか!せっかくリハーサルまでしたのに・・・。本当にここはグァムなのか?。

    到着ロビーへ出ると、 そこはいきなり「夏」であった。10月のグァムは、丁度雨期と乾期の間であるが、先日台風が去ったばかりなので、とても気持ちが良い暑さというか、わずか4時間で夏に逆戻りして真夜中でも23度くらいはあるので、やっとグァムを実感したのであった。ツアー会社の現地の人が「佐藤様ご一行はこちらでぇ〜す!」と手招きして皆を呼び集め、ぞろぞろとバスに乗り込むと、クーラーが寒いくらいに効いていた。バスは当たり前の様に右側を走って本日の宿泊先であるGUAM−HILTONへ直行した。

    ヒルトンは空港からは最も近いが、グァムの観光の中心地であるタモン湾の外れにある。深夜1時過ぎにチェックインを済ませ、これからお世話になる6階の部屋まで行こうとエレベーターへ向かうと二機あるエレベーターの内一機が故障していた。う〜む、ヒルトンにしてはボロい。乗り込んで6階のボタンを押し、ドアを閉じるボタンを押してもなかなか閉まらなかった。う〜ん、これは万が一の事も考えて非常口だけは確認しておいた方が良さそうである。

    ヒルトンといっても、 新館と旧館があり、旧館の方の部屋は、綺麗なのだが年期がはいっていた。少々不安になったが部屋に入りバルコニーへ出ると、タモン湾の浜辺からホテル群、そしてその先の岬まで一望できる夜景に、しばし我を忘れて見入ってしまった。タモン湾の外れで旧館の少し寂しい場所なのだが、景色だけは最上級である。眼下には、池や4つのプールやジャグジーが水中のライトアップによって美しく浮き上がっている。庭には至る所にタイマツの様に燃えるガス灯が揺らめいている。ああ、やっぱりここは南国グァムなのだ。異国なので当たり前なのかもしれないが、異国情緒は満点である。

    ただ・・・、部屋のベッドが小さい。ヒルトンのパンフレットの写真では、とても広い部屋に見えたのだが、その理由が今判った。そう、ベッドが小さいせいだったのである・・・「やられた」。しかし外人なんて、このベッドでは皆足が出るハズだ。グァムへの観光者の9割近くが日本人というので、日本人向けに小さいベッドにしてあるのだろうか?・・・アヤシイ。しかしこれで、このあと3泊は、ずっとベッドから足をはみ出したままで寝なければならなくった。そして娘は2回、息子は7回、このベットから墜落する事になるのであった。ちなみに子供達がベッドから墜落したのは、単に寝相が悪いという説もある・・・。

     

    つづく


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