プレ・クロマチック8.ミュート奏法

 ピッキングについて説明するとき。これは理想型で、理想型ということは絶えず妥協を迫られる、と書いたが具体的にどういう場合かの話。
 数学における数の概念が二次方程式を一般的に解くという目的から生まれたように、エレキギターにおけるピッキングのバリエーションも、ミュートを効果的に実施するという必要性から生まれたと断じても過言ではない。(自己つっこみですが過言です。しかしクラシックギターに比べて人による演奏法の違いが極端に大きいのは何故?という疑問はもってほしい。で、僕が得た答えの一つは「ミュート」なのだな。なお、二次方程式を〜、の下りなんだが合ってるよね。無理数が出てきたのも平方根を求めて。複素数は二乗してマイナスとなる数が必要だったから、と記憶しているのだが。)

 西洋では僕が書いたように「手首を面で動かす」のが標準らしいが、これだとできない奏法があるのだ。ミュートというおしゃれ奏法である。「ミュート」には弾いていない音を出さないために、弾いていない弦を両手のどこかで軽くふれさせて振動を吸収するという意味もあるが、ここでは、どんな教則本よりも数がでている「あの」本の注釈にあわせて
《ミュートとは、左手で弦を軽く触れて音がのびないように弾くおしゃれ奏法よ》
のことを単に「ミュート」と呼ぶ。(これを書いたかきふらいは左利きなので、ここで言う左手はピックハンドであることに注意。)

 僕が説明した手首を左右に振って手のひらを面で動かす、というやりかただと、この「ミュート」がきれいにできない。たいていの教則本は手の側面(小指側/手刀の部分)をブリッジに軽くふれる、とありますが、回転の支点から遠い部分ですので盛大に動きます、ブリッジ上でじっとしていてくれないのです。当然弦とこすれて雑音がでる。

 いろいろ観察する限り、解決策は3つあるみたいです。
 一つは「掌でミュートする」です。西洋のギタリストはこうするのが普通、みたいですね。 根拠はスティーブ・モースの教則ビデオ。「面でピッキングする場合は掌でミュートできる」という言い回し。
 ただし、6つの弦が作る面と平行に手首を動かしますので、手のひらは全体的に弦に近接します。親指の側面が弾いてない弦に当たるくらいの低空飛行になります。しかし当然手のひら全体が「弦の作る面と平行に」浮いてますので弦に当たらない。ミュートができない。どうするか?手首をそらせて掌底部分を弦に当たるようにします。これだと弦に当たる部分は手首を動かす支点に近いですからそんなに揺れません。幸い肉も厚い部分ですので弦をこすることなく振動を吸収してくれるでしょう。

 もう一つの解決策は先ほどのスティーブ・モース自身が紹介してくれているやり方。人差し指、中指、親指でピックを握って腕も使って掌を回転させる。この場合、ピックを持つ面が弦から浮くので小指を伸ばせばミュートできるそうな。
 そんでもって日本のギタリスト、実はこのやりかた。つまり手首を腕から回転させるやり方で弾いていることが多いような気がします。人種的に手首が左右に回しにくいってこともあるという話も聞いたことがあります。
 日本のエレキギター教育界のパイオニアである成毛さんの影響も大きいんでしょう。かの人は「手を洗って水を切るときの動き」を「手首のスナップを使う」と表現し、そのやり方で弾くことを推奨しました。ところがそれを「面でピックを動かす」人のフォームでやろうとした。しかしそのやり方で「手首のスナップを効かせ」ようとすると、どうしたって「腕の回転運動になる」から、モースの言うピックの握り方の方が合理的なのですな。そこで日本のギタリストは微妙にフォームと弾き方のギャップができてしまったのではないか、そんな風に思っています。  仕方がないことなんですけどね。
 ではそのギャップをどう埋めるかというと、回転軸を変えるんですね。面倒なことに「手首のスナップ」という回転軸です。これが最後の解決策。
 え、さっき成毛さんが言ってたのと同じゃないかって?そうです。が、先ほど触れたやり方とは方向が違います。成毛さんに代表されるピッキングのやり方は普通に言う「スナップ」の動きじゃないのですね。日本語で「スナップを効かせる」というと、野球でストレートを投げるときの注意事項を指します。つまり「前後の動き」を指してるのですね。
 ゲイリー・ムーアはミュート奏法をしても音がこもらずマシンガンピッキングと言われるほど音がはっきり、整然と出てきます。よーく観察しましたら、確かにものの見事にブリッジでミュートしてます。ではピックをどこで動かしているかというと「手首の前後の動き」でありました。
 で、実際はそういう手首の使い方をブリッジミュート以外でもしている人が多いということ。別にそれでいいと思いますよ。ムーアの音、抜群ですし。ミュートしたまま弾きまくるのはアル・ディ・メオラもいるが、こちらは掌でミュートしている。その分音がこもってます。(ディ・メオラは手首を反らせてますよね。)極端なのはマイケル・アンジェロ。弦移動まで手首を前後に曲げてやってしまう。(実際には指の付け根の関節を曲げて弦移動する。)ただし思う。こいつミュートはどうやってんだ!?速すぎて分からん。

