カンタービレ

 トリノオリンピックのエキシビジョンでバイオリン生演奏が出てきたのには驚いた。「千住真理子のタイスの瞑想曲」などと限定していなければ「私のアイディアが採用された」と偶然の一致を大いばりできたのに残念だ。ただし、やはりそこは自力で考えた人間、多分他とは違う感想を持つ。なぜすべっている人は曲を聞かずにひたすらカウントしているのか分かったぞ。あれだけのスピードですべっているのでドップラー効果が激しく、音楽として聞こえていないに違いない。
 荒川静香が本番でベストの動きができた理由も推察できた。イナバウアーが点にならないからだ。点にならない技だからリラックスしてすべれる、速度も落とせるから音楽も拍手も聞こえる。自分のこだわりの技ということで本番の途中、自分らしさを回復できる。オリンピックという大舞台の緊張感の中、これは大きい。なるほど。

 荒川静香の金メダルのおかげでamazonのクラシックCDの売り上げベスト10のうち7つがスケートがらみになったり、相変わらず市場の薄さが気になるが、これをきっかけにクラシックファンが増えるとまあうれしい。千住真理子も残念がっているだろう。彼女も「誰も寝てはならぬ」を弾いている。皮肉なことにジャケット写真は一番荒川静香に似ているのだ。それにしてもフィギュアスケートといえばタイスの瞑想曲を真っ先に思い浮かべる私の感覚はさすがに古くなったようだ。

 パガニーニが「カンタービレ」というバイオリン曲を作曲していることは知っていた。「歌うように」という意味だそうだ。そしてバイオリンも「歌う楽器」と言われているらしい。否定はしない、クイーンのLove of My Lifeを歌っているつもりで弾くと(弾いている本人だけは)気持ちがいい。が、歌と違いがあることに気がついた。「息づかいが聞こえない」。正確には「息づかいが聞こえるバイオリニストがいることに気がついた」から普通は息づかいが聞こえないことが分かったのである。

 マンション住まいなので、普通の10倍の音が出るステレオでもあまり音量を上げられない。つまみを9時まであげたことはない。さらには親が好きな曲を聴いているとアンパンマンの好きな下の子が実力行使で妨害する。ところがなぜかフランク、バイオリンソナタだけは文句を言わない。で、ようやく見つけたギトリス=アルゲリッチの別府ライブ(ヤマハ銀座店ありがとう)を多少音量を上げて聴いてみた。第2楽章。びっくりした。この音はホーンじゃないか。節回しはサックスそのものだ。
(一度下の子を新幹線に乗せたいモノだ。終点到着の音楽をアンパンマンのテーマと認識するだろうか。)

 音の現象面だけを捉えると「エンベロープを制御できる範囲が極めて大きい」わけだ。とてもバイオリンとは思えない立ち上がりの速さ、トレモロと言ってもいいくらいの小刻みな音量コントロール。これがあるからギトリスはノンビブラートで勝負できるのか、と納得。バロックから古典派にかけてはビブラートなんか無かったもんね(レオポルド=モーツァルトのバイオリン教本にビブラートは出てこない〜山野楽器で立ち読みしました、スミマセン)。もちろんホーンにビブラートはない。が立ち上がりは早い。場合によってはトレモロのようなこともできる。
 ギトリスは音楽のイメージを直接脳に押し込むようだ、という言い方をしたことがあるが、こーゆーところにも理由があったらしい。

 うちの子の行っている小学校にはなかなかのレベルらしいブラスバンド部がある。本人そのうち入部するだろう。このままでは多分コントラバス担当になって、それはそれでいいのだが、音楽の幅を広げるという意味では是非サックスを持って欲しいものだと思った。そのためには早めの刷り込みが必要だ。と、いうわけで、こっそりとチャーリー=パーカーを聴かせ始めた。ただし今のところ無視されている。(絵本を作るクラブがあれば、それに入りたいようなことも言うとるので無駄な努力かもしれん。)

 いきなりパーカーは厳しいって?そうかもしれないけど、パーカーを聴かせたいの。理由は簡単。私が日本チャーリー=パーカー協会の会長を尊敬しているからです。少しニュースになったことがある人。パーカーの遺品のオークションが開かれて、目玉のサックスをニューヨーク市長と競り合ったという話。サックスについてはアメリカの威信をかけたニューヨーク市長には敗れたが、それ以外の遺品はほとんど全て競り落としたらしい。
 これだけ聞くと金に飽かせてパーカーの遺品を買いあさったエコノミック・アニマル(現在はアメリカ人〜特に投資家〜を指す言葉だろう)と区別が付きませんが、2年後、カンザスシティに世界初のジャズ博物館が設立されたときに、そのとき競り落とした全ての品を寄贈したそうです。本人が遺品を競り落としまくった意図は「パーカーの遺品が初めて一堂に会した。この機を逃せばまた散逸してしまう。それを避けるために集めよう」だったそうです。だから、パーカーの故郷にジャズ博物館ができればそこに委ねるのは本意、と。
 この人が得た栄誉は、カンザスシティの市議会で全会一致で名誉市民に選ばれたこと。地元の新聞から「Bird(パーカーの愛称)」で呼ばれたこと。(ものすごいことだ。ベーブルースの背番号を外国人にくれたようなものだ。)
 日本人全体にとっても名誉なことだと思う。カンザスシティの人は日本人をどう思う?と聞かれたら答えてくれるだろう。「日本人?よく知らないけど、彼らはジャズが大好きみたいだよ。」

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