隣に座っていた5歳の子が”Rockin the paradise”と歌いだした。
音漏れは結構あるらしい。(正確には別の箇所だが、曲のタイトルと一緒にすれば著作権問題を回避できるなら、しゃーない。)うちのニョーボがステレオの音がうるさいと言い出し、スターンの弾くシャコンヌの音が引き金になって怒り出した(あの音が嫌いらしい)。曲の最後の一音だけをブチっと切るなど嫌味でしかないが、ならばこっちもと高級ヘッドフォンを買ってきた。最高級でないところが嫌味になりきれないところである。まあ高級ヘッドフォンメーカーのエントリー機、ということで。
当初はAKGやゼンハイザーの最高級機を考えていたのだが、薦められたAKGは試聴する限りレンジ感は狭く、定位はあっても音場は無いに等しい。(これ10万円のヘッドフォンアンプに繋いでるんだよね。)確かに音色だけをとるとすばらしいところがあるが。
それと個人の趣味なんだが、店員さんがイマイチ。DSP機能を持ったデジタルプロセッシングアンプが並んでいるので、「マランツも折角だからUNIXという商標使えばいいのに」と水を向ける/試す、と「コンピュータはソフトウェアがどれだけあるかですからねえ」と言い返してきた。天才的に相手をおもんぱかる力を持つ私は「こういう店で言うのは失礼かもしれませんが、圧縮されることを前提としてエンコード/デコードしても印象が変わりにくい録音系のプログラムがあるということですか?」会話が止まる。ん?この人、UNIXがOSということは知っているが、そこに「FM-TOWNSがPC-98に負けた理由はソフトの数」という知識を何も考えず繋いでいる。自分が秋葉原で店員やっていることを知らないらしい。来店する奴は自分よりコンピュータに詳しい可能性がきわめて高い〜つまり生半可なことを言うと恥をかく〜と想像できないのだろうか。
(最近は、音楽を制作するほうも、MP3などに圧縮されて聞かれることを前提にミキシングをするらしい。ということはその際、特定のMP3への変換プログラムを前提に音作りをしている可能性が高い。したがって、マランツが「UNIX」という最高のブランドを持ってきて勝負したとしても、別メーカーの使っているソフトでMP3にエンコード/デコードされることを前提に作った音であればマランツは負けてしまうかもしれないと、店員はそう考えたのかなと、一瞬でここまで推し量ってやったんだぞ。それを理解しようともしない奴の前で、僕は財布を開かない。)ゼンハイザーのHD650は音場が圧倒的に広く、低域の迫力も十分。これにしようかなあと、思ったところで、最後の瞬間に思い至る。「この値段ならSTAX買えるんちゃうか?」。
ただ、どこにでも置いてあるというもんじゃないんだよね、で、探して聞きなおすと。音場はゼンハイザーより下です。しかし開放感はすばらしい。そして音色はとんでもない。ただし「かならず専用アンプを通す」という使い勝手がアレなのでちょっと考えました。
が、突然思い出したのがインフィニティの音。リボンスピーカーによる微細な音色の鳴らし分け。そして、その昔アポジーを聴いたときの記憶。あの圧倒的な空気感。(為念:インフィニティもアポジーもスピーカーメーカーの名前です。)
アポジーがなぜ3Wayであるにもかかわらず、第一号機をFull-Rangeと名づけたか。リボン型スピーカーの表現力に惚れ込み、不可能と思われていた低域の再生を実現した音楽愛好者として/技術者としての熱い思いが分かったような気がして、さらにはSTAXが自社の製品を決して「ヘッドフォン」とは言わず「イヤースピーカー」と呼ぶか、分かったような気がして。買った!というわけで、STAXならまずSTYXを聞かないと、と下手な洒落心を起こして十数年ぶりにCDを引っ張り出してきたのが冒頭のシーンである。
