コンサート二題

 宮本金八というバイオリン製作者がいる。彼の作品の中にはすべて日本の木材を使ったものがあると聞いて「私だったらトップをカヤに、サイドとバックとネックをトネリコにするんだが」と思いながら、実際のところを知りたくてサイトを検索した。(漫画「ヒカルの碁」によると、碁盤の素材ではスプルースがカヤの代用品として使われるが、石の響きはカヤに劣るらしい。ならば楽器としても・・・。)
 ああ、あのフレットを段違いにして音程が正確なギターを作った人なのね、と感心しながら、見ていると「売り物がある」ということで出会ったのが「弦楽器ストラッド」のホームページである。

 相当気に入ってしまった。アドバイザーとしてルーマニアのなかなか有名な人がいてくれるようだ。一人は「愛・地球博」のルーマニアオフィシャルCDの演奏をしたくらいの人である。使用楽器をこの店から借りているというくらいだから単に名前を貸したというわけでもなさそう。もう一人もこの店から楽器を買っている。
 この二人が在庫楽器を試奏したwmvとmp3ファイルをいちいち公開してくれていたりして良心的である。それはオーディオマニアとして「mp3とパソコンのアンプで微妙な音の違いがわかるわけがないではないか」とつっこみを入れたくなるのはやまやまである。
 が、それすらも防いでくれている。というのは定期的に「コンサート形式の在庫披露会」というのを開催してくれているからである。mp3やwmvで不満なら聞きに来てください。ということだ。というわけで行くことにした。

 理由はいくつかある。娘につられてバイオリン音楽を聴くようになったが、当方あまりバイオリンを聴いた経験がないこと。クレーメル&アルゲリッチに1回。ミラ=ゲオルギエバちゃんに2回といったところである。それもミラ嬢の場合はどちらかというと「顔を見に行った」。クレーメルにせよ3階席の後ろである。威張れたものではない。
 また当然のことながらバイオリンのポピュラー曲を生で聴いたことがない。基本となる体験がないというのは良くない。
 さらにこの在庫披露会、先ほど書いたアドバイザーの人が弾いてくれる。それなりの人が同一条件で違うバイオリンを弾き比べてくれるというのは滅多にあることではない。残念ながら当方、バイオリンによる音色の違いというのを語れるほど耳が肥えていない。そういう人間にとってこの機会、きわめて貴重である。

 ホントーはうちの子にも一緒に来てほしかったのだが、というかそのつもりだったのだが、わがまま娘は「やだ」。しゃーないので一人で行った。
 まずは当初の目的は達成。「在庫披露会」ということで、いちいち楽器の紹介をするかなと思ったら、よけいなアナウンスは一切なし。なんと良心的な店であることよ。で特筆すべきは客層。演奏終了後、さっき弾いていた楽器を実際にさわらせてくれるのだが、それをみなさん思い思いに弾いている。が、うるさくないんだなこれが。つまり皆さん上手!ということだ。そういえばホームページ併設のBBSも良い加減である。

 うちの子に来てもらいたかった理由はもうひとつある。この在庫披露会の翌週、コンサートにゆくことになっていたからだ。その予行演習をやってもらいたかったのである。
 いきなりレーピン&N響のベートーベンバイオリン協奏曲という大物である。
 レーピンはうちの子が大好きな演奏家。じゃあ今度来たときつれてってやると言ったが、今年はN響定期公演のみとは・・・。予想外。

 なぜレーピンが好きなのか?よく分からないのだ。そもそもは「バイオリンで一番難しい曲ってなあに?」「簡単なことは一つもないんだよ(ゼゴビアの受け売り)」「いやねみんな難しいのは分かっているんだけど、弾くのが大変って意味」。
 我が子ながらよく分かっているじゃないか、と半ば感心しながら「うーん。はっきりとは知らないけど、エルンストの編曲した魔王じゃないかなあ」「聴かせて」。
 久しぶりにレコードプレーヤーを立ち上げ、クレーメルのメロディア時代の録音を聴かせる。我が子は「もう一回」「もう一回」とせがむ。LPでそれは辛い。ということでCDを買ってきた。クレーメルのグラモフォン版は評価が低いので、レーピンを買ってきた。売っているCDがこれしかなかったのだ。

