最近では考えられないことだが、バブルの時代には日本でもクリスマスパーティをやるという風習があった。敬虔なキリスト教徒である私は、日本人もクリスマスを心からお祝いしてくれるようになればよいなと思い、クリスマスパーティーを音楽的側面からサポートすることを何度かやった。ようするにクリスマスパーティに合わせた選曲を行いBGMを編集したのである。音楽ネタ、目次へいかにヨーロッパのクリスマスの雰囲気を日本の人たちにも感じてもらうかに腐心したことは言うまでもない。結果、帝国ホテルも用意できないような見事なものが出来たことも別段驚くには当たらない。
だいたいこんな感じで作った。いまだにクリスマスパーティという風習を我が国に根付かせようと努力している人、あるいはそのような人にパーティの選曲を仰せつかった人の参考になれば幸いである。音楽は参加者が到着する前から始まっていなければならない。これは日本の方々にもよく分かっていただけるだろう。丁度、国技である相撲の勝負が仕切り前から始まっているのと同じである。
やはりクリスマスは寒く暗い西岸海洋性気候の冬の行事である。まずは音楽で会場を寒くするところから始まるべきである。曲はシューマンのピアノ曲「冬の季節1」。演奏はミケランジェリがいい。音が冷たく、一層の寒さを感じさせる。
そこにこぎれいな一軒の家、ドアを開けると暖炉。その時の曲はバッハのインベンション1番。音色はスタインウェイのCD-318。ちょっとしゃっくりをしたような音が薪のパチパチのよう。もうすぐイブは終わり。ここで世界でもっとも小さな音で演奏するクリスマスソング。グラスハープで「きよしこのよる」。やはりイヴは静かに過ごさなくては。
ここで深夜12:00の鐘の音。続いて聖歌隊の合唱「こよい主はうまれたまえり」。このあたりはパリのノートルダム寺院のクリスマスミサの録音がレコードになっておりますので、それを使うのがお手軽でよいでしょう(FY006)。
ここまでくると、気分は完全にクリスマス。みなさん眼を閉じて静まり返っていることと存じます。しかし、パーティ(日本語では宴会)ですので、多少はおしゃべりをしていただかねばなりません。私の観察したところによると、ここで誰かが乾杯の挨拶をやって、司会者が「それではみなさんご歓談ください」と言ってから会話が始まるのが日本の風習だそうです。スパークリングワインの泡がはじけきるまで乾杯の挨拶を引っ張るのが、その人の社会的地位の高さを証明することになるようですが、そこは目をつぶりましょう。問題は「ご歓談ください」とおせっかいにも言ってくれることです。こんな無粋なセリフは音楽に言ってもらいましょう。曲はもちろんモーツァルトのディベルティメント1番です。
なお、温泉旅館で畳の上でやるクリスマスパーティの場合は、司会者が言うまでもなく歓談が始まるのでこの曲は無くてもよいかもしれません。後は時間に合わせて適当につないでゆけばよいのです。思い切り趣味が生かせます。ただし前半部の盛り上げる部分と、後半部のややだれる部分は多少曲調を変えた方が無難です。前半は、例えばモーツァルトのピアノソナタ23番だったり、ベートーベンの「春」だったりします。メンバーによってはブラームスのピアノソナタ2番の4楽章が合ったりします。やってみるとわかりますが、前半の方が選曲は大変です。場を盛り上げるが場を邪魔しないという曲はかなり限られます。後半なら迷っても、例えばブルックナーを入れておけばしのげます。でも前半にマーラー8番は使えません。困ったときはモーツァルトの室内楽を適当に詰めれば何とかなりますが、手抜きとばれやすいのも事実です。
バッハのトッカータとフーガニ短調を入れたくなる人がたまにいますが、あれはパーティを止めてしまうのでよくありません。どうしても、というときはフーガの部分だけをかけましょう。
しかし趣味に走るだけではなく、たまにはクリスマスソングも入れて「これはクリスマスだよ」ということを忘れないようにします。ホワイトクリスマスとかジングルベルは前半に、ワム!のラストクリスマスやポールマッカートニーのワンダフルクリスマスタイムは後半向きです。山下達郎のクリスマスイブを入れたいという人がいても止めはしませんが、素直にパッハルベルのカノンをかけた方が私は好きです。(クリスマスイブの間奏はパッハルベルのカノンの引用。)とかいいながら菊池桃子の雪に書いたラブレターは入れてしまった私。さて、日本の宴会には「しめ」がつきものです。物事には終わりがあり、会場の関係でそれを統制する必要がある以上、これは仕方がありません。でも「しめ」で音楽まで終わってはあまりにも寂しい。ここは最後のひとふんばり。ベートーベンの第九を高らかに鳴らしましょう。もちろん全曲なんて無理です。第四楽章の最後、プレストの部分です。
「年末第九は日本独自の行事だ、クリスマスには似つかわしくない」という意見もあるでしょうが、ここは郷に入っては郷に従え、24の季節のある国、日本の季節感を大事にしましょう。それに1977年だっけ、大晦日にカラヤンが第九を振ったぞ。そして皆さんを送り出す音楽。これは主よ人の望みの喜びよ、で決まりでしょう。BACHBUSTERSのシンセサイザー版です(TELARC CD80123)。これを一度聞いてみて、それでもこれより似つかわしい曲があるというなら教えてください。
みんなが帰ったらパーティでざわついた空間を元に戻してやります。グラスハープで「新年がまた」。そして本当に誰もいない空間でシベリウスのピアノソナタ2番。当方としては極力、日本の伝統を尊重したつもりなのですが、こういう選曲をすると、どういうわけか顰蹙を買ってしまうようです。仕方がないので「やはり日本にはクリスマスパーティが根付かないのだろうか」とため息をついて責任転嫁することにしています。
なお、ジングル祭り用の選曲をどうするべきかは、当方よく分かっておりません。でも、下手に中世のクリスマス曲などをかけると、みなさん押しつぶされますので避けた方が無難ということだけは間違いありません。