余談 (朝日新聞について)
朝日新聞について、ひとこと付言しておく。
「朝日は読者を特定の方向に導こうとするので、けしからん」
という意味のことを書いた。実は、このことは、必ずしも悪いわけではない。
権力というものは、横暴になりがちだし、それをチェックするものがあるとしたら、マスコミぐらいしかないだろう。その意味で、権力のチェック機関としての報道は、許容される。読者に警鐘を鳴らし、目を覚まさせようとするわけだ。バカ騒ぎのバラエティー番組ばかりやっていて、国民を白痴化させる民放に比べれば、朝日はよっぽどマシだろう。(NHKよりははるかに劣るが。)
ただ、権力への批判者としての報道ならば、中和作用として許容されるが、権力が何も言っていないときに、または、世論が割れているときに、「こっちの方向へ導こう」なんてのは、論外である。
文字コードの議論では、どうか。「JCS(という権力)の暴走を食い止める」ために報道するなら、称賛されるだろう。 しかし事実は、逆だ。 JCS案には問題点があるのに、それらの問題点をすべて隠蔽し、事実を糊塗し、権力の提灯持ちになっている。
こういう「御用新聞」みたいなのは、私は、好きじゃないですね。ま、それでも、「自分は御用新聞だ」とわきまえているのならともかく、自分を「反権力で民主的だ」なんて錯覚して、自己陶酔してもらいたくないものだ。
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