 クレーメルのメロディア版が韓国のレーベルから出ているのを知って後で購入。ところが、これを聴かせるとうちの子は「やだ」と言い出した。「レーピンがいい」。
 クラシックでは最初に聴いた演奏家のイメージが強くて、他の演奏家を嫌うというのはよくある話。が、今回は逆である。しかも最初の演奏家の演奏をとても気に入っていたのに、である。しかもこの子6歳だぞ。
 この不思議な現象を解明したいという気もあって、それにいい音を聞かせるのが音楽教育の基本中の基本ということもあって、かなり無理をして小学校一年生をNHKホールまで連れて行ったのである。

 こどもに課題を2つ与えた。「演奏中は音を出さないこと」「なぜレーピンが好きなのかを考えること」。本人レーピンに会えるというだけで舞い上がっており簡単に承諾。まあ、2階席の右の、ホントーにS席の一番後ろだということを告げると、本人がっかりしておりましたが。
 で、ホールにはいると「さすがにまずいかな」という雰囲気。N響定期演奏会ということで年配の人が多い。客層がよすぎる。トイレの並び方まで品の良さが出ている。

 ステージが見えない、と不満を漏らしたので、膝の上に抱える。これで万一の時は押さえつける体制が整った。
 レーピン登場、うちのガキ大拍手。第一楽章前半、レーピンにあわせて弾くフリをしている。本人その気なのだろう。・・・初めて聴いた曲のはずなんだが。(予習させようと思ったが、本人が「最初はレーピンで聴きたい」からと却下した。)
 第2楽章、多少退屈。足がぶらぶら、軽く寝る。第3楽章、ふつーにきく。小学校一年としては上出来である。
 こっちは曲を聴くどころではなかったが、本人はそれなりに満足したようだ。(しかしNHKホールの音、評判通り悪いですね。響きはカサカサだし、ピアニシモがはっきり聞き取れません。それでも2人で弾いているかのようなレーピンの音の厚みと倍音はすごいんでしょうね。)
 まあ、アンコールがイザイの無伴奏バイオリンソナタだったのいうのは不満そう。例によっての「ベニスの謝肉祭」を期待させた私も悪いが。

 ベートーベン終了後、ロビーでジュースを飲んで帰る。ショスタコービッチも聴きたかったんだが「うちの子が70分も持つはずがない」。勿体ないが仕方がない。

 でも何か帰りたくなさそう。「帰るの寂しい?」と聞くと「うん」。「ショスタコも聴く?」と聞くと「うーうん」。さらにつっこむと「おまつりがみたい」。ちょうど代々木公園にインド料理の屋台が並んでおり、それを見たかったようだ。そこは子供だ。

 さて「なぜうちの子はクレーメルよりレーピンがいいと思ったか」の答え。結局分かりません。姉に聞くと「テンポかなあ。子供のテンポの感覚は心拍が速いせいか大人と違うみたい」と言っていたが、レーピンよりクレーメルの方が速い。
 まあ、うちの子が言うには「レーピンの音はきれい。クレーメルは足音みたいなのがする」なんだけど。
 確かにクレーメルの録音はものによっては足音が入っている。が、関西電力ならともかく東京電力では〜少なくとも私の耳では〜聞こえないのだが、子供は違うのかなあ。ただし、クレーメルの音の奥のデモーニッシュな雰囲気が「足音」に聞こえるのかもしれないとは思っている。何しろ2歳の時、ホロビッツのキエフの大門を聞いて、怖いと泣き出したやつだ。音の向こうの風景が分かるのだろう。でもまだそれに耐えられないということ。ちなみに先日パガニーニのカプリースを聞かせたところ耳を押さえて震え出した。

 それでも帰ってから母親の方に「バイオリンを弾くイメージがはっきりした」とは言っていたらしい。たしかに音はさらに良くなった。今までは、弓をすべらせて「音が出る」のに任せる、という感じだったが、弓で弾いて「音を出す」ということを意識するようになったようだ。その証拠に多少「カリッ」という音も意図してかせずか、出すようになった。少なくとも大きな音を出すとバイオリンが壊れるのではないか、という不安は解消したようだ。
 レーピンのビデオはよく見ているのだが、やはり実演は違うということだろう。行ったかいはあったということにしておこう。

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