うちの上の子は、ピアノとバイオリンを習っている。まずはピアノくらい弾けないと恥ずかしい、という両親の見栄によって、ヤマハの音楽教室に通わされた。続いて本人がバイオリンを習いたい、と言い出した。なぜバイオリンを習いたいと言い出したかには2説あって、セーラームーンSに出てくる海王みちるさんに憧れたからというのと、従姉が弾いているのに憧れたからというのがある。音楽ネタ、目次へ特に熱心に練習していたわけではないが、初めての発表会の時、とあるお姉ちゃんが弾いていたバッハのメヌエット(ラバースコンチェルトの原曲)がいたく気に入ったようで、急に教えてくれと言い始めた。じゃあ習い先のヤマハ恒例のクリスマスコンサート(習っている子が店頭で順番に弾いてゆくという、まあ肩の凝らないもの)で弾こうということでニョーボが教え始めた。泣きながら練習していた。おかげで前半だけながら1週間で聞けるレベルに仕上がった。電話越しに私の母親に聞かせると「よーちえん児にしてはまあまあ」だそうだ。
当たり前のだが、未就学児といえど「弾きたい曲があるから」熱心に練習してるということに結構感銘を受けた。小さいうちは、多分「音が出る」だけで嬉しくなって、それで練習する。親が無理矢理やらせる場合もある。で、まあそこそこ行くのだが、この年齢で「弾きたい曲がある」「出したい音がある」に移行するというのは結構驚きであった。
ところが残念ながら音楽の教材は「弾きたい曲がある」に合わせて作られているわけではない。やはり簡単なものから難しいものに、という順番で作られている。
それでも主体性が形作られていない幼児や児童の場合は、何とかなるかもしれない。が、大人に教える場合、その辺を考慮する必要があろう。一応教材は考慮しているかもしれないが、教える人間が考えているかはちょっと疑問。あのー、おだてられても自分が下手なのは知っているし、そもそもこんな曲、全く興味ないんですけど。(一度、ヤマハの大人用音楽教室の実験台になってそう思った。)バッハって偉いと思ったのは、子どもにピアノを教えるための曲が「完成度が高く」しかし「指使いは可能な限り易しく」から始めていること。さきほどのメヌエット。私も試しに弾いてみたんだわ。バッハの優しさがよく分かります。ちゃんと3の指を黒鍵に当てて親指をくぐらせ易くしてくれたり、ポジション移動を最低限に抑えたり、すると小指と薬指で叩かなければならないところは「ここはがんばれ」とバッハが言ってくれているような気がして、その気になる。モーツァルトの15番で感じるのは「天才」だが、バッハは優しさである。
ちなみにバイオリンでは「弾きたい曲」というのがまだ無いらしい。正確には一曲だけあるのだが余りにもギャップがありすぎて口に出すのがはばかられるようだ。従姉が発表会で弾いたフランクのバイオリンソナタ4楽章である。
これで従姉を尊敬しまくったようで、リッチよりもレーピンよりもおねーちゃんが上手いと主張している。確かに「生」で聞いたというのは大きい。が、このおねーちゃんもやはり「出したい音」がありそれを弾いているのが、うちの子にもそれなりに響いたのではないかと思っている。レーピンが投げ下ろしたロングトーンで、おねーちゃんはピタリと弓を止めた。また、縮こまってしまったリッチとちがって、イザイの結婚記念に作られたというこの曲の穏やかさ/のびやかさを音が表している。これは伴奏者によるものが大きい。そりゃ自分を産んで、ご飯を食べさせてくれて、病気の時には手を握り続けてくれたおかーさんですから。もう「信頼」なんて言葉すら不必要なほどの安心を感じながら弾いているのでしょう。これに対してリッチは伴奏者をおそれております、ついてゆくのがやっとです(アルゲリッチに頼んだのがそもそも間違っている。)
まあ、小学校に入ったら、弾きたい曲を見つけてもらいたいのでうちの子をあちこち連れ回すつもりです。でもピアノについてはもう一曲、どうしても弾きたい曲があるらしい。「エリーゼのために」という奴です。多分本人、楽譜の強弱記号に納得のいかないものを感じ、自分で完成、させたいと思っているに違いありません。右手だけながら結構進んでますが、オクターブが届かず、挫折中です。
だいたいベートーベンの曲なのにp(ピアノ)とpp(ピアニシモ)だけで作られているのが変なのです。これは出版社が勝手に付けたに違いありません。出版はベートーベンの死後ですし、ペダル記号がまき散らされていることから他者の手が入ったのだというのは疑いのないことでしょう。ピアノソナタ32曲で30箇所しかペダル記号を入れなかったベートーベンがペダルふみ(さま)っぱなしにさせるなんてことは考えられない。
というわけでベートーベンの曲であればロンドA−B−A−C−AのCの部分はフォルテシモでデモーニッシュに、機関銃のようにぶっ放すのが、正しいのです。3連符のアルベジオもしかり。
でもこんな弾き方をしたレコードはない、だから自分で弾くしかない。父親は挫折しましたが、娘がその思いを継いでくれそうです。とか言っていたら「バイオリンで一番難しい曲って何?」と聞かれた。シューベルトの魔王をエルンストが編曲した奴かもしれない、と言って聞かせた。やたら気に入っていた。確かに魔王については妙に声色を付けて歌い分けるよりフラジオレットを使って音色を変えた方が似つかわしいかもしれない。通常楽器の音は声に表現力で劣るが、例外と言えば例外かもしれない。(アイーダ、第二幕、演出によっては象まで出てくるというオペラ屈指の豪華なクライマックス。合唱とオケの総奏のはるか上に響き渡るマリア=カラスの三点変ホ以上の音が楽器から出せたら、誰か教えてください。)
この曲、長らくクレーメルしか録音がないと思っていて、娘にもそう教えたら、レーピンが出していたのね(あとで娘に謝って訂正しないと)。レーピンもたいした奴だ。主体性が形成されていない頃から「神童」とあがめられると天狗になって伸び悩みそうなものだが、しっかり成長している。それにしてもミラ=ゲオルギエバちゃん、14歳で弾いた悪魔のトリルはすごかった。期待したのにいまいずこ。(20歳の時の演奏を紀尾井ホールで聴いたが、いまいちだった。)