一世代の特権

 技術が発明されてから状況がそれに追いつくまでに「一世代」の間合いがある。この「一世代」の期間だけに許された、新技術を使って旧技術を楽しむ、という特権がある。

 比較的わかりやすいのが「食べ物」。時代が進むとテクノロジーが発達し、物事が簡便になる。その技術発達によって、旅行はとっても楽になった。一方、食品加工技術も発達しますが、昔ながらの作り方をしている人が入れ替わるまでに、最大で人間の「一世代」の時間があります。
 そこで「地域間、大陸間を容易に移動できる新技術」と「人手による丁寧な食品生産と言う旧技術」が併存する、つまり食品生産者が世代交代する〜実際には食品生産に新技術が導入されるまで〜の時間、昔ながらの手法で作られたおいしいもの、を現地に旅行して食べるという楽しみが存在できます。ところが技術が普及して現地の生産方法もオートメーションが進んでくると、それができなくなる。(我々は半年の差で食えなかった。〜いやね。パリに行って「サンドイッチの注文があるたびに、近くのパン屋が石窯で焼いたのを買ってきて作ってくれるという店が残っていると聞いたのよ。が、行くと熱風で焼く新型に切り替わっていた。)

 これは「移動手段」と「食品加工手段」という気色の違う技術であるから、それなりの期間、ギャップがあったが、これが同種の技術であると、存在できる時間はぐっと短くなる。
 安く、高性能な録音機の生産を可能にした技術は、同時に地道な部品組み合わせて作るというコストのかかる生産ラインを不要にするため、結果それに使うような部品は生産中止になる。
 具体的には、この半年、マイブームになっているナマロク用マイク製作の部品は、かなりの部分、生産中止になっていた。マイクカプセルとFETは2年半前に生産中止。コンデンサは生産していた企業が1度倒産して、従業員が工場を買い取って細々と作っているものらしい。だから、このマイク、あと何本作れるか・・・なのです。満足のいくレコーダーが1台2万円で購入でき、満足のいくマイクを1本あたり1,800円で作ることができるという時代は、「電子部品の生産/流通の1世代」の間合い、しか享受できない特権なのですな。
 IC、LSIといった電子部品の発達によって、録音機は高性能になり、1台2万円でかなりのものが入手できるようになった。逆に単体の部品が生産中止になったので今までのようにはシンプルだけど丁寧に作れば高性能、というマイクが作りにくくなった。少なくとも片チャンネル1800円なんて予算では作れない。そうなるとドイツ製、オーストリア製の高級マイクを購入する羽目になり、コストは跳ね上がるでしょうな。(高く売れるマイクロフォンメーカーはそれこそ専用部品を部品メーカーに生産してもらえるわけよ。ついでに申しあげますと、かの録音機。生産完了です。モデルチェンジになりましたが、売りであった「入力アンプディスクリート」とは書かれていません。きっと部品が手に入らなくなったのでしょうね。)

 想像しにくい人がいるかもしれないけど、「いいものは生産中止になります」。まじめに作るとコストが見合わないのですよ。先ほどのパン。石窯で焼いた方がおいしいです。しかしパン生地を網の上に置いて熱風で焼き上げたほうが安く済むのですね。で、その安いコストのパンの値段で石窯で焼きは作れない。石窯の方が高い。「確かに石窯は美味しいけど、ちょっと高すぎないかなあ」で売れなくなる。石窯のおいしさが分かる人がまた減ってくるもんだからさらに売れなくなる。だから商売として立ちいかなくなるのですわ。でも高級マイクロフォンメーカーなら使えるように、高級レストランだと石窯パン、作れます。高い値段をとることができるんだから、自店で焼くという手が残されています。なお、パンの裏を見ると網で焼いたと分かります。石窯だとべたっとして、かつ厚みがあります。
 同じように超ポピュラーなFET、2SK30ですら生産中止。ICで作っちゃった方が安いし、回路設計も簡単だし、いいことばかり。が、音は悪くなるとおもっていい。ICってようするにトランジスタとダイオードしか使えないし(FETはできるのかな〜IC化された作動アンプの等価回路を見ると初段がトランジスタだから、厳密にはできないのじゃないかね)、いきおい、素子数を増やして安定化を図るし、配線は極細のシリコンだから音声信号の通りがどうしたって悪くなります。ようするに音が悪いです。

 石窯のパンが食べたければ「網で焼いたパンなんかパンじゃねえ」という頑固なオヤジのいるパン屋の店に行かないといけない。でも、そのパン屋も息子が継ぐようになると、網焼きに変わってしまうことが多いってことです。いわんを電子部品をや。工場を買い取った従業員(厳密には株式を通してだが)みたいな讃えるべき例もありますが。

 でも、秋葉原を歩いていると「4年半前に生産中止になった音質に定評のあるコンデンサ」を見つけたりすることもある。ガード下で「あれっ?ひょっとして。」
 早速買ってきました。では作ってみるか「屋外の吹奏楽録音専用」を。環境ノイズ低減のために低音カットオフ周波数やや高め、残響がないので微弱信号を捉えきることにはこだわらず、代わりに音の勢いを殺さないような回路構成にする、ってことです。
 一世代に許された特権、なんて贅沢なんでしょう。

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