教養っぽ〜く

 誰かが権威を持って言っていることを、そしてもっともらしく聞こえることを、その話、実はこうなんだ、と指摘するととっても物知りに見える。このときのコツは「検証不能な知識をひけらかすこと」である。検証できると思わぬ恥をかく。
 今回はそんな恐れを感じつつのお話。
  1.  十年近く前の日経新聞の記事によると、金融自由化が叫ばれたときの全銀協の会長であった三菱銀行の頭取が職を辞するとき「交響曲の中で最も長いといわれるマーラーの9番を聞き終えたような気分だ」と言われたらしい。
     これを読んで???と思った。まず、最も長いのはギネスブックによるとマーラー3番である。これは誰にでも検証可能な事実だ。さらに、マーラーの名前を出して教養を出したつもりなのかもしれないが、この言い方だと「長くて、大変だった、でもがんばった」というニュアンスしか感じ取れない。つまりこの人はマーラーを聞く必要性は感じていたものの、好きではなく、少なくとも楽しむことはできない、ことを吐露している。そもそも本当に聞いたのかも疑わしい。そういう人間にそれほどの教養を感じることはできない。
     でも、もし皮肉で言っていたとすれば大したものだ。

     ちなみに、ギネスブックは昔の方が面白かった。日本では講談社が出していた頃である。どうでもいいような記録が沢山載っていた。一編一編は短いから、どんなに頭が疲れているときでもすぐ読める。笑える記録も多いけど、でも書いていることは世界一。気分転換には最高の本。

     なお、私はここんとこ、エリック=サティのヴィクサシオンを聞かされているような気分である。タイトルの下の皮肉っぽい注釈をまじめに解釈したような演奏である。もちろん全曲聞いたことはない。(1分ほどのフレーズを840回繰り返させる。)

  2.  先週の日経新聞のコラムで、JR東海の社長がでケージの4分33秒を取り上げていた。最近友人から聞いた話を紹介という形であった。だから本人としては間違いを書いても伝聞だから仕方がないと開き直るつもりかもしれない。
     でも、あそこまで嘘ばかり書くのはどうであろうか。まず、ケージは4分33秒という曲を作ってはいない。ケージが作ったのは「省略」である。3楽章のピアノ曲で、
    第一楽章 省略
    第二楽章 省略
    第三楽章 省略
     となっているだけである。初演の時これらの演奏(?)時間が合計4分33秒だったから通称として4分33秒と呼ばれているに過ぎない。しかし、これについてはNHKも知らなかったし(白紙の楽譜をもったいぶって広げる演出が少なくとも2回)、コシチュだったかな、カサドシュだったっけ、CDの中に「4分33秒」という曲を演奏時間4分33秒で納めていたからやむを得ない誤解かもしれない。
     しかし、JR東海の社長は「ピアニストは弾くふりをするだけで」と更に追い打ちをかけている。実は演奏者は楽章の開始と共に「ピアノのふたを閉めた」わけで弾くふりはしなかったらしい。むしろ積極的に弾かないことを表明したのだ。でも、私自身演奏の現場に立ち会ったわけではないので間違っているのは私かもしれない。
     社長のとどめは「20世紀で最も有名なピアノ曲」と書いてしまったこと。これまでの話であれば、友人から聞いた話ということで友人に無知という不名誉をおっかぶせたので済むだろう。しかし、普通20世紀で・・・というと、ドビッシーの月の光とかサティのジムノペティ1番とか、が浮かぶものではないのでしょうか。(まてよ、ジムノペティ1番って20世紀の曲だったっけ・・・ととりあえずサーチエンジンを叩いてみるのがインターネット時代の態度という奴である。)

     確かに誰が書いたのか分からないWebを盲信するわけにはいかないとはいえ、何かの裏をとる程度のことは簡単にできるようになった。そうなれば、少なくとも全国紙にものを書くときにはちょちょっとサーチエンジンを使ってみる程度のことはやってもいいんではないだろうか、と思う次第。

     これを一番強く感じたのが、有珠山噴火の時。火砕流が起こっているかどうかが、ニュースの一つのトピックとなっていた。10年近く前とはいえ、雲仙普賢岳の火砕流は記憶に生々しい。でも、何か変だなとサーチエンジンで「普賢岳 火砕流」を検索した。  火砕流は「溶岩ドーム」が崩れるものと分かった。溶岩ドームが形成されていない有珠山で火砕流が起こるわけがない。
     裏をとるのがさほど困難ではなくなった時代においては、発言の正確性が今まで以上に当然と見なされるようになったことを知った。(なお、父親にこの話をすると、有珠山は昭和新山の近くだから溶岩の粘度は高いはず、溶岩ドームが形成されていたとしてもおかしくないんじゃないか、と言われた。参りました。Webでサーチしただけの私と、日本地図が頭に入っている父親の差はここにある。今後は、こういった差がクローズアップされてくることであろう。勉強になったなあ。)

  3.  今日の日経朝刊にジュリアナの扇子踊りを開発した人として荒木久美子さんが写真入りで紹介されていた。ほんとか?少なくとも最初に踊った人は紙製の青い扇子を持って踊ったはずだぞ。ジュリアナの冷房が壊れたのでディスコ側はしかたなく入場者に紙でできた扇子を配ったらしい。そして、それを持って踊った人がいた。ひょっとして荒木さんがその人かもしれないが、さらに扇子踊りを発展、定着させたのは彼女で間違いないのだろうが、最初たわむれに踊った人を無視したくはないなあ。
     ここまで来ると検証が不可能かもしれない。私も従業員から人づてに聞いただけだし。
     ただし、いかにも物知りにみえるでしょ。正面切って反論できないと言うのがポイント。あ、ジュリアナだからそう思ってもらえないか。これがベートーベンの知られざるエピソードを自分で捏造したとすれば、、、クライスラーが大作曲家の知られざるバイオリン曲を捏造したのは、ゆ、有名だよね。60才の誕生日に真実を述べたんだよね。(だんだん自信がなくなってきた)
 そろそろ「はりせんかまし」−「音楽ネタ」を作りたくてたまらなくなってきたぜい。  本論の続きなら、皆さん誤解していた音楽会のエピソード、1962年グールド&バーンスタイン。演奏会前にグールドの提示したテンポに賛同できないと演説したバーンスタイン、くらいを持ってきましょうか。これは検証可能です。そのスピーチの録音がCDになって発売されました。観客は大笑いしています。
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