ワルトシュタインに捧げた3つのソナタ

 ベートーベンがワルトシュタイン公に捧げたピアノソナタは3つある。
 21番、22番、23番である。このうち21番のみが、なぜか「ワルトシュタイン」と呼ばれている。
 23番は「熱情」と呼ばれ、3大ピアノソナタとして「悲愴」「月光」と共にあげられているように人気も高い。
曲の呼び名は、いろいろある。
 作品番号で呼ぶときもあるし、
 ピアノソナタならピアノソナタの連番で呼ぶときもある。
 表題がついているときもある。表題は本人が決めたものと、出版社が決めたものと、通称になったものがある。

 21番、23番は傑作として名高く、それゆえに名称がついているのだろう。23番は譜面に「熱情をこめて」と書かれているのでそれがタイトル。すると21番は人気があるのにタイトルがないと呼びづらいので曲を捧げた相手を持ってきて「ワルトシュタイン」となったのだろうか。すると22番はかわいそうである。決して駄作ではないと思うがタイトルがない。
 と思っていると、一応俗称はあるらしい。「夫婦喧嘩」、ありがたくない名前だ。2楽章は右手と左手で同じようなパッセージを追いかけっこで弾くのでバランスが悪いと両手が喧嘩しているように聞こえるらしい。そこで「夫婦喧嘩」とか。
 尤も、結婚祝いにワルトシュタインに捧げた3つのソナタのCDを贈った際のカードにこのネタは使えた。「この曲は・・・これこれの理由で・・・夫婦喧嘩と呼ばれていますが、この演奏のバランスは完璧です。仲の良いご家庭を作られますように。」
 うー、気障の極地。もっとも意味は通じたか???

 さて23番、熱情。私の敬愛するピアニスト、グレン=グールドはこの曲の第一楽章をとてつもなく遅い速度で弾いている。なぜそう弾いたのか、について悩んでいる人も多いが、結局は「グールドだから」という理由に落ち着いているのだろう。ところがこれに完璧な回答を出した人がいたのでそれを紹介。
 「左手の2拍3連を現代ピアノで最も美しく響かせる速度で弾いた。」

 ピアノの単音というのは割とわがままで、それ自体、弾いてほしい速度を持っている。一番わかりやすいのが展覧会の絵のプロムナードだろうか。当然2拍3連も弾いてほしい速度があり、ベートーベンの時代のピアノはサスティンが短いため、現代ピアノより速い速度で弾いてほしがっていたようだ。で、当時のピアノだと右手のフレーズの速度とそれがマッチしていたわけだ。
 ところが、ピアノの音が伸びるようになってもピアニストは曲を弾く速度を変えなかったようだ。従って左手の2拍3連の響きは虐げられることとなった。そんなわけでピアノソナタ23番は「熱情」と呼ばれるままである。
 2拍3連の響きを最優先するならば、ひょっとして「運命」ソナタと呼ばれるようになっていたかもしれない。第一楽章238小節目の「タタタターン」。これは運命の動機でしょう?それまでの237小節はこの動機を提示するための前奏のような気がしませんか?言われてみれば。

 なお、この完璧な回答を出した人、譜面はハ長調しか読めなかったらしいがピアノの腕は天才的であった。唯一のハ長調のソナタ、21番ワルトシュタインの地面がせり上がってくるようなズダダダダダダダダダダダダダダダは若いときのバックハウスなら弾けるとして、続く水の流れるようなトゥラタラタラタラタラタラタラタラタラタラタラタラタラタラタラタラの両手トリルとの対比は、2度と聞くことはできまい。(本人自身も弾けなくなった)

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