のちに流行作家となった人に「時代小説の最高峰」と紹介されて『影武者徳川家康』を読んだ。印象に残った一節「男にとって生涯最高の恋人は長女だという」。広告ネタ、目次へ一説によると人間は、本能的に頭がでかく、目の大きなものを可愛いと思うらしい(パンダとか)。それがないと赤ん坊を可愛いと思わず、育児放棄して死に至らしめる可能性が高くなるからという。「本能」と言われると生物学的にどうか?進化論って後付の理屈ではないか?と思うが「摂理」といってくれると逆に納得する。
というわけでツンデレの謎が解けた。あれは娘の父親に対する態度だ。だから可愛いと思うようになっているのだ。「パパやだ」「あっちいけ」と言いながら、外に出るとこっそり手を繋いでくる。床に座ってぼーっとテレビを見ていると、いつのまにかもたれかかって本を読んでいる。可愛くないわけないじゃないか。ということでツンデレをいとしいと思うのは、男の当然の感覚である、ということが判明した。
何も面白くないが、世の中こんなもんだ。こんな単純なことに気がつくのに俺は何ヶ月かかったんだ。というわけで萌えパターン巫女さんが短命に終わったのも分かる。そういうシチュエーションがないからだ。ご飯のとき娘が茶碗やお皿を持ってきてくれるとうれしいぞ。たとえメイド服を着てなくても。(本当は思いつきの順序が逆なんだが)かくして涼宮ハルヒとキョンの関係は、友人とか(潜在的)恋人とかではなく「親子」に近いとするとつじつまが合う。
キョンとハルヒはツンデレ同士なんだが、言い切るには違和感があるというのは、そういうツンデレの原型に近いものであることによる。ハルヒが父親に野球場に連れて行ってもらった回想があるのでだまされていたが、その直後に父親が死んだとすると納得がいく。朝倉涼子がなぜキョンを殺そうとしたか。殺すと2度目の情報爆発が起こるだろうと予測できたから。では1度目の情報爆発はいつ起こったか。父親が死んだときだ。そして今父親の役割をしているのはキョンだ。
ハルヒがキョンに求めている役割は、振り返るとそこにいて自分に振り回されてくれる父親である。(死ぬことによって自分を見捨てた)父親が(今度は)自分のそばにいてくれると分かったから、彼女は閉鎖空間から戻ってくる気になったんだよ。
よく考えるとトートロジーなんだが、ぞっとするほど収まりが良い。当たってしまうとヤダ。ついでに言うとケチ(とにかくキョンにおごらせる、なんでも貰ってくる)なのは片親で裕福ではないから。ひょっとして昼休み消えるのは学食に行っているんではなくて食費を浮かしているのか?(ハルヒの腕なら弁当作るくらい訳ないはずだ。)まあ、学食で大盛りをもらうコツ、なんて記述もあったんでこれは穿ち過ぎかな。