正直STYXの録音は比較的平板なので、たいした感銘は無かったが、ガキのリクエストにお答えした「絶対Love×Love宣言」、なるほど冒頭のシンせの重ね方に一工夫あるのか。クライバー&ミュンヘンのベト7。SACDで出るはずだ。名録音だ。オーボエの緊張感をクラリネットが受ける様が良く分かる。クライバーってやっぱり凄い。自由にやらせているように見えて、実はものすごい緊張感を持続させている。その後、エージングのために一晩・二晩再生を続け、ブラームスのバイオリン協奏曲、クレーメルとオイストラフを聞きなおし(ハーンはさぼった)、レーピン演奏のバイオリン協奏曲、チャイコフスキーとベートーベンを聞きなおす。なんでこんなことしたか。
レーピンのブラームスを買ったんだが、いきなり新しいイヤースピーカーで聞いたのでは、音質の変化が大きすぎ演奏への判断を誤る可能性が高いから。で、やはり最初の1回でないと聞き取れない演奏家のメッセージってあるのだな。というわけで、耳を慣らしたわけである。下のガキが寝たので聞く。第一楽章冒頭、オーケストラが随分と元気だ。これだけ鳴っているオーケストラにバイオリン1本で対抗するのは至難の業だぞ、と思わせておいて見事に受けている。ものすごく気合の入った音だ。レーピンはデビュー当時「オイストラフの再来」と宣伝されたが、むしろ「ハイフェッツの再来」だ。よくできるものだ、おかげでオーケストラが伸び伸びと鳴っている。イメージとしてはベートーベンのバイオリン協奏曲をピアノで演奏した版。ピアノという大音量の楽器だから、オーケストラにも遠慮がない。だからベートーベンの管弦楽技法の凄さが伝わってくる。このブラームスもそうだ。
(レーピンはハイフェッツのカデンツァを弾いている。意識して、ハイフェッツを目指して弾いているのかも。)
このイメージは第2楽章冒頭のオーボエソロで大きくなる。思いっきりオーボエに吹かせている。バイオリン協奏曲の一部とは思えない。
第3楽章ではっきりする。これはバイオリンのオブリガード付き交響曲だ。確かにこの曲はそう言われることがある。(初演者かつ助言者の名バイオリニスト、ヨアヒムはこのへんが気に入らず、以後ブラームスとの仲がギクシャクしたそうだ。)
そう言っているほうは幾分悪意を込めてかも知れないが、では、ヴァイオリン1本でオーケストラにオブリガードをつけることがどんなに大変なことか想像したことはないのだろうか。普通は音量的に不可能とあきらめて、オーケストラに合わせてもらうだろう。しかし、もし実現できたら物凄いことだし、いざ実現してみるとそれはとてつもなくカッコいいことだった。ひょっとしたら、初演以来、最も作曲家の意図に忠実かもしれない演奏だ。あらゆる解釈が出尽くしたかに思われた超有名曲にもっともシンプルで、しかし困難な演奏が残っていたということだ。
我が家では相当オーディオに金をかけたつもりだが、ひょっとしたら少ないか、と思い始めた。いい音を聴こうと金をかけているのだが、いい音を出そうとしている演奏家に比べるとまだまだ少ない。まあプレミアムをたっぷり含んだイタリアンバイオリンは別として、手工品のフルートはもちろん、量産品の小型グランドピアノ1台にも劣る。うう、クラシック音楽は本当に金がかかるのだなあ。プロである演奏家の楽器の代金と趣味の品の価格を比べるのは無茶な話ではあるが。音楽ネタ、目次へ
ロックなら許されるか?自分で持っているESP特注ストラト、ギブソン特注レスポール、楓の癌材で作ってあるベースの合計額よりステレオのほうが高い。
とりあえずSTYXにいきなり合わせてきた5歳のガキにロッカーの素質があるのは分かった。ギブソン特注レスポールはきちんと引き継いでくれるかも知れん。パパとしては収穫。
えらいすごいギター持ってるじゃん!って?そうよねえ。楽器屋さんで「いつもどんなの弾かれてますか」と聞かれたとき正直に「ESP特注ストラトとギブソン特注レスポールです」と答えたら店員さんがあっち行っちゃったからなあ。ただ持っているには理由があって「特注品って、中古で買うと安い」。