名づけの王、ブルグミュラー

 かのオーディオ評論家長岡鉄男氏によると、曲にタイトルをつけるというとクープランが連想されるそうだ。極めつけは「恋のウグイス」。タイトルだけなら即物的で白け気味だが、あの曲を聴くと、これしかない!と納得。知らない人はビートルズのレコーディングにはじめて参加した某エンジニアの証言から想像してほしい。「譜面台に歌詞が置いてありました。She loves you yeah! yeah! yeah! She loves you yeah! yeah! yeah! She loves you yeah! yeah! yeah! なんだこれはと思いました。でも演奏が始まったとたん、これは凄い・・・。」

 と、クープランを持ち上げてはいるが、曲にタイトルがある、ことについて私としてはブルグミュラーのほうが印象が深い。そんな人、多いんではないかなあ。ピアノの初学者が必ずといっていいほど弾く「ブルグミュラー25の練習曲」のおかげである。
 だいたい練習曲は、指の練習のためのものであって、元来タイトルなんてものは不似合いである。それまでバイエルの何番、ツェルニーの何番、とか番号で呼ばれていた曲をやってきた初学者はここで「タイトルのある曲」に出会う。
 まず「すなおな心」で音楽へのすなおな心を意識し、「アラベスク」で平均律のかっこよさのとりこになり、「バラード」で音楽が人を脅かすことができるのを知る。そして最後の「貴婦人の乗馬」で音楽自身が踊り出すさまを感じるのである。(アラベスクを純正率で歌うと「こがねむしーはかねもちだー」と哀愁を帯びるが、平均律で弾くと「かっこいい」。)

 で、最後の曲のタイトルは「貴婦人の乗馬」。長年そう思っていたのだが、なに「お嬢様の乗馬」という訳もあるのね。昔ならこれでいいのだろうが、今は違う。お嬢様芸、というとそれなりにお金がかかっておしゃれだけども、実力のほうはイマイチ、という雰囲気の言葉だが、最近はそうでもないからだ。特にスポーツ。スポーツ工学が進歩し、教える側も代を重ねてコーチの実力格差が大きくなり、一人の選手を担ぐのにチームが必要になるくらいになると、お嬢様のほうが実力者になる。少なくとも金をかけてもらわないとトップに立てない(らしい)。トリノオリンピックになっても、長野オリンピックで金をかけて育ててもらった選手が代表で行っているんだから、やはり育成費が決定的な要因になるのだろう。
 というわけで、たとえ「お嬢様芸」の言葉自体、意味が変わらないとしても、「お嬢様」そのものは実力者の意味が強くなる。だれも安藤美樹や浅田真央のスケートを「お嬢様芸」とは言わないだろ。ということで「お嬢様の乗馬」というタイトルだと、乗馬服を着たお嬢様が上手に、颯爽と(よく手入れされた)馬場を走るイメージになる。これではブルグミュラーの曲想とは随分離れてしまう。
 というわけで、一世代さかのぼって「貴婦人の乗馬」と訳さなければならない。これだと、ふわっとした洋服を着て、ひょっとするとパラソルなんか差して、馬が跳ねるままに自分も揺られ、駆け出すのをおっかなびっくり押さえ、景色の良いところに来ると「あーら奥様」と話したりなんかして、でも馬がぐるぐる回りだしたりすると、しがみつくのがやっとで、なんとか止まってくれたものの、降りようとした時に油断して落っこちる、という雰囲気が出てくる。(ただしこの辺の感じ方は個人差が大きく、うちのガキは、馬が穴に落っこちて、じたばたしているのを、従者が引っ張りあげて終わる、と主張する。)

 というわけで「貴婦人の乗馬」というタイトルと、曲想がとても一致。なるほど音楽には名前があるんだ、情景が浮かんでくるんだ、とピアノの初学者納得して「表現力」を身に着けたところでソナチネに進む。ああなんと理想的な練習曲。となれば分かりやすかったのだが、、、うちのガキ、そうはいかない。小学4年生になってようやく「貴婦人の乗馬」しかも下手。どれくらい下手かと言うと、4歳の妹が全然おどらない。「貴婦人の乗馬」を聞いて幼児が踊らない場合、それは演奏に問題がある。
 多少は上の子を乗せないといけないので、ます下の子を踊らそう、しゃあねえ、と馬になってやり、おどり方を教える。
 が、ここまでやっても下のガキは踊らない。リズム感がないのではないらしい。曲に合わせて揺れるのは好きみたいで、夏休みコンサートに連れて行ったとき、ラプソディ・イン・ブルーで抱っこして曲に合わせてゆすってくれとせがまれた。やはり上のガキの演奏が悪いようだ。これで来週の発表会、なんとかなるのか!上のガキ、リズム感はいいほうなんだけどなあ。ニョーボに言わせると指の力が追いついていない、そうなんだが。

 仕方ない、お嬢様の乗馬でいいや、はいここはスタッカートを効かせて何のトラブルもなく(つまり単調に)駆ける・・・技術的に無理だ。ところでこの曲、原題はどうなっているのだろうか、翻訳だけで考えるから悪いのだ、、、。タイトルがタイトルなら別の解釈で下手な演奏への言い訳を考えるのだ。ブルグミュラーって父親がデュッセルドルフで音楽監督やってたんだよね、私も同じ町に住んでいた。解釈も通じ合うはずである。(多少はマシかもしれない・・・程度だが。)で、原題は。。。

 なぬ?フランス語。それで人によって「貴婦人」と訳したり「お嬢様」と訳したりするのか。その辺のニュアンス、わたしにはわかりませーん。おとーさん万策尽きました。
 よーするにうちのガキのピアノは古典的な意味でのお嬢様芸だということ。もちろんお嬢様といえるほど、うちは豊かではないが。(うちは食べて行くのが精一杯なのよ。パパとママの会社が無くなったの知ってるでしょ。)

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