誰のせい?

 先日、新聞に少年同士の集団暴行で子供を殺された親が、ある加害者の親に謝罪を求めたところ、「子供が勝手にやったこと!」と開き直って答え、反省の色すらなかったという事が載っていた。
 これは出来事の断片でしかないので、詳しい事情は分からない。しかし、この加害者の少年の親があまりに無責任で、尋常でない神経の持ち主であることは、疑いないだろう。無論、事件の責任が最も重いのは加害者の少年自身であろう。しかし、親の責任はどうなるのだろうか? 人間の人格は幼少期から成長期にかけて親の影響で形成されるはずである。もちろん、成長し、社会に出るに連れ親以外の人間の影響を受けるようになっていくが、人格の基礎、善悪等の価値観の根本の部分は親の影響で決まるはずである。
 とすれば、事件の元凶は、加害者の少年を加害者、殺人者として育てた親の方にあるのではないだろうか? それでも、「子供が勝手にやったこと」と答えるような親なら、「子供が勝手に産まれてきて、勝手に犯罪者になった」とでも答えるのだろうか? もしそう答えた所で、子供は「勝手に産まれて来た」のではなく「親の勝手で産まれさせられた」のには違いない。
 見方によれば、加害者の少年も別の面では被害者かもしれない。なんとも無責任で、責任転嫁を生業とするような親に産まれさせられ、そんな人間に人格の基礎を作られたのだ。人を集団でいじめたあげく殺してしまうという行為は絶対許しようもなく、それ相応の報いがあって当然と思うが、それとは別に、その親の責任とその罪はどう報われるのだろうか?
 当の親本人は、自分が子供の不幸の元凶で、そのせいで子供が他の人を傷つけることになって、不幸と悲しみが連鎖的に広がっていっている、なんてことは気付いてないだろう。放っておけば、その子供がまた親と同じようなことを繰り返し、不幸と悲しみが連鎖していくだけだろう。
 だからって、嘆いたところで解決はしない。じゃあ、周りの人間が諌めるしかないだろう。加害者の罪を問い、無責任な親の罪を問う。そして償いをさせ、それ以上悲しみの連鎖が広がらないようにするべきであろう。「さわらぬ神にたたり無し」と知らん振りをしたり、学校などに責任を転嫁したりするようでは何の解決にもならず、逆に、自分達が悲しみの連鎖に巻き込まれるかもしれない。

 周囲の事件を他人事として無視し、物事の裏面を見ようとせず、挙げ句の果てに自分の責任をも「学校」や「社会」などになすりつける。そんなことを続ける限り、不幸と悲しみは生み出され、連鎖し、増殖していく…

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