 ここでちょっと方向を変えて「ゆず」のお二人さんを見てください。背の高いほうは手首を左右に振ってストロークしてます。低いほうは実は前後に振ってます。さあ、ブリッジミュートに移行しやすいのはどっちかな?一目瞭然でしょ。

 僕は前後にスナップを効かせる弾き方でも別に悪くないと思う。弱点と言うとアップとダウンで音色の差がつきやすいんです。ダウンは指にピックがついて行く、アップはピックが先行する。だからやわらかいピックをつかって、その差をピックの弾力に吸収させているのかな、と思ってます。この差は単音だと目立たない。指先で瞬間的に角度を補正できるからね。実際は手首の前後のスナップを使うというより指先の動きで弾いているっていった方がいいかもしれないね。ゆずの二人はコードストローク主体なので、更に並んで弾いているので、差がよく分かる。

 僕が不満なのは「手首を左右に振って」と説明している教本はいくつか見たことあるけど、「前後に振って」と説明したものが一つもないことだ。教えるならしっかり教えろよ、って言いたい。成毛さんの影響大、ってことかな。でもさ、これでは世の中のギタリストって自分のフォームについて、こんなに考えをめぐらすことなく、客観的に捉えることもなく、弾いているってことになってしまう。だから、エレキギターの弾き方は未だにメソッドが定まらないのだ。はっきり言って怠慢だ。だから僕がこうして書いているわけである。それは「僕はギタリストとしてのメリットを享受していない〜かっこいいなんて言われたことないぞ〜のになぜギタリスト全体の怠慢に対して責任をとらんならんのだ」という気はあるが、それについてはいつもの回答がここでも通用する。
(ちなみに番外の方法として、指の動き、で弾く、というのがあるのだ。動きが十分小さい場合、これでもなんとかなる。が、普通の弾き方と違いすぎるのでどうかってところはある。)

 で、僕はミュート奏法あまり必要性を感じてなかったのだが、ミュートそのものの必要性は感じている。前回無視した「弾いていない弦の共振を、弦に軽く触れて吸収する」為には右手のどこかで弦に触れておくのも使えないといけない。親指の横で押さえることも多いですが、これだと音がブチ切れて、今度は親指がこすれるノイズも無視できないので(肉が薄いからね)、最近は掌底で押さえることがメインになってます。

 ここでも例外はジミー・ペイジで、間違いなく手首を左右に回転させているのだが、完全に脱力しているのかだらりと下げた小指が動かないのだな。つまり弦に触れる部分が動かないのでフォームを変えずにミュートできる。自分でも研究してだいぶジミーっぽくできるようになってきたのだ。手首を回転させる面を弦の作る面と僅かにズラすとそれっぽくなる。ジミーがそうやっているかどうかは分からないが。
 ペイジは技術的にはあまり評価されてないので、参考にしろという人は少ないですが、研究するところ多いです。たとえば今回書いたピックハンドの手首。きれいに折れて手首から先がダランと下がっているでしょう。ストロークの時はしなるように動く。しかもピックハンドの右肩でリズムを取っていることさえある。無駄な力がどこにも入っていない。驚異的なほどに。

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