幸せを運ぶ悪魔

 よーし会社の仕事も終わった。さてと、どっか遊びに行きたいなあ…、でも金もないしなあ、そう思いながら家に向かって道を歩いていた。
「なんで、こんなに頑張ってるのに、金がないんだろう?」
そう思うぼくの目の前すれすれを、見せつけるように高級外車が通り過ぎる。
「危ないやないか、アホが!」
しかし、その車は無視して走り去った。
「いつか大物になってあんな奴見返してやる!」
機嫌が悪かったせいかそう叫んでしまった。そんな時、突然後ろから声を掛けられた。
「なあ、あんた。苦労してるみたいじゃの、わしと契約しないか?」
「誰ですか、あんたは!」
不機嫌に思いながらも、一応振り返ってみた。そこには、スーツを着た初老の男が、青白い顔に笑みを浮かべて立っていた。

 「わしは悪魔、わしと契約すれば3つまでどんな願いもかなえてやるよ。それで幸せになれたら、それでよし。ただし、幸せになれなんかったら、その時はあんたの魂を地獄に連れて行くがな。」
はあ? 何言ってんだこいつ。どこぞの気違いか…?
「じゃあ、遊んで暮らせるだけの金でもくれよ…」
そう適当に答えて、その場を立ち去るために歩き始めた。
「金だね。契約制立だ…。」
背後からなんとなく不気味な声が聞こえたので振り返ったが、もうそこに悪魔と名乗った男の姿はなかった。…? オレは白昼夢でも見ていたんだろうか? 疲れてるのかなあ。はあ、とっとと帰ろう。そして、その日は何事もなかったのように終わった。

 しかし、その次の日から、ぼくの周りの状況がいっきに変わってしまった。宝くじで2等があたり、500万が転がり込む。競馬でも大穴があたり、いろんなところから金が転がり込み始めた。気が付いたら、預金残高も増えて1億ぐらいになっている。飲んでも遊んでも貢いでも、豪邸立てても、まだ金がある。働く気を無くしたぼくは、会社もやめて外車を乗り回す。まさしく、憧れの遊んで暮らす日々が続いていた。

 1ヶ月ほど経った夜、眠ろうとしていると、
「満足いただけましたか、一つ目の願いは…」
どっかで聞いた事のある声がした。目を開けるとそこにあの悪魔と名乗った男がいた。
「あ、あんたは…もしかして本当に悪魔なのか?」
「ええ、前も言ったはずですがね。わたしの力をもってすれば、お金くらい簡単なことですよ。願いはあと二つあるが、どうする?」
「うーん、けっこう金持ちにはなったけど、なんか物足りないなあ。力が欲しいな、大きな権力が、ついでに、老いたくないから不老長寿もいいかな…」
「ふっ、これで3つの願いは全てそろったね。後は君次第だな、ハッハッハ…」
そう言うと、悪魔はすっと消えていった。

 それから1年、ぼくは世界のほぼ頂点にいた。1大陸全てを領土とする超大国の独裁者になっているのだ。ぼくの一言で、皆が動く、逆らうものは誰もいない。そして、自分が老いて死ぬ心配もない。人も物もなんでも手に入る。全てがぼくの手の内にあった。でも、何かが足りなかった。

 それからさらに1年が経った。自室で一人考え事をしていると、聞き覚えのある、不気味なあの声が耳に響いた。
「2年ぶりになるかな。迎えに来てあげたよ…。」
「迎えにきた? 何のことだ?」
「おや、忘れたわけじゃないでしょう、契約の内容を…。幸せになれなければ地獄へ連れて行くと…。」
「ないを言うんだ。オレは幸せだ!!」
「ほお、そのわりには虚しい目をしていらっしゃる。」
「……」
「辛い状況を努力して乗り越えて、本当に欲しい物を手に入れる喜び、どんなに頑張っても乗り切れない苦境で手を差し伸べてくれる誰かのありがたさ。自分が精魂込めてやった事が皆に認められたときの達成感…。そういった幸せを、私と契約した時に、君が自分自身で捨てたんじゃないか…。」
「……」

「さて、では行こうか…」

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