とりあえずアニメ系クラシッカー

 今から60年前、子どもにクラシック音楽を親しませようとする北米の親は、ディズニーのファンタジアを聞かせていたらしい。かのグレン=グールドも親に連れられて見に行ったそうだ。(彼のエッセイ「ストコフスキー6つの場面」に載っている。)
 但し、この映画には大きな欠点があって、音楽に対して純粋であろうとするあまりにか、名曲を極力完全な形で聴かせようとした。チャイコフスキー「くるみ割り人形」を全曲というならまあなんとか。しかし、ベートーベン「田園」やストラヴィンスキー「春の祭典」を延々と子どもに聞かせるというのは、いくら映像の補助があるとはいっても無理がある。
 ファンタジア2000で、その辺は改善され、「運命」は第一楽章だけ、それも3分弱にまとめられ、「動物の謝肉祭」はフィナーレだけ。
 もちろん「魔法使いの弟子」は全曲。ファンタジアにおけるミッキーマウスの名演技が、ドナルド=ダックに奪われかけた人気を取り戻したということであるから、これを切り詰めることはできまい。元々10分程度の曲でもあるし。

 「魔法使いの弟子」を作ったデュカスに対しては面白い批評があった。「自己批判力が強く、気に入らない作品は全て破り捨てたと言われているが、本当に自己批判力が強かったら彼の作品は1つも現存していないはずだ。」(by 野中映)
 ファンタジアで一番得をしたのはミッキーマウスでなくデュカスかもしれない。

 娘をビジュアル系クラシッカーにしようと努力中の私は、かくしてファンタジア2000のビデオを買ってきて見せているが、本人クラシックへの興味は別のもので得たらしい。  クラシック音楽を画家として解釈し、アニメーションにした、という点ではディズニー(とそのアニメーター)のセンスはすごいと思うが、娘は(そして私も)ハンナ=バーバラの方が気に入ったらしい。
 トムとジェリー「星空の音楽会」、トム君がヨハン=シュトラウスの喜歌劇「こうもり」序曲を指揮するものである。機会があれば見てほしい。その後で原曲を聴いてほしい。完璧である。アニメのために加えられたかのようなフレーズは、実はオリジナルと知って仰天。ジェリーがいぶかしげな表情をするところは原曲のフレーズがカットされているところ。トム君が指揮台に載ったまま丘を滑り降りるシーンは涙が出てくる。本当にアニメの通りの坂道なのか、ハリウッドに行って確かめたくてたまらない。
 なわけで、しょっちゅう見ていたら2歳9ヶ月の娘があらかた曲を覚えてしまった。一昨日はぬいぐるみをパートナーに歌いながらワルツ(?)を踊っていた。なんという影響力。(私は裏声でクラシック音楽を歌う幼児を初めてみた)

 トムとジェリーの音楽ものとしては「星空の音楽会」の他に「猫の宮廷音楽会」「ピアノ=コンサート」とあるが、ピアノものは姉が感動していた。アニメで叩かれる鍵盤が「正しい」。腕の跳ね返り方もあの通りになるらしい。あ、音楽ものはもう一つあったかな。チャック=ジョーンズの「オペラ騒動」。トム君が(多分)「私は町の何でも屋」(セビリャの理髪師)をステージで歌うのだが、これは舌の形が正確だという噂がある。
 ファンタジアは曲をカットなしで聴かせることで子どもを尊重したが、トムとジェリーは動作をカットしないことで子どもを尊重した。どちらが大変かというのは一概には言えないが、、、こういう国と戦争しても勝てるわけがないのだけはよーく分かった。これらの作品は1940年代に書かれているのだ。
 ちなみに、TV版トムとジェリーにも音楽ネタがあったらしく、バイオリンで速いパッセージを弾くときに指が絡まるギャグのみ覚えているんだが・・・。

 でもトムとジェリー、1つだけ不満がある。結局トム君がいじめられているが、だいたいの場合「そもそもジェリーが悪い!トムは悪くない!」

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