コンティンジェンシープランを単純化すると

 盲腸で入院中である。しかし「既に到来している超高齢化社会!」なんてレポートを書くほど余裕がない。少々不謹慎かもしれないが仕方がないので「究極の障害対応」の話でも書く。

 手術を受けた晩、まあ手術直後の人は一部屋にまとめられるのだが、深夜2時ごろでしたかね、急に看護婦さんが駆け込んできて、誰かの名前を大声で呼ぶ。
 残念な結果に終わったが、これぞ究極の障害対応、というものを見た。(正確には聞いただけ。)
 心臓マッサージを連続で行うため、出来る人を短時間で何人揃えられるか。カンフル剤をどれだけ用意できるか。人工呼吸器の空いているのを探して別フロアから移送。緊迫の場面であった。が、我々のやっているシステムの緊急対応と比べて圧倒的に楽なことが一つある。「影響調査」特に「時間によって変わってくる影響調査」が不要なのだ。
「先生、ご家族呼んだほうがいいですかね。」「それならもう呼んでます。」
だけで済むのだ。

 以前、個人的にシステムリスクへの対応策をまとめたときに気がついたのだが、システムが動かない時にどうするか、を予め定めていなければならない分野、つまりコンティンジェンシープランを必要とする部分は案外少ない。病院でのこの対応はこのコンティンジェンシープランとは別物なのだ。しかも、完遂責任がない。「ご愁傷さまでした」という究極の解決策があるのだ。

 確かにシステム障害の対応とは似ている。しかし「命を救う」に特化しているので中身は単純に見えた。蘇生のために必要な機器/薬品を揃える。夜勤の医師と看護師を極力あつめる。家族に連絡する、くらいである。あ、忘れていた。各患者の心電図をナースステーションでモニタリングして早期発見ができる体制を作る。こんなもんである。(奥にはもっと色々あるかもしれないが。)
 コンティンジェンシープランは「システムが動かないことを前提に」「どうするか」なので、そもそもシステムを復旧させることを考えていない。そんでもって復旧させなくてもやらなければいけないことっていうのは少ない。実際のところ、タイムレコーダーシステムなんぞ「復旧するまで待つ」でいいのだ。せいぜい出勤時刻/退勤時刻を紙に書いて課長の判子をもらっておく、程度でよろしい。これでもコンティンジェンシープランか、でもミニマムである。社内のシステムならこれで十分である。(例を選びそこなったおかげで、コンティンジェンシープランというものを考える出発点の例はできたな。)

 実際に必要なのは、対外的に影響のあるもの。金融機関なら決済とか、一般企業なら当局報告とか、だろう。もっとも決済システムのコンティンジェンシープランは東京証券取引所にはないらしい。「取引が停止した」で終わっているからね。バダチが立って継続させているわけではない。
 東京証券取引所なんて甘いところは例外として(鉄道会社ですら「振替輸送」というプランがある)、結局のところシステムというのは「多量の処理を短時間で正確に終わらせる」ものである。というわけでコンティンジェンシープランは結局「人海戦術」になる。
 ということは、手順を代えて、担当する人数を増やしてやることとなる。
 かくしてコンティンジェンシープラン作成の分担は、

ということになる。
 このとき、応援要員を捻出する部署に検討を依頼する際に条件をつけることが重要になる。単に「人員を出せ」なら回りまわって「人が余っているんだろう」と次の人減らしの検討資料にされてしまう。だから「業務改善の検討や施策を停止させるなら◯人出せる」「社内の必要手続きを簡素化して○○を省略していいなら◯人出せる」というのをつけておけばいい。面子を潰される人にとっては痛いだろうが。
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